三章四話 こころ(三)

 手紙を読み終わったあと、私はずっと待たせていた人に電話をかけた。

「巧さん……真理です。お久しぶりです。いま大丈夫ですか?」

『うん。大丈夫。……電話ありがとう、真理ちゃん』

「返事が遅くなってごめんなさい。実習……とても大変らしいですね」

『うん。まぁ、それなりに……。急に連絡してごめん。迷惑だったよね』

「いえ、そんなこと……びっくりは、しましたけど」

『びっくりするよね。自分でも無神経だと思う。真理ちゃん……』

「はい」

『やり直せないかな?』

「…………ごめんなさい」

『そっか……』

「私、好きな人がいるんです」

『…………』

「別れてまだほんの数ヶ月で、新しい恋だなんて軽い女だと思いますよね。でも――」

『思わないよ。その人のこと、本当に好きなんでしょ?』

「はい。……ちょっと変わった人ですけど」

『変わった人か……その人、真理ちゃんのこと幸せにしてくれそう?』

「たぶん」

『はは。たぶんなんだ』

「私は、その人のことを幸せにしたいです。いっぱい傷ついてきた人だから。それでも前に進もうとしている人だから」

『……真理ちゃん、少し変わった?』

「そうですか?」

『女の子にこんなこと言っていいのか分からないけど、たくましくなった気がする』

「ふふ。元からですよ。巧さんの前では、慎ましく慎ましくでしたもん」

『それはそれで、その男の子に嫉妬しそうだな』

「その男の子も巧さんに嫉妬していますよ、現在進行形で」

『ほんとに?』

「私があんまり『巧さん巧さん』言うもんだから、やきもち妬いてるんです」

『真理ちゃんはそういうのあまり向いてないんだから、ほどほどにしときなよ……まぁ、嬉しいけど』

「はい」

『真理ちゃん、その人とは素敵な恋をするんだよ。俺は、自分の身勝手で君をひどく傷つけたから。……てか、俺が連絡したせいでその人と面倒なことになったんじゃない?』

「多少は……。でも解決しました」

『ならいいんだけど。――ねぇ』

「なんですか?」

『俺さ、真理ちゃんのどういうところを好きになったのか、結局最後まで言わなかったよね』

「私、それずっと気になっていたんですよ。巧さん、教えてくれないから」

『じゃあ、言っておこうか。お互い最後だから――』

「はい。最後、ですね……」

『真理ちゃんはね、一生懸命人を好きになる子だから。そんな子から慕われて、俺、嬉しかったんだ。オープンキャンパスのときの行動力とか、デートのときも、いっつもニコニコしてて、くすぐったくなるぐらい俺のそばにいて……そんな君が好きだったんだ……可愛くてさ。

 いまさら信じてもらえないかもしれないけど、本当だから……』

「信じます。……教えてくれて、ありがとう」

『俺こそ真理ちゃんと話せてよかった。元気をもらえたよ。……そうだよな。真理ちゃんは、顔を上げて歩き出しているんだもんな。俺のほうが年上なんだし、負けていられないよな。小さい頃からの夢だもんな……』

「巧さん、陰ながら応援しています。夢を叶えてくださいね」

『俺は俺で精一杯頑張ってみるよ……そろそろ、さよならだね』

「巧さん……頑張って、ください……ね……」

『……俺も君の幸せを願っているよ。だけど体には気をつけてね。真理ちゃん、ときどき無茶するとこあるから』

「はい。これからは……気を、づけ、ます……」

『いままでありがとう――さようなら』


 電話を切ったあと、彼の連絡先を消した。

 これで、これで、よかったんだ……。お互いもう別々の道を歩き始めているんだから。

 それでも涙が止まらない。

「さようなら、巧さん……」

 呟きとともに、私の小さな恋が、終わった――。

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