エピローグ

愛しき日常

 天使が舞い降り、開戦を告げてから七日間が過ぎた翌朝。全ての帝国民が電子モニターを食い入る様に見ていた。

モニターに映し出されているのは真っ白な天使、無空ただ一体のみである。そして無空は七日前に開戦を告げた噴水広場に立っており、無数に向けられた報道のマイクに向かって人々へ語り掛けた。

「この国に住まう全ての人間に通告します。昨日の交戦によって勝敗が決された為、この国は消滅しません。私たち天使は今日この地上を発つと共に、宣言通り元皇帝と不埒者を連れ立って行きます。地上に留まる事を赦された人間は、これまで以上にこの国を発展させる様に努めてください」

 そう述べた後、無空は翼を広げて噴水広場から飛び立った。カメラは飛び去って行く無空を明確に捉える事は出来ず、お茶の間に現地の慌ただしい様子の映像が映し出される事となった。



 その一方で肝心の無空はと言えば、既に宮廷の正面玄関に着いていた。そこには五体ピャーチ ・天使アーンギルたちは合流し、それぞれ自由にしている。

 天使たちの横にはダリスとヴォルツも立っており、彼らの前には拘束されて身動きが取れない者たちがずらりと座らされている。ここに集められた人間は皆何かしらの罪をこの内戦期間中に犯した者たちで、その罪の大小に関わらず全員が一箇所に集められていた。

 ここへ無空はダリスたちの方へ真っ直ぐ歩み寄り尋ねる。

「この国の不埒者はこれで全員ですか?」

「あぁ、少なくとも我々が捕縛出来たのはこれが全員だ」

そう告げるダリスに付け加え、ヴォルツが口を開く。

「手配書が出ている者も全員捕縛していますし、国内の治安等は大きく改善されると思われます」

「そうですか」

そう言って立ち去ろうとした無空だが、一歩進んだところで立ち止まり振り返った。

「……最後に、優秀であったあなた方に助言を。己の価値を見誤らず、しかして他者の価値も見誤る事のなきよう。慢心こそ最大の敵と肝に銘じてください」

唐突に神妙な声色で告げられ、ダリスとヴォルツは思わずお互いを横目で見た。お互いにその助言は自分に向けてではなく、横に並ぶ相手に向けられたものだと思っているからだ。その為、このような言い合いが発生する。

「ヴォルツ、今のは君に向けられての言葉ではないかね?」

「お言葉ですが長官殿、明らかに私に向けられての助言ではないと心得ました。長官殿に向けられたありがたいお告げなのでは?」

「いやいや何を言うのかね。謙遜も過ぎれば相手に屈辱を与えるものだ、君こそありがたく頂戴したまえ」

「何を仰るかと思えば、ご謙遜なされているのは長官殿ではありませんか?いい加減お認めになられた方がよろしいかと」

互いに擦り付けあう様な言い合いをしているものの、この二人が不仲ではないと無空はよく知っている。この内戦期間中、行動を共にしていた七日間で毎日必ず目にする光景であるからだ。

 無空は相変わらずな二人に呆れつつも内心は安堵しているところもあり、これまで得た事のない感情を抱いていた。しかしそれは無意識に良いものだと理解出来ている。

 目の前の二人の言い合いを区切らせるように、丁度良いタイミングで言葉を切り出した。


「それでは、ご機嫌よう」


別れの言葉を口にして胸に軽く手を当てる無空から、これまで見たことのない優し気な表情が零れた。そしてダリスらの返事を待たずに他の天使の許へ歩き去る。

 ただ茫然と見ていたダリスだが、やがて気を引き締める様に背筋を伸ばし口からぽっと一言出た。

「……ふむ」

ダリスがそう言って暫く間を開け、ヴォルツが声を掛ける。

「長官殿、七日間とは存外短いものですね」

「そうだな。この七日間、本当に慌ただしいものだったが、無事に済んで何よりだ」

そう呟いたダリスは曇りのない清々しく広がる空を見た。

それを傍らで見ていたヴォルツは、厳しい口調でこう告げる。

「ですが、我々はこれから更に働かねばなりませんよ。本格的に国家の運用を行わなければいけませんから」

「……そうか」


 ダリスとヴォルツが歓談している一方、天使らは着々と罪人を運ぶ支度を整えていた。数十名の罪人を抱えて飛び立つのは人体に大きな影響を与えるだろうと、創造主より賜った縄で罪人を一繋ぎに結び付けている。その縄で結ばれた物質は創造主や天使たちの住まう宮殿へ形状や概念、物質としての在り方を変えることなく運ばれるというものだ。

