四話 親殺し
一階に戻ると、遺伝上の父と自分を産んだ女が口論していた。
「おい、どういう事だ。何故あれに魔術教育をしていない?」
「良いじゃないですか。放っておいても勝手にやっているんですから」
「そういう問題じゃない。実験という物は変化させた条件以外は同じにする必要が有るんだ。今回なら魔術教育自体は普通に行わないと、魂魄改造による優位性が正確に測れない」
「だ、だって私より美人だし、氷太様もあの子の事ばっかり気にしてずるい」
「……何言ってんだお前」
彼らは自分の事について話している様だが、そんな事はどうでも良かった。氷華は氷太に剣を突き付ける。穏便な話し合いで済む事はまずないだろうと判断していた。
ちなみに、彼女は西洋の魔女のような服装をしていた。物理的にはどう見ても戦闘に向かないのだが、魔術的には手持ちの服で戦闘に最適なのがこれだったのだ。
「貴様、どういうつもりだ?」
「それは私の台詞」
「……ああ、地下室を見たのか。だから何なんだ?」
「だから何だって……」
「凡庸な人生を送る筈だったお前が、魔術の発展に貢献できたのだ。素晴らしい事ではないか。あの素体もあのままなら一生発揮されなかった才能を有効活用してやったんだぞ。感謝こそされても、剣を突き付けられる謂れは無いな」
ああ、これは駄目だ。
もしかしたら納得できる理由が有るのかもしれない。この時まではこう思える程度には魔術師に期待していた。いや、自分が大好きな魔術が汚れた歴史の積み重ねで出来ていると思いたく無かったのかもしれない。
だが、そもそも価値観が違い過ぎた。これではこれからも被害が増え続けるだけだ。これはもう殺すしかない。
「ふーん、だけどお前は俺に逆らえない筈だぞ。そういう風に設計——」
「氷太様。危ない!!」
突然氷太に覆いかぶさった為、氷華の剣が母親を切り裂いた。それを無視して氷華は追撃を加える。氷太は慌てて剣を取り出し応戦する。
「おい止まれ。止まれって言ってんだろ!! 兵器が所有者に逆らうんじゃねえよ!!」
「いつから私は貴方の物になったの?」
言われてみれば確かに氷華には誰かに従いたい、支配されたいという欲求が有った。ずっと感じていた欠落の正体はこれだろう。だが、恐らく一度所有者と認めてしまえばその相手には絶対に逆らえないが、そうなる前なら嫌悪感で相殺出来る程度の欲求だ。殺そうとしている相手に従う筈がない。
要するに、氷華の好感度を上げて早めに手懐けておかなかった氷太のミスだ。そもそもこういう状況になるという発想すら無いのだから仕方が無いのかもしれないが。
「チッ、面倒くさい。まあ俺はお前なんかに負けはしないがな」
氷太は戦闘が専門では無いが、それなりには出来る。いくら戦闘用に設計したとは言っても、まだ実戦経験が無い子供に負ける程弱くはないつもりだった。
将来性の有る個体だが、所詮試作品だ。上手くコントロール出来ないのなら殺さない理由は無い。
氷華の剣を受けつつ、屋敷に仕掛けられた礼装を起動し攻撃する。
だが、氷華もどんな礼装が家に有るのかはよく知っているので、容易に回避出来た。
「熱力学第二法則改変、熱エネルギーを運動エネルギーに変換」
氷華が使い慣れているエントロピー減衰術式を使って、氷太を弾き飛ばす。崩れた壁に埋もれた敵に斬りかかろうとした次の瞬間、細い鎖が腹部を貫いた。
「はあ、はあ……暗殺対策に色々仕込んでおいてよかったー。はあー、このスーツ直さないとなー」
損傷と出血でパフォーマンスが落ちたため、後は止めを刺すだけだと判断した氷太は愚痴を呟く。だが、これが命取りになった。戦闘においては、敵が確実に生き絶えるまで油断してはいけない。
「肉体の損傷及び多量の出血確認。基本命令無し、生命維持を最優先事項に設定。止血完了後、敵性対象の破壊を実行」
「……は?」
「熱にして乾、即ち火」
氷華が圧縮詠唱を唱えた瞬間、炎が発生し絨毯や家具に燃え広がる。それによって発生した熱を使い、炎に囲まれて動けない氷太に突撃する。
そのまま氷太の胸に飛び乗って肋骨を砕き、首を切断しようとするが、ギリギリで回避されてしまった。
氷太は一旦距離を取って、先程も使用した鎖を飛ばしてくる。氷華はそれを回避し、空いている左手で掴み振り回した。
調度品や壁が衝突して砕け、最後に天井を突き破る程振り上げた後、残っていた炎の熱も合わせて全力で床に叩きつけた。
「がッ、はッ」
床を突き破って地下に落下した氷太を追い、その心臓を突き刺した。
「グッ……貴様、何故……?」
その何故は何を聞きたくて発した言葉なのだろうか。自分を殺そうとした理由か、あるいはどうして人格が変わったのか。もう本人にも分からないが、恐らく両方だろう。
「何も命令を受けていなかったため、生命維持を優先した」
「……ああ、そうか。そういう事かー。こうなるんだな」
恐らく、普段は人間としての氷華が表に出ているが、何らかのきっかけで魂魄内部に増設した兵器としての部分が表に出てくることが有るのだ。演算組織がメインになるため、当然思考速度は上がる。
今回は生命の危機をきっかけにして入れ替わったのだろう。
基本の人格をベースに色々付け加えただけのつもりだったので、こんな事になるとは予想外だ。
こうして、ある天才魔術師は最後に新発見をしてその生を終えた。
◇◇◇
雲宮悟は霧崎邸にやってきた。氷太に呼ばれたのだ。何でも見せたいものが有るらしい。
「え……?」
屋敷に入って目に入ったのは、散らかった室内に壊れた壁、二人の男女の死体、そして、その真ん中で呆然としている黒髪の少女だった。
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