三章エピローグ

三章エピローグ

「僕は戻る。次は早めに呼んでくれ」

「……分かりました。お疲れ様です」


 氷夜は初めから居なかったかのように自然に立ち去る。一方の氷華は何か言いたげだ。


「なあ、氷華ってあの人の事どう思っているんだ?」

「前も言いましたが、嫌いでは無いですよ。色々思うところは有りますが、彼は被害者ですからね。だから兵器としての役割に囚われず、好きに生きて欲しいとも思わなくは無いのですが、そもそもあの人に願望や感情が存在するのかすら分からないのでどうしようもないです。言葉の端々から見れば皆無という訳では無さそうですが。いずれにせよ、私は彼を兵器として使いたく無いのです。これは100%私の個人的な感傷ですから、そのせいで死んだユリウスさんには何とお詫びすれば良いのやら」

「いや、最初自分だけ狙われていると思っていたんだから仕方ないだろ」

「いえ、そもそも勝算が無いのに一人で挑もうとした時点で私は大馬鹿者です」


 そう氷華は自嘲する。どうして氷華はそうも自分を貶めたがるのだろうか。


「さて、とりあえず。この状況を何とかしましょう」


 エミリアは固まったままだし、琴音は泣いているし、ユリウスの遺体は地面に転がったままだ。さらに地面は血だらけなので放置するのは不味い。仕方が無いので優斗は一旦話を打ち切った。


 葬式は明日、キリスト教式で行う事になった。琴音はとりあえずそっとしておくしかない。今氷華が話しても逆効果になる可能性が高いし、優斗は込み入った話が出来る程の信頼関係を築けていない。

 一通りの片付けが済んだ後、優斗は語気を強めて氷華に話しかける。


「氷華、お前今すぐ体を治せ。お前なら時間はかかるだろうが出来る筈だ」


 全身がツギハギと言うのは異常な状態だが、魔術を使えば理論上は死ななければどんな怪我でも治せる。氷華なら治せるはずだ。


「それは出来ません。治療に必要な数か月の間、私は戦闘不能になりますから」


 これ程の負傷を治すには精密な魔術を使い続ける必要が有る。その間に戦闘と言う激しく動き、魔術を連続で行使する作業をなんてしてしまったのなら、台無しになって一からやり直しだ。


「それに呪詛が邪魔で上手く治療出来るとは限りませんしね」

「それなら休めよ!! 呪詛の方も時間を掛ければ何とか出来る筈だろ」

「そんな事は出来ません。以前に比べて減ったとはいえ、まだ魔術師による民間人への被害は多数存在します。私が戦えなければ何人死ぬのか分かりませんので」


 確かに彼女のいう事は正しい。氷華が数か月動かなければ、最悪万単位の人間が死ぬ事になる可能性が有る。それを看過できないのなら、身を削ってでも止めるというのは正しい判断だ。無論、氷華自身の負担を計算に入れなければの話だが。


「なんで……なんてお前はいつもそうやって自分を犠牲にするんだ。お前が何で自己評価低いのか知らないけどな、もしお前が苦しんだらお前が殺した人や助けられなかった人が喜ぶとか思ってんのか!!」

「貴方の方こそ何故私なんかを心配するのです?」

「なんでって……」


 もし答えられたのなら、彼女を止める事が出来たのかもしれない。だが、この時の彼は自分の感情を言語化出来なかった。



 琴音はユリウスを失った悲しみと、強烈な自己嫌悪に陥っていた。何故氷華を責めるような事を言ってしまったのだろうか。

 淡い恋心を抱いていた相手の突然の死により、我を失っていたのは事実だ。だが、いくら冷静じゃなかったとは言っても、死ねば良かったのにという意味の事を口走ったのは確実に自分が悪い。一番大事な友達の筈なのにどうしてそんな事を言ってしまったのだろうか。


 もしこの時に何故そんな言葉がこぼれ出たのかを理解出来れば、彼女達の未来は幾分かマシな物になったのかもしれない。

 だが、この時の琴音はまだ気づいていなかった。自分が氷華に対してどれだけドロドロとした感情を抱いているのかを。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る