三話 転落

 転落は突然だった。

 身近な人はこれからもずっと変わらず生きている。人は皆そう考えているだろう。

 だが、大切な人が明日死なないという保証はどこにもない。

 そんな不幸は珍しいことでは無いのかもしれない。だが、もしそれが止められるものならば、もう起こらないようにしようと思うのは当然では無いだろうか。


◇2014年 10月8日 土曜日

 氷華は修学旅行に行っていた。その二日間の間に、悲劇は起きた。


 金曜日に帰宅し、翌日の土曜に康介の家を訪ねた。珍しく家に血縁上の父が来ているようだったが、彼はずっと地下に籠っていたし、そもそも交流が無いので無関係だ。


「こんにちわー」

「……あら、氷華ちゃん、いらっしゃい」

「あれ、何か有ったのですか?」


 出迎えた彼の母は、随分と憔悴した様子だった。


「ええ、あの子が一昨日から行方不明でね。家でなんてする子じゃないから、誘拐じゃないかって……」

「え……成程、捜索願は出しましたか?」

「うん……でも見つかる可能性は低そうだって」

「そうですか、大変な時にお邪魔してしまってすみません」


 とりあえず、氷華は自分でも探してみる事にした。彼女の千里眼は良く知っている物も対象に出来るので、知り合いを探すのは簡単なのだ。見えない屋内に居る可能性も有るが、それでもその建物までは見えるので問題ない。氷華は、とても簡単な捜索だと思っていた。


「え……」


 千里眼が捉えた自分の家を見るまでは。


 氷華は、急いで家に戻り、地下室に向かった。彼女が家の中で把握していない場所はここぐらいしか無かったのだ。

 そして、見てしまった。ベッドに固定され、体中を切り刻まれた跡が有る康介の姿を。


「お兄ちゃん!! 何で、こんな事……」


 解析の魔眼で見る限り、生命活動が停止している訳では無いようだ。だが、生きているとは言い難い。

 魔術師として優秀な彼女は、感情論を抜きにして理解出来てしまった。魂魄の状態が大幅に変化しており、もはや彼の人格が残っていない事を。これでは死んだのと何も変わらない。


「う、うう……何で、何でお兄ちゃんが……」


 氷華にとって、彼は本当の兄同然だった。ずっと一人で生きていた彼女に、愛情を注いでくれる唯一の人間だったと言っていい。唯一の肉親を失ったも同然だ。

 ひとしきり泣いた後、何のつもりでこんな事をしたのか考え始めた。勿論今でも悲しいのだが、魔術師としての冷静な部分は分析を始めていた。そしてこれをやった相手を殺してやりたいと考えていた。


 何らかの実験に使ったのは分かる。だが、具体的に誰がどういう目的でやったのだろうか。やったのは十中八九父だろうという事は分かるが。

 室内を一通り探すと、実験の計画書が見つかった。とりあえず目を通してみる事にした。



「あはは、あはははははははははは、こんなの、こんなのってないよ……」


 思わず乾いた笑いが出た。感情がぐちゃぐちゃで自分でもよく分からない。兄を殺された悲しみ、それをやった者への怒りを感じ、そして何より、霧崎氷華と言う人間のアイデンティティを破壊された。

 何せ、天才だともてはやされた魔術と、康介が褒めてくれた容姿はハリボテでしか無かったのだから。更に、氷華の根幹をなしていると言っていい魔術が大好きという気持ちすら、作り物でしかない。

 こんな人間に何か価値が有るのだろうか。いや、無い。霧崎氷華は人間でしかなく、道具でしかないのだから。なるほど違和感が有る訳だ。何せ真っ当に生きる事なんて想定されていないのだから。

 それならそれで、自らを使い潰すまでだ。だが、あの父親の思惑通りに動いてやるつもりは全くない。自分と同じ思いをする者を一人でも減らすだけだ。

 まずは手始めに、自分の父親をどうにかするとしよう。


◇あとがき

氷「私が読んだ内容は次回です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る