閑話 久宮 風の気持ちと転校生
私、久宮 風は中学2年生の頃、クラスでいじめられていた。
クラスでもトップカーストと言われるグループの子達を中心に始まったいじめは徐々に広がっていった。なぜか同じクラスではない秋保 美月を中心としたグループに目をつけられてしまった事が原因のようだと、今考えるとわかるが、当時の私はわからなかった。
そして小学校からの親友である奈緒ちゃんまでも巻き込んだいじめで、私は孤立無縁状態になった。
誰にも言えず、誰にも助けてもらえない中、私は学校に行くのが怖くなってしまい、ついに不登校になった。
家にいれば誰にもいじめられないし、怖くもない。
だけど、もやもやとする気持ちだけが心に生まれた。
……なんで私がこんな気持ちにならないといけないの?
鬱屈とする気持ちをぶつける場所もなく、悔しさから家でひたすら勉強をした。こんな私だけど、誰にも負けたくないんだ……、そんな気持ちが生まれた事に気づいたのは中学校の先生が家庭訪問に来た時だった。
「久宮さん、保健室に通うてもあるわよ?」
その言葉で、私は再び学校に行く事ができた。
生徒が通学し終わった時間に家を出て、誰にも会わないように保健室に通う。そこはかとなく惨めな気持ちにはなったが、学校に行かなければ将来は暗い。
ただその思いで保健室に通い、勉強をして過ごす毎日だった。だが、テストでは毎回トップを維持できるような成績を収めた。私をいじめていた秋保 美月に勝った事は、私にとって心の拠り所になっていた。
そして3年生に進級してクラス替えがある。心機一転、クラスメイトも変わっていることを願いながら保健室通いをやめる。
だが始業式当日、クラス分けを見て私はショックを受けた。私をいじめていた生徒は少なくなっていたものの、主犯と思われる秋保 美月が同じクラスになってしまった。
救いは奈緒ちゃんが一緒のクラスであった事だが、去年の様子から考えると楽観視はできない。むしろ、秋保さん達の存在の方が絶対的だ。
……また保健室通いか。
私が思い悩んでいると、不意に隣から声がかかる。
「……香川です、よろしく」
その声に驚いて肩を揺らすと転校生がこちらを見ていた。先の自己紹介でクラスでの注目の的だった子だった。
体は小さく、顔は女の私から見ても可愛く、そして何より、この世のものではないかのように白く輝く髪が印象的な女の子だった。
ちょっと変わったことを言っていた気がするけど、同じサッカーが好きと言う事で仲良くなれそうな気がした。だけど……。
私は彼女の挨拶を無視した。
私にかまえば彼女もいじめられる。その証拠に親友の奈緒ちゃんが私に話しかける香川さんに話さない方がいいと言っている。
……なんで私がこんな思いをしなければいけないんだろう。
その言葉は私にとって辛いもので、悔しいと思う気持ちと孤独とが私を惨めにする。
始業式も終わり、私は帰ろうと席を立って教室を出ようとすると入り口付近で秋保さんにつかまってしまった。
「あら、久宮さん。今まで休んでいたのによく来れたわね」
クラスメイトの蔑んだ瞳が私に突き刺さる。
怖くて何も言えなくなった私にクラスメイトは嘲笑を浮かべながら何か言っていた。その声を必死に聞かない振りをしたが、どうしても耳に入ってくる侮辱の声は再び保健室通いを決めさせた。
「ねぇ、久宮さん。保健室がどこか教えてくれない?」
私が3人にいじめられているのを見かねたのか、誰かが私と秋保さんたちの間に割り込んで来た。
香川 夏樹ちゃんだった。
「えっ、えっ?あの……」
戸惑っている私の手を引きながら香川さんは3人から私を引き剥がして教室から出ていく。去っていく私たちを3人は舌打ちをしながら見ているだけだった。
香川さんはしばらく歩くと急に立ち止まった。
周囲を見回し、誰も追ってこない事を確認すると、私の顔を見る。
「ごめんね、急に引っ張って。保健室はどこかな?」
と言ってきたのだが、私はしばらく話す事ができなかった。
クラスメイトと話をすることに恐怖を感じている今、香川さんを簡単に受け入れる事はできない。
