第43話 誕生日とプレゼント

私は今、猛烈に緊張している。

何故かと言うと、今、男性が立ち入る事を許されない魅惑の花園、水着売り場に来ているのだ!!


いや、下着売り場ならすでに何度か行った事はあるからそれと大差はないのだが、うら若き乙女達と一緒に水着を選び合う事に緊張しない男子…いや、元男がいようものなら見てみたい。

居たとしたらきっとタラシかヘンタイのどちらかだろう。

かくいう私も、春樹時代に何度か四季の水着選びに付き合ったが、居心地の悪さに耐えかねて、選び終えると足早に水着売り場を後にした覚えがあった。


今は女子なので気にする必要は全くないのに、気が気ではないのはいうまでもなかった。


「なっちゃん、これはどう?」

奈緒ちゃんが、私に差し出して来た水着。

それは黒いビキニタイプの水着だった。


「ぷっふ!!」

私はそれをみて吹き出してしまった。

さすがに中学生が着るような水着ではない。

ましてや、ちんちくりんな身長の私が着ていい類のものではないと一瞬で理解できるものだった。


「奈緒ちゃん、却下!!」

手でゆっくり顔の前の空気を払う仕草をする。


「えぇ!!せっかく似合うと思ったのに…」

私の言葉を聞いてふて腐れながら奈緒ちゃんは水着を返しに行く。


「夏樹ちゃん、夏樹ちゃん!!」

更衣室の方から菜々ナナの声がするが、姿が見えない。私は声のする方に歩いて行くと突然更衣室のカーテンから菜々ナナが顔を出してくる。


「夏樹ちゃん、これどうかな?」

と、辺りを見回すと恥ずかしそうにカーテンを開ける。そこには青の生地に白い花があしらわれているフリルの水着を着た菜々ナナの姿があった。


その瞬間、私は何故か恥ずかしくなり顔を手で覆う。いや、童貞じゃあるまいし、ましてや今は女の子。付いているものもなければ出ているものは一緒。だけど、思考だけがおっさんとなので、直視する事を阻んでいるのだ。


「えっ?変だった!?」

私の様子を見た菜々ナナが慌ててカーテンで体を隠し、顔だけ出して尋ねてくる。


「…ううん、似合ってる。気にしないで…」


「うん」

不服そうな菜々ナナを尻目に私は、ふらふらと自分で水着を探しに行く。

まさか、女子中学生に打ち負かされる日が来るとは思っても居なかった元35歳と女子歴1年目の15歳は偶然に手に取った水着を見て「これは…」と1人うなづく。


「夏樹ちゃん!!これなんて…って、それ気に入ったの?」

風ちゃんが私のために選んだ水着を持って来たが、私の持つ水着を見る。


「…うん。露出も少なそうだし、ちっちゃい私にはちょうどいいかなって思って…」

と言って私はその水着を風ちゃんの前に掲げて見せる。黒いハイネックの上部とお腹辺りまで隠れる白い生地に紺の花柄を模したスカートタイプのビキニの水着だ。痩せている私にはちょうど良さそうだった。


…いや、もう少しスタイルが良ければ冒険してもよかったのかも知れないけど、身の丈に合わないモノはやめるに限る。


「いいじゃん、それ着てみたら?」

風ちゃんに背中を押してもらいつつ、更衣室で着替えをする。

着替えを終えると目の前の姿見で自分の姿を確認する。


思った通り細い四肢を隠しつつ、胸部の黒が私の白髪を生えさせる。


「夏樹ちゃん、どうだった?」

そう言うと、風ちゃんは更衣室のカーテンの端から顔を覗かせる。


「うわぁ…、それ可愛いね!!」

彼女は目を輝かせてこちらを見つめる。

そして、顔を出すと他の友達に声を掛けている。

そして再び顔を更衣室につっこみ「みんなの評判が良かったらそれにしなよ!!」と勧めてくる。


「うん。そういえば、風ちゃんはどんなのを選んでくれたの?」

私が尋ねると、風ちゃんは手に持っていた水着を更衣室に入れる。


入れられたのは上下ピンクのレース付きのビキニだった。


「…うわぁ」

私がイヤそうな声を上げると、風ちゃんは不満そうに「なんで?可愛いのに…」と言うので私は


「風ちゃんも、それ着る?」

と言うと、風ちゃんは首を横に振る。


「私は無理だよ。可愛すぎるもん!!夏樹ちゃんなら似合うかなって思ったのに〜」


「いや、風ちゃんが着れないなら私も無理だよ。さすがに恥ずかしい」

と言うと、風ちゃんは口を尖らせたがすぐに何かに気がついて美月達が来るとどこかへ去って行った。


…機嫌を損ねたかな?

