二話 剣術

 キン、という甲高い金属音を響かせ、剣と刀が衝突した。

 森の中にある古い洋館で、二人の人間か剣戟を繰り広げていた。その内の一人、霧崎氷華は内心驚愕していた。彼女は黒ずくめの戦闘服に着替えて両刃の片手剣を振っている。

 この戦いで氷華が負ける要素は無い筈だった。魔術の力量差は歴然であり、いくら氷華が中遠距離戦を得意としているからと言って、魔術が絡む戦いで負ける筈が無かった。力、速度、武器の性能、演算速度の全てにおいて氷華の方が上だ、だが、雨木優斗は純粋な剣術の技量のみでそれを覆した。


(これは完全に予想外だね……。動きが精密過ぎるし、こっちの動きを完全に読んでいるみたい。魔術自体はそこそこだけど、剣術に関しては間違いなく天才だね。魔術師より剣道家とかの方が向いているんじゃないかな……)


 目の前にいる長い刀を持った少年、雨木優斗は魔術師としては並以下だ。だが、剣術に関しては紛れもない天才だった。氷華も戦闘魔術師として一通りの武術は修めている。だからこそ彼の剣術の異常性が良く分かった。

 氷華が剣を振り降ろす。両者の武器は共に礼装だが、氷華の剣の方が圧倒的に性能が上だ。一度でも正面から受ければ優斗の刀は折れてしまうだろう。

 優斗自身もそれは分かっており、まともに打ち合わず剣の側面に刃を合わせ、斬撃の軌道をギリギリ当たらない程度に曲げる事で凌ぐ。言葉にすれば簡単だが、氷華相手にこれをやるのは神技と言える。何せ、ただ剣の速度だけでなく、思考速度の差により体感時間すら大きく異なっているのだから。

 続いて氷華は首を狙って剣を横なぎに払う。優斗は氷華の首を狙う攻撃を繰り出しながら、ほんの少しだけ後退し、あと一ミリでも近ければ斬られる位置に移動する。優斗の方が得物が少し長い為、氷華の剣がギリギリ届かない距離では、優斗の剣が届く。氷華の動きと間合いの差を完璧に読む見切り、それに合わせてミリ単位で動く精密動作、肌に触れるか触れないかの距離を刃が通っても動じない精神力、全てが驚異的だ。


 だが、氷華には感心する余裕などなかった。


 魔術で強化した身体能力に任せて後退し、優斗の刃を躱すと同時に間合いを取り直す。


「申し訳ありません。正直貴方という魔術師、いや剣士を侮っていました。正直に言って簡単に勝てるだろうと思っていましたが、貴方は近接戦においては紛れもない強者です」

「謝る必要は有りませんよ。僕が魔術師としては大したことは無いのは事実ですから」

「それはそうですね。いずれにせよこれからは真面目にやるのでそのつもりで」


 そう言って氷華は地面を蹴り、上段から斬りかかる。優斗が受け流そうとした瞬間に彼の足元の地面を軟化させ、足場を崩す。直接魔術で攻撃しなければ良いので、こういう小細工は有効だ。

 そもそも魔術師がわざわざ剣を使うのには理由がある。実力が互角の魔術師の場合、ごく至近距離の戦闘では有効な魔術を構築するより、剣が届く方が早いのだ。近接戦では攻撃用の魔術を構築する暇は無い。今回の場合、普通なら氷華の方が圧倒的に体感時間が長いため、その分魔術の構築が早く、剣が届くまでに有効な魔術を使える筈だった。しかし、優斗の異常な剣術はその余裕を与えなかった(仮に技術的に可能でもルール的には直接攻撃する魔術は使えないが)。

 だが、剣戟の真っ最中でも殺傷する威力がない小規模な魔術なら構築出来る。実際の魔術戦でも、至近距離では剣をメインに小規模魔術で攪乱等を行って戦う事が多い。

 氷華は流石に軸足を崩されては受け流せないだろうと思ったし、実際にそれは事実だった。だが、優斗は地面が軟化する直前に足を移動させ、そのまま剣を回避した。

 続いて氷華は光を発生させ、一時的に視力を奪い、横なぎに斬りかかる。いくら何でも認識出来なければ対応も出来ない筈だ。

 だが、優斗は刀を剣の下に合わせ、そのまま上に振り上げた。胴体に命中する筈だった剣は頭上を通過し、代償として刀が歪む。流石に先ほどのような精密な受け流しは出来なかったようだが、視力を失ってもこちらの動きが分かる様だ。


(成程、動体視力だけじゃなくて五感全てが鋭いんだね。音や地面の振動、空気の流れや温度の変化とかも読み取って周りの状況を把握して、こちらの動きを読んでる。ただ足場崩しは地面が柔らかくなったのを察知して避けていたし、光は目を瞑ったりしなかったから、魔術は察知出来ないみたい。その辺は勘の良さでカバーしているのかな。いずれにせよこのままいけば刀が折れて私の勝ちだね)


 今までの行動を右目の魔眼で観察し、優斗の能力を分析する。

 完璧な形で受け流せなければいずれ刀が限界を迎える。いくら魔術的に強化されているとは言え、そもそも衝撃に強い武器では無い。氷華はさらに速度を上げ、魔術で撹乱しつつ攻撃を加える。

 優斗の方も魔術を交えた攻撃に慣れた様だが、歪んだ刀では完璧な受け流しは難しいようだ。結果的にさらに歪みが拡大する事になった。

 優斗も不利を悟っていったん距離を取る。


「このままでは僕の負けですか」

「そうでしょうね」

「では、次の攻撃に全てを掛けましょう。後一合だけお願いします」


 そう言って優斗は刀を構える。今までは脱力して中段に構えていたが、今は大きく振りかぶっており、刀身が頭の後ろにある。

 彼の剣術は自由度が高く、どんな状況にも幅広く対応できるのが強みだが、あんな隙の多い構えをではそれが台無しだろう。だが、そんな事が分からない程愚かである筈がない。氷華は最大限の警戒を持って斬りかかる。


 次の瞬間、全方位から無数の刃が氷華に襲い掛かった。


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