8.スタンピードと土属性魔法

「あんま儲かれせんかったな」

 土ダンジョンの戦利品をギルドで精算し、提示された金額を見つつルゥ氏が呟く。明らかに視線は俺を捉えている。すみません、俺が調子に乗って爆散させ続けた結果ですね……。粉々にしたため、本来なら討伐証明になる部位や、剥ぎ取ることで売れる部位も消し飛んでしまいましたからね……。にもかからず、そんな俺にも精算金額を三等分で渡してくれる二人。俺、辞退した方がいいかな。なんか申し訳ない気がする。

「パーティーの上がりは必ず等分にせんとあかんよ。でないと"俺の方が働いた"とか揉めてまうからな」

 ルゥ氏はそう言いつつ、「まぁ、次ん時は、できるだけ素材をワヤにせんでほしいけどな」と笑顔で続けた。男前すぎるわ。惚れてしまいそう。俺もう、この異世界ではこの娘たちと暮らすわ。三人でハーレムパーティを──

「す、スタンピードだぁぁぁ!!」

 俺が内心で重大な決意をしていると、ギルドへ飛び込んできた男が急報を告げる。




「あ、あれは……」

 迷宮都市ラビリルの街壁上に集まる冒険者たち。その視線の先には10体以上のアイアンゴーレムが居た。土ダンジョン入り口からは、尚も新たなアイアンゴーレムが姿を現している。

「あ、アイアンゴーレムが、あんなよーけおっては……(あんなにたくさん居ては……)」


 "この町はまぁあかん(もうだめだ)"


 誰もがその言葉を思い浮かべ、そして飲み込んでいるようだ。確かに、並んで進んでくるアイアンゴーレムたちの姿は、人々にそれだけの絶望を与えても不思議ではない威容を放っていた。一歩、また一歩と少しずつ丘を登り、やや高台にあるこの街に向け、アイアンゴーレムは歩を進める。


「思い知りゃぁぁぁ!! これが土の宝玉の力だがねっ!! こんな街、めちゃんこにしたるわ!!」

 見覚えがあるような黒ローブが、土ダンジョン入り口横に立って何かを叫んでる。いや、内容は聞き取れないよ? だって2kmは先だしね? でも言いたいことはなんとなくわかった。わかってしまった。


 ──俺のせいかぁぁぁぁぁ!?


 やべぇ。この絶望的な景色を作った原因は俺!? いや待て、一旦落ち着こう。そもそもスタンピードさせてるのは誰か、あいつだ。なら俺のせいじゃないのではないか? うん、間違いない。なら逃げても問題ないな!

「よし、今のうちに街を脱出──」

 俺は背を向けてこの場から逃げ出そうとし、だが、未だにスタンピードに視線を向け、いささかもその眼光を弱めることのない冒険者たちの姿が目に入る。その中にはシルファ嬢とルゥ氏も含まれていた。どうやら彼女たちには"逃げる"という選択は無いらしい。俺のハーレム計画は早くも頓挫の危機だ。

