18.刺々とげとげ
「どうしてこうなるの?渚さん」
「あ、いやぁ」
「今日はお疲れ様会だって聞いてたのに。なんで私も渚さんのバイトの手伝いをしなきゃならないの」
「ごめんね、資料探しに手間取っちゃって」
英先生の仕事場に集合しお疲れ様会をやってくれると聞いてきたのに、肝心のメンバーふたりは私などそっちのけ。
渚さんは資料の山に埋もれているし、先生は締め切りに追われ執筆中。
「ゆずちゃん本当にごめんね。でも文句なら御影に言ってよ、いきなり連載のページ倍にしてくれって言うわりには締め切り延ばしてくれないんだから」
先生は普段からラフな格好が多いけれど、今日は一段とゆるそう。起きてからそのままみたいなスエット姿に眼鏡。外出時だけつけるのか、指輪はしていない。
「あ、先生ありました!これですよね」
「そうそう、ありがとう渚ちゃん」
「良かったです!」
「さて資料も見つかったしお昼にしようか。落ち着いたらまた改めてパーティーをすることにして…渚ちゃんコンビニでなんか適当に買ってきてくれない?」
「はーい」
「私も行くよ」
「大丈夫だよ、すぐそこだから」
「先生この前はすみませんでした」
「何が?」
渚さんが部屋を出てすぐに切り出すと、先生は手を止め、社長イスのような革張りのオフィスチェアをクルリと回転させ私を見た。
「どうしたの?改まって」
「私あの時、先生を下らないことで呼び出したうえに、写真撮られるところでしたし。先生は疲れてるのに、って御影さんに怒られちゃいました」
執筆中であろうパソコンの画面はなるべく見ないように努める。
「怜、僕の事なにか言ってた?」
「んー…連載の締め切りが近かったり大変な時なのに、って言ってました」
「そっか。んーじゃあ今度デートしよ。それでチャラね!」
「デート?」
「楽しみだな。あ、それであの時は怜にちゃんと送ってもらった?」
「え?あ…それは」
「まさかお持ち帰り?!」
「いいえ!でも…色々あってひとりで帰りました」
「は?冷たい奴だねー」
「違うんです!私が一方的に断って勝手に帰ったんです。ケンカみたいになって…いろんな質問した上に怒らせてしまって」
「そっか。怜はなかなかプライベートな話はしたがらないからね」
「…御影さんってずるいです」
「ずるい?」
「前まではみんなに対等で温度差や裏表のないただの仕事の鬼だと思ってました。お見合いをしても仕事バカだからうまくいかないんだろうな、って」
「うん確かに鬼編集だわ」
「でも、沙奈瑚さんを見る御影さんの顔は全然違って、優しさだけじゃなくて…少し、戸惑っているようにも見えて」
触っただけで壊れてしまいそうなものを大切に大切に愛しむような優しい瞳。だけど、一線を引くように距離をとろうとしているようにも感じた。
「怜は沙奈瑚ちゃんのことをなんて?」
「何も。でも御影さんはまだ好きなんだろうな、って、思います。だから彼は誰も寄せ付けず、誰に対しても上辺だけ。冷たさしかないんだなって」
「ほう」
「沙奈瑚さん以外見てないくせに…誰かを愛そうなんて思ってもいないくせに、お見合いなんかして…平気で人を傷つけて…からかって…」
「へぇすごいなぁ。僕以外に御影怜を理解してる人がいるなんて…でもからかってなんかないと思うよ。ただ、弱いだけなんだ」
「弱い?御影さんが?」
「そう。兄貴に勧められるままにお見合いを受けているんだと僕も思っていたけど、そうでもなかったんだよ」
嬉しそうに英先生が笑う。少し嫌な予感がした。
「怜の兄、煉から連絡があって、今回のお見合いはうまくいってるみたいだって」
「…そう、ですか」
痛い。何か刺々したものが胸の奥を刺すみたいに。じわ、っと…冷たい何かが溢れ出す。
「よかったですね」
また、お見合いするって言っていたし。わかっていたことなのに。
「本当にそう思う?」
「え?」
「だってゆずちゃん、怜のこと…」
「あ、憧れです!御影さんみたいな編集の仕事、素敵ですよね」
「ゆずちゃん向いてると思うよ。将来楽しみだな」
「いや、そんな…」
「ねぇゆずちゃん…本当に怜の事好きじゃないなら、僕は本気でゆずちゃんを好きになっちゃおっかな?」
いつも挨拶みたいにさらっと口説き文句を入れてくる先生に、思わず笑ってしまう。
「はい。ぜひ」
「え?」
「だってその後に必ず、でも僕は朱希が一番だけどねってくるんですよね?」
「ま、そうだね」
「ほらぁ」
私を元気付けようとしてくれる先生の気遣いが嬉しかった。
「じゃ、デートの約束忘れないようにね」
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