六話 兄

◇◇2019年 8月3土曜日 金森市 山奥

 氷華の家はかなり深い森の中、正確には山の中腹にある。そもそも金森市は盆地なので周りを広大な山地に囲まれており、そのうちの1km2程を氷華が所有しているのだ。

 敷地内には様々な魔術的仕掛けが施されている為、一種の要塞と化している。魔術師の拠点は多かれ少なかれ魔術が組み込まれている物で、森とは限らないがそのためのスペースは確保してある事が多い。

 また、一般人に見つからないように隠蔽しやすい土地に作る事が殆どだ。認識阻害術式等を使って見つからないようにすることも可能ではあるのだが、長期的にそれをやると違和感を持たれてしまう。その建物自体を認識させない事は容易だが、違う場所で地形的におかしいと思われる事を止めるのは不可能に近い。氷華の家が森の中に有るのもその為だ。

 そんな森の中を優斗は刀を持って走っていた。この森は魔術的なトラップが有ったり、様々な使い魔や幻獣の類が独自の生態系を築いたりしており、かなり危険なのだ。だからこそ戦闘訓練の場所として適している。

 優斗は新しく学んだ事を実践で試したり、剣の練習をするのに利用していた。彼は基本的に戦闘魔術師なので学んだ内容を実践で生かす事が重要なのだ。さらに言えば、彼の戦術は剣の超絶技巧によって成り立っている以上、そちらの鍛錬も欠かせない。

 優斗は氷華の呪い、正確にはその原因を何とかしたいと思っていたので、強くなるためにひたすら努力を重ねていた。


「——ッ誰だ⁉」


 氷華の管理下に無い幻獣と戦ったりしながら森の中を移動した先で、一人の少年が立っていた。

 見た目は150cmより少し高い程度で、中学一年生程度に見える茶髪の少年だった。容姿だけなら特に特徴の無いどこにでも居そうな普通の人間、と言った印象だが、どう考えてもそれはおかしい。

 そもそも普通の少年がここに来られる筈が無いし、百万歩譲って来られたとしてもここは一般人が生き残れる環境では無い。

 何より、戦闘に関してはほぼ100%的中する優斗の勘が目の前の少年はただ者ではないと告げていた。日本最強の魔術師と言われる氷華に合った時ですらこんな感覚はしなかったというのに。


「霧崎氷夜、戸籍上は氷華の兄」


 意外なことに、普通に返答が帰ってきた。どうやら氷華が前に言っていた離れに住んでいる兄らしい。どう見ても氷華より年下だが、優斗自身も実年齢より下に見られることが多いので人の事は言えない。戸籍上と言うあたり色々事情が有るのだろう。

 それよりも気になったのが喋り方だ。一切の感情がこもっておらず、表情も全く変化していない。氷華もほぼ常に真顔だが、それはあくまで感情表現が少ないだけだし、たまに感情を出すことも有る。こちらはもっと根本的な所に違和感がある。強いて言うなら、まるで機械と喋っているかのようだった。


「僕は雨木ゆ——」

「不要、現状は把握済み」


 元からいる住人に不躾に質問した挙句、こちらが自己紹介しないのは失礼だろうと思ったが、遮られてしまった。


「えーと、何をしているのですか?」

「特に目的は無い。強いて言うなら暇つぶし」


 そう言うと氷夜は突然その場から消えた。だが、優斗にはしばらく彼が動いたという実感が湧かなかった。動体視力に優れた優斗ですら見えなかった程速いというのも有るが、それ以上に移動が自然過ぎた。音や振動が全く発生せず、まるで最初からそこに居なかったかのようだった。


「……何なんだいったい」


◇◇◇


「氷夜さんに会ったのですか⁉」


 屋敷に戻って報告すると、氷華が驚きの声を上げた。


「珍しいこともある物ですね、あの人基本的に引きこもっていて出てこないのに」

「そうなのか?」

「ええ、精々一年に一回ぐらいしか見ませんね」

「そんなんで生活できるのか?」

「さあ? 彼の行動や内面については私も把握していませんので」

「ふーん、そういえば戸籍上の兄って言ってたけど何が——」

「それは知らない方が良いですよ」


 駄目もとで聞いてみたら食い気味に止められた。事情が有るのは分かっていたが、かなり根深い物らしい。


「問題の無い範囲で一つだけ言っておくと、私と氷夜さんには血縁が有りません。それも有って私は彼を兄とは思えませんね。まあ、上の兄と違って嫌いでは無いですが」


 氷華は心なしか沈痛な表情でそう言った。それを見た優斗は自分が彼女を地雷を踏んでしまった事に気が付いた。


「悪い、触れられたくない部分だったみたいだな」

「お気になさらず、気になるのは当然でしょうから」


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