第32話 買物と共有

「はい、来週は待ちに待った修学旅行です!!しおりに書いてあるものは忘れない様に持ってきてくださいね!!」


担任の一言に教室ないがざわつく。

ネズミの国では無くなったとは言え、なんだかんだ言ってみんな楽しみなのだ。


私は帰る支度をしながら持っていくものを考えている。基本的には制服とジャージで行動するので余計なものは必要ない。

…が、ボストンバッグやハンドバッグといったものは持っていない。


さすがに四季のところに取りに行くわけにもいかないので買いに行かないといけない。

お母さんに買い物に付き合ってもらうか?


…いや、余計なものまで買いそうだし、長くなりそうだからなぁ。などと考えていると前の席の奈緒がこちらを向く。


「なっちゃん、修学旅行の準備は済んでる?」


「ううん、無いものもあるから明日お母さんと買いに行こうかと思ってる」


「じゃあら私とモールにいこうよ!!風ちゃんも!!」

隣の席の風ちゃんにも声をかけながら、私に言う。


「行きたい、行きたい!!」

嬉しそうな風ちゃんが私に飛びつく。


…だから、近いって。女の子の距離感ってどうしてこんなに近いの?男同士でこれやってたら薄い本案件だよ。


「ん〜、いいと思うよ?お母さんに聞いてみる」


「やった!!じゃあ、美月達も誘ってみるね!!」

飛びついてきた風ちゃんを押さえながら、私が返事を返すと奈緒ちゃんは楽しそうに美月のところに走っていく。


私達の席とは少し離れた席に陣取る3人の様子を見ると、美月と香澄はOKを出しているように見える。


だが、菜々ナナの表情は浮かない顔をしている。

結局は3人とも行けるとのことで、私の気のせいかとも思ったが帰り際まで菜々ナナの顔は浮かなかった。


帰宅後、私はお母さんに買い物の件を伝えるとお母さんはこの世の終わりの様な顔をする。


「修学旅行の買い物…一緒に行くの…楽しみにしてたのに…!!」

涙目になったお母さんを宥めるのに30分ほど時間がかかり、結局は日曜日に一緒に買い物に行く羽目になった。


はぁ、恋人よりめんどくさいぞ…このオカン。

私はため息をつきながら修学旅行の準備を始めた。


翌日、私達はこの前の学園前駅で待ち合わせる。

私が到着した時には既に風ちゃんと奈緒ちゃん、香澄ちゃんが待っていて、風ちゃんが私に気がつくと走ってきて私に飛びついて来た。


…お主は犬か…。

その姿はまるで飼い犬のようで、見えない尻尾が見える。


「なっちゃん、おはよ!!」


「みんな、おはよう。美月と菜々ナナは?」


「まだ来てないよ。さっき少し遅れるって連絡があった」


「そうなんだ。じゃあ、待ってよっか」


「それより〜」

香澄と奈緒が話の続きを初め、私は風ちゃんを剥がしながら昨日の菜々ナナの浮かない表情が気になっていた。


10分後、電車が到着し美月と菜々ナナが到着し、私達はショッピングモールへと向かう。

それぞれに楽しそうに会話を交わす中、菜々ナナだけが少し離れた位置で俯いている。


「どうしたの、菜々ナナ?元気ないけど…」

その様子が気になった私は菜々ナナに声をかける。

私の声にハッと気が付き、菜々ナナは「なんでもないよ」と取り繕う。


「そっか…」

私は菜々ナナの横に立ち、黙る。


やがて雑音で溢れる電車内にいる2人の間に訪れた沈黙に耐えかねて菜々ナナは話始める。


「…あのね、なっちゃん」


「ん?」


「私、本当は修学旅行に行きたくないの…」


「…どうして?」


「私のうちって、お母さんと2人でしょ?あんまり余裕がないのよね…」


「そっか…」

大方予想のついた答えに返事をする。

菜々ナナの母、七尾 真奈は同級生であり田島 春樹の初めての彼女だった。


菜々ナナに会った時は無関係だと思っていた。

離婚さえしていなければ姓は変わる訳で、少なくとも彼女の母が元カノだとは思わなかった。


だが、彼女の家で彼女の母に遭遇した時に菜々ナナの親がナナマナだと言う事が確定した。


ナナマナと過去に遺恨があったとしても、菜々ナナとは関係のない話であり、別れて20年も経て春樹自身もこの世には存在していない。

私自身は春樹のカケラでしかないからその事はさほど気にしてはいなかった。


「うちの学校って学費、やすくないじゃない?」


「うん…」


…ごめん、知りません!!私の学費、病院持ちだから!!

