八話 ツギハギ

「氷、華……」


 頭が真っ白になった。

 勝算の有無など吹き飛んだ。

 気が付けば足が動いていた。

 とにかく全力で剣を振るった。


「はあ、手を出すつもりは無かったのに」


 アルフレッドは指示されていない事はしたく無いので、適当にあしらっておけばいいだろうと思い、剣の軌道が頭上になるパターンを選択した。見た所大したこと無いようだし、軽く揉んでやれば良いだろう。


「……は?」


 確かに頭上の軌道を選択した。それならば刀は掠ってすらいない筈だ。だから絶対に無傷でなければおかしい。その筈だ、その筈なのに、何故自分は血塗れになっているのだ?


 未来選定はこれから取りうるパターンの中から自分が望む物を選択する魔法だ。一方、優斗は起こりうる全ての可能性を同時に発生させる魔法が使える。この二つがぶつかった場合後者が勝つ。

 正確に言えば勝つという表現は適切ではない。アルフレッドは起こりうる可能性の中からどれか一つを選択できるが、優斗はそれを全て現実の物とする事が出来る。どれを選ぼうが結局全部起きるのだから無意味という訳だ。

 もっとも、優斗はこれの結果を予想した訳ではなく、無我夢中で突撃しただけなのだが。


「はは、はははは、なるほど君は僕の天敵という訳か……ふふ、惜しかったね。もう少し君に攻撃力が有れば勝てたのに。地力が足りないらしい。放置するつもりだったけど、君を放っておくと不味そうだ。殺す」


 自分の脅威になる存在が現れた途端、思想を捨てて保身を優先する辺り、彼も根が小物なのかもしれない。まあ、そもそも自らを害せる物が居ないという前提の元構築された価値観なので、前提が変化すれば変わるのはそうおかしな事ではないが。

 一方の優斗は、今になって氷華がどうなったかを冷静に認識し、呆然としてしまった。


「あ……」


 当然そんな隙を逃す筈もなく、アルフレッドは攻撃を仕掛ける。初手で右手の手首が切断される。次に左腕が肩から離れた。三手目で首を切断される。

 その直前、黒い糸束のような物が飛び散り、光の柱がアルフレッドの左腕を切断した。



「どういう事だ。貴様は確かに殺した筈だ、仮に死ななかったとしてもこんなに直ぐ治る筈が無い!!」

「はあ、はあ、はあ……避けられた、か」


 そこに居たのは、髪が短くなり、全身が血で真っ赤になった氷華だった。逆に言えば、さっきバラバラになったというのに全身が血塗れになった程度で済んでいるという事だ。

 髪が短くなったのは分かる。先ほどの攻撃に使ったのだろう。髪を使えば強力な術式を短時間で使える。だからこそ咄嗟に動いて致命傷は避けつつも、攻撃が当たったのだ。普通にやったのなら、死んでいると思っていた油断込みでも失敗させられていただろう。

 だが、そもそも生きているのがおかしい。魔術師であってもバラバラになれば普通死ぬ。死んでいない、つまり魂魄が肉体から離れていなければ治せなくは無いが、数秒では無理だ。ついでに言えば、自分で治すのはまず不可能である。バラバラになれば治癒が終わる前に死ぬので、その間ずっと生命維持し続ける必要が有る。全身バラバラになった状態で生命維持と治癒の魔術を同時に使うのはかなり難しい。


「ふ、ふふふ、治した、ね。間違ってるよ。私は別に傷を治したりてない」

「は? 何を言ってやがる」

「ああ、やっぱりそういう事か……」


 氷華が生きていたので戻ってきた優斗がそうつぶやく。前に新宿で彼女の体を治した時から嫌な予感はしていた。


「そもそも私の体は数年前からツギハギです。時間経過によって傷が固定化してしまい、普通の方法では治せなくなった部位を無理やり繋いでいるだけ。それを何度も繰り返した結果、私の体は50程の肉片を無理やり繋いだ物になったわけ。まあ要するに半分死んでいるようなもの。そんな体なので今更傷が一つや二つ増えても別に変らない」

「は、はあ!?」


 アルフレッドは困惑していた。一応止血はしているが、攻撃するのを忘れる程度には戸惑っている。

 意味が分からない。体がツギハギ? だから斬られても変わらない?

 理屈は分かる。確かに体がバラバラでも生命維持出来なくは無いだろう。欠損を治すには時間がかかるので、とりあえず無理やり繋ぐというのは分からなくもない。だが、その間常にかなりの激痛が走っている筈だ。それを長期間、何か所も続けられる精神構造が理解できない。


「は、はは、確かに驚いたが、結局僕には勝てないな。復活したての一撃で殺せなかった時点で君の負けだ。それにその出血じゃあ立っているだけでも辛い筈だ。やっぱり諦めた方が良かったんじゃないか?」


 体をバラバラにしても死なない事は分かったが、重要器官を斬るのではなく潰せば有効だろう。さらに言えば、バラバラになっても大丈夫と言っても、脳だけは例外だと思われる。いくら魔術師でも脳が無ければ何もできない。魂魄にも思考力が有るが、脳が無いとそれを出力できないのだ。


「はあ、はあ……うん、そうだね。貴方の言うとおり勝ち目なんてない。でも、私は、まだ死ねない……」

「君の事情は知らないが、さっさと死んでくれ」


 アルフレッドが氷華の頭を潰しにかかる。

 その直前、彼の腕を何者かが掴んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る