3.男爵いも

「委員長?」

 はっとして顔をあげると、いつもつるんでいる女子三人組が私の机を取り囲む。

「ぼーっとして珍しいね。どうかした?」

「何でもない」

 放課後、帰宅部の私は急いで帰り支度をしていたのに、またしても彼女らに捕まってしまった。

 傍から見たら四人でとても仲が良いように見えているかもしれない。けれど、クラスでのランクで言うなら彼女たちは上位。私などただの道具でしかない。

 どうでもいい話で勝手に盛り上がり友達のようなふりをする。私もその方が楽だったから彼女らに振り回されていたけれど、違和感だらけでもう疲れた。

 そう思っているくせに言い出せない自分が一番腹が立つけれど。

「それでね、今日もその子にバイト代わってって言われちゃってー。だから掃除当番代わってくれない?」

 ほら、きた。

「え?でも先週も…」

「最近委員長付き合い悪いよねー。どーせ帰ってお勉強するだけでしょ?それともデート?」

「いや…」

「あ、そーいえば一人暮らししてるんでしょ?いいなぁ。彼氏呼び放題じゃん」

「…そんな人いないよ」

 夜はバイトだしその前に母の病院だって行きたいし。そもそも委員長でもなんでもないし。

「じゃあいいじゃん。今日だけだから、いいでしょ?」

「…うん、いいよ」

「ありがと~さすが。やってくれると思った」

 結局断れない。笑顔で引き受けてしまう。

 断ったところで初めから友達でもなんでもないのだから、何も怖いことはないのに。

 元々人は嫌いだ。関わりたくない。でも嫌われたくもない。

 そんな自分を変えたくてバイトを始めたのに。

 何も変わらない。変えられない。

 あの人の言う通り、私は良い子だ。兄の前だけじゃなくみんなにそう思われたいだけ。

 軽い気持ちで始めたバイトなのに、今ではバイトだけが私でいられる。良い子じゃない私でいられる、そんな気がして。

「また良い子ぶってる」

「え?」

 ひとりで当番でもない掃除を済ませ、黒板を消しているといつの間にか教室の入り口で腕組みをした女子が立っていた。

「渚さん」

「そーいうのやめたら?また掃除当番押し付けられたんでしょ?見てるとイライラするって言ったじゃん」

「ごめん」

「謝られてもね」

 やたらとスカートが短く、髪も明らかに金髪に近い明るさ。校則が厳しく普通の生徒ならすぐに説教だが、彼女はもう3年間このスタイルだし直させてもすぐにまた戻ってしまうので誰も言わなくなった。

「渚さん今日バイトは?」

「行くよ。ゆずは?」

「ちょっと!学校でその呼び方やめてよ」

「他に誰もいないし、それに苗字からとった“ゆず”なら問題ないでしょ」

「まぁそうだけど」

「単純。いっそ委員長って名前にすればいいのに。あ…そういえば今日、打ち合わせが1時間早まったって連絡きたけど」

「え?うそ」

 スマホを確認するとミルクさんから着信が数件あることに気づく。

「ま、手伝わないんで。じゃぁね」

「え?あ、あの!」

 呼び止めると、ゆっくり振り返る渚さん。

「何?」

 誰に対してもきっと同じ態度なんだろうと思う。彼女は強い人だと思う。

「バイト中に……触られたこととか、あるかなって」

「どこを」

「え、いや、その…足、とか」

「は?足?おしりとか胸くらい普通でしょ」

「そ、そうなんだ…嫌じゃないの?」

「だったらやめたら?触られたからなんだってゆーの?べつに泣いて怒ってもいいとは思うけど、男なんてそれくらい当たり前だと思ってるからね。腐った男爵イモだと思ってればいいじゃん」

「腐った?」

 ただのジャガイモじゃなくて、品種も決まっているのかと思うと可笑しくなってきた。

「あ、男爵イモに失礼か」

「そうかも。…ありがとう気が楽になった」

「そう?でもキスくらい覚悟しといたほうがいいよ?」

 元々パーティーコンパニオンのバイトをするきっかけは彼女に誘われたからだった。




 お店に入ってすぐの、一番目につく一角。

 平積みに置かれたハードカバーの本を手にとり、じっくりと眺める。かわいらしいポップや店員オススメの内容なんて興味はないけれど、買うか買うまいか吟味しているかのようにページをめくってみたりして匂いも嗅ぐ。でも決して文字は目で追わない。

 できるだけ平常心で、たまたま気になって手に取りました、みたいな顔で。間違ってもニヤケないように、ミーハー感を殺して喜びを噛み締める。

 その時、

「委員長?」

「え!ど、どうしたの」

 突然呼ばれ、慌てて本を隠すように置いた。

「珍しいねー委員長が寄り道なんて。何してるの?」

「いや、ちょっと…」

「えーまさかこんな小説とか読むのぉ?うわぁ」

「ち、違うよ!」

「だよねーさすがのいんちょーだって読まないよね。こんな重たそうで字がいっぱいある本なんて誰が読むんだろうね」

「う、うん。そうだね。あ、私、急いでるから」

 彼女といつもつるんでいる他の友達も集まってきてしまう前にその場を離れる。


 ここ数日そんな風に本を買うタイミングを逃す事が連続し、落ち込む。

 昔から本が大好きでいつも読んでいたいけれど、 クラスの子に見つかりたくなかった。イコール根暗だと思われたくなかったから。

 良くも悪くもなるべく目立たず、家族に迷惑を掛けないように、嫌われないように。

 委員長でもないのに、委員長と呼ばれている時点でクラスの子には嫌われているんだろうけど。

 だから図書室には放課後、あまり人のいないような時を見計らって訪れ、こうして一番端の席で静かに本を読む事がどれだけ幸せか。

 そして今、何故か…待ちに待ったはなぶさ先生の新刊が、目の前に置かれている。

 よく見ると、表紙にサインまでしてある。

「え?」

 私はここが図書室であることも忘れてしまうほどの衝撃を受け、ガタンと大きな音をたてて立ち上がってしまった。

「えぇ?」

 夢か幻か、ドッキリか。恐る恐る英先生の新作に触れようとすると、

「図書室ではお静かに」

 見慣れない顔の金髪の子が隣の椅子に座わった。

「す、すみません」

「まぁ、座りなよ」

 とりあえず彼女に習い大人しく従う。

「それ、読みたいんじゃない?」

「え?…いや、べつに」

「なんで、隠すの?買おうとしてたのに、お友達に見られて慌てて隠してたよね」

「は?」

「この前本屋で見た。図書室でもたまに見かけるのにいつもこそこそしてるっていうか…お友達と違う趣味持つのって犯罪なわけ?」

「え…もしかして、あなたも本好きなの?」

「全然。私はただ静かだし快適だからここにいるだけ。…それ、あげるよ。私、活字見ただけで頭痛くなるし」

「でも…」

「いらないならいいけど、」

「いります!」

 手に取ると、いつも図書館で慣れ親しんでいる本とは違い真新しい紙の匂いに嬉しさが込み上げた。

 英先生の本は昔から大好きで全部持っているけれど、まさかサイン入りなんて…宝だ。

「バイト先でもらっただけだし」

「え?バイト?」



 酔っぱらいの相手をするだけだし、編集者や作家の出入りもあるからと誘われたコンパニオンのバイトだったけれど、今思えばただそれだけの理由ではなかった気がする。

 今のこの現状が何か少しでも変わるのならと。変わらなきゃいけないと。


         

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