3.伊勢海老とエビフライ
「こんな森ン中で、一人でなにやっとるの? 武器も持たせんで、やられてまうよ……」
少女は大人びた雰囲気で、落ち着いた声色で俺に話しかけてくる。口調とのギャップが激しい……。
「え、あ、その……」
「怪我でもしとるの? 見たろか?」
わ、分かり辛いが、心配してくれているらしい。謎言語に気をとられ反応が遅れてしまったことで、俺が怪我でもしていると思ったらしい。
「あ、大丈夫です。助けていただいて、ありがとうございます」
「気にせんでええよ。そりゃぁそうと、こんなとこで何しとったの?(こんなところで何をしていたの?)」
こういう場合、「異国からの旅人」という感じの設定で話をするのが定石だろうか。この世界の常識が分からない以上、"転移者"がどの程度珍しいのかも不明だし、大っぴらになった場合に、不具合だらけとはいえ多数のスキルを持つ俺を利用しようという輩が集まってこないとも限らない。やはり、真実は信頼できる人にのみ開示すべきだな……。
「はい、異世界転移してきたばかりで、右も左も分かりません。お手数ですが、お助けいただけると助かります」
え、直前のモノローグと真逆だって? いや、考えてみてほしい、通りすがりで命を助けてくれるような人ですよ? 信頼できるでしょ? なにより転移直後に出会う美少女は、高確率でヒロインのはず! むしろそうあれ!
「え? 伊勢海老フライ?」
「聞き間違いひどすぎ!!」
"異世界転移"から"伊勢海老フライ"って「いせ」しか合ってねぇじゃねぇか!! そもそもこの世界に伊勢海老あるのか!? 伊勢って地名だぞ!? 伊勢があるのか!? そうなのか!? 伊勢海老をエビフライにしてもあまり美味しくないぞ!!(※個人の感想です)
「迷子? そんなら近くの街まで案内したるわ……」
「あ、うん、お願いします」
"迷子"には違いないんだけど、どうも"異世界転移"の意味合いが伝わってないっぽい。
「私は、"シルファリア・ミャオドーリィ"、シルファって呼んだって」
おっと、そうだ、俺も名乗ってない。名前の感じからすると「名・姓」の順っぽい。なら、俺の場合は"
「俺は"
「え? 味噌煮込み?」
「惜しい!」
"みさおみくに"と"みそにこみ"で、どことなく語呂が似てないこともない。
「ミサオ・ミクニ」
「味噌……煮込み?」
こりゃだめだ……。
「もう、味噌でいいです」
ふと見れば、シルファ嬢の外套が一部ほつれて、腕に切り傷らしきものが見えた。先ほどのイノシシは鎧袖一触で、手傷を負うような状況ではなかった。おそらくはそれ以前に負った傷だろう。ここは恩の一つでも売っておくか。であれば、脅威の"やわらかティッシュ"にご登場いただこう。ふふふ、俺のやわらかティッシュ無双はここから始まる!
俺は"収納"を発動し、空間に現れた黒い穴に手を入れる。
神の像(デスクワーク中)
「ちがーうっ!」
俺は再び収納に手を突っ込み……
塩パン
「じゃなくて! って、なんで塩パン入ってるの!? もぐもぐ」
バターが効いてて美味しい……。
瓶入りの液体(紫色)
「なんぞこれ?」
というか、収納の中に覚えの無い物がたくさん入っている。もしかして、管理者(神)がサービスで入れてくれた?
******************
名前:紫の回復薬
説明:
かなり回復する薬。今日は俺の誕生日……、それも、あと10分で日が変わるけど。
******************
鑑定結果がかつてないほどひどい! 薬の効能がわかりづれぇ!! そして後半いらねぇ!! そういう愚痴を見える場所に書いておくなよ!! せめて隠しコマンドでしか見えないところにしとけ!!
塩パン
「塩パン率たけぇな!」
一向にティッシュが出てこない。っていうかこれ、もしかして、"収納"したが最後、欲しいものを狙って出せない……?
「はは……」
俺は乾いた笑いを漏らす。"収納"スキルも安定の無能っぷりでした。シルファ嬢はそんな俺の様子を怪訝な表情で見ている。「助けたのは間違いだったか?」と言いたげな雰囲気だ。
「あ、塩パン食べます?」
「いや、食べせんけど……」
そうか、別にティッシュじゃなくても薬使えばいいか。仕方ない"やわらかティッシュ無双"はお預けだ。
「これ回復薬みたいなんで……」
俺は紫の回復薬を手に迷う。どうしたらいいんだ? 飲ませる? ぶっかける? よしぶっかけで。
紫の回復薬を、彼女の腕にある擦り傷にぶっかけてみた。
「あっ!」
「おぉ! すごい!」
僅かに血のにじんでいた切り傷は、瞬く間に消え去った。すごい回復力、ちょっと見てて気持ち悪いくらいだ。
「そ、それってエリクシール……? かすり傷に使う薬であれせん……(かすり傷に使う薬じゃない……)」
「へ?」
エリクシールってなんか聞いたことある気がする。よくゲームとかで終盤に出てきて、もったいなくて結局使えないアレだよな?
「わ、わたし、そんなお金、払えぇせんよ……」
シルファ嬢は自分の体を両手で抱え、ぶるぶると震える。怯えたようににこちらを見て、「くっ、体は許しても、心までは許さんし……」と呟いている。酷い誤解だ!! 結局、「価値を知らずに使ってしまった」「対価は求めない」という話を約30分に渡って弁明することになってしまった。管理者(神)よ、何を入れてくれてますのん……。
シルファ嬢の案内で街に向かう途中、いろいろと話を聞くことができた。謎方言のために分かり辛い時が多々あったが……。
やはり先ほど遭遇した生き物は"モンスター"であるらしい。あのイノシシはワイルドボアというモンスターだそうだ。モンスターはダンジョンで発生し、そこから外に溢れてくるという。やりましたよ、ダンジョンがありますよ、この世界! これから行く街は「迷宮都市ラビリル」という名前で、周辺にある4つのダンジョンに挑戦する冒険者で、いつも賑わっているらしい。キタよこれ! ボウケンシャですってよ奥さん! ダンジョンに冒険者で、これぞ異世界! 盛り上がってまいりました!!
それと魔法についても良いことが聞けた。どうやら魔法を使うためには、誰かに教えてもらうか、魔法辞典で調べる必要があるらしい。どちらの場合でも、"魔法の名前"と"効果"を知る必要があるとのことだ。魔法辞典は"冒険者ギルド"で貸し出しされてるって、もう、やりたいこと多すぎなことが問題だ!
「『魔法を学ぶ』『ダンジョンを探索する』、『両方』やらなくちゃならないってのが『転移者』の辛いところだな」
「なに言っとるの?」
俺の唐突な独り言に、シルファ嬢はかわいそうな物でも見るような目を向けてくる。そろそろ何かおかしい奴という風に思われてそうだ……、なぜだかそんな視線にもゾクゾクしてくる。
「今後の予定の確認です!」
「……ほ、ほぉーか(そうか)」
なんだろう、ちょっと引かれてる気がする……。
「それより、ほれ、街が見えてきとるよ」
彼女は敢えて俺から視線を外すように進行方向を指さす。なだらかな上り坂の先、石壁と門、そしてその向こう側には背の高い尖塔のようなものが見えている。
「おお! あれが"迷宮都市ラビリル"ですか!」
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※余談:亜空間収納スキル
別空間にアイテムを保管する。いつでも出し入れ可能。容量無限で内部は時間が経過しない。生き物は入れられない。
取り出す物が指定できないし、内容物を外部から確認もできない。取り出したい物が出てくるまで手あたり次第出すしかない。
あと、別口の不具合として、入れたものがたまに消える。
一応神様サービスとして、初期からお金や回復薬、食料などが入っているのだが、それが余計に狙ったものを取り出し辛くしている。
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