七話 東京行き
◇2019年 8月10土曜日 JR中央線車内 10時頃
「本当に来て良かったのですか?」
「ああ、一回東京に行ってみたかったしな」
氷華達は、東京にある霧崎の本家に向かっていた。本家の方から会合が有るから来いと言われたのだ。これは毎年この時期と年末年始にやっている物だ。本音を言えば行きたくないのだが、行かないと嫌味を言われるので八月の方だけ行くことにしている。
最初は琴音と二人で行くつもりだったが、優斗も付いてくるといったのだ。仮想敵扱いしてくる人の所に行くのはどうかと思ったが、本人が良いなら良いだろう。
「あれ、優斗君ってもしかして東京行ったことない? まあ私も初めてなんだけど」
「ああ無いよ、実家京都だから割と遠いし、皆東京嫌いだったからな」
(まあ本当は大して興味無いけど、あんなの見てしまった以上氷華を一人にしたくないからな)
一緒に居たからと言って何か出来るわけでは無い。しかしそれでも一人にしたくは無い。自分でも何故だかよく分からないがそう思ったのだ。これは合理性も何もないただのエゴだが、別にそこまで迷惑というわけでは無いだろうから問題は無いだろう。
「そうですか。では私が案内しなくてはなりませんね。まあ霧崎の本家と予約してあるホテルは新宿駅のすぐそばに有るので、スマホの地図で十分かもしれませんが」
「僕スマホどころか携帯端末の類は一切持ってないんだけど」
「——え⁉ ……よく考えれば妥当ですね。彼ら現代機器の類は嫌いでしょうし」
一瞬愕然としたが、雨木家の人は今時珍しく科学文明を嫌っている事を考えればおかしくないだろう。
かつては科学文明を嫌う魔術師は多かった。しかし、現代魔術が普及して以降はむしろ積極的に取り入れる者が多くなっている。
「そういう事は早めに言ってくださいよ。そうすれば買いに行くことが出来たのに」
「いや毎月の通信料払えるほどの金は持ってないから」
「私出しますよ?」
「流石にそれは……」
ただでさえ生活費と学費を負担してもらっているのに、さらにお金を出してもらうなんて申し訳ないにも程がある。さらに言えば、氷華の抱えているものを垣間見た以上、彼女に負担を掛けるのは嫌だった。
最も氷華にしてみれば今いくら使っても最終的には同じことになるし、いちいち魔術で連絡を取るのは面倒なので全く構わないのだが。
「それはそうと新宿駅の近くっていう事は乗り換えしなくて良いんだね」
「新宿御苑の近くに有りますからね」
今乗っている電車は新宿行きだ。乗り換えなくていいのは手間が無くて有難い。金森市の駅から東京方面に向かう列車は、新宿行きまでしか無いので、新宿に本拠地を置いてくれたことだけは先祖に感謝している。
「あ、そうだ霧崎の本家ってどんな建物なの? 氷華ちゃんの家でも結構すごいから楽しみ!!」
「あー期待しているところ申し訳ありませんが、建物の大きさや敷地面積はうちの方が上です。もちろん価格はあちらの方が上ですが」
東京で広い物件を確保することは、いくら資金と権力を持つ魔道の名門でも難しい。そのため土地を確保しやすい街に広大な実験場を用意するものだ。氷華の家もその一つである。
都心では敷地が狭く、隠蔽の難易度も高い為大規模な魔術儀式は行われていない。
「なるほどねー。確かによく考えれば東京にそんな広い家あるわけないか。でも本家より分家の方が広いってどうなの?」
「それもあって一部の人には私の方が本家だと思われていますね。まあ要因としては実力差の方が大きいのですが」
「まあそりゃあ普通の範囲内なら世界最強って言われてるしな」
二十三魔人の上位五名は色々異常なので、まだ一般的な範囲だと六位の氷華が最強という事になる。