と、美月達に自分の選んだ水着をチェックしてもらうと、美月達も「いいじゃん、それにしなよ!!」とお墨付きをもらう。


だけど、もう1人不服そうな人物がいた。

その名は井口 香澄だった。

香澄ちゃんは手に取った水着をを突き出してくると、「これがいい!!」と強く勧めてくる。


私はそれを受け取ると広げてみる。

どうやらワンピースタイプの水着のようだが…私はその水着を地面に投げつけたくなる感情を抑えつつ、顔を引きつらせて「…これは?」と香澄に問いかける。


「いや、めず…じゃなかった。可愛い水着があったから、笑…夏樹に似合うかなって思って」

とにこやかに本音を漏らしつつ私に言ってくる香澄。


この水着も布地はピンクなのだが、風ちゃんの選んだものとはベクトルが違った。

両腕の袖が手首まであり、まるでフィギュアスケートの衣装やプリキュアのようなシルエットのワンピースの水着。

もはや、恥ずかしいを通り越して、デザインをした人のセンスを疑いたくなるような水着だった。


「…こんなの着れるかぁ!!時々不穏なことばっかり言って!!アンタが着なさい」

私は堪らず声を上げると、香澄は「無理!!」と言い笑いながら走り去って行く。


その様子を呆れながら見ていた美月はため息をつき

「夏樹、それがいいんじゃない?値段も4000円くらいならわたし達がみんなでお金を出すから買って来なさいよ」


「え?いいよ、自分で出すから!!」


「いいの。誕生日プレゼントだと思っていれば」

と言って美月はカーテンを閉める。


…みんなからのプレゼントは嬉しいけど、初めてのそれが女性用の水着になるなんて…

私は私服に着替えながら、複雑な思いに駆られる。


着替え終えた私が更衣室から出ると美月は手を伸ばして私から水着を受け取る。


「…ありがとう」

私がお礼を述べると美月は真っ赤になりながらレジへと向かうのだが…


「ちょっと待ったぁぁぁ」

と、隣の更衣室から風ちゃんの声が聞こえる。

そしてパッとカーテンが開け放たれ、私たちの目に飛び込んできたもの、それは…。


「私も夏樹ちゃんとお揃いの水着にしてみましたぁ!!」

嬉しそうにドヤ顔を決める風ちゃんの姿に私達は呆然となる。

いや、似合ってはいるのだが…違うところが一つだけあった。それは…胸部の膨らみであった。


私と違ってタワワな胸をお持ちの風ちゃんがそれを着ると迫力が違った。

「えっ、風ちゃんも…それにするの?」


「うん!!あっ、安心して。色は違うのを選ぶから!!」


…いや、そこじゃない!!心配してるのはそこじゃないから!!と、私が心で叫んでいると、風ちゃんは胸元を少し人差し指で伸ばす。

「ちょっと苦しいかも…。もうワンサイズ大っきいのにしよう」

と言ってカーテンを閉めると再び着替え始めた。


その一連の行動を見た私は口をぽかんと開けて更衣室を見つめる。そして、奈緒ちゃんに肩を叩かれる。


…いやぁぁぁぁ!!

私が頭を抱えていると、レジで会計を済ませた美月が戻ってきて、「何してるの?」と不思議そうな顔をする。


私は美月の方に壊れたロボットのように顔を向けると「美月、それ…チェンジで…」と言うが、ああ無情、「返品は不可だそうよ?」だそうだ。


その言葉に声を失った私は風ちゃんが出てくると、風ちゃんの肩を持ち、必死の形相で…「それ、チェンジでお願いできませんか?」と懇願する。


「私は夏樹ちゃんとお揃いがいいの!!」

と、風ちゃんは私の嘆願を、断固拒否して嬉しそうにレジへと向かって行った。

最近の風ちゃんは私が絡むとなんだか人が変わった様に強気になる事に思考が停止する。


思考が真っ白になった私は、無言で風ちゃんの横に並ぶ自分を想像した。貧相な私とセクシーな風ちゃんが容易に想像できてしまい「のぉぉぉーー」と声にならない声をあげてしまったのは言うまでもなかった。


その後、再度自宅へ戻った私達はお父さんを含めた8人で1日早い夏姫ちゃんのバースデーを祝った。

そして、それが終わるとお父さんと共に車で風ちゃん達を送って行くのだった。

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