七話 初陣

◇2014年 11月22日 土曜日

 最初のターゲットは召喚や喚起の実験の生贄として人を使っている魔術師に決めた。拠点は関東に有るらしい。

 理由は二つ、一つ目は召喚にわざわざ生贄を必要としている辺り、大した魔術師では無い可能性が高いという事。これなら今の氷華でも勝てる可能性が高い。命自体は惜しく無いが何も成し遂げていないのに死ぬ訳には行かないので、勝算の無い戦いを挑んではいけない。

 二つ目は、単純に拠点が近いという事だ。


 と、いう事で敵の拠点にやってきた。建物自体はやや広いだけで普通だ。隠蔽やら防衛やらの関係で周りに民家が無い。要は一般的な魔術師の拠点だ。

 氷華は右目の魔眼を使ってトラップや警報を回避しつつ、内部に侵入する。そこまで高度な物は無かったので、容易に建物内に入る事が出来た。

 気配を消しつつ建物の構造を探る。どうやら実験は地下で行われているらしく、そこに攫われた人が捕らえられているようだ。とりあえずそちらの救出を優先すべきだろう。殺すのは後で良い。

 そう判断して地下室に向かった氷華は、吐き気を催す光景を見る事になる。


「うっ……」


 最初に目に入ったのは床に描かれた赤い魔法陣だ。よく見たらそれは人間の血で描かれていた。周りを見れば、原型を残さない程ぐちゃぐちゃになり、元の性別や年齢が判別できなくなった死体、魂魄を破壊され廃人になった少女、全身の血を抜かれた幼い少年等が転がっていた。


「こんな、こんな事がありふれてるっていうの? ははは、本当に魔術っていうのはろくでも無いんだね」


 自分が経験したような、いや、それ以上の悲劇がありふれているのだ。ここまで来ると笑えてくる。そして、自分を作り、一番の興味の対象である魔術が、幾多の犠牲を積み上げて発展してきた事を知り、増々自己評価が低くなるのだった。

 だが、まだここには生きている人が居る。それなら彼らを助けなければならない。そう思って閉じ込められている檻に近づいた瞬間、身の危険を感じてその場を飛び去った。


「誰だ貴様は?」


 惨劇に気を取られて周囲への警戒がおろそかになっていたらしい。捕まっている人の安全を考えれば先に救出したかったが、見つかってしまった以上やむをえない。守りながら戦うのは少々骨だが、先に殺すとしよう。氷華はそう判断して戦闘用人格に切り替える。


「……何でガキがこんな所——」


 相手の中年男性が疑問の声を上げる間に、氷華は剣を装備して斬りかかる。


「ッ貴様、年の割にはやる様だが人の拠点に一人で乗り込むなんて無謀だな。連続悪魔喚起、起動」


 敵が声を上げると同時に、血の魔法陣が起動して連続で悪魔が現れる。相手が召喚や喚起の研究を行っている事は分かっていたので、当然こういった攻撃も対策済みだ。


(敵性対象、ソロモンの七十二悪魔。事前に生贄を蓄積し、それを開放する事で高速の同時喚起を行っていると推定。増加防止のため追儺を行う)


 氷華は左手に持った追儺用の短剣型礼装で悪魔に斬りかかる。一度触れるだけで悪魔は消滅し、本来居るべき異世界に戻っていった。基本的に神格を呼び出すより追い返す方が簡単なので、敵に有利な場所である事を考えても当然だ。

 だが、悪魔は連続で召喚されるため、三柱程度で平衡状態になった。


「ははは、これぞ私が完成させた事前生贄システム。予め生贄を捧げておく事で、戦闘時に連続かつ簡単に悪魔共を呼び出す事が出来るのだ!! 貴様では追儺が追い付かないようだな」


 偉そうにこちらの推測が正しい事を証明してくれた敵を横目に、戦闘方針を考える。とりあえず今は捕まった人が人質にされないようさりげなく守りつつ戦っている。


(召喚可能回数は無限では無いが未知数。よって術者の殺害を実行する。敵正面の悪魔が障害)


 敵は常に氷華との間に悪魔を一体配置している。恐らく盾役なのだろう。触れるだけで消滅するとは言っても多少の間は有るので、その間に他の悪魔を盾に出来る。その為一気に突撃するのは難しい。だが、要は盾役を補充される前に突っ切れば良いだけの事だ。

 他の悪魔が放つ炎を冷却した剣で相殺しつつ、盾役の悪魔との距離を詰める。


熱力学第二法則改変MOTSLOTエントロピー減衰術式起動AOED


 左手の短剣を突き出し、悪魔を追儺する。


大気中の熱エネCTEルギーを運動エITAネルギーに変換IKE


 それと同時にエントロピー減衰術式が起動し、氷華の体が弾き飛ばされた。


「な……!!」


 残りの悪魔達は主を守るべく攻撃を行うが、それが届くより先に氷華の剣が心臓を貫く方が速い。彼女が剣を突き刺した一瞬後、悪魔達の攻撃により左手が肩の所で脱落した。


 日常用の人格に戻ると氷華は左手の痛みに顔を顰めた。だが、その直後に右手に激痛が走り、そのまま意識を失ってしまう。


◇数十分後


 氷華が目を覚ますと、右手に黒い靄のような物が纏わり付いていた。恐らく死の直前に全力で氷華に呪いを掛け、それが原因で意識を失ってしまったのだろう。

 一方、左肩の傷は止血されていた。元々戦闘服にはある程度の自動治癒効果も有るのだ。だが、既に傷が塞がり始めているせいで、左腕を繋ぎ合わせるのが難しくなっていた。新しく生やす事も可能だが、それは今の氷華にはかなり時間が掛かる。

 やむを得ないので、とりあえず切り離された左腕を見た目だけ繋ぎ、神経は魔術で代用する事にした。想像を絶する痛みが有るが、治している間に失われる命が有る以上当然の判断だった。


 共犯者は居ないようだったので、殺すのは一人で大丈夫だろう。捕まった人たちは魔術で眠らされていたので、とりあえず解除して警察署の前に置いておいた。その内目を覚ますだろう。

 こうして魔術師殺しは初陣を終えた。


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