 程なくして縄で繋げられた罪人たちが運ばれ、それを見届けた天使たちは純白の翼を広げて晴天を切り裂く様に飛び立っていく。

 人間にとって天使たちが現れたのはあっという間の出来事で、それからすぐに自分らの生活に溶け込んでいた。今こうして立ち去るのもあっという間である為、すぐに穏やかな日々が始まるのではと人々は希望を持っている。



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 天使が地上を去って翌日、ウォーマーはいつもの様に集合墓地へ足を運んでいた。しかし、これまでより彼の足取りは軽く、道端の草花に目を向ける余裕がある程だ。

「おや、これは……」

そう呟いて屈んだ場所には明るい黄色を持つ多弁な野花が斑に咲いており、その花一つ一つがまるで太陽の輝きをそのまま体現しているようだ。そしてその場所はウォーマーにとっては大切な思い出深い場所である。

 ここはかつてまだ幼かった息子のザックと共に歩く練習をした場所で、この花を目標に家から並んで歩いていたのだ。

 初めは外の世界を自由に歩ける楽しさに早い歩調でずんずんと進んでいたザックだったが、段々と疲れたのか小さな足を懸命に動かしてようやくこの花の前に辿り着いていた事。二回、三回と毎日繰り返し歩く事で掛かる時間も短くなっていき、彼が最後まで駆け足で突き進めるようになるまであまり日数は掛からなかった事。それから少し成長したザックが家からここまでの距離を短いと実感し、ここで当時の話で盛り上がった事。

 様々な出来事が次々に溢れ、ウォーマーの心に様々な感情が呼び起こされていく。しかしそれは、これまで彼の心に埋め尽くされていたものとは真逆で、温かく優しい感情を呼び起こすきっかけとなる。

 暫くぼうっと黄色の多弁花を眺めていたウォーマーだが、やがてその場から立ち上がって畑に向かって歩き始めた。彼の胸中にはこれまで以上に家族を大切に思う気持ちが詰まっており、蘇る家族の顔は穏やかな優しい笑顔を浮かべている。

更にウォーマーがこれまで抱き続けていた苦悩や絶望もどこかへ忘れ去るのではなく、それを認めた上で生きる事を選ぶ思考を持てるようになった。

 心の在り方を取り戻したウォーマーを激励する様に、彼が先程まで見つめていた黄色の多弁花がそよ風に揺れている。まるで遠いあの日の小さな掌の様に。



 暖かな日差しの下、この区域内のとある建物が賑わっていた。所謂分校と呼ばれるもので、本校は市街地と住居区域の中間に位置する場所にある。国土面積からしてあまり広大ではないものの、国土を横断する様な距離では通学が困難であるとして設けられている施設だ。

 とはいえ、分校と言えども本校と同じ制服が支給されており、男女共に黒を基調としたシンプルかつ動きやすさを重視したデザインが成されている。男子の制服は裾の長いブレザーと三角襟のカッターシャツが特徴的で、女子の制服はハイウエストで白い四角襟の付いたワンピースが特徴だ。そして、どちらの制服を選ぶかやどの様に着るかは個人の自由であるとしており、頭髪やアクセサリー等も校則で制限されていないのも特徴的だろう。

 低学部と高学部で制服に若干の差異があるものの、全生徒に共通して靴はダークブラウンのショートブーツとなっている。

 この分校に通う生徒や教職員の九割は昨日まで労働に勤しんでいた者たちだが、久しぶりに学友と顔を合わせた事でその疲れも吹き飛んだらしい。教室や廊下などでは楽し気に談笑する声が響き渡り、誰かが登校すればその人を呼び掛ける声や親しい友人が駆け寄るといった流れが自然と出来ている。

 そんな事とは露知らず、メリルとジョートとワンドは三人横並びに登校していた。この三人は分校と家の距離がやや遠く、それぞれ近所である事からこれまで通り共に登校している。

