「思案」

 ナディータが敗れたと報告された時、オリフィアは複雑な感情を抱いた。

子供相手に負けた無念、ナディータが生還した安堵……そして、レジストリアに対する憤怒である。それらを圧し殺し、表面上はナディータと付き添った執行者たちを温かく迎えた。

 しかし、敗れた事に変わりない。レリフィック教会は改めて作戦を練らなければならなくなった。

その日の夜に報告会があり、オリフィアとドレイトを中心に執行者たちが集められた。そこにはナディータは勿論、サトの姿もあった。


 夜も更け、限られた者だけがとある一室に集まる。報告会は毎度、厳かな雰囲気の中で始まるものだが今回はやや違った。

というのも、その場の空気はまるで冬の明け方のように冷ややかで、呼吸も出来ないほど重苦しいものだからだ。そしてこの空気を作り出しているのは上座に佇むオリフィアであった。

オリフィアは表情こそ穏やかなものだが、纏っている気迫は身が竦むほど怖ろしい。

集まった執行者たちのほとんどは頭を項垂れ、決して上げる事は出来ずにいた。特に表情を険しくしているのは、偵察へ向かっていた者たちである。

しんと静まり返る執行者たちに対し、始めに語り掛けたのはドレイトだ。

「それではこれより報告会を開始します。ミス・ナディータ、本日のレジストリア偵察に関する報告を」

「……はい」

と、ナディータが立ち上がり、集まった執行者たちや敬愛するオリフィアに向けて語った。

 ナディータによって語られたのは自分たちがどのように行動したか、そしてそれによってレジストリアはどう動いたのか。それらを主観的に順序立てて述べた。

特に強調して語られたのは、レジストリアが女神レリフィアの教えを軽んじ、あまつさえオリフィアまで蔑んだ事である。概ね事実である為、嘘や虚言ではないが感情的になり過ぎているきらいがある。

 レジストリアを心底嫌悪しているのがすぐ分かる報告の締めに、用意していたものを提示した。

「……最後に、実際の状況の録音がありますのでそれをお聞きください」

ナディータがそう言ったのを合図に、近くにいた執行者が録音データを再生する。

程なくして、重苦しい静寂に包まれている部屋にけたたましい警報音が鳴り、数秒して少年の声が聞こえてきた。

『あー、びっくりした……えっと、とりあえず攻撃を止めてもらって良いですか?』

少年の声の後から先はナディータが報告した通りで、夕暮れの鐘を最後に録音は終わる。

 録音を聞いている内に、女神レリフィアやオリフィアに否定的なレジストリアに嫌悪感を抱く者も現れ始めた。教徒たちの中でも信仰に熱い執行者たちにとって、それらの批判は許されざる反逆と考えられているのだ。

