第15話 友達と家族

中学生になって約1ヶ月、今週末からゴールデンウィークが始まる。

社会人になってゴールデンウィークをゆっくり休むことはなかったけど、中学生になって久しぶりのゴールデンウィークを楽しむことができるのだ。


それこそ家でゴロゴロしていようが、ピアノを一日中弾こうが何をしようが、お母さんの手伝いと宿題を済ませておけば基本的に自由だ。だが、今日はそうはいかない。


「…お母さん、ちょっと今日は出かけてきてもいいですか?」

朝8時、私はお母さんに遠慮がちに言う。

私が香川 夏樹になり、彼女の娘として半年以上過ごしてきたのだが、やはりまだ家族に遠慮をしてしまう。私が一人で外出することすら稀なのだ。それこそ、学校と元自宅と近所のコンビニくらいだ。


「…どうしたの?急に…。四季さんのところ?」

お母さんが私の様子を見て不安そうに言う。


「今日は違います。ショッピングモールに買い物とサッカーを見に言ってきます」


「…一人で行くの?」


「いえ、学校の友達と…」


「男の子…?」

お母さんが私をじっと見る。


「…女の子です」

私はお母さんの視線に耐えかねて顔をそらす。


「本当に?」


「本当に…」

…嘘は言っていない。何もやましい事はない…筈だ。今は私もJCとはいえ、もうじき36歳になる元おっさんが女子中学生と一緒に遊ぶなんて本来なら犯罪。居心地が悪いのは当たり前だ!!


実際は私一人でサッカーを観に行く予定だったのだけど、学校で風ちゃんと奈緒ちゃんにゴールデンウィークの予定を話した時に口を滑らせてしまったのだ。

そしたら風ちゃんが「私も行っていい?」と言い出したのだ。それに被せるように奈緒ちゃんも「サッカーには興味ないけど、ショッピングモールが近くにあるから私も行きたい!!」と言って来た。

最初は断ろうとしたが、結局嶺さんに押し切られる形で一緒に行く事になった。


あとから嶺さんに恨み言の一つこぼしたのだが、「女子中学生が一人で行くのは危ないからダメ。それに、これから女の子で過ごしていくのに女の子の友達がいなくてどうするの?」と言われた為、一緒に遊ぶ事になった。


そのことを正直にお母さんに簡潔に伝える。

正直、それが一番辛かった。

お母さんには嘘をつきたくはないが、私が女子中学生と遊ぶということを四季に知られたくない。

だが、お母さんと四季はツーカーだ。

何があればうちに来て話しているし、電話もしょっちゅうだ。それこそ姉妹のような間柄だ。


…知られてしまった以上は諦めよう。

そう思いなおし、お母さんの顔を見ると、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「…よかった。友達がちゃんと出来て。心配してたのよ。貴方がちゃんと今の生活に馴染めるかどうか…」


と言って、お母さんが席を立ちどこかへ行く。

…お母さん、さすがに私はもう大人だ…。そこまで心配しなくても大丈夫です…と声に出さずにいると、財布を持ってお母さんが戻って来た。

そして、財布から一万円を出し私に差し出す。


「お母さん、これは?」


「お小遣い。今まであげたことがなかったから…」


「いや、もらうわ…」


「わかってる!!けど貰って!!」

お母さんが私の言葉を遮る。その顔は真剣だった。

お母さんはわかっていると言った。それは私がまだ彼女に、両親に遠慮をしていると言う事だ。


お金の面もそうだった。私は彼女達にお金をもらったことがない。貰ってもお使いの時の雑費くらいで、それ以上は四季に渡す研究協力費から一万円だけ貰っているのでそれ以外は中学生だから貰わない。