その事を聞いて私は胸が痛くなる。

火事が原因とはいえ、普通の人なら苦労をして払っている学費は他人持ちなのだ。


仮に香川夫妻持ちだったとしても、お父さんなら安いもんだとポンと払えそうな金額だろう。


この身体になって、自分の環境が如何に恵まれているかを認識させられる。


春樹の給料なら絶対に家計は火の車だったであろうし、1人ではなかった。

だがそれを女で一つで子育てをし、私立中学に通わせている。それはすごい事だとおもう。


「本当はこれ以上お母さんに迷惑をかけたくないんだけど、お母さんが学校も修学旅行もちゃんと行きなさいって言うの…」


「それが親の願いならしょうがないんじゃない?」


「けど、お母さんに無理はして欲しくない…」


「…そっか、そうだね」

それ以上、わたしは返す言葉はなかった。

親としての子への希望、子としての親への希望…どちらも大切な希望であり、否定はできない。この身体になってどちらもわかる分、ただただどちらかに味方をすることなんて出来なかった。


そうこう話している間に、電車は目的地に到着し、私達は御目当ての物を順々に見て回る。

風ちゃんはポーチ、奈緒ちゃんはシャツ、香澄ちゃんは特に関係のないシューズ、美月に至っては上下セットの下着2セットと、「今それ買いますか?」と突っ込みたくなる物だった。

元おっさんのイメージでは少なくともJCが友達と一緒に買う物じゃないと思っていた。


私はと言うと、スポーツ用品店に置いてある黒と紺が基調のニャイキのボストンバッグ(3900円+税)を買おうとしたのだが、周囲からの猛反発を受けたため断念。


近くに置いてあった北の顔製のボストンバッグ(12000円+税)を勧められる。

ショッキングピンクと黒が基調で如何にも女の子がつけます!!と言った配色のものだったので、私は断固拒否し、折衷案として上部と両端がピンクで下部と底面が紺のボストンバッグを買うことになった。


私達がキャッキャ(?)騒いでいる中、菜々ナナは買い物はせず後ろの方でその様子を羨ましそうに眺めていた。


菜々ナナ以外の買い物が終わり、私達は休憩をする為にフードコートに行く。


「私、タピりたい!!」

荷物を席に置いた香澄の発した言葉に周囲が賛同する。女の子って何気に流行りに敏感だし、共感しやすい生き物だと半ば呆れる。

というか、タピオカってまだ息してる?


「じゃあ、買いにいこう!!」


「…私は席を取っておくから先に行ってていいよ」

苦笑いの菜々ナナが両手を振りながら言う。


「…あぁ、そう?じゃあ行ってくるね!!」

香澄ちゃんの言葉につられて菜々ナナ以外がタピオカ屋に向かって走り出し、私も風ちゃんに背中を押されてついて行く。

横目で私達を見送った菜々ナナの表情をみるが、やはり暗そうな表情を醸し出していた。


…どうにかしてあげたい。奢ってあげれば早いのだろうが、それでは彼女のプライドを傷つける可能性がある。


タピオカ屋に並びながら私は彼女の為に何ができるか考える。結局は自分で解決するしかない。


席に戻った私達はそれぞれにタピオカミルクティーを口にする。

だが、私は口にする前に菜々ナナに提案する。


「菜々ナナ、半分こしない?」


「えっ?」


「今から買いに行くとまた時間がかかるでしょ?なら私の分を飲んでよ。飲みきれないし」


「…いいの?」


「うん、お願い!!」


「私のもあげる〜!!私のはタピオカカルピス!!」

私の言葉に風ちゃんも反応する。


「じゃあ私のもシェアしよ!!私のはココアだよ!!」


「仕方ないわね、私のもあげるわ。コーヒーだけど飲める?」


「…うん、ありがとう」

菜々ナナは嬉し恥ずかしそうに笑う。

私達の中に共通の思いがいじめの件以降芽生えているものがあった。


…心が折れそうな人の事を支える。


それを誰かが何かを言わずにできるようになった事が彼女達の成長だった。

その成長を見て私はにっこりと笑う。


「仕方ないなぁ、私のもあげるよ!!」

乗り遅れた香澄も口を開く。


「香澄ん、それ何味?」

奈緒が興味津々に尋ねる。


「タピオカ激盛りマンゴーバナナシェイク唐辛子添え!!」


「「「「「えっ…」」」」


…なんじゃそりゃ!!


そんなの、メニューになかったよね!!

むしろ、何唐辛子添えって!!

馬鹿なの?香澄って馬鹿なの?


「あ、ありがとう…」

菜々ナナも顔を引きつらせる。風ちゃん達も同様に顔を引きつらせている。


…よかった、私が非常識な訳じゃなくて。


「うん、美味しいから飲んでみて!!」

そう思う私をよそに笑顔で勧めてくる香澄ちゃんを見て私は彼女は馬鹿なのだ…、いや少なくとも味覚馬鹿なのだと思ってしまった。

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