均衡

 私が警護組織長に就任し、皇帝代理を務めて早くも五日が過ぎた。

始めは慣れない業務と責任感で肩と胃が死にかけていた私だが、今ではそれも落ち着いている。

 先代の賢帝、セ皇帝が作り上げた基盤通りに治世する事で大きな問題も起きず、大規模な改革をする必要もない為に内戦後の引継ぎも心配ないという……これほどまでに完璧な状態で受け継がれたにも関わらず、それら全てを無駄にしたソ皇帝は一体何をしていたのかと頭を抱えてしまう。

 そして、私が皇帝代理の任を全う出来ているのには、ヴォルツや無空といった優秀な部下の存在が欠かせない。ここまでお膳立てされているとは言え、国家を動かすには部下たちの支えがなければ困難だろう。

 私には実戦経験などなく、その場の状況に応じて適切な対応をしろと言われても無理だ。その為、ヴォルツのように知識と実力を兼ね備えた者が前線に立ち、前線での指揮系統を握るのが得策だろう。

加えて、自室で拘束されているというソ皇帝。彼の監視は無空でなければほぼ確実に失敗する。

この場合の失敗というのは、監視した者あるいはされているソ皇帝のどちらかがという意味だ。

この地に降り立った日、無空が語っていた事を遵守するならば、恐らくソ皇帝はである事が望ましい。そう考えれば人間を向かわせてはいけない。

感情ある人間がソ皇帝と対峙し、暴言を吐かずにいられたものなどいないだろう。もしかするとセ皇帝ならば……いや、憶測で語るものではないか。

 ともあれ、ソ皇帝の相手には無空が最も最適なのは明白だ。彼の自室でどんな会話が交わされているか定かではないが、無空の正義には陰りがないのだ。

全ての人間を等しい観点から善か悪かだけを判断し、それに適した対応をする。一見簡単な事のようにも思えてしまうが、人間にはほぼ不可能な芸当だ。

特にソ皇帝を前にした場合では。


 無空の極めて客観的な正義感に、私は少なからず救われている。

市街地で度々勃発する組織の末端同士により小競り合いや内戦によるストレスで小犯罪を犯す人。明確に悪とは呼びにくい彼らの処遇を判断する際、無空の意見を聞くことでわだかまりなく判決を下せる。

 感情に任せてしまうと人を裁いてしまうが、本来裁くべきはその人が犯した罪にあるのだ。それを履き違えてはいけない。


 一言に正義と言っても人によって姿すら異なる。無空の持つ正義がどんな姿をしているのか、私には正確に理解しかねる。

それは私が人間であるが故の必然だ。

『無空』という天使アーンギルを真に理解したとすれば、恐らく人間としての感性を失ってしまうだろう。

虚無プスタター ・天使アーンギルという名に偽りなく、どこまでも透き通る真実だけがそこにあるからだ。

まるで雲一つ無いまっさらな空を仰いでいるように。

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