二話 幼少期②
◇2009年 7月24日 金曜日 金森市
「あ、おはよう、お兄ちゃん」
「ああ、おはよう氷華、相変わらず可愛いな」
「えへへー、嬉しい」
夏休み前日の朝、いつも通り通学路で康介に会った。
「今日は修了式だから長い話聞くだけだな。楽だけどつまんないんだよな」
「へーそうなんだ。修了式じゃなくて終業式だと思うけど。修了式は学年が変わるときで、学期の終わりは終業式だね」
「……いやほとんど同じじゃん」
「音は似てるけど、意味は違うよ。そもそも漢字が違うしね。修了式の修はおさめるとか学ぶっていう意味で、了は終わるっていう意味。つまり一年間に勉強しないといけない事を全部やったっていう式なんだね。終業式は終が終わるっていう字で、業が学問とか業務っていう意味だから、授業が今日で終わりっていう意味なんでしょ」
氷華は正しい言葉に訂正する。正直正式な場でなければそこまで気にする事では無い気がするが。さらに言えば小学生にいう事では無いだろう。
「……お前って頭いいよな」
「うん、テストもいつも百点だよ」
「俺も割と点数は良いんだけどな……」
康介は比較的優秀では有るのだが、常識の範囲内の話だ。氷華と比較するのは酷と言う物だろう。
「ああ、明日から休みだからお前の家に行っていいか? 前から行ってみたかったんだ」
「ごめんそれは無理。お母さんにも誰にも入れるなって言われてるし」
そもそも魔術を知らない人が出入りするのは割と難しい。一応案内有なら出来なくは無いが、かなり危険だ。そんな所に住まわせている癖に自分からは魔術を教えてくれなかった母は、控えめに言って最低だろう。
「じゃあ別にいいけど、お前って遊んでるときつまらなさそうなんだよな」
「う……バレてた?」
氷華は魔術を学び始めてから、他のことに対するやる気が異常なほど失せていた。遊びや勉強だけでなく、家事なども面倒だと感じ、そんな事をするぐらいなら魔術の勉強をしたいと思うようになっていた。まあ家事は誰もやってくれないので自分でやるしか無いのだが。
康介を始めとする友人と話すのもそれなりに楽しいのだが、それでも魔術程ではない。
「でも家でもつまらない事ばっかりしてる訳じゃないんだろ? だから家で何してるのか知りたかったけど、まあ無理ならいいよ」
「ありがとう。でも私がいつもやってる事は一人じゃないと出来ないから大丈夫だよ」
「まあそれならいいけど、じゃあ次は夏休みの後だな」
「うん!! またね~」
放課後、氷華はいつも通り魔術の勉強をしていた。
「ふむふむ、熱力学第二法則は改変可能なのね。あー魔力が生成される時もこれ変わってるんだ。割と便利そうだから練習してみよー」
「へえ、もう現代魔術やってるんだ。流石天才だけあって早いな」
「あれ? 悟さん来ていたのですか?」
声を掛けてきたのは亜麻色の髪をした初老の男性だ。雲宮悟と言い、霧崎家に拠点を構えているので良く訪ねてくるのだ。実験設備を借りたいらしい。
「ああ、うちは土地の関係で隠蔽が甘いからね。派手な魔術はつかいづらいんだよ」
雲宮家は一応街の外れで周囲に余り民家の無い場所に有るが、山の中にある氷華の家程の隠蔽性は無い。氷華の家は元々実験場として作られたため、生活における利便性は無視しているが、普通に暮らす家だとそうはいかない。
更に面積や機器も不足している為、霧崎邸の設備を借りる事が多い。
「それにしても、近代魔術を一通り修めた上で、科学の知識も必要な現代魔術を小学校一年生で勉強するなんて凄いよ」
「そうなんですか?」
「ああ、うちの息子なんか最近始めたばかりだからね」
「ふーん、まあ私は魔術が大好きだから、これだけは誰にも負けないって決めてるので」
「それなら頑張りなさい」
この頃には氷華は家にやってくる魔術師達と会話する事が多くなってきた。会話の通じる年齢になったと判断されたのだろう。
それにより彼女の魔術の力量が正確に認識され、父と並ぶ天才として有名になっていた。本人は有名になる事には余り興味はないのだが、大好きな魔術をほめられるのは純粋に嬉しい。
学校では友人達と話し、家では大好きな魔術を学ぶ。この小学生時代は彼女の人生の中でも極めて充実した時期だと言えるだろう。
だが、それでも氷華は大きな欠落を感じていた。間違いなく楽しくは有るのだが、自分の有り方が間違っている気がしてならない。具体的にどうすれば良いのかは全く分からないが。
この、どこかモヤモヤしつつも楽しかった生活は、彼女が小学六年生の時に終わりを迎える。
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