一章 魔術師、霧崎氷菓

一話 突然の来訪者

◇2019年 8月1日木曜日 金森市 霧崎邸 10時頃

 突然だが、霧崎氷華(きりさきひょうか)は魔術師である。

 この世界は意外とファンタジーである。多くの人は魔術などの特殊能力、天使などの高位存在、吸血鬼などの人外生物等について知りつつも、実在しているとは思わないだろう。だが、それらの大半は実在するのだ。

 魔術師とは文字通り魔術を扱う事を生業とする者の総称である。


 いつも通り氷華が魔導書を読んでいたら、珍しく霧崎邸のインターホンが鳴った。友人兼内弟子の雲宮(くもみや)琴音(ことね)ならまだ帰ってこないだろうし、そもそもわざわざインターホンを押す必要は無いので、来客だろう。敷地内に人が入ってきたら警告が入るようになっているので、誰か入って来た事は少し前から分かっていたのだが。わざわざインターホンを押す辺り、敵意は無いのだろう。そもそも敵意が有る人間が侵入すれば撃退する魔術が組まれている。だが、一応警戒しておくべきだろう。

 氷華が玄関に向かうと、一人の特徴的な少年が立っていた。

 格好いいというより、美しいという形容詞が似合う美少年だった。艶のある黒い髪と整った目鼻立ちをしており、160㎝程度の小柄な体格と合わさって服装次第では女の子と言い張れなくもないだろう。だが、最大の特徴はそこではない。

 彼は和服を着ていたのだ。21世紀になって実用性皆無の和服を年中行事以外で着るティーンエイジャーなんて滅多に居ない。そして和服が非常に似合っていた。

 だが、氷華にとってはどちらも重要では無い。一番重要なのは、少年の着ている服と持っている鞄が礼装——魔術的な効果を持つ道具——であるという事だ。つまり目の前に立っている少年は魔術師という事になる。そもそも、立地の関係で一般人は近寄れないのだが。


「こんにちは。雨木優斗あまきゆうとと言います。こちらは霧崎氷華さんのお宅でよろしいでしょうか?」

「ええ、そうですが」


 氷華は警戒感をあらわにしつつ答える。氷華に友好的な魔術師は少ないので警戒するに越したことはない。それに彼は今雨木と名乗った。羽織に付いている家紋もそれを裏付けている。あの雨木家の人間ならろくでもない思想を持っている可能性が高い。

 だが、氷華の警戒は、


「お願いします。弟子にして下さい」

「……え⁉」


 優斗の予想外の発言により、困惑へと変化した。


◇◇◇


「要約すると、優斗さんは西洋の魔術を学びたいという事で良いのですね?」

「はい、うちの家は日本古来の魔術に固執していて、西洋の魔術を取り入れない事はご存じだと思います。このままでは衰退する一方ですが、外部の魔術と組み合わせれば有効活用出来るのでは思いまして。まあ、家族全員に反対されて勘当されましたが」


 基本的に魔術師は血縁に技術を伝える事が多い。才能を遺伝させられるというのも有るが、一番は幼少期から魔術を教える事が出来るからだ。氷華も優斗も、そんな魔術師の家に生まれた一人である。

 優斗の実家である雨木家は2000年近く続いている魔術の名門だ。だが、海外の魔術を取り入れず神道系等の日本古来の魔術に固執したことで、今では落ちぶれて居ると言っても過言では無い。

 魔術は宗教等をベースにしており、世界中に様々な流派が有るが、一つの流派で出来る事は限られている。その為、様々な国の魔術を組み合わせて良いとこ取りをすることが多い。しかし、雨木家は自分たちの技術が至高の物であるというプライドの高さでそれを怠ったのだ。

