第9話 学校と自宅

「なっきねーちゃん、ゲームして遊ぼうよ」


「だめ。冬樹君、ちゃんと宿題したの?」

と、俺は慣れない女言葉?を使いながら冬樹を叱る。それに対して冬樹はふくれっ面をしながら渋々俺の前で宿題を始める。


半年ぶりに冬樹と再会して1週間が経った。

四季も仕事の都合上、5時までは帰ってこれない様で四季が休みの日以外は冬樹が香川家に帰ってくる。


それを俺は申し訳なく、つゆさんに言うと彼女は半分喜んで「夏姫に姉弟ができたみたいで嬉しいの…。あの子、兄弟を欲しがっていたから…、気にしないで」と言ってくれる。


つゆさんの家庭のことはあまり深入りするつもりはないが、この夫婦にも色々事情があるのだろう。

だが、そう言ってくれるおかげで俺は冬樹を見守る事ができる。

仮の親子に元親子、チグハグな関係だが、それの関係を継続させてくれるこの夫婦には感謝しかない。


「なっきねーちゃん、終わった〜」


と、10分も経たずに宿題を終えた冬樹はゲームの準備をする。

「早っ!!ちょ、冬樹…君。一緒に確認するから待ちなさい!!」

俺は宿題の中身を確認しながら冬樹に勉強を教える。つゆさんはその様子を見ながらわらっている。


「夏樹ちゃん。そういえば、学校はどうする?」


…忘れていた。夏姫ちゃんは中学生。学校に行かなければならない。俺は少しめまいを覚えたが、このまま第2の人生を棒にふるわけにも、香川夫妻に迷惑をかけるわけにもいかない。


夏姫ちゃんの通っていた中学校は俺の退院を機に引っ越した為遠いし、生前の彼女を知る者と会うのは辛い。


主治医の言う大学病院系列の中学校に通いながら通院をするのがベストなのだろう。エスカレーター校で大学まではある程度の融通が利くし、入学に関しても火事で記憶を失っていると言う形で教職員には

周知してくれるらしい。だから、有事の際も対応は可能だった。


だが唯一の懸念は…35歳おっさんが今更中学校に…しかも、女子としては道徳的にも倫理的にも精神的にもキツく、どうしたものかと悩んでいた。

いや、実際そう言った事を考える余裕ができてきたのは僥倖なのかもしれないが、やはり辛いものは辛い。


「春から…ではダメですか?」

今は2月、あと1ヶ月もすれば進級の時期に入る。ならそこから入学した方がキリがいいと思う。


つゆさんも同じ事を考えていた様で、その流れで話を進めて行く事で話がついた。それまでは家の手伝いや冬樹の世話をする事になる。



「へぇ、四月から中学校に行くんだって?いいわね、若いって」

俺は元自宅に帰って四季とコーヒーを飲みながら、四月からの事を愚痴っている。

「よくねぇよ、何が良くて中学校なんかに!!しかも女子としてだぞ。地獄にもほどがあるわ!!」


「そう?あなた、よく言ってたじゃん。『学生時代に戻りたい、勉強をしとけばよかった』って」


「確かにそうだけど…。自分の過去ならまだ納得できるけど、他人で学生をするなんておもってねぇよ。しかも、女の子だぞ?」


「そだね。けど、今は夏樹ちゃんなんだから今を楽しまなきゃ。将来のためにも」


「そうだな、しっかり1人で生きていける様にならないと…いつまでも香川さんにお世話になるわけにもいかないしな…」


「そんなの勿体無い。夏樹ちゃん可愛いんだから、きっと美人になるよ〜。」


「美人になっても嬉しくないわ!!今後の人生独り身だよ」と言ってコーヒーを一口すするが、とても苦かった。生前の俺はブラックでコーヒーを飲めていたが、この身体になって味覚が変化?したのか、以前食べれたものが食べれなくなっている。

