七話 魔法 未来選定

 アルフレッド・クリスティアン・エインズワースは生まれつき未来視の魔眼を持っていた。だが、彼は異能者ではなく魔法使いとして扱われる。未来視の魔眼が異能者の中では比較的ポピュラーだという事も有るが、それ以上に彼の魔法が有用かつ異常だからだ。

 彼は物心付いた時から物がブレて何重にも見えていた。はじめはそれが普通だと思っていたが、周りの人に聞く限りそういう訳では無いらしい。成長するに従い、ブレて見える物と本来の物が見分けられる様になった。そして、物が時間経過ブレて見える像のうちどれか一つと同じ動きをする事に気が付いた。


 ラプラスの悪魔と言う概念が有る。これは全宇宙のあらゆる物質の状態を完全に把握し、それを解析出来る能力を持った存在が居るとすれば、その存在は未来の全てを完璧に予想出来るという物だ。

 古典力学においては、物質の位置と運動量さえ分かれば今後どのような運動をするか計算する事が出来る。これを決定論と言う。これを宇宙全体で行うのがラプラスの悪魔だ。

 この考えが正しいとすれば、未来は現代の状態によって既に決定されており、変化する事は有り得ない事になる。仮に未来を知った人間がそれを変えようとしても、それすら計算に入っているのだから。

 だが、結局物質の運動量と位置を同時に測定する事は出来ないという事が明らかになり、ラプラスの悪魔は完全に否定された。これは魔術世界においても同じであり、未来はそもそも不確定であり、完璧に予想する事はいかなる魔術を用いても不可能であるとされている。占い等の未来を予想する魔術も存在するが、それはあくまで予想するだけだ。天気予報と同じような物である。


 アルフレッドにブレて見えているのは、その物体に今後起こる可能性の有る未来だ。未来視の魔眼にも種類が有るが、彼の場合は“取りうる可能性の有るパターンを見られるだけ見る”という物だ。そして、この中のどれかがランダムに現実になる。これだけならそれなりに貴重では有るが、大騒ぎする程ではない。

 だが、彼は見えたパターンの中から、どれが実際に起きるかを選択する事が出来てしまった。これが、魔法・・未来選定・・・・。理論上は無敵と言われる最強の魔法だ。完璧に予想するどころか、好きなように未来を変える事が出来てしまう。

 何故こんな事が出来るのかは本人にも説明不能だが、魔法と言うのは往々にしてそういうものだ。

 これを身に着けた時、周囲の人間は喜んだり、過剰な期待を向けたりした。だが、彼は怖かった。もし自分が間違えて取り返しのつかない事をしてしまいそうになっても、誰も止められないのだから。

 だから彼は自分が間違えない様に判断を他人に任せる事にした。彼の魔法を知った時、唯一危険性を考えたエインズワース家の当主である父の指示にのみ最小限従い、後は極力行動しない事にしている。


◇◇◇


 氷華が剣で切りつけようとするが、アルフレッドの横を空振る。続いて得意のエントロピー減衰魔術で周囲の温度を上げる攻撃を行おうとするが、失敗させられた。その気になればあっさり殺せるにもかかわらず、氷華の攻撃を失敗させるだけだ。完全に遊ばれている。

 地力だけなら氷華の方が上だ。魔術の構成速度や威力、身体強化の強度等は氷華が上回っている。普通に戦ったならほぼ確実に氷華が勝つだろう。アルフレッドが未来視を持っている事を加味しても、範囲攻撃や自動追尾等を使えば勝利出来る。

 だが、攻撃を全て失敗させる様な相手に、多少の地力の差など何の役に立つのだろうか。無論彼女が魔術を失敗する可能性はほぼ零に等しいが、アルフレッドは小数点以下に零がいくつ並ぼうが可能性があり、そのパターンを観測出来れば実際に起こせてしまう。

 結局一度も攻撃が当てられず、アルフレッドの適当な攻撃で消耗する一方だ。


 一方、優斗は刀を構えたまま勝機が無いか考えていた。琴音はユリウスの遺体を抱えて泣いているし、エミリアは固まっている。それでいい、二人とも無理は無いことだし、参戦しても状況は変わらない。


(勝機が有るとすれば、あれが自動じゃなくて本人が毎回自分でやってる事だな。どれが起きるか選択される前に攻撃を当てられれば有効だと思う。問題はそれをどうやるかだな)


 あの魔法は理論上は無敵だが、一つだけ穴が有る。それが毎回手動で発動しているという点だ。

 未来視で起きる可能性を見て、その中からどれか一つを選択している。その為、観測されてから選択されるまでの間に攻撃するか、何らかの方法で未来視をかいくぐれば攻撃出来る筈だ。

 だが、それはどちらも難しい。未来選定はどれが起きるか選ぶだけで良いのだが、普通の魔術を構築するにはやる事がそれなりに多い。その為多少思考速度に差が有っても失敗させる方が早い。

 そして、後者は更に難しい。優斗は気配を消すのが得意だが、それで未来視をどうにか出来るとは思えない。

 そもそも未来視の魔眼は周囲の情報を収集し、そこから未来を予測する物が多い。その為、情報収集を妨害出来れば良いのだが、物によって仕組みが異なるため簡単ではない。


(どうすれば、どうすれば良い……そもそも僕が咄嗟に思いつくような策なら既に誰か考えてるだろ。だからと言って後先考えず特攻しても死体が増えるだッ——!!!!)

「さて、そろそろ終わりにしようか」


 その声が響いた次の瞬間、氷華の体がバラバラに切断された。


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