だが、彼女は私の手を掴むとその手のひらに一万円を置き、ゆっくりと私の手を包ませる。


「…貰って、お願い…」

とお母さんは言うと、俯く。

「私に…もう少し親らしい事をさせて…」

その表情は悲しげなものに見えた。

本来なら私は中学生ではない、大人なのだ。

自分がやらないといけない事は自分でする。

だが、彼女達にとっては中学生の娘である。

頼って欲しいし、甘えられたい。

そんな互いの思いのギャップが私たちにはあり、互いに気を使い本音を出す事が難しい。


「…ありがとう、お母さん」

そう言って私はお金を受け取った。

気を使っているわけじゃない。だけど、私は子供を演じる。それがより良い関係だと思っている。


そして、受け取ったお金を財布に入れる。

かつての俺が使っていた男物の財布だ。

少し経年劣化をしている。

それを見たお母さんは

「新しい財布を買えば?女の子らしくないし…」

と言って財布に手を伸ばしかけるが、私は首を横に振る。


「大事な財布なので…」

この財布は四季に一去年の誕生日に貰った財布だった。それを聞いたお母さんは「そっか…」と言って財布を下げた。


「…で、何時に待ち合わせなの?」

お母さんが気持ちを切り替えて私に声をかける。


「9時30分に医学園前駅に集合だって。14時から試合だから帰るのは18時くらいになると思う」


「わかったわ。じゃあ、遅くなるようだったら電話してね。迎えに行くから」


「わかった。行ってきます」

と言って私は準備をして外に出た。



いつもの通学路を足早に歩く。

今日はいつもと違い人通りが少ない。

普段は徒歩なので使わない、医学園前駅も人通り少なく、学生もまばらだった。


そんな中に2人の人影を見つける。

風ちゃんと奈緒ちゃんだ。9時20分、待ち合わせにはまだ早かった。男たるもの先に待つ予定だったのだけど2人が先に待っていた。

そして私が来るのを見つけて私に手を振る。


「ごめ〜ん、遅くなって」

私は手を振りながら、言う。


「私たちも今来たところ。電車が早かったから〜」

と風ちゃんが私に駆け寄り、私の手を握る。

背の低い風ちゃんは(私より5cmは高いが)細めのパンツにタンクトップのニットを着ている。


…近い。女の子ってこんなに距離感が近いの??

私は戸惑いはするものの、さすがに顔には出さない。


「なっちゃん、おはよー!!」

奈緒ちゃんも笑顔で私に近づく。

奈緒ちゃんはホットパンツにレギンス、英字のシャツにカーディガンというファッション。


「おはよう、奈緒ちゃん。次の電車って何時だっけ?」私は風ちゃんの手を握ったまま奈緒ちゃんに話しかける。


「スタジアム前は40分発だよ〜。切符買って行こ〜」


私達は切符を買って駅のホームへと向かう。

すると奈緒ちゃんが私の財布を見る。


「なっちゃん、格好は可愛いのにその財布…。おじさんみたい…」

と言われた。

私はお母さんチョイスの白いスカートに淡い青のセーターに茶色のブーツ。それが黒い長財布を使う。

普段、学校で財布は小銭入れを使っているから気づかれなかった。だが今朝お母さんに断った瞬間に現役JCに突っ込まれるなんて…。

少しショックだった。


スタジアム前駅に着いた。


風ちゃんと奈緒ちゃんはもう私の髪に慣れているので気が付かなかったが、電車の中ではやはり私の白髪は目立ち、私達を見る人が多かった。電車を降りると私はアキが買ってくれたニット帽を取り出して被った。


「じゃあ、まずは服を見に行こうよ!!」

奈緒ちゃんが先んじて言い放つ。

私達はうなづき、奈緒ちゃんの後ろをついていく。


インクにグローバルワールド、イズリザという店を2人はああでもないこうでもないと未だに買うものなく周り、すでに1時間も経っていた。

そして、あまり服を選ばない私をターゲットに服を合わせる。


…恥ずかしいけど、付き合わなければならない。

結局、2人は2枚ずつ服を買い、私はシャツを1枚だ買って昼食をフードコートで摂る。

ケータイで時間を見ると13時前、普段ならおきまりの席について選手の動きを見ている時間だった。


…いつもの席、空いてたらいいな…。


そして、13時20分にフードコートを出て早足でスタジアムに行く。

試合開始15分前、私は普段座るホームスタンドに近い自由席にたどり着く。

そこは人が少なく、落ち着いてゲームを見るにはもってこいの場所だった。

そしていつもの席を眺めると、そこだけ人がいなかった。

私達はそこへ行くと5人分のクッションが置いてあった。誰かが席を取っていたんだ。

私はがっかりして他を探そうと2人に声を掛ける。


「あ、夏樹ねーちゃん!!」と言う声がした。

私は、えっ?と思い顔を上げるとそこにはアキのレプリカユニフォームを着た冬樹と四季が立っていた。


「夏樹ちゃん、遅かったね!!席、取っておいたからね!!」

四季はニヤニヤしながら私にそう話しかける。

その顔を見た私の脳裏にはお母さんの顔が浮かぶ。

親に向かっていうのは憚られるが、ここは春樹として怒りを表現しよう!!


…あのアマ、やりやがった!!



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