4.良子イイコ
当番でもない掃除を終え、駆け足で病院へ向かい母の病室の前まで行ったけれど、先約がいたので中には入らなかった。
声からして母の親戚たち。兄もいたと思う。また兄に会えば何を言われるかわからないし、いつも『さなちゃんイイコね』って言ってくれるおばさんたちに会うのも正直面倒なので、そのままアパートに帰ってきた。
家を出て2ヶ月。兄が結婚し、実家に同居すると言い出したために、様々な理由をつけ慌てて家を出た。
私は本当の妹ではないから。杠葉の家に来た頃の記憶は曖昧で、5年前に杠葉の父親が事故で亡くなった際親戚が話しているのを聞いて初めて知ったくらいだ。
だからと言って孤独を感じたことはなかったし、愛されていると思う。
だから迷惑だけはかけないようにって。
良い子でいようって。
ひとりきりのアパートで、夕飯をコンビニ弁当で済ませてシャワーを浴びる。
週末だけのコンパニオンのバイトだけれど、頼まれれば平日の夜も出来る限り働いた。
蘭館は王手社の社長婦人が経営している旅館で、ブルーローズは元々蘭館の中のバーの名前だったと上谷さんが言っていた。今はパーティーコンパニオンやイベントコンパニオン派遣というスタイルに変わったらしい。
宴会や接待、パーティーの場で料理の配膳やお酌、簡単な話し相手など、仲居の仕事を手伝う事もあった。
宴会などは個人のお客よりは会社での固定客が多く、見知った顔も増えた。
数か月で基本的なことはこなせるようになったけれど、なかなか臨機応変にはでないことも多い。
「ゆずちゃ~ん。君は本当にかわいいね」
空きそうなグラスを見つけてさりげなく傍によると、おじ様にいきなりおしりを触られた。悲鳴をあげてしまいそうになるのをこらえ、仕事だからと自分に言い聞かせ、冷静を装ってお酌をする。わけのわからない愚痴を聞かされ、更に際どい所まで触られながらも笑顔で相槌をうつ。
やはり覚悟はできていても、触られたくないものは触られたくない。
しかし渚さんの言うように『だから何?』と言われれば、そうかもしれない。
触られたからといって減るもんでもないし。
けれど、完璧な笑顔で受け止めるのもなかなか難しい。
「ゆずちゃん話聞いてくれてありがとね」
「いいえ。私なんかでよろしければいくらでも」
「優しいなぁ~」
ねちねちと執拗に触られ鳥肌が立つ。すると、
「先輩、やりすぎですよ」
隣にいた若い男性がさりげなく入ってきて、おじ様に言う。
「奥さまに言っちゃいますよ~」
「興醒めすることを言うな。ゆずちゃんが可愛いすぎて~お前もどうだ?」
「結構です!」
「そりゃお前のとこは可愛い嫁さんが待ってるからなぁ」
「はい。そこは否定しませんけど」
まぁまぁ、とおじ様をなだめ、軽快なトークで場を和ませながらお酌をはじめた彼は、後は俺がと目で合図をしてくれたので、私はその隙に一旦宴会場を出た。
上がりの時間だしちょうど良かった、とホッと一息ついたところに、
「助かった、って顔だな」
「え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます