6.必殺と無双
シルファ嬢に見捨てられた後、夕方まで街のあちこちをうろついていた俺は、今日泊る場所がないことに気が付きました。よかったよ、冒険者ギルドに宿泊施設があって。寝心地はお世辞にも良くなかったけどね……。
「おはようございます」
昨日も会った巨乳美人の受付嬢と挨拶をかわしつつ、冒険者ギルドの依頼掲示板に立つ。ダンジョンが売りの迷宮都市だけあって、ダンジョン産の素材採取依頼が多いなぁ。というか俺の翻訳スキル、口語はアレなことになるけど、文語は普通なのな……。
迷宮都市の4ダンジョンは、それぞれ魔法の属性と同じく火水土風の4種があるらしい。それぞれその特徴を持ったダンジョンらしいのだが……、
「ダンジョンに行くとして、どのダンジョンがいいのか──」
「初めてなら土ダンジョンがええよ」
背後からの声に振り向くと、昨日見捨てて去ったはずのシルファ嬢の姿が。
「し、シルファ……さん!?」
「き、きんのう(昨日)はビックリしてまったもんで……、でもフライとシェイドは禁止だかんね!」
なんかもじもじしながら言ってます。うん、イイ。なんかデレ味が強めな感じですが、ツンの味付けが聞いてますね。
「そ、それはいいもんで……、つ、土ダンジョンが一番難易度が低くて、初心者向けだもんで──」
「土行くなら俺も行ったるわぁ」
シルファ嬢の後ろから、燃えるような赤髪赤目の女が声をかけてきた。赤い革に金属補強した鎧を纏い、赤い柄の大剣を背負っている。全身赤くてクラクラしそうだ。
身長はシルファ嬢よりも頭1つ分以上、俺よりも数cmほど高い。整った顔立ちだが、勝気そうな、どこか俺たちを面白がるような表情で見下ろしている。やっぱり言葉は謎言語なのな……。
「ルゥ、やっとかめ(久しぶり)……」
シルファ嬢は「なんだお前か」と言いたげな表情で応える。
「ご挨拶だが~、うちらの仲やん?」
ルゥと呼ばれた大柄な女性は随分とシルファ嬢に気安い感じだが、シルファ嬢側はそうでもない。どうやらルゥ氏のぐいぐいくる感じが苦手っぽいな……。
「えーっと、ミサオ・ミクニです、よろしく」
「俺はルゥビィ・オーシバッツ、ルゥでええよ、よろしく!」
そう言うと、俺はルゥ氏と握手する。がっしり掴まれ、に、握りつぶされるっ!! い、痛い痛い!! 明らかに今ニヤリと笑ったぞ!?
「たしかに、味噌と二人よりはええかもね……」
シルファ嬢は、俺とルゥ氏が握手するところを見て、そう呟く。早くも打ち解けたように見えたなら、それは誤解だけどな!
「あれ? ミサオやあれせんかったっけ?」
「え?」
「は?」
シルファ嬢とルゥ氏がお互いに「何言ってんだ?」という表情の応酬をしている。これツッコミ入れた方がいいんだろうか……。
かくして、臨時パーティの3人で土ダンジョンへやってまいりました。4つのダンジョンは迷宮都市のそれぞれ東西南北に1つずつありまして、ここはそのうちの1か所。北側にある土ダンジョンです。
土ダンジョンだからなのか、すべてのダンジョンがそうなのか。見たところただの洞窟です。高台の頂上にある迷宮都市から下ること2kmほど。緩やかな斜面の途中に突然岩山があり、そこにぽっかりとダンジョンの入り口が口を開けています。
「んじゃ、俺が前、シルファが後ろ、味噌が真ん中でええね?」
もう俺は"味噌"で確定なんすね……。土ダンジョンの通路自体は、人間が3人並んで歩くぐらいはできそうな幅ではあるけども、一応一番ど素人な俺を守るフォーメーションとして、 ルゥ氏 -> 俺 -> シルファ嬢 の並びで進むことになった。
「トーチ」
ルゥ氏がそう唱えると、彼女の手から発した炎は中空に浮かび、ダンジョンの通路を照らした。ダンジョン内は所々に光る苔みたいなものが生えており薄っすらと明るいが、それでも視界が良いわけではない。
どうやらトーチの魔法は、使用者の動きに合わせて浮かびながら付いてくるらしい。便利だな……。
「ところで、味噌は武器、何を使っとるの?」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました」
昨日、街をあてどなく彷徨った果てに、武器屋裏に積まれた鉄くずから、コレを"製作"することができたのだ!
「ばーん!!」
俺は腰に差していた"バールのようなもの"を掲げ持った!
「いや、"ばーん"、って……」
「……」
どうやら"バールのようなもの"は武器ではないらしいのだ。きっと工具か何かなのだろう。これならば俺でも持てるし使える!
「それ、大工なんかが使う奴やがぁ~、武器じゃあれせんやん……」
「なんてことをっ! この兵器が過去どれだけの悲劇を生んだか……」
「いや、知らんがん……(知らんし……)」
なんてこった! こうなったら実戦でコイツの威力を見せるしかあるまい!
