4.冒険者ギルドとお決まり
迷宮都市ラビリルは、高さ3mはあろうかという石壁で街の外周がぐるっと覆われている。最も目を引くのは、そんな壁を越え遥か高く伸びる尖塔を備えた古城。"ブライトネス"という名のその城は、街で一番背の高い建物だが、現在は誰も居ない"無人の古城"らしい。
ラビリルへは、東西南北にある門でのみ出入りできるらしい。俺達は南門から中へと入った。ちなみに門では冒険者らしき男が立っていただけで、通行税とか身分証明とか、その手の手続きは無かった。「身分証が無いなら冒険者ギルドで登録してきな!」的なイベントが起こるかと思ったのだが……、残念。
「おぉ~」
ラビリルの街並みに、俺は思わず感嘆を挙げた。木造と石造りの家々が立ち並び、大通りには冒険者と商人が大量に行き交う。日本の都会ほどではないが、ここもかなり人間が多い。しかしやはり大きいだけあって古城が目立つな。
「まずはどこへ行く?」
「そりゃぁもう、冒険者ギルドへ!」
今夜の寝床! とも考えたが、やはり異世界といえば"冒険者ギルド"でしょう?
「やれやれ」と言った表情のシルファ嬢に案内され、大通りに面した木造の建物前へとやってきた。
「おお! それっぽい!!」
盾の前に2本の剣が交差した図形の看板がぶら下がっており、入口は定番のスイングドアだ。
建物前で感動している俺を放置し、シルファ嬢はスイングドアを押してサッサと中へと入っていく。俺も焦ってその後を追う。
中には職員のほかに、"屈強"とか"柄が悪い"と表現するのが適切そうに見える冒険者らしき人々がいた。内数名はシルファ嬢を見て、その後ろに付いている俺に対して好奇な視線を向けてきた。入口正面は役所のようなカウンター、右手側にはバーで左手側は依頼ボードらしきコルクボードがある。
「登録ならこっち来やぁ」
シルファ嬢に促され、俺は正面のカウンターへと向かう。ぬぅ、なにやらジロジロと見られている感じ……。
「ようこそいりゃぁた!(ようこそいらっしゃいました!)」
カウンターに居た巨乳美人の受付嬢が、これまた謎言語で俺に話しかけてきた。や、やはりか……。もしかして、万が一でもシルファ嬢だけが独特な口調で話しているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「ぐっ、だ、大丈夫だ……」
つまり"言語理解"スキルにも問題があったということか。
受付嬢は「なにこの人?」と訴えるような視線をシルファ嬢に向け、シルファ嬢は「わからせん」というような素振りを見せる。二人でアイコンタクトしてんじゃあねぇ……。
「えっと、冒険者になりに──」
「ソロ専門のが、男連れとるがぁ~(ソロ専門の奴が、男つれてるなぁ~)」
俺の決死の告白(?)を遮るダミ声。どうやらシルファ嬢がガラの悪い冒険者に絡まれているようだ。俺じゃなくてソッチへ行きましたか……。
「……、アンタと組むよりよっぽどマシだわ……」
「こんなたぁ~けたツラした奴が俺よりマシ? そんなら試したるわ!(こんなアホな顔した奴が俺よりマシ? それなら試してやんよ!)」
なんかわからんですが、喧嘩売られてます? いや、勝手に代理販売された感じ? 本人を差し置いて勝手に取引成立させないでいただきたいのですが……。絡んできた男は結構なマッチョボディにモヒカンだ。どこの世紀末ですか。
「表ぇ出やぁー!!」
モヒカンはさっさと外へ出ていこうとする。どうしよう。武器もないのにどうしろと? こうなったら神の像(デスクワーク中)を鈍器代わりに……。
俺はこっそり開けた収納の穴に手を入れ、中から何かを引っ張り出す。現れたのはゴッド剣──
「あ、」
ぼよーん トスッ
うっかり柄を持ってしまったゴッド剣は、鞘から弾かれるように飛び出し、スイングドア横の柱に突き立てられた。さすが神の剣、何の抵抗もなく突き刺さったよ。
「なっ……」
今まさにスイングドアから外に出るところだったモヒカンは、そこで動きを止めた。ズボンがずり落ち、意外に綺麗なお尻が露わになる。どうやらかすったゴッド剣は、奴のズボンと下着の紐を綺麗に切断したらしい。
「……」
冒険者ギルド内が沈黙に覆われる。どうしよう、この沈黙が痛い!
