5.魔法と設定不具合

 前回のあらすじ:火の魔法がぬるかった


「見た目派手やけど、威力は全くあれぇせんね……」

 俺が放つ火の究極魔法、"レッドフォレスト"を眺めつつ、シルファ嬢はしみじみと呟く。

 火の上級までと光の上級まではシルファ嬢が実演できるけども、それ以上のランクや、火と光以外の属性については実演できない。ということで、彼女は冒険者ギルドから魔法辞典を借りてきてくれていた。


 火属性魔法(出典:魔法辞典)

 初級1:バーナー 小さい火を撃ち出す。習熟度が上がると熱線になる

 初級2:トーチ 明かり程度の火を灯す

 中級:メルト 熱気で相手の防御力を下げる

 上級:フレイムピラー 炎の柱を生み出す。一定時間吹き上がり続け、敵を焼く(付与メルト)

 超級:グレネード 炎の塊を撃ち出す。着弾後爆発し、範囲を攻撃する(付与メルト)

 究極:レッドフォレスト 広範囲に巨大なフレイムピラーを多数発生させ、グレネードが降り注ぐ(付与メルト)


 魔法辞書に記載されている通り、俺たちの目の前には大量のフレイムピラーが立ち上り、空からグレネードが降り注ぐ地獄絵図が展開されている。だが、その地獄の中にあっても下草は何事もなく揺れているし、木々もちょっと風に吹かれた程度にざわめくだけだ。むしろ瑞々しさが増してすら見える。


******************

 名前:全属性魔法マスター

 説明:

 火水土風光闇、あらゆる属性魔法の習熟度が最大。

******************


 鑑定が示す"全属性魔法マスター"スキルの内容通り、どうやら俺は魔法の習熟度は最大らしい。火の究極魔法が使えたしね。だが、発動する効果がおかしい。



 あ… ありのまま、今、起こったことを話すぜ


「燃えているのに燃えない」


 な… 何を言っているのか、わからねーと思うが、──以下略



「これ、回復しとるわ……?」

「はい?」

 シルファ嬢が、レッドフォレストで燃え盛る草原の草を引きちぎり、直後にちぎった草を近づける。切断されたはずの草が再結合し、ちぎれたことなど無かったかのように回復している。


「でら派手な範囲回復魔法……」

「求めてねぇ!!」

 俺は何度目かの挫折感にくずおれた。あ、諦めてた、諦めていたはずだった。俺のスキルは不具合だらけだって。だがしかし、新たな問題点が発見されるたび、それはそれでガッカリするのだよ!

 "全属性魔法マスター"で確かに習熟度が最大化しているっぽいが、どういう加減か効果が180度反転してんじゃねぇか!!

「こ、これはつまり、魔法は全て回復になってしまうということか……?」

 お、俺の魔法無双は脆くも崩れ去った……。俺の落胆を示すように、見た目だけは派手に燃え盛っていたレッドフォレストが、静かに鎮静化していった。


「いや……」

 攻撃魔法でなければどうだ。例えば強化魔法とか、付与魔法とか……。

「あるじゃないか! これだよこれ!」


 風属性魔法(出典:魔法辞典)

 中級:フライ 空圧を操作し、対象を浮上させる。自身も飛べるが、飛び回るには高い習熟度が必要


「これで空を飛べるんじゃないのか!?」

 俺は気を取り直し、身構える。とりあえず足は肩幅に開いておこう。どのような姿勢でも対応できるよう、手は握らず軽く開いておく。


「よし、いくぞ……、フライ!」

 ふわっ、俺の横を一陣の風が通り抜けていく。

「……?」

 はて、何も起こらな──

「きゃぁぁぁぁぁっ!!」

 シルファ嬢のらしくない悲鳴に、俺は焦って振り返る。なんとそこには、外套とローブが盛大にめくれ上がり、おへそ辺りまでがフルオープンで露わになった彼女の姿が!

