「相談」

 昼下がりのとある空き教室では、一人の少年が頭を悩ませていた。スマイリーことカイトだ。

彼の表情は『笑顔』の仮面で隠され読み取れないものの、時折零す溜息や頭を抱える仕草で悩んでいる事だけはわかる。

 そして無空の定めた規定通り、カイトのすぐ近くには水雨が浮かんでいた。ああでもない、こうでもないと悩んでいるカイトとは異なり、水雨は気楽な様子でふわふわと浮かんでいるのだ。

 暫く自由気ままに浮かんでいた水雨だったが、ずっと思い悩んでいるカイトに興味を持ったらしい。音もなく背後に回り、ふらふらと左右に揺れつつカイトを観察している。

とは言え、電子端末を凝視しているカイトを観察していても何の面白みもないらしく、水雨がすぐに飽きてしまうのは必然だった。そして当然の如くカイトを驚かせるように大声で話しかける。

「ねェ!スマイリー!!」

「うぉわぁ!」

驚くあまり電子端末を投げそうになったカイトだが、どうにか手から離さずに済んだ。仮面で表情は分からないが、先ほどの奇妙な声からしてかなり驚いた様子だ。

 相変わらずの笑みを浮かべる水雨にカイトは恐る恐る声を掛ける。

「み、水雨か……えっと、何か用……?」

カイトの問いに対し、水雨は丸い目をぱちぱちと動かす。それから小首を傾げながらこう答えた。

「あのネ、スマイリーに聞きたいことがあるノ」

カイトが返答する間もなく水雨が訊ねる。

「内戦が始まってからもう二日になるけド、他の組織に何もしないのはなんデ?」

あまりにも率直な問いにカイトは動きが止まった。というのも、まさに先ほどから頭を抱えている事を真っ直ぐに問われたからだ。

 何も言えないでいるカイトに対し、水雨は言葉を付け加えた。

「七日目までに誰かが勝たなキャ、何もかも全部……消えちゃうんだヨ?」

カイトもそれは重々承知の上だ。しかし、そうと分かっていてもカイトには結論を導き出せずにいた。

「それに関しては俺も聞きたい」

と、新たに空き教室へ入ってきたのはゼロことレイジだ。

「ゼロ!」

カイトと水雨は空き教室の入口から歩いてくるレイジを見て言った。それに返答するようにレイジは軽く手を挙げる。

 カイトらのすぐ近くまで来たところで足を止め、レイジはカイトに語り掛けた。

「昨日レリフィック教会が襲撃してきた時、攻撃ではなく防衛に専念……と言っても防衛出来ていたとは言えない粗末なものだった。あの方法では防衛すら困難だと分かったし、すぐにでも改善が必要だろう。他の組織からの襲撃も視野に入れないとな。

いつまでも籠城していては不利になる一方だろうが、レジストリアの最終的な決定権はお前にある」

普段の『ゼロ』と比べてかなり暗い声色で語られ、空き教室には重い空気が流れた。

「レジストリアの副リーダーとして、今後の方針だけは揃えておきたい。スマイリー、お前の考えが知りたい」

レイジの真摯な言葉にカイトは何も言えなかった。先日の防衛が失敗だったと受け止め改善し、自分らに何が出来るか見極めなければならない。

しかし今は無言を貫く時ではないと、自らの考えを探り探りに語る。

「うん。俺も何か行動しなきゃとは思ってるんだケド……考えるには情報が少ないっていうか、状況を上手く理解出来てないっていうか……」

カイトの曖昧な物言いをレイジは静かに聞いた。

「実際、俺たちに出来る事は本当に限られてるんだよ。戦闘なんてもっての外だから他組織と同盟関係になった方が良い、でもどこと組めば最善なのかは全然思いつかない。すぐにでも方針固めたいのは同意だケド、何も分かってないのに結論付けるのは早計すぎる気がするし……」

カイトの答えを受け、レイジは少し考えた後にこう言った。

「つまり……現状維持っていう認識でいいか?」

レイジの発言にカイトは頷き肯定する。

「そうだね。不甲斐ないリーダーでごめん……」

そう言って俯いたまま顔を上げなかった。そんなカイトの姿を見て、レイジは励ますようにこう告げる。

「いや、謝ることはない」

この言葉でカイトは面を上げた。

「お前がどんな道を選ぼうが行く先で地獄を見ようが、俺たちは喜んでついて行くさ。生きていく為に支え合い、励まし合うのが俺たちレジストリアの在り方だろう?

その支え合いには当然『スマイリー』も含まれている。

勝利条件からして戦いだけが全てではないし、魔術が使えるだけなただの学生が戦っても大人には敵わない。魔術が使えるのは相手も同じだからその分慎重になるのは当然だ。お前の考えは間違ってない。

そもそも、野垂れ死に一歩手前みたいな奴らをみんな救って束ねてるんだ、もっと自信持ってくれよ我らがリーダー!」

『ゼロの饒舌』が遺憾なく発揮され、カイトと水雨は呆気にとられる。

 レジストリアの結成によって救われた学生は少なくない。学校を辞めさせられバイト生活を余儀なくされた少年少女たちは、求人や物流などの情報を全て把握出来るこの組織に集まった。

彼らが悪政下でもどうにか生きていける基盤を担ったのがレジストリアであり、カイトなのだ。レイジが語った内容に身内贔屓や過大評価は含まれておらず、多くのメンバーがカイトに感謝している。