「つ、次は当てる……」
ハッタリでいくしかねぇ! 完全に偶然だけどなっ!!
後ろ姿でもわかるほどに蒼白になったモヒカンがゆっくりとこちらを向く。ちょ! バカ! 振り向くんじゃねぇ! 尻だけじゃなくて前まで見えるじゃねぇか!!
「アンタじゃ勝てぇせん(アンタじゃ勝てない)、大人しく帰りゃぁ」
シルファさん、それは援護射撃ですよね!? 火に油を注いでるんじゃないですよね?
「くっ! おみゃぁ覚えとれよ!!」
モヒカンはズボンを半分引きずりつつ、転げるようにスイングドアから外へと飛び出していった。うわ、微妙に見えた……。
多少の妨害はあったが、晴れて冒険者になりました。俺は初級冒険者だそうな。討伐や依頼達成の貢献によりランクが上昇し、初級→中級→上級→超級→究極と上がっていくらしい。中級でやっと一人前、上級まで上がれるのは少数、超級なんて数えるほどしか居ないらしい。現在究極ランクは一人も居ないとか。こりゃ、究極目指すしかないな! ちなみにシルファ嬢は上級冒険者らしい。結構一流だったのね……。
俺はスイングドアから一旦外に出て、空を見上げる。日の高さからして、おそらくはまだ午前中だ。さてどうしようか。とりあえずダンジョンしてみるか? いや、そういえば俺って戦う手段が無いわ。となると武器……は使えないから、武器じゃない武器(?)を探すか、もしくは魔法を覚えるか……。
何となく背後に人の気配を感じ振り向く。そこにはシルファ嬢が居た。
「あ、どうもありがとうございました」
「……かまわせんよ、じゃ、行こか」
「え?」
どこへ?
「魔法、教えたるよ。か、勘違いせんでよ? たっかい薬使わせてまったもんで……」
俺の疑問が顔に出ていたらしく、彼女は少々恥ずかし気にツイっと顔を逸らしつつ言う。
「くはっ!!」
ツンデレかよ! なんだよ、案外謎言語イケルんじゃね? 結構クルよ、これは!
「い、嫌なら──」
「ぜひお願いしますっ!」
というわけで、ラビリルの街壁の外、人もモンスターもあまり来そうにない原っぱへとやってきました。
シルファ嬢の魔法講座で教えられたことは、まず魔法の属性は火水土風光闇の6つ。各属性には冒険者ランク同様に、初級、中級、上級、超級、究極の5段階の魔法があるらしい。自身に適正のある属性で、習熟度に応じたランクの魔法が使えるとのこと。
ちなみに、シルファ嬢は火と光の2属性持ちで、どちらも習熟度は上級ランクだそうだ。
「まずは火の初級から見したげるわぁー」
シルファ嬢が一歩前に出て、遠くの木を狙うように右手を突き出す。
「バーナー」
彼女の声に応じるように、右手から赤い光線が発射され、木の幹を貫き焼け落ちる。
「おぉーっ!」
すごい! 初級でこの威力!? これは魔法無双の予感!