「むぅ……」

 何とか彼女ら"も"逃がす方法、もしくは"逃げ"を選択させる方法がないだろうか。彼女らが向ける視線の先、アイアンゴーレムたちのスタンピードに、俺も再び目を向ける。

 相変わらず少しずつ丘を登り、こちらに近づくアイアンゴーレムたち。さきほどよりも更に数が増えただろうか。既に20体近い数がこちらに向かって──

「あ……」

 思いついてしまった。




「あんな数、とても相手にできぃせんて……」

 目に見えて逃げ腰の男性冒険者が、後ずさりながらつぶやく。

「逃げたいなら、逃げてまってええ(逃げてしまえばいい)」

 シルファ嬢が冷たく言い放つ。

「俺たちは逃げせん、最後まで戦ったるわ……(最後まで戦ってやるよ)」

 ルゥ氏が自分を鼓舞するように呟く。二人はタイミングを揃えたように同時に武器を手にする。

「く、くそっ! お、俺もやったるわぁ!!」

 女性冒険者の姿に、逃げ腰だった男も半ば自棄気味に剣を抜く。それに呼応するかの如く、他の冒険者たちも次々と武器を抜く。

「ふふっ、おみゃぁら!! 冒険者魂、見せたろまい!!」

「「「「おぉぉーーーっ!!」」」」

 ルゥ氏の鼓舞で全員が鬨の声を挙げる。

「皆っ! 行くぞ──」

「あ、ちょっとすみません」

 俺はルゥ氏の号令を遮り、とりあえず全員を制止する。彼らが外に出てしまっては、俺の"手"が使えなくなってしまうので。

「み、味噌……?」

「一個だけ試したいことあるんで、突撃はその後でもいいすか?」

 俺の言葉を聞き、片手を突き上げた格好の冒険者たちは「何が起こった?」といった表情のまま頷いた。


 俺は街壁の際に立つ。既に30近い数に膨れ上がったアイアンゴーレムたちは、あとわずかで街壁にたどり着く、そんな状況だ。

 俺は深呼吸し、街壁の外に向けて手を翳す。

「ウォール!!」

 俺の声に応え、街壁の外側に分厚い土壁が屹立する。周囲の冒険者たちからは「おぉ~」という感嘆が挙がった。


 土属性魔法(出典:魔法辞典)

 上級:ウォール 大地を操作し、強固な壁を作り出す


 土の初級魔法であるピラーは土の柱を立てる。そんな土魔法の上級ともなれば容易に壁を生成できるのだ。当然、俺は"全属性魔法マスター"ですから? 土の上級魔法くらい使えるわけで。俺の"全属性魔法マスター"に少々難点があるとするならば、出来上がった"ウォール"が"ものすごく柔らかい"ことくらいか……。

 もうね、すっごいぷよぷよ。ずっとぷよぷよしてたいくらい。これは癖になるぷよぷよですよ。ぷよぷよぷよぷよ。ええ、当然敵の攻撃なんぞ凌げませんよ?


 アイアンゴーレムたちがウォールにたどり着く。ぷよぷよの壁にその拳を打ち付け、ぷよんとめり込む。徐々に押し込まれるウォール。ふふふ、どうだ、癖になるだろう? あ、ゴーレムだし癖にはなりませんね……。というわけで、このままなら崩壊は間近だが……、

「だがここで、スワンプ!!」

 ウォールの外側の地面が変質し、草地だった場所が茶色一色に変化した。俺のスワンプは沼ではなく、摩擦係数ゼロのツルツル面を作り出す。カーリングもできらぁ!!

 ぷよぷよウォールを破ろうと力むアイアンゴーレム。そして当然の帰結として足を滑らせ転倒。ズルズルと丘を滑り始め、後続を巻き込んでついにはゴロゴロと回転を始めた。

「お、お、おぉ?」

 俺の予想を超える速力でゴロゴロしていくアイアンゴーレムたち。30近いアイアンゴーレムの一団は、速度を上げつつ土ダンジョン目掛けてゴロゴロしていく。

「お、おみゃぁたち、こ、こっち来るんじゃにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 アイアンゴーレムボーリング(ピン無し)は、土ダンジョン入口横にいた黒ローブを巻き込み消え去って行った。奴が何事か叫んでいたようだが、ゴロゴロ音でよく分からなかった。

「フッ、アディオス」

 少々予想外の事態だったが、万事結果はオーライだ。俺はかっこつけて二本指を立ててキメ台詞を呟く。ふと、視線を感じて振り返ると、冒険者たちは何とも言えない表情で俺を注視していた。

「あっ、えっと……」

 大量の視線を意識した途端、俺は言葉が出ず、しどろもどろになってしまった。こ、こんなに注目されたことないぞ!? ど、どうしよう、何か言わなきゃ、何言えばいい? やっべ、緊張感ハンパねぇ!

「や、やったぞぉ!!」

 俺は高くガッツポーズを上げ、高らかに宣言した。と思う。やべ、声裏返った。滑ったか!? 全員ポカーンとしてるぞ!? ち、沈黙が痛い!!

「「「「お、おぉ~?」」」」

 冒険者たちは困惑だらけの表情のまま、一拍遅れて反応した。とても歓喜って雰囲気じゃない。さきほどまでのテンションとは大違いすぎ……。


 改めて土ダンジョンの方角を確認したが、もうアイアンゴーレムの姿は見えない。土ダンジョンから新たに出てくる様子もない。術者である黒ローブゴロゴロに押し流されて行ったにで、スタンピードはしっかり収まったっぽい。


「よ、よし、引き上げよう!!」

 俺たちは妙な空気のまま、街壁を降り冒険者ギルドに戻ったのだった。

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