9.水ボスとミラーシールド
「くらえっ! 必殺! "バールのようなもの"!!」
水棲モンスターが爆散する。
「あっ」
しまった、調子に乗ってまた爆散させてしまった。シルファ嬢とルゥ氏の冷たい視線が突き刺さる。うぅ、水棲モンスターが放つ水魔法攻撃より寒いぞ。
今居るここは水ダンジョンだ。ここも土ダンジョンと同じように薄明るい洞窟だが、壁面の様子が少々異なる。左右の壁や天井、床まで、全てがやや青みのある岩でできている。その深い蒼色は深海のようなイメージを与えると共に、底冷えするような圧迫感を感じさせる。全体的に湿気が多いことも、そんな気分にさせる要因かもしれない。ややゴツゴツした足元は湿って滑りやすく、少々危険だ。
今回でダンジョンも5回目。これまでは土ダンジョンへ行っていたが、そろそろ違うところへということで、今日は水ダンジョンに来ている。
この5回のダンジョン探索では、シルファ嬢とルゥ氏が毎回一緒に来てくれている。なんだか固定パーティーみたいだなぁ。いいんじゃないこれ。なかなかいい調子だ。俺、異世界満喫できてる!!
「こン先に、ボスがおるはず」
呆ける俺を気にも留めないルゥ氏は、しっかり様子を伺いながら通路の横穴へと入っていく。俺たちもその後に続く。
穴の先は、巨大な地底湖だった。どこまで続いているのか、先の方が闇に消えていて確認できない。天井も恐ろしく高い。そんな地底湖の上に、1本の細い通路が渡されている。その先は、地底湖の真ん中に浮かぶ小島に繋がっていた。え~、もしかしてコレ渡るの? 嫌な予感しかしないんですが。これ渡ってる最中か、もしくは小島にたどり着いたら巨大魚なんかに襲われるパターンの奴やないですかー。
「いこまい」
俺の内心を知らないルゥ氏は、勇猛にその細い通路を進んでいく。勇猛というか無謀じゃね?
俺はため息をつきながらも、ハーレム要員2号を見捨てるわけにもいかず、ルゥ氏の後に付いて行く。
細い通路の中頃まで来たところで、湖面がザザーと波立つ。ルゥ氏は一瞬足を止め、何かを探るように周囲を警戒する。やだー、もう完全に何か来るフラグですやん。
しばし待った。が、湖面が波立つのみで何も出てこない。再びルゥ氏が前進する。
ついに小島に到着した。再び波立つ湖面。来るか!?
しばし待つ。だが、結局何も出てこず、湖面は再び静かに凪いだ。
「な、何も来ないのか……?」
──ぴちゃぴちゃ
背後から聞こえた水音に、全員が一斉に振り返る。
全身緑色で、つるりとした皿を頭に乗せ、手足の指には水かきが付いた小柄な人型。河童だ。河童が居た。
「え、こんだけ?」
あれだけ仰々しく湖面が波立ったりしといて、出てくるの河童? ここは、大海竜とか、シーサーペントとか出てくる場面じゃないの? いや、海じゃないけどさ。この世界って西洋ファンタジー風じゃなかったのか? 何故に河童……。
『
「翻訳長っ!!」
「きゅ」の1音でこんだけの意味あったの!? すげぇよ、河童語ハンパねぇよ!
「味噌って、たまにようわからせんこと言っとるがん……」
「気にせんほうがいい、そいういうもんだと思っとくべき」
「扱い酷い!!」
シルファ嬢の落ち着いた口調で言われると、心に刺さる……。
「よ、よーし、俺がんばっちゃうぞ……」
河童の言葉と、仲間たちからの生暖かい目線に俺は少々混乱しつつ、"バールのようなもの"を構えつつ河童へと近づいていく。
「味噌、危にゃぁ!」
「ん? ごふっ!!」
ルゥ氏の声とほぼ同時に腹部へ強烈な衝撃! み、鳩尾に、河童の腕が、奴の、正拳が、突き刺さって……
「う、げ」
俺は糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちる。やべぇ、息でできねぇ。ゴッド服の防御を完全に貫通してきやがった。アイアンゴーレムのキックより強烈……。
「こんのぉぉぉぉっ!!」
ルゥ氏が切りかかるが、河童は軽く回避する。
「バーナーっ!!」
シルファ嬢が放つ熱線は、しかし河童は右手の一振りで撃ち払われ、遠くの壁を焼き焦がした。
「く、そ」
俺は"バールのようなもの"をしっかりと握り、ルゥ氏の攻撃の合間に殴りかかる。
「砕け散れ!!」
バシュゥゥン!! ゴッ
「なっ!」
俺の"必殺"の一撃は、奴の右腕に命中するも、大したダメージも入っていないようだ。だめだ、普通のモンスターならまだしも、ボスレベルになると俺の腕力と"バールのようなもの"の攻撃力では全然足らなくなる。河童はアイアンゴーレムよりは効くかと思ったのだが……。
『|いったいがね、腕折れてまうかと思ったがね!《きゅう!》(痛いじゃないの、腕折れてしまうかと思ったじゃない!)』
だから翻訳なげぇっての! さっきとは「う」が付いたくらいの差しかわかんねぇよ!!