お子ちゃま舌になった…いや、実際お子ちゃまになったのだと半ば呆れながら、砂糖を入れて行く。


「えー、絶対モテるのに?イケメン、選びたい放題じゃない!!」


「…青臭い男と付き合うつもりはねぇよ、気持ちわりぃ」


「いいじゃん、折角なんだから!!じゃあ、冬樹は?あの子、貴方に似て背も高くなるだろうし、イケメンにするよ?」

四季のあり得ない話を聞いて俺は盛大にコーヒーを吹き、むせ込んだ。


「あぁあ、汚いな、もう!!」と、怒りながら四季はテーブルを拭く。


「汚いじゃない。気持ち悪いこと言うな!!」


「ええ、なんで?可愛い息子のお嫁さんだよ?」


「だから気持ち悪いんだ!!何が嬉しくて息子の嫁に自分がならなきゃならん?鳥肌が立ってきた」と、俺は身体をさすりながら言う様子を見て四季は笑う。


「それに、初孫が自分が産んだ子供とか笑えないだろ!!絶対にないわ!!それに…」


「それに?」


「俺の生涯の伴侶は四季だけだ。体死んでもそれは変わらない」

というと、四季は途端に表情を歪めて下を向く。


「ただ、お前は別だ…」


「えっ?」

俺の言葉に泣きそうな四季がこちらを向くが、その瞬間、ピンポーンとチャイムが鳴る。

春樹が学校から帰ってきたようだ。


涙を拭いた四季がドアを開けると冬樹が飛び込んでくる。わちゃわちゃと荷物を降ろして俺のいるリビングに飛び込んでくる。


「あ、お姉ちゃん、来てたんだ!!」と嬉しそうに言う。その顔を見て嬉しくなる。


「おかえり、春樹くん。私はもう帰るところだから」と、腰をあげると冬樹は俺の前に立つ。


「ぶー、つまんない。お姉ちゃん、遊ぼうよ!!」

口を尖らせながらいい、四季も


「そうね、ご飯たべていけば?香川さんには連絡をしておくから」と続ける。


「…そうします。じゃあ、冬樹くん!!宿題!!」

四季が電話を掛けている間に俺は冬樹の宿題を見る。

「うげぇ、ママが2人になったみたいだ…」

と、冬樹がこぼしていた。いや、パパだからね。


ちなみに、この家に田島 春樹の写真はない。

入院中に俺は元俺の写真を見て盛大にパニックを起こしたからだ。


その結果、俺がくることもあるからと家族写真はおろか、仏前の写真も隠してもらったのだ。

冬樹はたいそう訝しんだそうだが、私のためだと言って納得させたそうだ。


四季とつゆさんの電話が少し長引いている間に冬樹は宿題を終え、確認も済ませた。

そして長電話を終えた四季のOKのサインを見て俺は冬樹とゲームをして遊んだ。


生前はあまり遊んでやれなかったことを後悔しながらも、今一緒に過ごせている時間が尚更愛おしい。

だからできる限り一緒にいたい。


「夏樹ちゃん、大樹さんが迎えに来てくれるって」


大樹、香川父の名前だ。

詳しくは知らないが当人は会社の役員なのに時間の融通が利く。いや、利き過ぎるぐらいに俺や冬樹に費やしてくれる。


俺の送り迎えはもちろん、外出の際の冬樹の迎えすら買って出てくれる子煩悩さを見せる。

昔は夏姫ちゃんが反抗期だった為、そこまではしなかったらしい。だが、こんな状態になった事を強く後悔しているらしく、俺に対しては過保護だ。


大樹さんが迎えにくるまで間、俺は冬樹と遊んだり、冬樹がお風呂に入っている間は四季の料理の手伝いをした。


「…夏樹ちゃん、料理の腕、上がったわね」

俺の包丁さばきを見て四季が驚く。

以前から家事をしなかった訳ではないが、こと料理に関しては四季に任せっきりだった。

味に関してはどう考えても味覚音痴な俺より、四季に任せた方が安心だし、上手い。


「まぁ、毎日食事の準備をしてたら上手くなってくるよ…」

俺は野菜を切りながら、つゆさんの姿を思い出して身震いする。

事細かく手ほどきをしてくれ流のは嬉しいのだけど、よく「花嫁修業よ〜!!」と暴走する所がある。だから、一切手を抜かせてくれない。

考えるだけでげっそりする。


「うちでもそうしたら良かった…」

と、四季が悔しそうな表情を浮かべている。


「学校が始まるまで、俺には腐るほど時間があるから、それくらいはするよ。四季と冬樹のご飯も準備しておこうか?」

と、俺が言うと彼女が少し考えている。


「…ううん、そこまではいいよ。毎回お邪魔したら、香川さんにも申し訳ないし…」


「そっか…」

その返答を聞き、俺は少し残念に思いながらも納得する。いかに香川さんがいい人だとしても、俺たちにとっては他人だ。四季にしたら尚更だ。

なら、頼まれたことに関して以外は俺が口出しをするのはよそう。


「…そういえば、さっき言いかけていたのなんだったの?」


「あぁ、今後のことだ。四季、お前は今後どうするんだ?」


「…あなたの側で、冬樹と一緒に生活していくよ?」と、彼女は何かを飲み込んで言う。


「本当に?なんか隠してないか?」

俺の言うことに対して、四季は身体を震わす。


「四季…お前の癖は分かっているつもりだ。20年近い付き合いだ。嘘をつき時は息を飲む癖、わからないと思うか?」

と、言うと彼女は小さく首を振る。


「やっぱ、お見通しか。あのね…アキにイングランドに一緒に来ないかと言われたの」


「うん」


「けど、私はあなたの側に居たいから断ってきたの。まだ、春樹が死んで一年も経ってないのに、アキと…春樹以外の人と一緒に暮らすなんて出来ないよ…」と、声のトーンを低くしながら言い、


「アキも…酷いよね。まだ、あなたが生きているのに、一緒にきて欲しいなんて。仮にも貴方達は親友でしょ…」と苦笑いをする。

その痛々し表情を見て俺は俯きながら言う。


「それは…俺が頼んだからだ。四季、アキとイングランドに行って欲しい。昔からお前を好きなアキなら冬樹を自分の子と同じように接してくれる。あいつなら2人を任せられる。なら、お前はイングランドに行くべきだ。俺を…春樹を忘れる為に」

と、言うと、彼女は驚いた表情を浮かべる。


「それは…どう言う意味?」

怒りのこもった声で、四季が料理の手を止める。


「お前と出会って20年になるのか…。それが、今の私の年齢の頃なんて、考えられない遠い昔のように思うよな」と、俺は天井を見上げて独り言を呟き、そして四季を見る。


「田島 春樹は死んだ。今いる私は夏樹、香川 夏樹なの」俺は口調を夏樹仕様に変える。


「四季さんの中で私が春樹として生きていたら、私は足枷になる。私はそれは嫌なの。それなら、四季さんは秋樹さんと再婚してイングランドに行くべきだと思うの…」そう言いながら、俺は私が言っている事に対して悪寒がはしる。


「そんな事、できる訳ないじゃない…あなたは…生きている。なら、私の伴侶はあなただけなんだから」泣かせるつもりはなかったが、四季はポロポロと涙を流す。俺はその涙を拭く。


「四季さん、私はあなたの伴侶ではない。何も出来ないただの女の子…。それ以外ではないの…」

俺は吐き気を覚え、四季からは嗚咽が漏れる。


「なら、あなたは幸せに過ごして欲しい。死んだ春樹さんはそれを望んでいるから…」

俺は酷い男…女だ。自分で春樹を殺し、その最愛の妻に、他人の顔で春樹の言葉を口にする。どれも、自分なのに…。だが、本音は…


「私に、嘘をつかせないで…」だった。

そう言い終わると、彼女は嗚咽を止める。


「少し考えさせて…」


「うん、まだ時間はあるから…」

と言って、私は彼女の涙を拭いた。

冬樹が上がってくると、私達は取り繕う。3人で料理を作り、3人で並んで食べ、3人で片付ける…。

その当たり前が、今ではもう違う。ここにいる一人は違うのだから…。


食べ終わると、夏樹のケータイに連絡が入る。

「…お義父さんからだ」

私はそれを見て帰り支度をし、玄関に立つ。

それを四季と冬樹は見送る。


「それじゃあ、四季さん、冬樹くん…またね…」

と、家族とは別の家に帰っていく。その様子を二人は手を振りながら見送る。


俺は、元自宅の前に止まったレクサスの前にいく。

「大樹さん、すいません…」

と言って車に乗り込むと、車は走り出す。


元自宅を目にしながら、俺は大樹さんに呟く。

「お父さん、ありがとう…。これから…よろしくお願いします…」


その声を聞いた大樹さんは驚いてこちらを見るが、運転中のため、すぐに前を向く。

5分、車は自宅に着く。


そして、玄関に歩いて行くとつゆさん…いや、お母さんが待っていた。


「お母さん、ただいま…」

頭で考えるほど14歳の心臓は強くないらしい。



「おかえりなさい、夏樹ちゃん…」

お母さんのこの一言は、香川家にとって新たな一歩になった。だが、14才の幼い心は家族の支えで強くなる。このやりとりは、私が香川家の一員になろうとした小さな一歩だった。


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