五話 恩人と兄

「え、なに……これ……?」


 内臓を貫かれたと思った次の瞬間、部屋がぐちゃぐちゃになって父親が死んでいた。さらに言えばいつの間にか傷が塞がっているし、時計も進んでいた。


「私が、やった、の……?」


 父親を殺した事には後悔はない。いくら嫌いな相手でも人殺しには罪悪感が有るが、今後の犠牲を防ぐためにはやむを得ない。最初から覚悟は決めていた。

 だが、それが自分の認識出来ない間に勝手に行われていたとなれば話は別だ。自分が自分で無くなって勝手に人を殺したという事なのだから。

 余りの衝撃にしばらく呆然としていた氷華は、彼女に呼び掛ける声によって現実に引き戻された。


「氷華ちゃん?」

「あ……悟さん?」

「何が有ったのか説明してくれるかな?」


 雲宮悟はいつものように穏やかな、それでいて有無を言わさぬ口調で問いかける。氷華としても、一人ではこの先どうしようもないので正直に全て話した。ただし、彼女が誰かに従いたいという性質を持つ事は隠しておいた。よっぽど嫌いな相手以外には、氷華にとって致命的な弱点になりかねない。いくら知っている人でも弱点を明かせない程度には、彼女は魔術師と言う生き物に絶望している。


「成程ね。で、君はどうするつもり?」

「あの人に様に一般人を犠牲にする魔術師を殺して回ります。あのような魔術師は珍しい物では無いのでしょう?」

「まあそれはそうだね。全員とは言わないけど、魔術師は一般人の言う倫理観が低い者が多い。だけど、良いのかい? 凄く危険だけど」

「構いません」


 氷華は誰かが死んで、自分と同じ思いをする人が生まれるなんて事は嫌だった。無論危険だし、人殺しなんてしたく無い。


(だけど私はただの作り物。そんな私が死のうが手を汚そうが何の問題も無いよね)


 自分が父に作られた兵器だという事を知った氷華は、自己評価が異常に低くなっていた。容姿、能力、人格全て作り物でしか無かったのだから当然ともいえる。

 そんな訳で、自分が死のうが怪我しようが殺人者に成り下がろうが全く問題ないと本気で思うようになってしまった。そんな事より誰かが理不尽に死ぬなんて事の方が問題だと考えていた。


「そうか……じゃあとりあえずこれを片付けて、本家を上手く誤魔化さないとね」

「……意外ですね。てっきり止められるかと」

「まあ僕には実害無いしね」

(霧崎一門にもこの子の討伐対象居そうだけど、まあ仕方が無いね。それに今まで育児放棄されていて、ちゃんと魔術師としての教育を受けていない子に魔術師の論理を受け入れろと言うのは酷だろうし。何より魔術師は自らの目的に邁進する物だからね)


 ここで氷華を止めなかった辺り、雲宮悟は魔術師としては善良な部類に入るだろう。本当に善良な人間なら、たとえ彼女と戦う事になってでも止めるのかもしれないが。


「とりあえず上手い事後始末して、気が付かれないようにしようか」

「そうですね。その上で法定相続分だけ遺産貰って資金にしますか」

「それが良いね」


 二人で家の片付けを終えた後、とりあえず一旦別れた。数日後に本家で後継者や遺産の分配を決める会合が開かれるだろうとのことだ。


◇◇◇


◇地下室

「……お兄ちゃん、うう……」


 氷華は泣いていた。ぼろぼろと涙が零れて止められなかった。殺し合いの為に感情を封印し、悟と話している間もずっとそうしていたので、一人になった瞬間一気に悲しみがこみあげてきたのだ。


「……起動」

「え?」


 突然康介が、いや、康介だった者が起き上がった。


(もしかして何かの間違いだったんじゃ……いやそんな筈は無いよ。ただ兵器として起動しただけだね)


 氷華は涙を拭って幼馴染だった物に向き合う。


「質問。貴女が僕の所有者か?」

「はい? 違いますが」


 質問の意味は分かる。氷華だって誰かに従属したいという欲求が有るのだ。増してや、彼の場合基本的な人格すらほぼ無く、他の欲求が皆無なのだから、最初に所有者を求めるのは当然だろう。

 それはそれとしてその要求には答えられない。氷華が今一番恐れているのが、従属欲求に負けて自由に行動できなくなる事だ。それを他人に、それもする訳にはいかない。


「では僕の所有者は?」

「居ません。先ほど死亡しました」

「では使用者が現れるまでは魔術の学習並びに緊急時の敵性対象の排除のみ行う。また、個体名を要求したい」


 氷華は兄のように慕っていた人物の変わり様に悲しみつつも、思考は高速で回っていた。演算組織が多い為、並列思考が得意で感情と論理を切り離す事が出来るのだ。


(個体名って名前だよね。確かに設定されてなかったかな。えーと、私があの人を殺した事を隠すには、私たちが兵器として作られた事も伏せた方が良いよね。そうなると私の実兄って事にするのが良いかな。確かうちの家って当主は自分の子供に氷って付く名前を付けるっていう習慣が有るんだよね。じゃあ……)

「霧崎氷夜と言うのはどうですか?」

「了解」

「それと、戸籍上は私の兄という事にしておきたいのでよろしくお願いします」

「分かった。僕はここの離れに住むので、要件が有ればそこに」


 そう言い残して氷夜は去っていった。

 氷華が彼に抱く思いは複雑だ。見た目が康介そのものだが、中身は違う。別に氷夜が悪い訳では無いが、もう会えない幼馴染の顔で行動されるのは少し不快だし、不可能だと分かっていても返して欲しいとも思う。

 一方で兄のように慕っていた相手と同じ顔の相手を嫌いになる事は出来ない。そもそも氷夜も被害者なのだから。


◇あとがき

氷「YouTubeの方で魔術設定解説動画を上げたので良かったら見て下さい」

優「最初の設定集と書いてある事殆ど同じだけどな」

https://youtu.be/kxZG50AbTm4

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