「味噌! 前!」
「ん? うごふぅっ!!」
再び俺の鳩尾に突き刺さる正拳。
「に、ど、め」
再び崩れ落ちる俺。いかん、翻訳にツッコミ入れてる場合じゃなかった……。
「ラピッド!!」
シルファ嬢が光の中級魔法、ラピッドを行使する。ルゥ氏の動きが一段加速する。
「アースパワー!」
同時にルゥ氏が自身に攻撃力アップの魔法を掛け、更なる猛攻を仕掛ける。そこまでやっても河童に有効打は与えられない。
なんだよ河童強いじゃん。そういえば、日本の妖怪である河童も力が強いとか、そういう伝承があったなぁ……。
「て、手ごわい!」
バフによりルゥ氏の強化を行ったが、ルゥ氏は相変わらず防戦一方だ。もしかしてモンスターにも個体差とかあったりするんだろうか。シルファ嬢は河童に"メルト"による防御低下を掛けようとするが、これも弾かれてかき消された。シルファ嬢は驚きの表情を見せる。やはりこの個体は強力らしい。
ならば、奥の手だ。
「くっ、シルファ嬢!」
俺は起き上がりながらシルファ嬢に声をかけ、視線を合わせる。彼女は一瞬瞠目するも、すぐに俺の意図を理解し無言で頷く。
「ミラーシールド!!」
俺は水の中級魔法を行使した。水中級魔法のミラーシールド。鏡面のような盾を作り出して防御をする魔法で、習熟度次第で魔法を撃ち返すこともできる。
俺はそのミラーシールドを、河童に掛けた。
『|あらあら、おばちゃんに防御魔法かけてまったら、どえりゃぁ強なってまうよ?《きゅぃ?》(おばちゃんに防御魔法かけちゃったら、ものすごく強くなっちゃうよ?)』
も、もう翻訳には惑わされん!!
「今だ!!」
「バーナー!!」
シルファ嬢の翳した右手から、真っ赤な熱線が河童に向けて撃ち出され、ミラーシールドに衝突。そして防御どころか一瞬も停滞することすらなく、むしろ極太に強化された熱線が河童を焼いた。
『|め、めちゃんこちんちんだがね! まぁかんわ、おばちゃん燃えてまうわ。あぁ、思えばここで生まれて──中略──、息子もとろくせゃぁことばっかしとったけど、最近はしっかりしてきとるし、きんのうも"今度温泉でもいこみゃぁか"なんて──再度中略──、おばちゃん幸せだったわ、あぁ、もーはい体の感覚ものーなってまったわ……《ぎゅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!》』
も、もう、翻訳にはツッコミしないからな!!
極太の熱線が消え、後には炭化した"元河童"が残った。俺のミラーシールドは一切魔法を防御せず、挙句の果てには反射しないどころか超強化されて貫通してくる。シールド要素ゼロだ。ちなみに、ミラーシールドのテストでシルファ嬢のバーナーを食らった俺は、マジで死ぬかと思った。ゴッド服が無ければ──以下略。
"敵に付与できる魔法効果を増幅する魔法"と考えれば、使い様はある。ミラー要素もシールド要素も皆無だけども……。
「相変わらず、味噌の魔法はよぉわかれぇせんね(よく分からないね)」
ルゥ氏は剣を背中に背負いつつ、俺に声をかけてきた。
「シルファ嬢との合体魔法ですよ」
そう、俺一人では実現できない。二人の共同作業である合体魔法だ! 二人の共同作業、合体! うへへへへへ、いい響きだ。
「顔がおそぎゃぁ(怖い)」
河童の戦利品は、河童の皿らしい。何に使うのか知らないが、結構な値で売れるんだそうだ。炭化せずに残ってよかった。
「きんのう(昨日)と違って、今日はイイ金になりそうだがぁ」
ルゥ氏は俺を見てニヤリとしつつ言う。すみませんね、さんざん爆散させてしまって……。
「味噌はまだド素人、だもんでモンスターが近づくとビビって焦ってまう(ミサオはまだド素人、なのでモンスターが近づくとビビッて焦ってしまう)」
シルファ嬢、それフォローなんですかね? ディスられてるように聞こえますが……。
「み、見ぃつけたがね!!」
俺たちの行く手を塞ぐように、黒ローブが二名立っていた。あ、またアイツか。アイアンゴーレムの雪崩直撃でも無事だったのか。
「またマギ・アソシアか!」
「また味噌串カツ?」
シルファ嬢、それはもういいです。
「盗ってった宝珠を返しゃぁ、さもにゃぁと命はにゃぁ!(盗っていった宝珠を返せ、さもないと命は無い!)」
「へい、パース!!」
二人に向けて、キュアリキドの弾を飛ばす。一人はもろに命中、だが、一人はひらりと回避した。
「あばばばばばばばばばば」
食らった一人は、奇声を発しながらブルブルと激しく痙攣している。
「い、いきなり何しとりゃぁすか!!(い、いきなり何してんだ!)」
「チッ」
前回も俺にキュアリキドを食らった方の男が、上手く回避したらしい。さすがに2度目となると避けられるか。
「容赦あれぇせんね……(容赦ないね……)」
ルゥ氏の呟きが横から聞こえた。
「おみゃぁさんら、こんなことぉして、どーなるか分かっとりゃぁすか!?(お前ら、こんなことをして、どうなるかわかっているのか!?)」
なんか怒ってるけど、さて、どうやって逃げるか。
「きゃぁ、うぐっ」
俺のすぐ横から悲鳴が聞こえる。
「シルファ!!」
「うぐ……」
シルファ嬢が黒いモヤのような触手に絡まれ、拘束されている。力が抜けていくのか、抵抗が出来ないようだ。闇初級魔法のバインドか!
