夏の到来と本当の家族

第41話 嫉妬とG

四季達がイギリスに引っ越し、それからもう三日が経った。

あいもかわらずに私は中学生として学校に通う毎日が続く。


昼休憩の時間、私は教室の席から窓の外は見ていた。空が高くなり、真っ青で白い雲が夏の到来を告げる。


私は今までと同じように風ちゃん達と日常を過ごしている。ただただ、これまでの事がなかったかのように過ぎ去る毎日を送りながらも、誰にもぶつけようのない喪失感に苛まれていた。


真夏の太陽の元、楽しげに笑い合う同級生を尻目に私はぼんやりとその会話に合わせて相槌を打つ。

他の子達との明確に違う色を持つ私の2度目の青春が過ぎて行く。


「香川さん!!」

修斗君が私のクラスに来るなり嬉しそうに私の席へと近いてくる。クラスの女子は顔を赤くして予期せぬサッカー部のエースの到来を喜ぶ。そして、ある者は私に羨望の眼差しを送ってくる。


「加藤君、どうしたの?」

私は女子が放つ嫉妬を感じつつ、修斗君に返事をする。最近、女子というものが分かってきたのか、周囲の空気に敏感になっている気がする。


「明日から地方大会なんだ!!俺もスタメンに入ったからそれを伝えたくて!!」


「そうなんだ。やったじゃん」

目を輝かせながら伝えてくる修斗君に私は今表現できる最大の賛辞を送る。


修学旅行での告白以降も会話をする彼が努力をしてきた事はよく知っていた。同じ夢を追った同志として、その姿をかつての自分と重ねた事もあった。


だけど、今の私には他人事にしか映らなかった。

私の冷めた心と彼の持つ熱量の違いが色濃く浮き出てしまうのだ。


「絶対に勝つから!!」


「…うん」

修斗君が真剣な表情で言ってくるから、私はそれ以上何も言えなかった。

すると彼は満足そうに「いけね、昼飯食ってねえ!!」とだけ言って自分のクラスへと戻っていった。


彼は私にフラれたはずなのに、その事など気にも留めない。それ以上に、結果を出す為に必死になる姿を見て私は彼を尊敬する。


この姿はどこかサッカーに似ている。勝負事は常に勝ち続ける事はない。ましてや現役で優勝する事はおろかプロになることすらできないかもしれない。


だが、負けても折れずに努力を積み重ねて行く事ができるかどうかで、プロへの道も近くなる。サッカーのプロを目指す者に必要とされる姿なのかもしれない。


その姿の手本となる男を間近で見てきた事があるからこそ、彼は輝く姿が容易に想像できる。


「ほんと、ラブラブだよねぇ〜」


「ほんとほんと!!」

奈緒ちゃんと香澄ちゃんがそんな私達を見て言い合う。


「いつも違うって言ってるじゃん!!」


「どこがよ!!私達が周りにこれだけ居るのに2人の世界作っちゃってさ!!」


「あれだけの会話で中身が分かるくらいのイチャラブを見せられると、羨ましいを通り越して引くわぁ〜」

私の全力の否定を全く聞く様子のない奈緒ちゃんと香澄ちゃん、美月と菜々ナナはニヤニヤしてこちらを見ている。そして、隣に座る風ちゃんはと言うと…、ほっぺを真っ赤に膨らませている。


…いや、怒らないで!!


