Episode/Zero ある魔術師の原点

一話 幼少期①

 霧崎氷華は物心ついた頃からずっと一人だった。一応彼女を産んだ人間も同じ家に住んでいたが、殆ど何もしてもらえなかった。要するに育児放棄されていたのだ。

 普通の赤子ならそんな環境では成長できず、死んでしまうだろう。だが、氷華は生き残る事が出来た。食事の用意等の生命維持に必要な事だけではなく、言語の習得等も自力で行った。

 明かに異常なのだが、本人はかなり先までそのことを知らなかった。


 数年間は毎日ただ生命を維持するだけの生活をしていた。毎日ただ生きているだけの楽しみも喜びも無い生活に変化が訪れたのは、魔術を学び始めてからだ。

 ある日、血縁上の母が不思議な力を使っているのを目撃した。話を聞く限り、うちに沢山ある本にやり方が書いてあるようなので、勉強してみる事にした。今までただ生きていただけの氷華が、生まれて初めて自分からやってみたいと思ったのだ。

 とりあえず、初心者向けと書いてある本を読んでみる事にした。


「うんうん、へー面白いなー。よし、頑張って勉強して私も魔術師になるぞー」


 魔術はとても面白く、氷華は物凄い速度で知識を吸収していった。

 魔術の知識を一度に詰め込み過ぎるのは危険で、きちんとした指導者が居ないと死ぬ事が多い。それを氷華が知ったのは、既にかなりの量の知識を身に着けた後だった。時すでに遅しとなる筈だったが、何故か氷華は平気だった。

 とにかく氷華は毎日魔術の勉強をして過ごした。今までのただ生きているだけの生活とは比べ物にならないくらい楽しく充実した毎日だった。


 だが、一つ問題が有った。氷華は誰かと会話する事が殆ど無かったのだ。血縁上の母は彼女の魔術習得速度に驚き、嫉妬するだけで、まともに話してくれない。時々父を始めとする来客が有るが、基本的に対応するのは母なので、氷華が喋る事は余りない。話す事が有ったとしても、魔術が凄いと褒められる程度だ。ちなみに母は自分が教えている事にしているらしく、教育が行き届いていると褒められていた。

 普通の家庭なら家族以外に近所の子供と遊ぶ等のコミュニケーションが出来るが、氷華は家の立地上、魔術師以外の人間と会う事が出来なかった。


 コミュニケーションに飢える生活が終わったのは、小学校に入ってからだ。


「え、えっと……初めまして、霧崎氷華です」

「わー凄い美人さんだー」

「髪の毛きれー」

「山の上の幽霊屋敷に住んでるってほんとー?」

「わわ……」


 入学式の後、今までろくに会話したことが無いのに、大勢の人に囲まれたので対応に困ってしまった。

 ちなみに氷華が自分の容姿について自覚したのはこの時だ。整っていて綺麗なのは分かっていたが、基準が少ないので客観的に見てどうなのかは判断出来なかったのだ。


「え、えーと、とりあえずあの家に住んでるのは本当だよ」

「うそだーだってお母さんに危ないから近づくなって言われたもん」

「こっそり行こうとしたけど、迷っちゃってぜんぜん近づけないんだよねー」

「どうやってあそこまで行くのー?」

「あわわ……」


 魔術の事を打ち明ける訳にはいかないので説明できないのもあり、完全にテンパっていた。時間が来て皆が帰らなければ永遠に続いていたのかもしれない。

 帰宅後、とても疲れていたが、楽しんでいた自分が居る事に気が付いた。やはり人間と言う生き物は多かれ少なかれ他人とコミュニケーションをとる必要が有るという事なのだろう。

 とはいえ大勢の友達に囲まれるのは疲れるし、魔術と言う秘密を抱えているので友達付き合いはそこそこでいいだろうと考えていたし、実際そうしていた。


 中でも一番親しくしていたのは、山を下りて直ぐの所に住んでいる一歳年上の茶髪の少年だ。名を遠山康介という。何故親しくなったのかと言えば、途中までの通学路が完全に一致しているからだ。

 彼は氷華に学校の事や遊び等を教えたり、悩み相談をしたりしていた。本人は可愛い後輩に良い所を見せたい程度のつもりだったが、ろくに愛情を受けずに育った氷華は彼を実の兄のように慕っていた。彼が教えた遊びの中に魔術程興味を引く物は無かったのだが、それは氷華は魔術が好きだというだけの話だ。


 しばらくすると、氷華は学校の授業が極めて簡単で有る事に気が付いた。実際には年齢相当なのだが、彼女は大人でも理解が難しい魔術を学んでいる。それに比べたら、いや、比較対象にならないぐらい簡単だ。

 学校の勉強や宿題は面倒なので一切せず、ひたすら魔術を学んでいたが、それでもテストでは満点しか取った事が無い。


「わー氷華ちゃん全教科100点だー。すごーい」

「えへへ、まあこれくらいはね」

「すっごい美人さんだし、勉強も出来るし、かけっこも速いから凄いよねー」

「あんまり褒めないでよ~」


 魔術師と民間人では色々違う事ぐらいは分かっているので、好成績をひけらかすつもりは無かったが、褒められるのは純粋にうれしい。

 一年生の夏休み前には、同級生から凄い人として尊敬を集めていた。本人は余り気にせず、魔術の勉強ばかりしていたのだが。


◇あとがき

氷「小学生の話し方って難しいですね」

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