「! お客が来たわぁ!」
奥の暗がりから、ギャギャギャという声と共に、緑の小柄な人型が3体向かってくる。
「ゴブリン……」
『
『
『
おい3体目、何やるつもりだ。っていうか、モンスター言葉がわかるの、やっぱり俺だけみたいだ。シルファ嬢もルゥ氏もあの酷い発言に反応してないし……。
「俺が2体やるもんで、味噌は1体やったって!」
「かしこまりっ!」
ルゥ氏は大剣を構え、俺はバールのようなものを構える。「やったろみゃぁ」させるわけにはいかないしな! 何をとは言わんよ?
奴らが接近する前に、逆にルゥ氏が肉薄し、瞬時に1体を串刺しにした。
「はやっ!」
『
『
『
うわ、三兄弟かよ!
と、残り二兄弟が怒りを顕わにしている内に、長兄はルゥ氏にそっ首落とされました。
『
おい、名前。なんで次男がゴブ太郎で、長男がゴブ三郎なんだよ! 時空の乱れが発生してるよ、宇宙の法則が乱れてるの!?
『
残った弟が俺に向かって襲い掛かってくる。おい翻訳、ここだけ翻訳バグってるぞ!? なんで「ゴブゴブ」なんだよ! ゴブリンだからってゴブゴブ言うのかよ! 聞こえた音はギャアギャア言ってるだけだぞコラ! いや別にゴブリンの言ってることを知りたいわけじゃねぇけど、気になるだろ! 中途半端な翻訳すんなよ!!
「どりゃぁぁ!!」
釈然としない気持ちを抱きつつも、俺は弟ゴブリン目掛けてバールのようなものをフルスイングで振り抜く。命中の瞬間、バシュゥゥン!!という、どう考えても"バールのようなもの"が命中した音が響き……、
弟ゴブリンが爆散した。
「……あ?」
「……え?」
「……は?」
弟ゴブリンだった破片は、洞窟内と俺たち全員に等しく降り注ぎ、すべてを赤く染め上げた。
「うはははははは、モンスターがゴミの様だ!!」
その後も出てくるモンスターたちは、軒並み俺の一振りでバシュゥゥン!!という効果音と共に爆散していった。
「ついに来た! 俺の異世界無双は"バールのようなもの"で始まるんだ!!」
たぶん俺が主役のネット小説タイトルは「ありふれた"バールのようなもの"で世界最強」だったんだな? くそ! 無双が始まるまで時間がかかりすぎだっての!
「味噌って、もしかして"必殺"スキル持っとるの?」
「え? ひっさつ?」
ルゥ氏は俺の無双を見て、そんなことを聞いてきた。"必殺"なんてスキルあったかな?
******************
名前:
能力:
・生命力(HP): 200
・魔法力(MP): 50
・膂力: 20
・体力: 15
・敏捷: 17
・知性: 56
・器用: 45
・魔力: 5
・幸運: 1
スキル:言語理解、鑑定、亜空間収納、探知、警戒、全武器マスター、全属性魔法マスター、逃走、転移、製作
武器適正:なし
説明:
異世界からの転移者。要求が多すぎて面倒だった。
******************
うん無い。というか、俺成長してなくね? ここまで20体以上は爆散させたけど、一切ステータス変わってないんですけど!? もしかして成長とかしない系?
「"必殺"……、"技を極めた達人が到達する武技の極致"、と言われとるね……」
シルファ嬢がひさしぶりに口を開いた気がする。
「味噌はその"バールみたいなもん"の達人だったんかぁ……」
ルゥ氏が関心したように言う。俺に向けられる視線も何やら尊敬のような、微妙に憐れみのような……、ってか、そんな達人嫌だわ!
微妙な空気感の中、突然地響きが鳴る。
「じ、地震!?」
ルゥ氏の声に呼応するように、ダンジョンの壁を破壊し巨大な人型が出現した。
「なっ、アイアンゴーレム!? こんな階層で!?」
全身が鈍い光沢を放つ鉄で形作られたゴーレムは、シルファ嬢の驚きに応えるように吠える。
『
「ひでぇ! 言うことがひでぇ! 緊張感台無し!!」
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※余談:逃走
「どんな敵からも逃げられる。大魔王からも逃げられる」と説明されているスキルだが、このスキルは発動していない。
管理者(神)がやっつけ仕事で設定したため、全逃走可能フラグではなく、すぐ隣にある必殺フラグが立っている。そのため、あらゆる攻撃に"必殺"が乗る。別に"バールのようなもの"でなくても、素手でも出る。
※余談2:必殺
敵に対し、防御力無視の必中攻撃を放つ。通常、武術の達人が人生を賭け到達する武技の極致。防御力無視で必中ではあるが、本当の意味での"必殺"ではない。やたらHPが高いとか、異常なほど回復が速いと倒せない場合もある。
防御力無視であるため、弱い武器や素手でも効果が出るが、「武器攻撃力+腕力」という総合攻撃力を、防御という減衰無しで必中させるという攻撃であるため、当然武器攻撃力が高い方が効果が高い。
(素手やバールのようなものでは効果は知れている)
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