六話 犯人捜し

「おい」

「何か?」


 職員室での用事を終え、帰ろうとした優斗に声を掛ける者がいた。外見的には特に特徴の無い男子生徒だった。確かクラスは同じで、名前は晴川達也といった筈だ。


「お前、霧崎とどういう関係だ?」

「ただの友人だけど? そもそも君に僕と氷華の関係をどうこう言われる筋合いは無い」

「な……」


 達也は絶句する。


「お、お前なんか霧崎がどういう人か知らないくせに!!」

「知ってるよ、少なくとも君よりはね」

「お、お前な……」


 一見すると彼が氷華に懸想していて、彼女と親しい優斗に嫉妬しているように見える。しかし、優斗の勘は違うと言っていた。それも有るが、恐らく本質は違うだろう。


「いいか、霧崎は選ばれた人としかまともに喋らないし、身の程を知らずに関わろうとして怒らせると物凄く残虐なんだぞ!!」

「へえ、参考までに聞いておくけどあいつは何したんだ?」

「彼女に絡んでいったある上級生が、見ただけで逃げ出すレベルのトラウマを植え付けられたんだ。お前も身の程をわきまえないとそうなるぞ」

「はは、ははははははは、はー笑える、君は重大な勘違いをしているぞ。氷華は別に怒ってない、もし本気であいつが怒ったらトラウマになる程度で済む筈が無いだろうが。氷華はそんなに甘くない」


 そもそも、もっと根本的な所で勘違いしている。彼は氷華が周りを見下していると思っているらしいが、逆だ。彼女が自らを低く見ているから周りを遠ざけているのだ。一般人相手なら魔術世界に関わらせないようにと言うのも有る。


「もう一つ言っておこう。君の言い方を借りれば選ばれたのは僕で、君はそうじゃない」

「な、な、な……」


 達也は怒りで口をパクパクさせるだけで言葉が出なくなっている。一方優斗は自らの直感が正しいかどうかを確認するために、簡単な精神支配の魔術をかけてみた。

 結果、彼はうつろな目で動かなくなった。普通に通ったらしい。


「……気のせいか」


◇◇◇


 氷華は戦闘服に着替えて、物凄いスピードで帰宅した。

 家のドアを開けると、エミリアが飛びついてきた。


「お姉ちゃんおかえり、あれ? ししょーたちは?」

「そのうち帰ってくると思いますよ。私が急いでいただけなので」


 氷華はエミリアにくっつかれたまま、地下室に有る街の結界の核に向かっていた。


「なにするの?」

「街の結界を調整して探知能力を上げます。そうすれば誘拐犯も見つかるでしょうから。まあ、その分戦闘時のバックアップと、指定した人物の保護が弱くなりますがね。どのみちそろそろ調整する必要が有りましたから丁度良いのです」

「え、えーと、もしかしてわたしじゃま?」

「横で見ているくらいなら問題ありませんよ。余り面白い物ではないと思いますが」


 氷華は地下室の一番奥にある部屋に入った。その部屋の壁からは様々な大きさの板が様々な角度で取り付けられていた。一つ一つに魔法陣が描かれている。


「わぁ~なにこのへや?」

「ここが結界の起点です。三次元構造をした魔法陣が必要なのでこういう構造になっているのですよ」


 氷華は板の位置を調整したり、魔法陣を書き換えたりして調整を始めた。

 しばらくして、琴音が帰宅し、昼食になるとエミリアは戻っていった。いくら大好きなお姉ちゃんと一緒でも流石に退屈だったようだ。

 一方の氷華はエミリアに伝言を頼み、食べやすい物にしてもらって、そのまま作業を続けていた。しばらくすると優斗が様子を見にやってくる。


「あー急いで帰ったのはこの為か。どんな感じ?」

「今日中には完了すると思います。これで見つけられなかったら虱潰しに回る以外の選択肢が無くなりますね」

「最初からこれやる訳には行かなかったのか?」

「選択肢としては有りですが、戦闘補助や防衛能力が下がるので余りやりたくは無いですね。恐らく強力な魔術師でしょうから、万全の状態で挑みたいですしね。それに虱潰しに回れば実行現場はともかく、拠点は見つかると思っていたので」


