十話 氷華の秘密②

 ——怖い。

 刀を首に当てられていることだけでなく、雨木優斗という人間自体が怖かった。可愛いとも思える端正な顔には氷のように冷たい表情が浮かんでいる。


「何で……」

「それは、僕が何者かと言う話か、何故この場所が分かったのかという事か、それともどうして君を殺そうとしているかのどれかな?」

「ぜ、全部だ」

「そうか。まず僕は雨木優斗、魔術師だ。街の中で魔術行使の反応を探したら見つかった。ああ、ちなみに見つけたのは昨日だよ。最後は氷華の手伝いだね」


 達也にしてみれば魔術を使えば場所が分かるというのも驚きだが、それはそういう事が出来る人が居るとして納得できなくもない。だが、もう一つの疑問は謎だった。


「何で霧崎さんが……」

「はあ、案の定何も知らないんだな君は」


 呆れた声で言う優斗を見て達也は戦慄する。どうやら見逃して貰える可能性は無いらしい。

 やむを得ず、達也はアンデッド達の制御システムを解除して暴走させた。部屋中のアンデッド——人間以外が素材の物を含めれば千体は居る——が一斉に動き始める。


「チッ……思ったより短期だな君は」


 そう言って優斗は周りのアンデッド達を斬る。一体辺りの性能は一般人程度と低く、いくら優斗が対多数戦闘が苦手だと言っても問題なく撃破出来る。だが、剣術が主体で範囲攻撃を持たない優斗では倒しきるのに時間がかかる。


(こうなるから出来れば氷華が来てからの方が良かったんだけどな……。やっぱり連絡して一緒に行くべきだったか)


 氷華なら一掃できるし、共犯者等が居ないか調べるための読心魔術等も氷華の方が得意だ。その為彼女が来るまで生かしたまま時間を稼ぐために質問に答えたりしていたのだが、思ったより来るのが遅い。千里眼で見ているから来ると思ったのだが、もしかすると手が空いていないのかもしれない。


(多いなー、しかもアンデッドだからちょっと斬ったぐらいじゃ止まらないし。しかも何で蠅とかのアンデッドが居るんだよ……)


 アンデッドはそもそも死んでいる為、人間の急所である心臓や脳を潰したり、首を斬ったりしても普通に動く。原型が無くなるぐらい潰せばいいのだが、斬撃主体の優斗がやろうとすると時間がかかる。刀を増やす魔法を使えば良いのだが、あれはきちんと構えないと出来ないし、反動で腕が痛くなるのでそう連発は出来ない。

 そこで優斗はとりあえず四肢を切り離す事にした。それでも動いてはいるが、攻撃行動は取れなくなる。猫や犬等でも同じ対応で良い。

 厄介なのは虫のアンデッドだ。小さいので普通なら空振りしてしまう。最もそれは優斗でなければの話だが。ミリ以下の精密な動作が可能な彼にとっては蠅は十分大きな的だ。

 刀を波のように動かし、一振りで数十匹の蠅を切断する。さらに、確実に行動不能にするため足と羽を一振りで正確に斬り落とすというちょっと意味が分からない離れ業を披露していた。

 だが、それでも数が多すぎて抑えきれず、数十秒後には建物の外に出始めた。



 雲宮琴音はユリウスと一緒に買い物をしていた。買い物と言っても別におしゃれな物とかではなく、食品等なのだが、琴音は内心“これはデートなのでは?”と思ってドキドキしていた。

 二人で帰っている途中、偶然にも例の倉庫の前を通った。


 そう、通ってしまったのだ。


「え……」


 そこで彼女が見たのは、。全身が腐り始め、体中に蛆が湧き、それでも琴音の方に向かって歩いていた。


「由香里ちゃん……何で……」

「危ない!!」


 ユリウスが呆然とする琴音を抱えて飛び去る。このままでは彼女は捕まってしまったのでファインプレーだ。いくらユリウスが実践が苦手だと言っても、この程度のアンデッドから人一人抱えて逃げるぐらいは造作もない。


「何でお前ら居るんだよ!!」


 自分も地下から出てきた優斗が、刀を振りながらユリウス達に声を掛ける。周囲では騒ぎが起き始めていた。


「たまたま通っただけです。そちらこそどういう状況ですか?」

「見ての通りだ!! 悪いけど頼むから早く来てくれよ氷華……収拾がつかない」


 優斗とユリウスが話している一方で、琴音は呆然としたままだった。

 一方、この騒ぎ起こした張本人の達也はこっそり逃げようとしていた。


「逃がす訳ないだろ」

「ぐはッ……」


 しかし、優斗に鳩尾を蹴飛ばされて地面に這いつくばった。


「な、何でお前らは止めるんだ。魔術師なら倫理ぐらい踏みにじるのは当然だろうが。霧崎さんは凄い魔術師なんだからそれぐらい解っている筈だ」

「え……」

「はあ、案の定貴方は何も知らないのですね。それなら教えてあげましょう」


 達也の発言に琴音がますますショックを受けていたが、それには気が付かないユリウスが発言を続ける。優斗は止めた方が良いかと思ったが、ここまで話してしまったのに止めたら逆効果になる可能性が高い。


「確かに貴方の言う通り多くの魔術師にはろくな倫理が備わっていません。研究のために民間人を犠牲にすることも多々有ります。俺だって明確な目的が有ればやっていたかもしれない彼女もそれを解っていて、その上で許せなかったのでしょうね。数年前から魔術師が突然死亡するという事件が日本を中心に世界中で発生しました。共通点は民間人を犠牲にしたことが有るということ。

 その実行犯が彼女、二十三魔人第六位、“魔術師殺し”霧崎氷華。です。彼女が手にかけた魔術師は一万人を超え……」

「一万二千八百三十六人です」


 四人が声がした方を向くと、長い濡烏色の髪を持つ黒衣の美少女が立っていた。


「ごめんなさい、遅くなりました」

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