「それじゃあ、メンバーには俺から全体チャットで知らせておこう。我らがリーダーからのお達しだってな!」

そう言ってゼロは空き教室を出た。

 束の間の静寂が流れた後、ふいに水雨がカイトに声を掛ける。

「あのネ、スマイリー」

「うん、どうしたの?」

水雨はキョロキョロとした目でカイトを見て言う。

「ぼくネ、ゼロにぴったりな言葉知ってるヨ」

「へぇ、どんなの?」

水雨の言葉に興味を持ち、カイトもまた水雨の方を見る。

「キザ野郎」

と、水雨はいつものようににんまりと笑った。水雨に悪気はないようだが、友人思いのカイトはこう注意する。

「それ絶対ゼロに言っちゃダメだよ!?」

すると、空き教室の入口辺りで鈍い音が聞こえた。先ほどゼロが出たばかりという事もあり、カイトの脳裏には嫌な予感がしていたのだ。

 カイトは急いで立ち上がって空き教室を出て、音が聞こえた廊下を見た。そこには廊下の隅に膝を抱えているレイジの姿があり、何やらブツブツと呟いている。

「ゼロ!大丈……夫?」

カイトが声を掛けるも返答はなく、陰鬱な空気を纏って動こうとしない。

 友人のこれ以上ない落ち込み様を見て、カイトは先ほどの予感が的中してしまったと確信した。水雨の何気ない一言で凹んでいるのだ。

 レジストリアの特性上、幹部は素性を隠す為に普段とは違った言動や外見を徹底しており、特にレイジは普段とは真逆のキャラクター性を押し出している。その分多少は言動にブレがあるものの、懸命に『ユーモアがありつつ冷静沈着な副官』を演じていた。

それを水雨から『キザ』と単純な一言で称され、あながち間違いではないもののズレた評価に何とも言い難い感情を抱えている。

 レイジの複雑な心境を察しつつ、カイトは穏やかにこう提案した。

「あー……みんなには俺から連絡しておくよ。廊下だと他のメンバーに情報回っちゃうからそこの空き教室にいて。あと……うん、何かごめんね」

カイトの提案を無言で受け入れ、レイジはトボトボと空き教室へ入り扉を閉める。

すっかり落ち込んだレイジを見送り、水雨の方を見てこう言った。

「それじゃあ。二人のところに行ってみようか」

「二人?」

と、水雨は頭を体ごと傾ける。

「そう、かなり頼りになる二人さ!」

そう言ってカイトは廊下を歩き始め、水雨はそれに寄り添うようにふわふわと飛んだ。


 カイトが向かったのは普段彼女らが待機している教室だ。扉を軽く数回叩いて入室すると、そこには彼の予想通りに彼女らがいた。

「あ、いたいた」

カイトの声に反応して、メイとサキは顔を教室の入り口に向ける。

「スマイリー……それに水雨も。何か用?」

と、訊ねたのはメイ。

「やぁ、ちょっと意見交換したいんだけど。今いい?」

そう言ってカイトはメイとサキの近くまで歩み寄った。メイとサキはお互いに顔を見合わせ、声を揃えてこう答える。

「うん、いいよ」

二人の同意にカイトは頷き、こう話を切り出す。

「それじゃあ早速───」

「あれ、ゼロは呼ばなくていいの?」

と、カイトの話を遮ってメイが訊ねる。

「ゼロなら色々あって……今は膝を抱えてる」

そう言ってカイトは申し訳なさそうに肩をすくめた。ゼロの事を聞き、サキは一言だけ口を開く。

「まぬけ」

「今回は全面的に被害者だから、本人には優しくね」

妹分の無情な一言にカイトは優しく注意する。

「それで、これからの事なんだけど……」

と言って語られたのは、先ほどレイジと話し合っていた内容だ。

 内戦開始当日の会合で、あからさまな敵意を向けてきたレリフィック教会が襲撃してきた事。そしてその襲撃は見せかけだけの成功だった事。

自分らの魔術がよく分かっていない分、他の組織に後れを取っている可能性がある事や今後の襲撃に備える手段がない事。

それらを一通り話した後、カイトは二人に問い掛ける。

「……というわけで、俺たちレジストリアが今後向かうべき道はどちらか。レジストリアの『目』と『耳』である二人に聞きたい」

そう言いながら、カイトはメイとサキとを交互に見た。そしてすぐに選択肢が提示される。

「一つは先日襲撃してきたレリフィック教会に報復、決着がつき次第他の組織にも戦いを仕掛ける道。もう一つは敵対していない他組織と同盟を組んで、残った組織に対して共に戦うか話し合いをする道……どちらが良いと思う?」

カイトの問いに答えたのはサキだ。サキは真っ直ぐにお手本のような挙手をして言う。

「はい」

「発言どうぞ、ウサ様」

と、カイトは挙手したサキを丁寧に指名した。

「まずは味方を作るべき。敵が多いと防衛も攻撃も難しい」

すらすらとサキは答え、更に言葉を付け足す。

「それに……残りの短い日数で敵を絞るためにも。味方は絶対に多い方がいい」

サキの発言を聞き、カイトとメイは深く頷く。

「そうだね。他組織と同盟を組むことで、魔術属性の不利も補えるかもしれない」

と、カイト。それに続けてメイも賛同する。

「ウサの意見に賛成。敵が多いと戦力が分散して指揮が通らなくなるし、レジストリアの組織形態には向かないんだよね。きっとメンバーも納得してくれる」

 全員の意見が一致したところで、カイトは改まってこう纏めた。

「よーし。これから俺たちがどうすべきか、大体掴めてきた。問題は山積みだケド……方針さえ決まれば後は進むだけだ!」

「うん、スマイリーが進んだなら私たちはついて行くよ」

メイが真摯に肯定する。それにサキも頷いた。

話が綺麗に纏まり、カイトは揚々と立ち上がってこう言う。

「みんなに相談出来て良かった!これから忙しくなるぞ!」

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