闇属性魔法(出典:魔法辞典)
初級1:バインド 対象の動きを拘束(動きを鈍くさせる)習熟度が上がると鞭のように使えるようになり、攻撃手段になる
「いのくんじゃにゃぁ! いのけばこの女の命はにゃぁぞ!(動くんじゃない! 動けばこの女の命はないぞ!)」
「ぐ、卑怯な!」
「おみゃぁさんには言われたにゃぁ!! ほれ、ちゃっと宝珠出しゃぁ!!(お前には言われたくない! ほら、さっさと宝珠出せ!)」
ぬぅ、出せと言われても、持ってる自覚が無いんだが。
俺は仕方なく、"収納"を開き、中から手あたり次第にモノを出すことにした。
金貨
神の像(転職サイト閲覧中)
回復薬
神の像(昼食中)
塩パン
神の像(居眠り中)
「時間稼ぎしとんじゃにゃぁぞ!」
「してねぇよ!! 狙ったもんが出てこねぇんだよ!!」
「あ、そ、そうですか」
怒っていた黒ローブも、俺の逆切れで急に冷静さを取り戻したらしい。いいから大人しく待ってろ!
神の像(休憩中)
塩パン
神の像(デスクワーク中)
神の像(昼食中)
くそっ! なんでこんなに無駄な像ばっかり入ってんだ! 誰だこんなに入れたのは!!(←本人)
銀貨
青い宝珠
神の像(内職中)
塩パン
回復薬
「あっ!!」
「え?」
俺が放りだした青い宝珠に飛びつく黒ローブ。え、もしかしてソレ?
瞬間、ルゥ氏が大剣を側面で振り抜く。
「ぎゃっ!!」
ルゥ氏の大剣は、シルファ嬢を拘束していた黒ローブを捉え、一撃で昏倒させた。同時に、シルファ嬢はバインドから解放され、地面へと倒れる。
「シルファ嬢!!」
「うぅ」
俺はシルファ嬢を抱き起しつつも、残り二人の黒ローブへ警戒を向けるが──
「逃げられてまったわ……」
すでに二人の黒ローブは姿を消していた。キュアリキドで痙攣してた奴も、いつの間にか回復していたらしい。素早い。
「っていうか、仲間置いて逃げていいのか……?」
ルゥ氏が昏倒させた一人は、よだれを垂らして気絶していた。
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※余談
「め、めちゃんこちんちんだがね! まぁかんわ、おばちゃん燃えてまうわ。あぁ、思えばここで生まれて──中略──、息子もとろくせゃぁことばっかしとったけど、最近はしっかりしてきとるし、きんのうも"今度温泉でもいこみゃぁか"なんて──再度中略──、おばちゃん幸せだったわ、あぁ、もーはい体の感覚ものーなってまったわ……」
↓日本語訳
「め、めちゃくちゃ熱いじゃないの! もうだめだわ、おばちゃん燃えてしまうわ。あぁ、思えばここで生まれて──中略──、息子も馬鹿な事ばかりしていたけど、最近はしっかりしてきてるし、昨日も"今度温泉でもいこうか"なんて──再度中略──、おばちゃん幸せだったわ、あぁ、もう既に体の感覚もなくなってしまったわ……」
※余談2:ちん○ん
決してアレのことではありません。意味は「熱い」という意味です。
あつあつ → あちあち → あっちあち → あっちんあちん → あっちんちん → そして「あっ」が音から消えた
と、おそらくはこんな進化が成された結果です。たぶん。
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