 魔術師の拠点には魔術的な仕掛けがしてあるものだ。なるべく自然になるようにして目立たなくすることも出来るが、それでもちゃんとした魔術師なら近づけば分かる。金森市で誘拐した以上、市内か近くに拠点が有る筈なので、適当に走り回っているだけでも見つかる筈だったのだ。


「じゃあ僕は邪魔したら悪いからそろそろ行くけど、余り無理するなよ」

「そんなことは言っていられません」


 その後、今度はユリウスがやってきた。


「霧崎さん。大規模結界用の礼装がいくつかあるけど使いますか?」

「ああ、ありがとうございます。ぜひ使わせて下さい」


 工作技術はともかく、設計に関してはユリウスの方が上なので有難い。だが、右目の魔眼で調べると気になることが有った。


「あれ、これを使うと探知能力を上げると言っても、隠蔽の看破ではなく、小規模な術式の発見になりません?」

「ああ、俺の予想通りならそれで良いのですよ。まあとりあえずやって見て下さい」


 良く分からないが、ユリウスは今回の事件について有る程度察しがついているらしい。氷華は何も思いつかず苦肉の策でやっているだけなので、とりあえず言うとおりにしてみるべきだろう。

 夕方になると、氷華は結界の調節と確認のために町中を走り回っていた。流石に街全体を覆う魔術を調整するには出歩く必要が有る。それが終わると、戻ってまた作業を続けた。

 夕食の時間になると、今度は琴音がやってきた。


「氷華ちゃんお疲れ、夕食はサンドイッチにしたよ」

「ありがとうございます。後一時間ぐらいで終わりそうですね」

「ねえ、こんなに時間がかかる物なの? 氷華ちゃん手を動かすの速いしすぐ終わりそうだけど」

「実際の作業はそこまで多くないですよ。ただ大規模結界と言う性質上地脈を動かす必要が有るので、そこに時間を取られますね」


 そこまで多くないと言っても客観的に見ればかなりの量なのだが、一般人と魔術師では体感時間が違うので氷華は短時間で終わらせることが出来る。

 だが、地脈は作業が早くても移動速度が上がるわけでは無い。エネルギーを一部取り出すだけなら高速で出来るが、流れそのものを変えるのはかなり時間がかかる。


「じゃあ暇なの?」

「暇と言えば暇なのですが、目を離している間におかしなことになる可能性も有るので、離れる訳には行かないのですよね」

「ふうん、大変だね。優斗君は無理だろうから、ユリウスさんに手伝って貰えば良かったんじゃないの?」

「いえ、流石にそれは出来ません。細工されたら困りますし、極秘情報が有りますから」


 礼装を受け取る程度なら問題ないが、流石に基幹部分に触れさせるわけにはいかない。何か細工されても見つける自信は有るが、琴音すら知らない秘密が見つかってしまうのは不味い。

 そもそも自分の本拠地の管理を他人に任せるなど魔術師失格である。


「あーまだ信頼してないんだ」

「それはそうですよ。そもそも真っ当な善人の魔術師なんてほぼ居ませんからね。私が知っている限り貴女ぐらいのものですよ。恐らく向こうもまだ警戒していますよ。優斗さんはまだしも、成り行きでここに居るユリウスさんは特にね。」

「むーそんなこと言っても私はそのろくでも無い魔術師にあんまり会った事ないからわかんないよ。それに此処の皆は良い人だし」


 氷華が過保護なほど琴音が他の魔術師と接触する事を避けているので、琴音は余り魔術師と会った事が無い。それこそこの前の会合の時ぐらいだが、氷華が庇っていたのと、初日で帰った事によりあまり深い交流はしていない。


「それで良いのです。確かに魔術師としては優しすぎですが、だからと言って私達のようにならないで下さい。汚れを知らず純粋なまま、明るい世界で、貴女は貴女のままでいて」

「……氷華ちゃん?」


 いつも淡々と話して感情を出さない氷華が、まるで幼い子供のような声で懇願するのだから琴音は困惑していた。


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