六話 第三位

「ああ、これは不味い……」


 左目の魔眼で敵の姿を氷華が、珍しく諦めと絶望の色を帯びた声で呟く。


「氷華?」

「とりあえず戻るよ。舌噛まないように」

「「え、」」


 氷華は優斗とエミリアを抱えて全速力で家まで戻る。当然二人とも物凄く揺れた。


「ちょ、氷華何を」

「悪いけど今それどころじゃない」


 余程の事じゃない限り崩れない氷華の敬語が取れている。それを見て、優斗は想像以上に深刻な事態だという事を悟った。


「分かった、どうすれば良い?」

「どうすれば良いんだろうね……いつかはこうなるかも知れないとは思ってたけど……」

「落ち着け!!」


 優斗は氷華の両肩に手を置き、呼び掛ける。ちなみに既に戦闘準備は出来ている


「は……すみません」

「あれ? もう帰ってきたの?」


 玄関で騒いでいた音を聞きつけたらしい琴音とユリウスが出てくる。


「丁度良かった。全員逃げて下さい。恐らく標的は私だけなので、離れて貰えれば問題ないです」

「はあ? ふざけんな」

「良く分かりませんが、逃げましょうか」


 優斗とユリウスが正反対の返答をする。優斗は氷華が絶望するような事態で一人にしたく無いのだが、ユリウスにしてみれば自分の命の方が大事だ。だが、いずれにせよもう遅かった。


「ああ、それなら別に見逃しても良かったんだけど、あいにくそういう訳にもいかない。面倒だけど頼まれた以上はやらない訳にもいかない」


 庭の中央に一人の男が立っていた。日本では数が少ない白人である事を除けば外見上の特徴は無い。

 ややくすんだ金髪と緑の眼を持つ30前後の男性で、服装はジーンズに白いYシャツだ。どう見ても外国人旅行者だが、その筈が無い。一般人なら複数の結界に覆われたここに入って来れる筈が無いのだから。いや、たとえ魔術師であってもそう簡単な事では無い。少なくともこんな短時間では無理だ。


「はあ、思ったより防衛の魔術が多いし、一個一個の質が良いから困ったよ。誤作動を観測出来ない・・・・・・と素通りは無理だからね」

「何で……貴方が……」

「そりゃあそこの彼女がやってる事を考えればそうおかしな事じゃないだろ。ユリウス・フォン・シュターベルク君」


 成程、氷華が絶望する訳だ。この相手には勝てない。

 二十三魔人第三位・・・“未来の選定者”アルフレッド・クリスティアン・エインズワース、人間の範疇に収まっている中では世界最強とされる存在だ。勝率はほぼ0と言っていい。


「で、そこの和服の君と、茶髪の子と、後金髪のちっちゃい子は好きにしていいよ。後の二人は恨みは無いが死んでくれ」

「え……俺も⁉」

「うーん詳しくは知らないけど、なんか上の方で色々有ったらしくてね。ついでに殺してくれって言われたし。ああ、出来ればそこの小さい子を連れてきて欲しいって言われてるけど、出来ればでいいなら面倒だからやm……」


 アルフレッドが喋っている間に氷華が光線上の魔術を放ち、攻撃する。だが、当たらなかった。いや、アルフレッドによって当たらない軌道にされた。


「君ほどの魔術師なら無意味だって分かるだろ。無駄な抵抗は止めるんだな」

「ですが、私はまだ死ねません」

「そうかい、じゃあ遊んであげよう。ああ、じゃあつまらない方は先に終わらせよう」


 そう言った途端、ユリウスの頸動脈が弾け、首から血があふれ出る。間近に居たため血を浴びた、琴音が悲鳴を上げる。


「ひっ……」

「しまt……」


 氷華が治癒魔術を掛けよとするが、アルフレッドによって失敗させられる。やり直そうとするが、その間に接近したアルフレッドが氷華を殴り飛ばす。


「ぐッ……」

「うん? 君どういう身体構造してるんだ? なんか妙に死ぬパターンが少ないんだけど」


 その後も攻撃を加えるが全て失敗するか命中せず、一度も有効打を与えられていない。傍から見れば氷華がふざけているようにしか見えない。


「どういう事? まさかふざけてる訳じゃないよね……」

「はあ、はあ……仕方が有りません。確かに彼女は強いですが、それは常識の範囲の話。あれには普通に強いだけでは勝てません」

「ユリウスさん⁉ 喋っちゃ駄目!!」

「もう変わりませんよ。どうせ助かりませんから」


 氷華なら治せるだろうが、その彼女もいつ殺されてもおかしくない状態だ。そしてユリウスや優斗では助けられない。琴音に関しては言わずもがなだ。


「ああ、悪いが無理だ。傷を塞ぐ事自体は出来なくも無いが、僕では時間がかかり過ぎてそれより先に失血死する」

「ええ、分かってます。まあ遅かれ早かれこうなっていたでしょうしね」

「そんな事言わないでよ!!」


 琴音は必死に傷口を抑えるが、出血は止まらない。そもそもアルフレッドは、自分が相手をしている氷華以外には治せない程度には深い傷を付けたのだから。

 ついに耐え切れずに琴音が涙をこぼす。ついこの前に親友を失ったばかりだというのに、何故思い人まで失わなければならないのだろうか。


「う、うう……」

「そんな顔をしないで下さい。短い期間ですが好きな研究が出来て楽しかったのですし、貴女と話す時間も悪くなかった。まあ随分早死にですが、そこまで未練が有る訳では……ああ、貴女をまた悲しませてしまう事だけは未練と言えば未練ですね、ごめんなさい」


 そう言って一人の魔術師が息を引き取った。これ自体は魔術世界全体で見れば小さな出来事かも知れない。だが、雲宮琴音と言う少女の心に大きな傷を残す事になる。

 一方、霧崎氷華は死の寸前まで追い詰められていた。



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