 日常では日に当たらないためか、白く滑らかな肌、ウエストから伝う曲線は艶めかしさを纏い、可愛らしいおへその下には秘部を隠す生地。そこからスラリと伸びる両足は、太すぎず細すぎず、そう、総合して言えることは……

「うむ、白か」






「ふが、ま、まだだ、まだとくふこうかまほうはあう(まだ特殊効果魔法はある)」

 左右の頬が腫れてうまくしゃべれない。あんなにビンタ連打しなくてもいいのに……、あ、そうだ。

「ばーまー(バーナー)」

 俺は試しに自分の顔に向けて火の初級魔法を放ってみた。

「おぉ~、痛みが引いた」

 確かにすごい。俺もう辻ヒーラーにでもなろうかな……。


 たまたまフライがちょっとよく分からない効果になっただけの可能性もある。微粒子レベルであるはず!

「ということで、お次はコレ!」

 ノリノリの俺のテンションに対し、シルファ嬢のテンションはどん底だ。ものすごいジト目で見てくる。き、気にしたら負けだ!


 土属性魔法(出典:魔法辞典)

 中級:スワンプ 粘度の高い泥沼を作り出し、相手の脚を止めさせる。空飛ぶ相手には無効


「これなら変なことにはならないはず!」

 自分で言ってて完全にフラグとしか思えない、が、何事も試してみないことには分からない。


「スワンプ!」

 瞬間、俺が手を翳した先の地面が直径5m程の土色に変わる。

「お!」

 これは成功したのではないか? 俺は泥沼化されたらしき場所に近づき、足でつついてみる。


 コツコツ


「ん?」

 なにやら妙な感触。"泥沼"と呼ぶにはずいぶんと硬い。俺の様子に少し興味がわいたのか、シルファ嬢も近づき、そして足でつつき始める。

「こ、これは──」

 そう、これが何か判明した瞬間、シルファ嬢はその硬い地面に足を滑らせ、ステーン!っと反転した。回転の最中、振り上げられた足の隙間から、再び除く白。

「あ、白い」




「さっふぃよふぃ、ふぃふぉくめ?(さっきよりひどくね?)」

 俺は腫れた両頬をバーナーで炙る。もう何を言ってるのか自分でもよく分からない表現だ……。

 どうやらスワンプを使うと、地面は泥沼になるのではなく、氷のように限りなく摩擦係数が低いツルツル地面が出来上がるらしい。なんだこりゃ……。


「まぁ帰ってまってかんかな?(もう帰ってしまってだめかな?)」

「こ、これで最後だから! これだけ試させて!!」

 涙目のシルファ嬢に泣きの一回をお願いし、俺は最後の魔法に挑戦することにした。


 闇属性魔法(出典:魔法辞典)

 超級:シェイド 影分身を作り出す。分身体は自身と同じように戦うことができる。さらに分身体は特性として全魔法が無効。物理攻撃でのみ、分身体を消すことが可能。分身は魔力の許す限り何体でも生成できる。


「ふっふっふっ、影分身とはまさに浪漫! これなら武器が無くても戦える!!」

 俺は両手で印を結ぶ。いや、細かくは知らないよ? 俺ニンジャじゃないしね? でも雰囲気的にこんな感じじゃない?

