二章エピローグ
二章エピローグ
◇数日後
被害者たちは魔術の形跡を消した上で警察に届けられ、原因不明の大量死として処理された。遺族は納得出来ないだろうが、魔術を公にすることは出来ないので仕方が無い。
琴音の落ち込み様は酷かった。余りに陰鬱とした雰囲気を纏っている為、誰も近寄れなかった程だ。しかし、由香里の葬式が終わる頃には表面上はいつも通りに振舞うようになっていた。
だが、それはあくまで表面上の話だ。
なんで由香里ちゃんが死ななきゃいけなかったの? なんで魔術師達は平気で人をころせるの? なんで氷華ちゃんは殺人犯だけでクラスメイトを殺せちゃうの? そもそも何で魔術師を何万人も殺せるの? なんでそれを教えてくれなかったの?
悲しみ、怒り、不信が入り混じって彼女の心はぐちゃぐちゃになっていた。感性が一般人の琴音が、魔術世界でもとびきりの闇を見せつけられたのだからこうなるのも仕方が無い。
彼女にしてみれば目的のために人を殺せる魔術師も、その魔術師を一万人以上殺せる氷華も異常だ。そもそも一番の親友がそんな事をしているなんて信じられなかった。いや、信じたく無かった。
だからこそ魔術師の価値観がどういう物なのか、氷華がどういう行動をしているのかを改めて聞いてみる事にした。不信感が生まれ始めてしまった氷華には聞けなかったが。
「魔術師の価値観についてですか? 基本的に自らの目的や願いのためなら何でもしますよ。そもそも倫理程度でブレーキがかかる程度の願望なら魔術なんて言う異常な技術に頼りませんからね。そういう人物に育てられた人間も真っ当な倫理を持ち合わせる事は無いでしょう。ああ、霧崎さんにとっては一般人が死なない事が何より優先すべき願いなのでしょうね。だからこそ一万人以上の虐殺などと言う非道を行った訳です。……そういう意味では彼女は最も魔術師らしい魔術師かもしれませんね。……俺ですか? 俺は人を犠牲にしてまで研究はしませんよ。前も言ったと思いますが、僕は特に目的が無く魔術の研究自体が目的なので。わざわざ人を殺してまで特定の分野にこだわる必要が無いのです。それに此処でそんな事をすれば死にますからね」
魔術に人を殺す価値を見出せないとユリウスは言う。それはつまり、何か目的が有れば人を殺してでも研究を続けるという事だ。
「あー殆どの魔術師はそんなもんだぞ。実家に居た頃は親戚が良く人を攫って召喚の生贄にしたり、死霊術の実験台にしたりしてたし。まあそいつらは全員氷華に殺された訳だが。後事故で爆発が起きたり、毒が流出したりして人が死ぬ事も有るな。ああ、一応言っておくと僕はやってないし、これからもやるつもりは無い。今までは必要に迫られたことが無いだけだけど、これから先は氷華に嫌われるのは嫌だからな。まあ、雲宮がそういう典型的な魔術師になる必要は無いだろ」
今まで必要が無かっただけだと優斗は言う。つまりもし何かが少し違えば優斗も人を殺しているかもしれない。そして氷華に殺されていたのかもしれない。
「ああ、琴音か。久しぶり、珍しいね。ええ? 今まで知らなかったのか? まああの子も色々あったからね……。でも氷華ちゃんの影響で魔術による民間人への被害が七割減ったっていうし、一般人の倫理で見ても善行だと思うけど。まあ、今は理解できないかもしれないけど、魔術師の倫理に慣れておいた方が良いよ。そうじゃないと将来困るだろうから」
そして父には自分も魔術師の世界に染まるべきだと言われた。
結局分かったのは、魔術師は非道だという事と、氷華が紛れもない大量殺戮者だったという事だ。
父も、片思いしている相手も、一番の親友でさえも世間一般の価値観とはかけ離れている。魔術師が倫理なんて物を持ち合わせていないとは聞いていたが、今まで実感は無かったのだ。だからこそ、彼女は綺麗なままで居られた。
だが、琴音はこの時、自分と魔術師達の決定的な違いを思い知らされたのだ。
◇◇◇
優斗が敷地内の森で剣の練習をしていると、黒い人影が通るのが見えた。髪が長かったので氷華だとは思うが、何をしているのだろうか。戦闘服を着ているのならまあ分かるが、同じ黒色でもスカートだったので違うだろう。
気になるので後を追う事にした。
しばらく歩くと、木が生えておらず、明るい広場に到着した。その広場には無数の墓が建っていた。さらに言えば日本で一般的な仏教式の墓だけでなく、世界中の様々な様式の墓だ。
その端に氷華、喪服を着た(・・・・・)氷華が立っていた。彼女は穴を掘り、白い壺を埋めると、文字が彫られた御影石を乗せた。
「ごめんなさい。人を殺しておいて許されるとは思えませんが、それでもごめんなさい」
氷華は出来たばかりの墓の前で美しい顔を歪めて懺悔する。
「私は何回こんな自己満足を繰り返すのかな……後で謝るぐらいなら最初から殺さなければ良いのに」
ああ、そうか。
これは葬式だ。今回の事件では被害者は遺族の元で弔われたが、加害者は優斗達以外存在すら知らない。他には誰も弔わない彼らを氷華は弔っているのだろう。
「いつか、こんなことは終わらせます。もう誰も魔術のせいで死ななくてもいい世界にして見せる。その結果と、それによって私の身に起こることが、私のような重罪人に出来るせめてもの贖罪でしょう」
そう言い残して、氷華は家に戻っていった。
恐らく氷華はずっとこうしてきたのだろう。ここに有るのは彼女が今まで殺してきた魔術師達の墓なのだ。自らが手にかけた魔術師を一人残らず彼女なりに弔ってきたのだ。
「ははは」
乾いた笑いが出た。だって哀れにも程がある。誰よりも多く魔術師を殺しておきながら、その死に心を痛めているだなんて。
優斗は、彼女が民間人が死ぬのが嫌なのだと思っていた。その為に魔術師を殺すのは合理的だし、魔術戦闘が得意な彼女はそれに向いていると思っていた。勿論呪詛が蓄積しても続けるのは止めて欲しいが。
だが、そうでは無かった。彼女は民間人に限らず、人が死ぬのが嫌なのだ。それこそ自分が殺した魔術師に懺悔せずには居られない程には。
彼女の願いを完遂するには、魔術師を殺す事を必要な犠牲と割り切り、罪悪感を感じないある種の冷たい人間でなければならない。そうでなければ辛すぎる。
「向いてないよ……氷華……」
彼女は魔術師殺しをやるには余りにも優しすぎる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます