三話 魔法

「「……え⁉」」


 疑問の声は同時に発せられた。地面には刀の先端が落ちている。


「あれ? 刀が……」

「い、今のどうやったの⁉」

「な、何の話だ?」


 困惑している優斗に対し、氷華が食い入るように尋ねる。二人とも動揺の余り素が出ているが、それどころでは無かった。


「とぼけないでよ。今どこからも持ってきてない(・・・・・・・・・・・・)のに一瞬だけ刀が増えたでしょ。いくら魔術師でもエネルギー保存は違反できない筈だよ」


 魔術師は万能では無く、出来ないことがいくつか存在する。エネルギー保存の法則と質量保存の法則——最もこの二つは本質的には同じなのだが——の違反はその代表例だ。他には死者蘇生や完璧な未来予知などが有る。

 いくら魔術師でも無から有を生み出すことは出来ない。大きなエネルギーを使う時は、地脈や異世界からエネルギーを持ってくるのだ。

 だが、今の技では無数の刀が突然発生した。解析の魔眼で見た限り、どこかから刀の質量分のエネルギーを持ってきた様子は無い。つまり完全にエネルギー保存の法則に違反しているのだ。

 正確にはごく短い時間ならエネルギーが上下する事は魔術を使わなくても有るのだが、今のはそれで説明できる範囲を超えていた。


「さあ答えて、雨木家は没落したと思ってたのに、あんな魔術を隠し持ってたなんて知らなかったよ」

「い、いや……」


 氷華が距離を詰めて尋問するが、優斗は氷華がここまで食いついた事への困惑とキャラ崩壊に対する驚き、超絶美少女に間近まで顔を近づけられた緊張で答えられない。

 膠着を破ったのは第三者の発言だった。


「ただいまー、あれ? 氷華ちゃんお客さ……お、お邪魔しました~」


 玄関に亜麻色の髪をショートカットにした可愛らしい少女——内弟子の雲宮琴音——が立っていた。恋愛関係へ思考が飛ぶ癖は相変わらずらしい。


「琴音さん、何か誤解していませんか? ただ質問していただけなのですが」

「だ、だって物凄く顔を近づけてるから」

「……確かに近すぎましたね。失礼、取り乱しました」


 直ぐにいつもの感情が読めない態度に戻って謝罪する。さっきまでとは別人のようだ。


「改めて聞きたいのですが、さっきのはどうやったのですか? 科学の世界に例えるなら相対性理論や量子力学と言った、今までの常識を覆すレベルの発見ですよ」

「そんな事言われても対多数戦闘が苦手だから何とかならないかと思って、広範囲を斬れる技を編み出そうと思ったら、なんか出来ただけなんだけど」

「ああ……という事はやはり魔法ですか」

「? 氷華ちゃん、魔法って何? 普段ずっと真顔の氷華ちゃんが反応をするんだから凄いのは分かるけど」

「魔法とは再現性のない魔術の事です。魔法は魔術とは異なり、世界でその人しか使えず他の人には再現出来ません。術者しか理論を知らないか、術者も理論を知らない場合が該当します。前者の場合直ぐに解析されて魔術に格下げされますが、後者は結局理論が分からず術者に寿命が来る事が多いですね」


 再現性とは魔術師、いや全ての研究者にとって最も大切と言える要素で、測定者や測定方法が変化した時、どれだけ一貫した結果を出すかを表す指標だ。魔術は正しい知識を持った人が同じ手順で行えば、ほぼ同じ結果が出る。しかし、魔法はそうでは無く、特定の人物にしか使えないので、再現性は皆無と言える。後者の場合そもそも偶発的に出来た物なので当然だが。


「後者の魔法を使える人は凄い技術の持ち主では有りますが、魔術世界ではあまり評価されない事が多いですね。魔術師には世界を司る法則を調べようとする者が多いので、理論を重視する傾向が有りますからね。評価されたいなら、魔法を編み出すより解析して理屈を明らかにした方が良いです。実用的に見ても一人しか使えない技術なんて無意味ですからね。まあ本人が自分で使う分には便利でしょうけどね」

「ふーん、良く分からないけど、そこの彼……」

「雨木優斗です」

「優斗君が魔法使いという事で良いの?」

「そうですね」

「ふーん、どういう関係なのかとか気になるから後で聞かせてね」


 そう言って琴音は室内に入っていった。食品を買いに行ったのだから早く冷蔵庫に入れたいのだろう。


「何で刀が折れたのかな」

「簡単な話ですよ。貴方の刀より私の自動防御の方が硬いだけです。どれだけ技術が有っても刀より硬い物は斬れませんからね」

「……つまり最初から僕に勝ち目は無かったという事か」

「そうですね。申し訳ありません。私の個人的な感情で断りたいと思っていたのです。ですが、あんな魔法を見せられてしまっては、もっと詳しく調べてみたいという欲求を抑えられませんね」

「じゃあ……」

「ですが、貴方はどう見ても魔術師より剣道家とかの方が向いていますよ」


 今回は氷華相手にいい勝負を行っていたが、それは魔術では無く、剣の技量によるものだ。それなら純粋にその技術を生かせる方面に進んだ方が適しているに決まっている。精密な動作と、先読み出来る観察力は剣道以外のスポーツにも生かせるだろう。

 そもそも、今回は近接戦限定だから勝負になっていただけで、普通なら遠距離から広範囲高火力攻撃をされてお終いだ。はっきり言って魔術師としては凡庸である。


「そんな事は分かっています。ですが、それでも僕は雨木家の魔術を活かしたい。雑用でも何でもしますから貴方の弟子にして下さい」

「……分かりました、認めましょう。琴音さんが良いと言えばですが」

「ありがとうございます」


 優斗は琴音を説得する方法を考えていたが、話してみるとあっさり了承を得られたので問題は無かった。優しいのか、それとも何も考えていないのかは不明だが、本人が良いならそれで良いだろう。

 こうして霧崎家に新しい住人が増える事になった。


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