九話 霧崎氷夜

九話 霧崎氷夜

「……は?」


 アルフレッドは今日何度目か分からない戸惑いの声を上げる。だが、一番驚きが大きかったのは今回だ。何せ未来視に一切の予兆が無く、突然腕を掴まれたのだから。こんなことは生まれて初めてだった。

 振り返ると、そこに居たのは茶髪の少年だった。


「氷夜さん……」

「遅刻を謝罪する。後退を推奨、戦闘を引き継ぐ。本来このような状況が僕の存在意義」

「ですが……いえ、分かりました。後はよろしくお願いします」


 不本意そうにしつつも、氷華はそう言い残して優斗の治療に向かう。残ったのはアルフレッドと氷夜だけだ。


「何だ、お前……」

「霧崎氷夜」

「そういう事が聞きたいんじゃない。どうやって僕の未来視をすり抜けた⁉」

「別に複雑な事はしていない」


 アルフレッドは掴まれた腕を振り払い、いったん距離を取ろうとする。だが、一瞬だけ空中に魔法陣が出現すると同時に、残っていた右腕も切断される。


「がッ——て、てめえ、どれだけ速いんだ!!」


 確かに本人の言う通り複雑な事はしていない。ただただシンプルに圧倒的に速い。だから未来視と現実にほぼ差が存在しない。それだけのことだが、未来選定の対策としては完璧に近い。

 もはやアルフレッドには勝ち目がない。彼は未来選定を除けば、強くは有るが二十三魔人には劣る程度でしかない。その程度では氷夜に勝てる筈が無い。強いて言えば逃げれば生き残る目は有ったかもしれない。しかし、痛みと怒りで冷静さを失っていたアルフレッドは、無謀な特攻を仕掛ける事になる。



 氷華は切断された優斗の腕を繋げた。そこまで時間が経っていないので、元通りにする事はそう難しくない。


「これで大丈夫だと思います。違和感が有るかもしれませんが、数日後には馴染むでしょう。あと、血が減っているので、立ち眩みがすると思います」

「お前も出血酷かったけど、大丈夫?」

「ええ、そもそも私はまともな生命活動をしている訳では無いので」

「……いやその話は後だ。それよりあの人は何なんだ?」


 設立当初から変わっていない上位二人を除けば、世界最強とされるアルフレッド。その彼を圧倒する霧崎氷夜とは何者なのだろうか。少なくともただの魔術師では有り得ない。


「……流石に説明が必要ですか。とは言ってもそこまで複雑な話では有りません。普通魔術師の能力を向上させる時は、魂魄に演算や記憶を行う組織を外付けします。あくまで外付けするだけなので、魂魄の中身は変化しません。長年中身の改造は不可能と考えられていたのですが、霧崎の先代、要するに私の父は世界で初めて人間の魂魄の構造を変化させる方法を開発しました」

「はあ⁉ 天才だとは聞いていたけど、そんな事を⁉」

「ええ、文献に残したり、誰かに伝授する前に死んだので失伝してしまいましたが。そして、魂魄の中身を書き換えた場合、普通に上乗せする場合より大幅に能力が向上します。当然、人格が残らない、感情等の人間性が低下するといったデメリットは存在しますが、戦闘魔術師という兵器を作る上では極めて有効な手段と言えるでしょう。当然先代もそう考え、実際に作りました。それが彼、世界屈指の魔術弱国である日本の切り札になる事を期待された人間兵器です」

「……成程な」


 道理で強い訳だ。確かに魂魄を改造されたのならあれぐらいの戦闘力が有ってもおかしくない。

 話している間に氷夜がアルフレッドをバラバラにしていた。どうやら終わったらしい。


「戦闘終了」

「……お疲れ様です」

「特に疲労はしていない。それより遅れて申し訳ない。早ければ死人は発生しなかった」

「いえ、仕方が無い事です」


 普通に魂魄の中身を変えられただけなら、人間性を失うのみで有り、それ以上のデメリットは無い。だが、氷夜の場合、成熟していない技術で、かなり無理な改造を受けたため、長時間活動出来ないという問題が有る。また、一度戦った後には数か月の休養が必要だ。

 普段は寝ており、一日に数回程周囲の状況を確認するようにしている。その為、今回のような緊急事態への対応が遅れてしまうのだ。氷華もそれが分かっているので、遅れた事を責めたりしない。だが、それを知らない者が一人いた。


「なんで、なんで早く来てくれなかったの? そうすればユリウスさんが死ななくて良かったのに」

「琴音さん……」

「氷華ちゃんもだよ!! 氷華ちゃんが魔術師に嫌われるような事をやってるからユリウスさんまで殺された!! それなのに自分だけよくもまあのうのうとッ」

「雲宮!! そこまでにしておけ。いくらなんでも言っていい事と悪いことが有る」

「あ……ごめんなさい」


 琴音は自分が何を言おうとしたかに気づき、青い顔で謝罪する。

 彼女の言う事には正当性は無い。氷夜が長時間動けないのはどうしようもない。また、氷華が何をしているのかは知っており、実家に恨まれているのも予想出来る筈だったので、彼自身が対策すべき事だったのだ。だが、今の琴音にそんな合理的判断を求めるのは酷だろう。

 一方、氷華は氷華で自己評価が異常に低く、人が死ぬ事に関する責任を過剰に感じる傾向が有るので、


「良いのです、優斗さん。私が居なければ彼が死ななかったのは事実でしょうから。申し訳ありません。琴音さん、ユリウスさん。私なんかと一緒に居ない方が良いですよね……」


 このように、全て自らの責任にしてしまう。

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