八話 絶望
氷華は戦闘の振り返りをしていた。初陣の時はもっと効率的な立ち回りが出来た筈だ。動きに無駄が多かったし、止めを刺す事に集中した結果周囲への警戒が薄れて腕が切られてしまった。初戦なので仕方が無い部分は有るが、次はもっとしっかりしないといけない。
何せ千切れた腕を無理やり接続し続けるのと、受けたままの呪いの対策に演算力を持っていかれているのだ。その分を埋め合わせ出来るだけ戦闘を最適化しなくてはならない。いや、むしろ更に強くなる必要が有る。何せ初陣の相手はかなり弱いという理由で選んだのだ。これからはより強い相手と戦う事になるのだ。
数日後にはまた魔術師を殺した。前と同程度の力量の相手だったが、今回は軽傷で済んだ。立ち回りの最適化が功を奏したという訳だ。
戦闘を追える度に振り返って最適化を行い、殺した相手の研究成果を学んで知識を増やした。日常生活の間も余った演算力を使って戦闘シミレーションや魔術の学習を繰り返した。訓練の結果、傷や呪詛に対策に割く以上の速度で演算力が向上していった。
時間さえあれば氷華は魔術師を殺しに行った。
人を喰う怪物を呼び出そうとした魔術師や、銀行強盗を繰り返して金を稼ぐ魔術師等、何十人と言う魔術師を殺し、その数倍の一般人を救った。そして、その体に帯びた呪詛と傷を増やしていった。
次第に体がボロボロになる反面、この時の氷華は誇らしい気持ちだった。自分が傷つく代わりに何人もの罪なき人間を救う事が出来たのだ。何の価値も無い自分でも人を救う事が出来たのだから上出来だろう。
氷華は本気でそう思っていた。違う立場に立つ一人の少年に出会うまでは。
◇2015年 3月29日 日曜日
氷華はまた魔術師を殺してきた。日本国内の彼女が殺せる程度の魔術師はほぼ全滅したので、今回からは外国の魔術師だ。
苦戦しつつも無事撃破し、外国の為隠蔽に手間が掛かったが無事終了した。
「今回は流石に疲れたなー。次から飛行機じゃなくて自分で移動しようかな。多分その方が早い——誰?」
「やっと見つけた」
氷華の背後に一人の少年が立っていた。年齢は中学生程度で、容姿自体は普通だが、両手にナイフ形の礼装を持って殺気を放っている。既に人払いは展開されているようだ。
「お前だな。お父さんを殺したのは!!」
「恐らくそうでしょうね」
今まで殺した魔術師のうちの誰かの息子だろう。
「何でそんな事したんだ⁉」
「何故って、貴方の父親が魔術師を殺すような研究を行っていたから——」
「そんな筈は無い!! あんなに優しいお父さんだったんだからな」
「……え?」
涙ながらに訴える少年の言葉を聞いて、氷華は困惑していた。彼女は殺す前に対象が何をやっているのかを徹底的に調べている。冤罪を産んでしまった可能性は極めて低い。
だが、目の前の少年が嘘をついている様には見えない。つまり両方本当なのだろう。
「ははは」
確かに人命を無視する非道な魔術師ではあったが、同時にちゃんとした父親でもあったのだろう。少なくとも100%完全な悪ではなく、誰かに思われていたという事だ。
氷華は魔術のせいで誰かが死ぬことが無いよう、そして自分と同じ思いをする人が生まれないようにする為に魔術師を殺してきた。だが、実際には悪とは言い切れない人間を殺し、それによって特に悪いことをしていない者を悲しませた。
「ははは、本当に私はどうしようもないな」
「笑ってんじゃねえ!!」
いつの間にか氷華の腹部にナイフが突き刺さっていた。氷華は絶望した時笑う事を知らない人からすれば、逆上しても仕方が無いだろう。
今の氷華にとっては大した傷ではなく、直ぐに処置すれば問題ない程度だ。だが、自分がいかに浅い考えで行動していたのかを知ってしまった氷華はろくに動けなかった。
その間に相手はナイフで氷華の体を切り裂く。数秒後には致命傷に達し、
「肉体の損傷確認。敵性対象の撃破並びに肉体の再生を実行」
「は?」
それが少年にとって致命的になった。
「え……? そんな……私、そんなつもりじゃ……」
人格が戻った氷華の眼に映ったのは、体と頭が泣き別れになった少年の体だ。
氷華は人格を戦闘用に切り替える練習はしたが、勝手に切り替わらない様にする訓練はしていない。その為生命の危機に瀕して人格が切り替わってしまったのだ。
それでも通常なら問題は無かった。他人を害する魔術師以外には危害を加えられないのだから。だが、この少年は氷華と言う他人に刃を突き立ててしまった。結果はご覧の通りだ。完全な悪と言い切れない所か、ただ父親を失っただけの少年を手にかけてしまった。
「はは、ははは、何が人を救えただよ。そんな事で正義の味方にでもなったつもりなのか? ははははは、これじゃあ私が殺した魔術師達と何も変わらないじゃないか!!」
氷華は自分が今まで殺した相手の身内がどうなったのかを調べた。
妻の突然死に絶望して自殺した男が居た。
孤児になった事で周囲からいじめられている少年が居た。
表で経営していた会社が立ち行かなくなり、路頭に迷った会社員が居た。
自分が原因になった不幸を目の当たりにして、氷華は絶望した。やはり今まで殺してきた魔術師と何も変わらない。
この日、誰かを助ける為に誰かを害するという事がどういう事なのかを、霧崎氷華は初めて理解した。
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