第23話 春と風
屋上から見た景色はいっぺんの曇りなく晴れ渡り、穏やかな風が吹いていた。
そんな中、風ちゃんはフェンス越しに地上を見下ろしていた。
すぐに早まった事をする事はないと安堵するが、予断ならない。
「…風ちゃん…」
私は囁くように声をかけるか。
それに気がついた風ちゃんは顔を上げるが、こちらを見ずに「夏樹ちゃん…」と、小声で返事をする。
「…私、やっぱり無理だったよ。強くなれない…」
私は黙って近づきながら話を聞く。
「ゴミの山を見たとき、またかって思ったの。けど、今日は大丈夫だって思えたの…2人がいるから」
「うん」
「けど、秋保さんが夏樹ちゃんがやったって言われた時に否定ができなかったの…。夏樹ちゃんがやる訳ないってすぐに言えなかった」
「…」
「結局、また誰かに否定されるのが怖かったんだと思う。夏樹ちゃんまで離れて行っちゃうのが…」
そう言うと風ちゃんは空を見上げる。
雲ひとつない空を見上げる彼女の目には大粒の涙が溜まっていた。
「私はこの風みたいになりたい。名前は同じ風なのに、心が自由になれないの…。だからこの名前は嫌い。なら…」
「ダメだよ、風ちゃん」
ここで私は言葉を発する。
「もう、しんどいよ…」
「…ダメだよ。生きなきゃ」
私は言葉を絞り出す。ただ冷静に、はっきりと。
「だって…味方は誰もいないんだよ?信じようとしても信じれないんだよ?ひとりは嫌だよ…」
涙声になりながらも、彼女は私に心の内を吐く。
「死んだらダメ…、生きなきゃ…」
頭は冷静なのに少し興奮してきているのが分かる。
「風ちゃんは風ちゃんしかいないの!!私みたいに偽物じゃないの!!」
これ以上はダメだ。これから先を口走ってはダメだ!!私の頭はそう告げる。だけど、口が勝手に動いてしまう。
「夏樹ちゃん?」
風ちゃんも私の異変に気がつく。
「…私が死ねばよかったの!!だったらこんなに苦しむことも、怖がる事はなかったの!!」
今まで溜め込んでいたものが口から勝手に出てきてしまう。
「夏樹ちゃん!!」
「夏樹じゃない!!夏樹なんていない!!!」
涙腺が壊れて行く。ここ数ヶ月間の夏樹としてつみげてきたものが、涙を通して壊れて行く。
「誰も春樹って言ってくれない。もう、言ってくれる人も居ない…」
感情がコントロールできず虚無を見つめる。
目の前にいる風ちゃんの姿をも認知できないくらいに私の頭は暴走していた。
「…死ねば楽になるの…?」
足がゆっくりと前に動き出す。
それを風ちゃんは止めようと私の前に来る。
「夏樹ちゃん!!ダメだよ!!夏樹ちゃんが言ったんじゃない!!」
「夏姫ちゃんはもう死んだんだよ?俺は春樹だよ…。誰も春樹って呼んでくれない。俺は春樹だ!!」
というと、私の体は急に動きを止める。
自分の意思とは関係なく、まるで電池が切れたように膝から崩れ落ちる。
風ちゃんは急に崩れる私の身体を受け止める。
私は気を失う最中、一言呟いた。
「春は…嫌いだ」
…自分が生まれた春は。
※
私が目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。
自分の手を見ると、点滴につながれた状態。
そして、目に映るのはやはり色の白い細い腕だった。
「…今度も死ななかったのか…」
体の動作を確認する。
手を握ったり広げたりするが何の支障も来す事はなかった。
よほど相性がいいのか、この四肢と脳は簡単に死んでくれない。
朧な思考でナースコールを押す。
すると嶺さんが私の病室に飛び込んできた。
「夏樹ちゃん!!大丈夫?」
「…はい。残念ながら生きてます」
「よかったぁ〜。心配させないでよぉ〜」
嶺さんは安堵の表情を浮かべる。
「すいません。あの…風ちゃんは?」
「あの後、すぐに私たちがあなた達を見つけたから無事よ。あなたはあれから3日も気を失ってたの」
「…3日も?」
「そうよ。それから今回の件があった事で虐めが発覚して、同じクラスの秋保さんと七尾さん、井出さんが謹慎になったの。ゴミの件も、秋保さんにやれって言われた子がいるの」
「そうですか…」
「それと、久宮さんは相当ショックを受けてるみたいだからもう暫くは保健室通いになったわ。あなたが倒れるんだもん」
「ははっ」
私は苦笑いをして直ぐに黙り込む。
命の大切さを1番知っているはずの自分が軽視する命。そして、今回の件で傷つくであろう人間にどうフォローをするかを私は考えた。
「あの、嶺さん。秋保さん達の謹慎っていつ終わりますか?」
「一応、今日までだけど…」
「そうですか。すぐに退院できますか?」
「そうね。検査の結果次第かしらね。けど、何で?」
嶺さんは不思議そうに私を見る、
その表情に、私は「ふふっ」と笑うとそれ以上は何も言わなかった。
すると嶺さんが私のほっぺたを両手でつねる。
「あなたは…そうやって私に隠す!!だから今回も深層心理がでたんじゃないの!?」
「れいふぁん、いたふぃい、いたふぃ(嶺さん、痛い痛い)」
「痛いじゃないよ?久宮さんが言ってたよ?私は夏樹じゃないって叫んでたって。あなたは今の自分でいるのが嫌なんでしょう?」
私が頷くと、嶺さんは私のほおをつねっていた手を離しため息を吐きそして私を優しく抱きしめる。
「あなたの苦しみは私には分からないわ。わかったフリもできない。だから、私にはちゃんと話をして欲しいの。何を思って何を考えているのかを…」
「嶺さん…」
私は嶺さんの腕の中でゆっくりと目を閉じる。
女性特有の優しい匂いに抱かれて落ち着くなんて、男の時には考えられなかった。
「やっぱり、女の子になったんだよね…」
「そうね…」
「私は正義のヒーローも悲劇のヒロインにも…なりたくなかったよ。あの時たとえ死んだとしても、普通に生きたかった…。」
「…」
私はただ泣いていた。溢れ出す涙と共に今まで吐くことのできなかった思いをただただ吐き続けた。
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