「そんなんじゃないって言ってるのに!!」

私は再度否定する。

そう、そんなんじゃない。


私が彼に重ねているのは、サッカーという共通だった夢の事だけで、恋愛とは違う。

彼にとってもしかしたら…なんて事が起こるとしたらサッカー選手になる事であって、私と付き合う事ではない。


だからといって彼を突き放す事もできないし、付き合うことも出来ない。かつての自分が行ってきた事を今の私も行っているのではないか…と、感じる事がある。


「あなた…、卑怯ね!!」

私が春樹であった頃のことを思い出していると、頭上から私の友人達ではない声が聞こえる。


私は驚いてその声の方に顔を向ける。

すると、そこには5人の女子生徒が私を睨んでいた。その5人は、いじめの件以降クラスのカーストを牛耳るようになった子達だった。


そして、そのトップに至っては修斗君に好意を持っているともっぱらの噂だ。

その様子を見たクラス中に緊張感が走る。

私達のグループはどちらかというといじめの件以降、他の子達と馴染んでいなかった。


「付き合う気もないのに加藤君に色目を使って、キープみたいな汚い手を使って他の子に靡かないようにするなんて…さすが白雪姫ね!!」


「そんな事…」

私は痛いところを突かれて、反論はできなかった。


彼をキープをしているわけではないのが、かと言って彼を友人として手放すのは惜しいと思う自分もいる。それは他の子にとっては邪魔に他ならない。


「何よ、あんた。加藤君に相手にされない癖に!!」

美月が私を庇いながら女子生徒に反論をする。

私はその様子を見て、心の中で手を組み…美月、カッコいい!!と感心する。


「あら、いじめの主犯がなんて偉そうに!!本来ならあなたは退学になってもおかしくなかったのよ!!」

そう女子生徒にいい返されると、美月はさっきの勢いは何処へやら下を向き唇を噛む。

その様子に私はずっこけそうになる。


…美月、カッコ悪い。いや、カッコ悪いのは私か。

と私は自嘲する。


既に大人だったはずなのに、恋愛沙汰で20も歳下の小娘に言い負かされているのだ。


「あなたもそうよ。いじめられていた癖にその相手とヘラヘラしてうざいのよ!!」

女子生徒は次に風ちゃんをターゲットにする。

その発言に言い返そうとした風ちゃんを、私は手で抑える。

言い返そうとするほど強くなった風ちゃんに私は感心する。

だが、私達が何を言おうが、今の女子生徒は噛み付いてくるだろう。それなら噛み付かれるのは私だけでいい。


私の行動をみて女子生徒は舌打ちする。

「あなたの…そういう八方美人なところが…嫌いよ!!可愛いからって誰もが味方だなんて思わないことね!!」

女子生徒はそう言って私を一瞥すると、踵を返す。


…八方美人。周囲の人から今の私はそのように見えていたのか…


私はその事を言われ、ショックを受ける。

風ちゃんや美月と一緒にいたから忘れていたが、本来の自分とは違う世界で生きている。だから、私にとって今のクラスメイトは子供に過ぎないと思っていたところがあり、大人として対等な視線で見る事ができていなかったことに気づく。


「夏樹、あんなのほっときなさい」


「そうだよ、気にする事はないよ」

美月と風ちゃんが私を励ましてくれる。


「…うん。ありがとう」

私は2人に笑って見せる。その2人もどこか居心地の悪そうに私の顔を見る。


「ねぇ、私って八方美人に見える?」


「そんな事…「見えるわ」」

風ちゃんの否定を否定するかのように美月は言い放つ。その発言に私と風ちゃんは気圧される。



「あなたは誰にも優しく振る舞おうとしてる。うわべだけと嫌う人がいる。それは仕方ないわ。だけど、あなたに救われた人もいるわ。だから私達はここにいる事ができるの…」

美月の言葉の裏には自分の行ってきたことへの自戒が見える。


もともとクラスカーストのトップに君臨していた子なだけに、失脚した今、本来なら孤立する恐れすらあったのだ。だから私達の存在が救いになっているようだ。


顔を上げて他の子を見回すと、奈緒ちゃんや菜々ナナは笑顔でうなづいている。

私は少なくとも1人ではない…この子達のおかげで私も孤独にならずに済んでいるのだ。


「…ありがとう…」


と、私が声を上げた瞬間、教卓の方から「「きゃー」」という数人の女子からの悲鳴が聞こえる。


私達はその方向を見ると、クラス内は大慌てしている。そう、クラスに突然降臨された黒光の害虫が教室を堂々と闊歩しているのだ。


害虫界のキングオブモンスターを中心に教室内はポッカリと穴が開く。風ちゃん達も逃げようと私から距離を取る。


中には教室から逃げ出す者、ある者はクラスの男子に向かって「あんた、男子でしょ。なんとかしてよ!!」と叫ぶ女子もおり、男子に至っては「無理無理!!」と逃げ腰になっている。


…令和男子よ、黒光の害虫如きでぎゃあぎゃあ言ってないで退治しなよ…

私はため息をつくと教科書の上にいらなくなったプリントを丸めて席を立つ。


黒光の害虫はどうやら先ほどの女子生徒に標的を定めて猛然と向かっているようで、その子は腰を抜かして涙ながらに叫んでいる。


黒光の害虫が彼女に肉薄する瞬間、私は害虫に対して教科書を一閃する。


バシっ!!と、床を叩く音と、害虫が潰れた感覚を感じた私は再度、教科書を床に叩きつけて止めを刺す。


教科書の下ではモザイクなしでは見るに絶えない光景が広がり、害虫は私の手により天に召される。


私は「大丈夫?」と、女子生徒を見る。

茫然とした表情の彼女のスカートがはだけそうになっているのもわかったので、私は羽織っていたカーディガンを脱ぐと彼女の膝に掛ける。


そして、立ち上がり害虫をプリントで包んでゴミ箱を捨て、自分の席へと戻る。その様子をクラスメイトは無言で見つめる。


「…夏樹ちゃん、大丈夫?」

菜々ナナが私におずおずと近寄ってくる。


「気持ち悪いけど、直接触らなかったら大丈夫」

すると、クラスから「すげぇ」「白雪姫、かっこいい」と称賛の声が上がる。


…いや、やっすい称賛だな…

私は苦笑いをしていると、私の目の前にカーディガンが差し出される。


差し出された方向を見ると女子生徒が私から目を逸らすように手を伸ばしている。


「ありがとう…」


「あなたを助けた訳じゃないよ」

私は顔を逸らす女子生徒に向かって返事すると、「なっ」という声が返ってくる。


「クラスが慌ててたから退治しただけよ。それにあんな事言われた直後にあなたを助けたいと思う?」

というと、彼女は無言になる。


「誰でも助けたい訳じゃないわ。だけど、無駄に争いをしたい訳じゃないの。もちろん、あなたともね」

そう言うと、女子生徒は私を見る。


「だから、私はさっきの事は忘れるわ」

と言って、彼女からカーディガンに手を伸ばす。

すると、女子生徒はカーディガンを私に手渡して、

「…ごめんなさい」と口にする。


「うん」

その光景を見たクラスメイトはホッと一息つき、風ちゃんは膨れっ面をする。美月に至っては「お人好し」と、呆れている。


この一件から私はクラスになじむ事ができた。

それ以上に私の株も上がった事もあり、冷酷な白雪姫から可愛いだけじゃなく、クールでカッコよく、優しい白雪姫として人気者になった。


そして…男子以外からもラブレターを貰うようになってしまったのだ。


…どうしてこうなった。

私の新たな悩みの種が増えた事は言うまでもない。




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