だけど誰一人味方のいない中で庇ってくれた彼女の話を無視することもできない。
「こっち……」
私は口数少なく保健室に向かって歩き始める。
保健室が見えてくると香川さんは「ありがとう」と可愛らしい顔で言ってくる。
その顔を見て、私は一つの考えに至る。
……私といれば彼女までいじめられてしまう。
「私に構わないで……。あなたもイジメられる」
私は彼女から逃げるように走り去る。
そして、家に帰った私は再び涙を流した。
また保健室通いをしないといけない自分の弱さと誰も味方がいない現実を突きつけられた気がしたからだ。
「失礼します」
翌日、誰にも会わないように私は他の生徒より遅く出て、保健室へと入っていく。
そこには去年までいた保健の先生は居らず、その代わりに20代くらいの先生に替わっていた。
「いらっしゃい。あなたが久宮さんね。私は羽佐間 嶺、よろしくね」
羽佐間先生は私に近づいて来て、肩に手を置く。
私は何も言えずに立ち尽くしていると先生はふぅ……と一息つきながら私を奥の小部屋へと案内する。そして椅子に座るように促してくれる。
「緊張しなくて良いよ、前野先生から話は聞いているから」
「はい……」
羽佐間先生の言葉に少し安心する。
少なくともここが私の居場所になってくれると思うと安心できた。
「さて、久宮さんは新しいクラスへは行ったかしら?」
羽佐間先生の質問に私は頷く。
「確か、3年7組だったかしら?あ、夏樹ちゃんと一緒のクラスじゃない」
夏樹ちゃん……羽佐間先生が口にした名前に私は聞き覚えがあった。
そうだ、私を助けてくれた女の子の名前だった。
「先生は香川さんの事……知っているんですか?」
私は転校してきた香川さんと新任の羽佐間先生の関係が気になった。
「ええ。あなたは彼女の事はどのくらい知っているのかしら?」
羽佐間先生は私の顔を見て真剣な顔で聞いてくる。
当然私自身は彼女のことはなにも知らない。
知っていることといえば恋人はいらないという事と、記憶喪失になったということだけ。その旨を先生に伝える。
羽佐間先生は腕組みをして「う〜ん」と何かを考えている様子だった。
「あと、昨日いじめられていた私を助けてくれました」
私がその事を伝えると、先生は大きく目を見開く。
「そっか、あなたが……」
何か納得したように、羽佐間先生は私に微笑みかける。
「な、なんですか?」
私はその表情に戸惑う。
「ううん、なんでもないよ」
彼女はいぶかしむ、私の表情を見て首を振る。
そしてしばらく考えたあと、再び私に声をかける。
「ねぇ、久宮さん……。あなた、夏樹ちゃんの友達になってくれないかしら……。」
「え?香川さんと……友達に?」
先生が放つ言葉に私は言葉を失う。
確かに香川さんなら友達になれそうな予感はする。
きっと彼女は私と違って自分の意思を持っていると思う。
その証拠に彼女が自己紹介の時に言い放った言葉が脳内に蘇る。
彼氏は?とクラスの男子に聞かれたときの言葉だ。
「いないし、作りません!!」
と、クラスカーストが出来上がったこのクラスで、彼女は怖がりもせずにその一言を言い放ったのだ。
そんな彼女ならもしかしたら私も……なんて事が脳裏に過ぎる。
一筋の汗と共に私は生唾を飲み込む。
……友達は欲しい。だけど。
私の心に宿ってしまった猜疑心は彼女すら危険だと考えてしまっているのだ。
いくら彼女が強かろうと、多勢の中で私に味方してくれるはずがない。
いずれ離れていってしまう。
そう思うと、簡単に答えが出せるはずもなく。
「考えさせてください」
と、俯くことしかできなかった。
羽佐間先生は「そう……」と言って、私の顔を見ると保健室の奥にある小部屋から出ていく。
……私はなんでこんなに弱いんだろう。
自分の身に起こっている事全てを恨めしく思いながらも、私は再び勉強を始めた。
醜い私をいじめる彼女たちには負けたくないから……。
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