「以上で報告を終わります」

ナディータがそう言って着席し、入れ替わりにドレイトが発言する。

「何か意見がある者があれば挙手を」

ドレイトが進行すると、一人が挙手をしてこう言った。

「すぐにでもレジストリアを救済すべきです、金陽様の尊き御業によって早急に!」

それを聞き、次のような意見も上がる。

「しかし神聖な御業をお借りしている以上、大規模な救済は金陽様のご負担になられるのでは?」

と、別の執行者が発言した。

それを始まりとして、他の執行者たちも口々に賛同する。

「確かに……!その通りだ!」

「我々が自分勝手に御業をお借りしていてはいけない!」

「信仰を語る我々が金陽様を苦しめてはならない!」

執行者たちが騒がしい中、一人の声が全員の耳に届く。


「それならば……今日の敗因はそこにあるのでは?」


この発言は周囲の執行者たちだけでなく、ドレイトやオリフィアまで注目した。特にオリフィアはその意見を捨て置けなかった。

 大切な妹が小癪な者たちに敗れた原因があるのなら、それを突き止めずにはいられないのだ。オリフィアは集まった執行者たちを見渡し、冷ややかな眼差しを向けて発言した。

「……本日、偵察班以外に救済活動を行った者はいますか?」

 当然ながら、オリフィアのその問いを即座に答えられる者はいない。

冷徹な彼女を前に易々と名乗り出る事は出来ないだろう。

しかし、白い手がすぅっと上がった。それを見てオリフィアは眉間に皺を寄せる。

「サト……あなたなのですか?」

オリフィアの鋭い視線をものともせず、サトはいつもと変わらぬ調子で返答した。

「いえいえ違いますよぉ、オリフィア様ぁ。私はただの、それをご報告しようと思いましてぇ」

「では直ちに報告してください」

と、オリフィアに言われ、サトは起立して語り始める。

「あれは確か夕暮れ前……ナディータさんがレジストリアの人間と交戦している時でしょうかぁ?裏庭から呻き声と罵声が聞こえてきたんですよぉ───」

そう語るサトの言葉に執行者が口を挟む。

「し、神聖な教会で汚ならしい言葉を使うなど!そんな者が執行者の中にいる筈がない!」

「おやおやぁ、なぜあなたはと判断したのでしょう?私はまだなぁんにも言ってませんよねぇ?」

「う、うるさい!そもそもの議題は尊き御業を身勝手に行使した者を突き止めるのであって───!」

そう言いつつ、怒りで顔が赤くなっている執行者を見てサトは笑みが零れてしまった。

「そうですよぉ、ですからこうしてお話していましてぇ。ご着席願えますかぁ?」

「ぐぬぬ……」

そう言って反論してきた執行者を静まらせたものの、サトに対して恨めしそうな視線を送っている。

一方でサトはそんな視線を気にも留めない、というよりその視線が心地良いとすら感じている様子で再び語った。

「さて、その『罵声の主』はそのまま地面に倒れ込む人を蹴り、命乞いをするその人にこう言いましたぁ───」

そこで言葉を区切り、先ほど会話を遮った執行者の方を見る。そして嘲笑うようにこう言った。

「救済を与える、ってねぇ!あはは!」

侮蔑された執行者が抗議するように立ち上がろうとするのを左右の執行者が止め、その間にサトは報告を続ける。

「それから『罵声の主』は確かに『金陽様の名の下に』と仰っていましたぁ。これ以上に御業をお借りした証明はないのではぁ?」

「黙れ!それはただの言いがかりに過ぎない戯言だ!」

「あららぁ?本当にそうですかねぇ?それにどうしてそんなにのでしょうかぁ、誰もあなただなんて言ってないじゃないですかぁ」

と嗤うサト。執行者が顔を真っ赤にして怒っているのを面白がっているのだ。

 収拾がつかないと判断したドレイトは、上座で沈黙を続けていた金陽に跪いて頭を下げてこう願い出た。

「金陽様、迷える我々に御助言を賜りたく存じます」

ドレイトの言葉を受け、金陽は口を開く。

「私から言う事は何もありませんの。けれど……」

そう言って言葉を途切れさせ、ドレイトの方を向いてからこう続けた。

「信仰は発言や思考だけでなく、行動でも推し量るもの。それを忘れてはいけませんのよ?」

黒いベールで隠れてはいるが、重くのし掛かる圧力がそこにはあった。

 それもその筈、女神レリフィアの生き写しとも言える金陽は、信者にとって信仰対象に等しい。そんな金陽から力を借りて魔術を扱えている身ともなれば、あまり多くの力を借りすぎるのは信者として失格とも言える。

加えて、金陽が力を分け与えるのは『魔術行使の宣言した者全員』であり、分け与える力の制限はない。つまり同時刻に複数人が魔術行使していたとすれば、その全員から際限なく力を引き抜かれ続けるという訳だ。

 とは言え、金陽自身が持つ力は人間が計り知れる値を凌駕しており、執行者たちが語る『ご負担』にも値しない。しかしそれを言わないのが金陽の思惑だ。

金陽の手の上で踊らされているとも知らず、ドレイトは立ち上がって容疑が掛けられている執行者にこう告げる。

「この会が終了後、君は私のところへ来るように」

落ち着いた声色ではあるが、ドレイトにそう言われて心中穏やかな者などいないだろう。かく言うこの執行者も顔面から血の気が引いており、微かに震えていた。

「それでは最後に、ミス・オリフィアからお言葉を」

そう言ってドレイトと入れ替わりにオリフィアが語る。

「……本日は本当に様々な発見がありました。ただ一つ言えるのは、我々は尊き女神レリフィア様と金陽様を強く信ずる者であり、その信仰は決して揺るがないものでしょう。であれば、執行者としてそれ相応の態度というものがあります」

それからオリフィアはこう続けた。

「これからは救済をより深く思案し、要所を定めて執り行わなければなりません。もし、偵察や救済に向かう際には私に声を掛けるようにしてくださいね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る