「まあ六位以下はそこまで実力差は無いので順位付けは無意味なのですがね。事実上全員同率六位と言ってもいいと思います。五位から上は明確な実力差が有るので別ですが」
「へー」
「話を戻しますが、そもそも新宿に一軒家なんて持っている事が間違いなのですよ。立て直して高層ビルにするか、引っ越せばいいのに」
今の本家は会合と、当主及びその使用人等の居住ぐらいにしか使われていない。固定資産税が馬鹿にならないし売った方が良いと思う。強いて言えば国家機関との連携がとりやすい事がメリットとして挙げられるが、それならそれで霞が関辺りに用意したほうが良い。
「まあ今の当主はうーん、なんというか頭が残念なのでそんな事はしないでしょうがね」
「ええ……どんな人なの?」
「一応兄なのですが、あれと血が繋がっている事だけで吐き気がします」
「そこまで言うのか……」
氷華が世界で一番嫌いな人間が現当主の氷牙だったりする。
「個人的な好悪も有るのですが、それ以上に無能なのが問題ですよ。魔術師としては悪くは無いのですが、もっと根本的な人間性に問題が有りますね。まあその辺りには私にも責任の一端が有るのですが」
「あー確か六年ぐらい前に霧崎の先代が急死して、その時僕と同い年の女の子が推薦されたって聞いたけど、それが氷華なのか。で、それを断ったから残念な人が当主になったと」
「……ええ、当時から彼は無能さの片鱗を見せていましたし、私は魔術戦闘に関してはそこそこだったので、将来性に期待できると思われたのでしょうね。愛人の子に後を継がせるなんて有り得ないという声もかなり有りましたが。まあいずれにせよ私は全く興味が無かったので、法定相続通りの遺産を私と氷夜さんの分だけ貰って帰ったのですがね」
「なんかさらっと重い話が出てきたのは気のせいか?」
「気にしないで下さい」
愛人がどうとか言われた気がしたが、本人が気にするなと言うなら気にするべきではないのだろう。
「まあ僕の実家だって代々ナチスみたいなこと言ってるし、それに比べたらマシなんじゃないか?」
「それはそうでしょうが、先代があまりにも優秀過ぎた反動が大きいのですよ。多少強かったとはいえ当時11歳だった私を押す人が居たのも天才を失った焦りでしょうから」
「それは私もお父さんから聞いたことが有るよ。氷華ちゃんのお父さんって物凄い魔術師だったんでしょ?」
「……ええ、人体関連の魔術なら今でも彼に比肩する者はいないでしょうね。人間としては嫌いですが、魔術師としては尊敬していますよ」
氷華の父、霧崎氷太は天才だった。専門は生物工学。怪我や病気の治療、魔術師に行う能力上乗せ、使い魔等の作成、人工異能者等が該当する分野だ。
「そんなに凄かったのか?」
「………ええ、彼のような人物を天才と言うのでしょうね。方向性は違いますが、私より才能は上だったと思いますよ」
「史上最年少で二十三魔人に入った氷華にそこまで言わせるのか。それは本当に天才だったんだな。早逝したのは本当に惜しいな」
「…………ええ」
心なしか氷華の声が色を失っている気がするので、ここまでにしておこうと二人が思うと、タイミングよく車内アナウンスが次の停車駅が新宿だと告げる。
「そろそろ到着だね。今日は行かなくても良いんだから観光しない?」
会合が有るのは明日なので、今日は空いている。
「別に構いませんが、私は観光地には詳しく有りませんよ?」
「いや有名どころだけで良いから大丈夫でしょ」
「そうですか。では行きましょう」
この後三人は夕方まで浅草やスカイツリー等を観光した。最も純粋に楽しんでいたのは琴音だけだった。氷華はずっと真顔で、優斗は美少女二人と一緒に居たせいで、周りの男から嫉妬も羨望の視線を浴び居心地が悪い思いをしていた。
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