「いくぜ! シェイド!」

 俺のすぐ横の地面に黒い染みが生み出され。そこから伸びた闇が人型を形成する。


 そして現れた黒いシルファ嬢。


「あれ?」

 分身のはずなのに、出来上がったのは俺じゃなかった。あ、やばい、既に本物のシルファ嬢の表情が危険な状態になっている。


「と、とりあえず消し──、なぁぁぁぁ!?」

 俺は何も操作していない。操作していないのに、黒シルファ嬢は勝手に動き出し、そして俺の背中に抱き着く。あ、や、やわらか……


「ふっ、ふっ、」

 なにやらシルファ嬢の様子が……、

「フレイムピラー!!」

「ちょっ!!」

 俺の足元から火柱が立ち上る。俺は黒シルファ嬢を背中にくっつけたまま、自身でも驚くほどの超反応でこれを回避。


「フレイムピラー!」

「ま、まて──」

 避けた先から吹き出そうとした火を強制的に回避! 熱気が顎から前髪を炙る。


「フレイムピラーフレイムピラーフレイムピラーフレイムピラーフレイムピラー!!!」

「Nooooooooooooo!! あれ? 意外に平気?」

 ついに火柱に囲まれ絶体絶命、かと思いきや、案外なんともない。もしかして黒いシルファ嬢を背負うと魔法が無効化され──

「るんっ!!」

 だが、シルファ嬢の杖によるフルスイングは食らう模様。衝撃で背中の黒シルファ嬢も消滅した。





 今度こそ、シルファ嬢は怒って帰って行った。一人で試せばよかったよね、うん。

「塩パンが染みる」

 俺は草原に一人、黄昏れながら塩パンをかじっていた。パンを狙っても"収納"から出てこなかったので、今俺の横には回復薬やら金貨やらゴッド剣やら、闇雲に取り出した物品が山積み状態だ。

「はぁ~」

 "全属性魔法マスター"のスキルが最後の砦だったんだよなぁ。


 "言語理解"は翻訳変だし、

 "探知"は黄色か灰色一色だし、

 "警戒"は身体能力が足らないし、

 "全武器マスター"は武器が使えないし、

 "転移"はタメ設定がバグってるし、

 "製作"はレシピが不明だし、

 "亜空間収納"は欲しい物が出せないし……。


******************

 名前:逃走

 説明:

 どんな敵からも逃げられる。大魔王からも逃げられる。

******************


 "逃走"スキルは、こんな説明が書いてあるけど、その辺に居るイノシシから逃げられなかったよなぁ。まさかただのイノシシが大魔王以上の存在な訳もないだろうし……。


「あぁ……、俺の異世界無双はいつになったら始まるのか……」

 俺は手近にあった石を手に取り、神の像(昼食中)を作る。昼食中という割には、デスクワーク中にしか見えないな。あ、片手にカ■リーメ○ト持ってるのか。

「ほいっ」

 神の像(昼食中)はスワンプでツルツル化した地面を滑っていき、ある程度の場所で静止する。

「ほれっ」

 続けて神の像(デスクワーク中)を滑らせる。神の像(昼食中)に衝突し、神の像(昼食中)は押されてジリジリ移動した。

「カーリングできるな、これで」

 なんだか楽しくなってきた。俺は次々神の像を生成し、スワンプ面を滑らせる。



 俺が神の像カーリングで楽しんでいると、遠くから誰かが歩いてきた。通行人にカーリングをぶつけてはいかん。俺は手を止め、通行人が通り過ぎるのを待つ。

 近づくにつれ、通行人の姿がよくわかるようになる。すそを引きずるほどに長く黒いローブを纏い、フードで顔のほとんどが隠れていて見えない。

「なんだか暑苦しい恰好だな……あっ!」

 その暑苦しい奴は、スワンプのツルツル面に気が付かず、俺が声をかける間もなく足を滑らせた。

 綺麗な回転。見惚れるほどの縦回転の後、そいつは地面に頭から着地し、動かなくなった。

「や、やべっ!」


 スポン


「ん?」

 開きっぱなしだった収納の黒い穴へ、何かが飛び込んだような……。

「いや、今は……」

 俺は出しっぱなしだったアイテム類を乱雑に収納へと押し込み──


「見なかったことにしよう!」

 とりあえず責任負わされたらたまらんので逃げよう。



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※余談:全属性魔法マスター

 全属性魔法マスターにより全属性魔法の習熟度が最大。しかし管理者(神)がやっつけ仕事で設定したため、符号桁までビットが立てられており、習熟度がマイナス最大になっている。

(習熟度最大 = 正:8FFFFFFF 誤:FFFFFFFF)

 そのため、効果が全て反転しており、攻撃魔法のダメージは全て反転して回復になる。魔力消費まで反転しているため、魔法を使えば使うほど魔力が回復する。

 実は光属性魔法に存在する"回復魔法"を使用すると、凶悪性能の攻撃魔法になる。(敵の耐性無視でのダメージ+魔力回復)

 さらに、強化魔法は弱体化魔法に、弱体化魔法は強化魔法になっているため、使い方によっては"無双"も可能、かもしれない……。


※余談2:全武器マスター

 全武器マスターにより全ての武器種の習熟度が最大だが、全属性魔法マスター同様にフラグ設定ミスにより習熟度がマイナス最大化している。ただし、武器が使えないため、それが判明する時は訪れない。

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