「初級魔法は習熟度次第で効果が上がる。私は火属性上級ランクだもんで、私の場合は赤い矢が出る。初級ランクならちっさい火ぃしか出ぇせんよ」
ほぅ、初級魔法は伸びしろがあるらしい。早速俺はシルファ嬢と立ち位置を交代し、彼女を真似るように右手を翳す。
「バーナー」
カッ!! と鳴ったかと思うほどのまばゆい閃光が発し、シルファ嬢の放ったモノの数倍は太い光線が発射される。
「……、ん?」
一瞬、シルファ嬢が目を見開き放心していた。が、何か様子がおかしかったらしく、遠くを見て首をかしげる。
「どこに当たったかわっかぁせん(わからない)……、どこも燃えてせんし」
「……、確かに」
俺が撃ち出した極太熱線の射線上。あれだけの規模にも関わらず、どこにも焼け焦げ一つないし、「燃えた」という形跡すらない。
「ん……、とりあえず次。初級2個め、松明の代わりになる魔法、トーチ」
彼女の指先に小さな火が灯る。ただの火よりも少々明るさが強いように見える。早速俺も真似てみる。
「トーチ」
彼女と同様に、指先には小さい火が灯る。
「ん……、次は中級。防御力を下げる魔法。味噌に掛けるもんで、いのかんといてね(ミサオに掛けるので、動かないでね)」
もう俺の名前は安定の"味噌"ですか、そうですか。俺の悲哀を余所に、彼女は俺に向けて手を翳す。
「メルト」
翳した手からやや熱い熱風が吹きつけられ──
キンッ!
俺の服がそれを弾いた。
「?」
ゴッド服か! この服が魔法をレジストしやがった! さすが神の服。いや、どうやって言い訳したらいいんだ!?
「あ、この服、どうも魔法アイテムみたいで……」
「ふぅん、メルトを防ぐ服なんて聞いたことあれせんけど……」
「あ、はは……」
シルファ嬢は「まあいいわ」と割と軽い反応だ。なんか、だんだんと俺の扱いが「どうせコイツだからな」って雰囲気になってきてない?
自身の扱いについて少々釈然としないモノを感じつつ、俺もシルファ嬢に習い魔法を使う。
「メルト」
俺はシルファ嬢に向け、防御力低下魔法を掛ける。
「……、こそばい(くすぐったい)」
俺の手からは何か風のような物が出ているようだが、シルファ嬢は首をかしげる。俺の魔法、やっぱりなんかおかしいの?
「私が見せれる最高の魔法、火の上級」
俺のメルトがくすぐったい点については華麗にスルーし、シルファは次の魔法へと取り掛かる。
「フレイムピラー」
彼女の手から小さな火片が飛び出し、近くの石に着弾した。瞬間、石は火柱に飲み込まれる。
「うぉっ!」
火柱からは強い熱気が放たれ、今もゴウゴウと石を炙り続けている。
たっぷり20秒ほど燃えて、火柱は消えた。燃やされた石は真っ黒に変色している。
「よし俺も。フレイムピラー」
シルファ嬢同様に打ち出された火片は、真っ黒になった石に着弾し、火柱が発生する。
「ぜんぜん熱くあれせん……」
目の前に火柱が立っているのに、全く熱さを感じない。火の勢いは彼女が放ったモノと同様か、それ以上であるにも関わらず……。なんだろう、とても嫌な予感がする。
シルファ嬢は俺の生成したピラーに近づき、突然手を突っ込んだ。
「あっ、あぶない!!」
俺の焦りは、シルファ嬢の行動に向けたものか、それとも嫌な予感が当たりつつあるへのものか……。
「ぬくとい(温かい)」
俺の叫びをよそに、彼女は平然とそう言った。
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※余談:ゴッド剣とゴッド服
命名センスは壊滅的、鑑定の説明文も手抜き、ゴッド剣に至っては主人公の"ミサオ"が持つこともできません。が、実は効果は本物。ゴッド剣は"正しく運用"できれば、この世界最強の剣。ゴッド服はあらゆるデバフをレジストし、高い耐久性、防御力を誇り、自動洗浄付きで、気になる匂いもピンポイントで消臭してくれる優れものです。
デバフはレジストしてくれますが、攻撃魔法を全て防いでくれるわけではありません。
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