十一話 魔術師殺し

「氷華ちゃん、どういう事……?」

「琴音さん、申し訳ありませんがお話は後で、見ない方が良いですよ」


 問いただそうとする琴音を制し、氷華は達也の方に向き直る。


「さて、とりあえずこれを消しますか、急がないとだと最悪死人が出ますからね」

「でもどうするんだ? ここまで散らばると範囲攻撃じゃあ人や建物が巻き添えになるぞ」


 優斗の言う通り、街中で人とアンデッドが入り混じっている場合は範囲攻撃をする訳には行かない。一体ずつ倒すしか無いのだが、それだとそれなりに時間がかかり、人に被害が出るかもしれない。その上逃げる個体が出可能性も有るし、それを確認する手段も無い。

 そう考えた達也は、氷華が各個撃破している間に逃げようと考えていた。


「ええ、そうですね。ですからこうします」


 だが、氷華の能力は彼の想像を遥かに上回っていた。


電荷反転反物質生成AG対消滅によりエネルギーを確保EETA


 彼女は戦闘思考に切り替え詠唱を紡ぐ。彼女が行使するのは反物質生成魔術だ。反物質は普通の物質と衝突すると対消滅を起こし、E=mc2に従い莫大なエネルギーに変化する。

 数グラムで核兵器に匹敵するエネルギーが発生する為、ほんの僅かな物質でアンデッド程度なら殲滅可能だ。だが、当然周囲に被害が出る。

 それを防ぐため、氷華はさらに詠唱を続ける。


条件指定CS生命を持たず動く者のみに干渉しIOFTWHNLAMその他の物質には不干渉NIWOS


 詠唱を終えると同時に爆発が発生し、爆音と閃光、そして莫大な熱量が発生する。達也は思わず目をつぶり、彼女が街ごと纏めて吹き飛ばしたのかと思った。だが、目を開けた時に広がっていたのはいつもと同じ街の光景だった。

 条件指定術式を使えば、特定の相手にのみ作用し、それ以外の物は素通するような攻撃も可能だ。要するに敵味方選別式広域殲滅魔術である。

 数が多いだけの雑魚相手ならばどれだけ居ようが問題ない。


「な、そんな滅茶苦茶な……」

「さて、誘拐及び殺人は貴方一人でやった事ですか? それとも共犯者が居ますか? 居るなら居場所を教えてください」

「ひッ……」


 人格を日常用に戻し、石を変形させた剣を持った氷華が問いかける。達也は恐怖の余り地面を這いつくばりつつも毅然と答える。


「い、言う訳ないだろ!!」

「そうですか、じゃあ良いです」


 そう言って氷華は剣を構え近づいてくる。


「お、俺は母さんを生き返らせたいだけなんだ、いつも優しくて、毎日欠かさず弁当を作ってくれて……そんな自分の大切な親を生き返らせようとするのが悪いのか⁉」

「貴方が殺した人達が誰かの大切な人でないとでも?」


 それが、晴川達也が最後に聞いた言葉だった。



 氷華は切断した達也の頭部を掴み、右目の魔眼を起動する。魔術を使えば死体の脳から情報を読み出す事も不可能ではない。もちろん死に立てで鮮度が良く劣化していない物に限るが。


(えーと、父親が共犯者か。今日の就業予定時刻と移動時間を考えるとそろそろ帰って来るみたいだね)


 噂をすれば何とやらでは無いが、達也の父、晴川博史の運転する車がやってきた。

 彼は慌てて車から飛び降りると、怒りを露わにし、


「おい、これはどういッ……」


 次の瞬間、氷華の剣に心臓を貫かれた。


「ああ、殺しても情報読み取れるなら先に殺しとけば良かったな」

「それは説明しなかった私のミスなのでお気になさらず。そもそも私がもう少し早く来ればよかっただけの事ですが。さて、後は目撃者の記憶を消しますか。私精神操作系は余り得意ではないのですがね」

「いやお前が得意じゃないなら大半の魔術師は何なんだよ」


 苦手と言っても並みの魔術師よりは上手い。そもそも氷華は単純な演算能力が高いタイプなので、明確な得手不得手は無い。得意な魔術は使い慣れており、不得意な精神操作は人払いの時の認識誘導ぐらいでしか使わないので慣れて居ないという程度の話だ。

 しかも金森市の内部なら結界のバックアップが有るので、民間人の記憶を消すぐらいなら造作もない。


「ねえ、氷華、ちゃん……何で……? 何で由香里ちゃんが死ななきゃいけないの? 何で守れなかったの? 何でクラスメイトを簡単に殺せちゃうの? ねえ何で? 何でなの……」


 ユリウスに抱えられたままの琴音が氷華に問いかける。彼女は呆然としており、目の焦点が合っておらず、言葉の脈絡に乱れが見られる。

 彼女の視点だと、突然ゾンビになった親友が現れ、数分後には別の親友がクラスメイトと知らないおじさんを殺害したように見える。親友が死んだ事、そして普段の氷華との違いにショックを受けるのは当然だろう。


「ごめんなさい、大事な友達を死なせる事になってしまって、そして貴女をこちら側に関わらせてしまって、ごめんなさい……ですが、人命を損なう事に躊躇の無い魔術師を活かしておけば何人死ぬか分かりません。私にはそれを見過ごす事だけはどうしても出来ないのです……」


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