 ちなみに、霧崎家は雨木家に反対して海外の魔術を学んだ弟子の家系である。今では勢力が逆転しているのだから皮肉な話だ。


「それなら本家の方に行けば良かったのでは?」


 霧崎の本家は東京にあり、氷華の兄が当主を務めている。氷華は個人の力量なら日本トップレベルで、魔術世界では有名人だが、魔術を学ぶなら豊富な資料がそろっている本家の方が適している。本当は海外にある魔術学校に行くのがベストだが、それは言語や経済的に難しいだろう。


「雨木家と霧崎家がお互いを仮想敵と思っている事を分かって言ってます?」

「……失礼しました。想像してしかるべきでしたね」


 本家の人間は雨木家の事を嫌っているのだから、行っても門前払いされてしまうだろう。日本で他に世界各地の魔術に精通しているのは氷華ぐらいなので、ここに来たのは必然と言える。

 氷華も雨木家自体は嫌いだが、優斗個人に関してはそこまでおかしな考えをしている訳では無さそうなので、特に嫌悪感は無い。


「一つ確認しておきたいのですが、対価なしで教えろなんて言いませんよね?」


 魔術師が弟子を取る場合、助手として使えたり、恩を売ることで将来的に自らの派閥を拡大させ、勢力争いを有利に進めるといった目的の場合が多い。だが、氷華はその辺りの事に興味が無いので、対価が無ければ手間を掛けて自らの知識を流出させるだけになってしまう。

 それとは別に個人的な感情でも断りたいと思っていた。とある理由で可能な限り魔術に関わる人間を減らしたいと思っているのだ。だが、無理やり拒絶するのは気の毒だし、計画について悟られるリスクが有るため避けたい。適当な断る理由がないか探すことにした。


「それは勿論。とりあえず実家に合った魔導書の写しを可能なだけ持ってきました。これを差し上げます。僕の目的とも合致しますしね」


 そう言って優斗は収納魔術が掛かった鞄から大量の本を取り出した。それらは全て日本古来の術式に関する貴重な資料だ。特に神道系の魔術に関しては雨木家ぐらいにしか資料が無いので、殆どの魔術師が欲しがるものだ。正直これだけで受け入れる方にかなり天秤が偏っていた。


「これは凄いですね、対価としては十分でしょう。……所で一つ聞きますが、貴方は戦闘魔術師ですよね?」

「ええ、そうです。まあ、近接戦しかろくに出来ないのですが」


 魔術師は基本的に研究が本分で、戦闘に魔術を使うものは少ない。しかし、派閥同士で揉めた時などは武力衝突を起こすことも有るので、その時に備えて各家で戦闘を専門にする魔術師を何人か育てておくことが多いのだ。氷華もその一人である。

 戦闘魔術師は魔術だけでは無く、武術を修めていることも多い。逆に普通の魔術師はそんな事はしない。そして優斗は氷華同様、足音を立てなかったり、動作が洗練されているので武術を修めている事が見て取れた。


「では試合をしてみてそれで決めましょう。私は本来中遠距離戦が得意ですが、貴方に合わせて近接戦限定で、直接魔術で殺傷するのは無しとしましょう。そうですね……先に出血した方が負けとします。優斗さんが勝ったら弟子入りを認めましょう」

「成程、受けて立ちます」

「ああ、それと既に居る同居人が了承するという条件も付けさせて下さい。今は外出中ですが」

「それは当然ですね」


 馬鹿にしているように見える条件だが、優斗がそう感じることは無かった。なにせ氷華は戦闘魔術師の頂点、二十三魔人の第六位、その実力は日本最強と呼び声高い。はっきり言ってそこらの戦闘魔術師とは次元が違う。氷華はこれだけのハンデが有ってもあっさり勝利出来ると思っていた。

 右目の解析の魔眼で見た所、彼は戦闘魔術師にとって最も重要な演算速度が並の魔術師より多少高い程度だった。記憶力はそれなりだったので、知識量はそこそこ有る様だが、氷華とは比べるまでも無い。これでは多少のハンデがあった程度では勝負にならないので、上手く断る事が出来そうだ。


 だが、その予想は全く想定外の形で覆されることになった。





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