七話 死者の山

◇深夜

「よーし終わったー」

「お疲れ」

「あれ? 優斗さん居たのですか」


 集中していたのも有るが、それでも一切の魔術を使わず氷華に気が付かれず接近出来る程気配を消せるのだから恐ろしい。意図的にやっているのではなく無意識なのだろうが。


「まあ、一人だけ頑張らせて呑気に寝てるのも嫌だしな。邪魔したら悪いと思ってずっと眺めてたけど」

「ああ、そんなに前から居たのですか……。では一緒に見ましょう」


 そう言って氷華は結界を再起動し、内部の魔術行使をサーチする。すると町外れに凄く微弱な魔術の反応が有った。


「これは拠点でしょうね。常に同じ反応が長時間続いていますから」


 もし誰かが魔術を使っているなら短時間で終わるか、常に変化するものだ。


「それにしても弱すぎないか? これじゃあ自然現象でも有り得るレベルだろ」

「ええ、これでは近くを通っただけでは見逃してしまいますね。元々そういう土地だったり、宗教施設でも無いのに永続しているので魔術師による物だと分かりますが」


 稀に魔術同様に物理法則が歪む自然現象が起こるが、それは長くても数分程度のものだ。長時間永続しているのなら、元々魔術的な性質を持つ土地なのか、礼装等が有るかだ。前者では無いことは分かっている。


「でもこれじゃあろくに防衛も出来てないよな。それどころか実験用の礼装がろくに揃っているかすら怪しいぞ」

「一人前の魔術師による物とは思えませんよね」

「うん? まともな魔術師による物じゃない……あーそういう事かな」

「どうかしましたか?」


 優斗はなにか気が付いたようだ。


「いや、まだただの勘だから言わないでおくよ。言ってもメリットが無いどころか油断してしまうかもしれないし」

「はあ、まあとりあえず何が有るか確認してみましょうか」


 そう言って氷華は左目の千里眼を起動する。


「うーん、一見すると普通の倉庫にしか見えませんね。とりあえず行ってみましょうか」


 二人は反応が有った場所にやってきた。

 余談だが、そうするのが一番速かったので氷華が優斗を担いで走ってきた。


「特に罠の類も仕掛けられていないようですね」


 解析の魔眼を全開にして調べつつ答える。普通の感覚や結界の探査機能ならともかく、この魔眼で破れない隠蔽はほぼ不可能と言っていいので本当に何も無いようだ。


「じゃあとりあえず行ってみるか」

「ええ、魔術の反応が有ったのは地下ですね」


 倉庫の中には特に何もなく、地下へ向かう地下への階段が有るだけだった。二人は顔を見合わせると、階段を降りて地下へ向かった。


 ——そこは、まるで地獄の顕現だった。


 最初に目につくのは、耳障りな音を立てて地下室全体を飛び回っている無数の蠅(・)だ。これだけの蠅は果たして一体どこから湧いてきたのだろうか? 答えは簡単だ。地下室に有った数十体もの人間の死体である。

 皮膚が変色したもの、臓物がこぼれ出ているもの、ズタズタに切り分けられたりしたもの等が有り、それらの大半が腐って蛆が湧いている。

 さらに、人間以外にも猫や犬、鼠等の動物の死体が数えきれない程転がっていた。

 最もおぞましいのはこれらの死体の大半が動いているという事だ。


「アンデッド、か……流石にこの光景には吐き気がするな」


 強烈な臭気を感じて鼻を抑えつつ、優斗が呟く。

 彼とて魔術師だ。表社会の倫理が絶対などとは思っていないし、たかが法や倫理で止まる程度の目的でわざわざ魔術と言う異常な技術を学ぶ筈がない事は理解している。彼自身は今までそんな事をしたことは無いし、今後もやるつもりは無いが、研究のために人命を使い潰す者が居る事も当然だと思っている。だが、ここまで酷い物を見れば気分が悪くなる程度の感性は持ち合わせている。

 だが、もう一人の少女はそうでは無かった。


「ごめんなさい……私がもっと早く見つけられれば……」


 この中で最も新しい見知った少女の遺体を見かけた氷華は、手のひらから血を流す程拳を握り締め、折れる程歯を食いしばって懺悔する。その声には深い悲しみと悔恨の情が込められていた。

 彼女はこの程度の惨劇では動揺しないが、人が死ぬ事はどうしても嫌なのだ。


 数分後、氷華は先程までとは打って変わって少なくとも表面上は何時も通りに振舞い、疑問点を洗い出していた。


「でもいったい何がしたいのでしょうね。いえ、アンデッドを作りたいのは分かりますが、使い魔としては性能も低く、製造コストも高いアンデッドをわざわざ作る必要は無いと思うのです」

「まあそうだよな」


 アンデッドは動く死体でしかない以上、生前以下の身体能力しか持たず、特に魔術も使えない。そんなものを作るのに死体が必要だなんてコストパフォーマンスが悪すぎる。さらに言えば防腐処理ぐらいはきちんとするものだ。

 では一体何がしたいのだろうかと考えつつ地下室を調べると、優斗がこの場に似つかわしくない物を見つけた。


「……業務用の冷蔵庫、いや冷凍庫か? どちらにしても何でこんな所に? まあとりあえず開けてみるか……これは……」

「どうかしましたか?」


 冷凍庫の中に有ったのは人の遺体だった。四十歳程度の女性のものだろう。頭部に陥没が有り、それが死因だと思われる。


「冷凍保存しているようですね」

「ああ、わざわざこんな所に有るって事はこれと関係あるんだろうな。実験素材ならさっさと使えば良いだろうから違うだろうし……死者蘇生でもやりたかったのか?」

「死者蘇生ですか? それは魔術では不可能とされていますし、魔法でも出来たという話は聞きませんよ? まあ現状できないとされている程度では諦めないのが魔術師という生き物ですが、それにしてもアプローチがおかしいですし。残留思念を再生した所で死者蘇生が出来る筈が無いですし」


 死霊術には二種類あり、遺体や遺品等に残る残留思念を読み取る物と、死と同時に体から遊離する魂魄を利用したものが有る。右目の魔眼で見た限りこれらのアンデッドは前者の方法で作成されている。

 だが、残留思念は本人の印象に残っている記憶や、死亡時の強い感情が残っているだけなので、それを再生した所で死者蘇生は不可能だ。そもそもここのアンデッドはそれすらろくに出来ていない。残留思念の再生は魂魄の活用と異なり難易度が低いにも関わらずだ。


「死者蘇生をするなら何とかして魂魄を再び体に定着させる必要が有りますね。ろくに知識も無い素人でも無いのですからそれぐらい分かりそうなものですが」

「いや、ろくに知識も無い素人なんじゃないか?」

「はい?」


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