 仲の良さからくる沈黙が続き、ようやく話を切り出したのは一番右メリルであった。

「あれ、そういえば宿題って出てたかな」

「なかった……と思う。たぶん」

と曖昧に答えるワンド。そしてそう言われて不安になったのか、眉間に皺を寄せながら懸命に思い出そうとしている。

そんなワンドをそのままに、メリルは横に並んでいるジョートに話題を振った。

「ジョートくんは?」

「低学部は出てませんよ」

「そっか、じゃあ私たちもないのかな!」

少し嬉しそうに話すメリルに、ワンドが付け加える様に言う。

「俺たちは農作業とかでそれどころじゃないって先生たち知ってるからさ、きっとなしにしてくれてるんだな」

「そうだよね、先生たち優しいもん!」

そうして明るく笑い合っているが、なぜ課題が出されなかったかの答えなど決まっている。ソ皇帝の法によって分校は翌日から閉鎖となり、急な対処を迫られた事で宿題を準備する暇もなかったのが事実だろう。それに加えて、法が執行されてから七日後からは内戦が始まり、家の畑や畜産を手伝うかレジストリアとして行動するかに分かれていた。

 そういった話を口に出せば、自分らが安全な場所にいた時にそう遠くない場所では誰かが傷付き、あるいは死んでいたのかも知れない事実を想像してしまうだろう。だがそれは今思い起こすべき事柄ではなく、ようやく取り戻した日常を謳歌してからでも遅くはない。



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 国中の人々が再び穏やかな日常に一歩ずつ踏み出している頃、南西の鉱山周辺区域でも一歩を踏み出している男がいた。ザンドである。

先日、サトの拷問に近い攻撃で負った傷と火傷が治りつつあった彼だが、それを傷は治ったと認識してリハビリをしようと寝室から出ようとしている。適切な治療を受け義手も多少動く様になりはしたものの、あれ程の傷を受けてからたった三日で完治する筈もない。

 しかしザンドとしては内戦が終わった以上、これからはドグの将来の為により稼がねばならないと躍起になっている。ちなみに、妻であるジェイミーは彼の行動は予測済みであり、既に対策は打たれていた。

 

 ザンドがやっとの思いで部屋の扉まで辿り着くと、突然扉が開けられた。恐る恐る正面に立つ人物を見ると、そこにはにかっと笑うガドンが立っていたのである。

そしてガドンは冷や汗を掻いているザンドを見てこう言い放つ。

「やはりジェイミーさんの勘はよく当たる。なぁ、ザンド」

「へ、へへ。そうやろ?おいもいじ頼りにしとぉ――」

そう言っている途中でザンドの言葉は途切れさせられる。

「甘いわぁ!!」

「ひぃ!」

ガドンの老齢さを感じさせない隆々たる両腕に担ぎ上げられたザンドは、情けない悲鳴を上げながら柔らかい布団へ投げ込まれた。そしてこれから説教が始まるのではと、自らの寝台で身構える。しかしそれは杞憂に終わった。

 ザンドを寝台に投げ込んだ後、ガドンは傍らの椅子に座ってゆっくりと話し始める。

「ザンドよ、内戦はもう終わったのだ。今はその傷を完全に治すまでは少しの無理も無茶もせんでくれ」

父のこれまで見たことのない様子に驚いたザンドは、おずおずと自分の心情を語った。

「親父の言いたか事はわかるばってん、今から気張らんばドグが……」

「愚か者!!」

一喝され、ザンドはまるで子供の頃に戻ったように小さく身を強張らせる。そしてガドンは窘めるように言葉を続けた。

「お前はもう少し自分の事を省みろ。その傷を早めに完治させないと危険だと言われたにも関わらず、それでも根性論で動こうとするのは愚か者のすることだ!」

あまりにも真っ直ぐな正論を言われ、ザンドは言い返す言葉も出なかった。萎縮し、大いに反省している様子の彼を見て、ガドンは励ますように優しく語る。

「それにな、ドグは我ら種族にとって掛け替えのない存在、お前一人に背負わせる輩なぞ我らの中にはおらん!」

「親父……!」

「頼れるもんは誰でも頼れ!使えるもんは何でも使え!!わかったな?」

「おう!!ってぇ……痛かぁ」

と言って傷口を抑えたザンド。気合の入った返事をして心持ち明るくなった半面、それで傷口が開いてしまっては元も子もない。

 ガドンらの話に区切りが着いた頃、部屋を数回ノックした後に控えめな声量で声を掛けられる。

「失礼、します……」

「おう、入れー!」

ガドンの返答の後に扉は開かれ、大きな体躯を屈めながらダグドールが入室した。彼は両手で粥を載せたお盆を持っており、その腕にぶら下がるようにドグがしがみ付いている。

楽し気にきゃっきゃと笑っているドグとは真逆に、ダグドールは何らかに脅されているような緊迫した表情だ。その落差にガドンとザンドは笑いそうになるも、ザンドの場合は怪我に障ると思い懸命に耐えた。

「あの、ザンドさん。こちら、ジェイミーさん、から。です」

「お、おう、あんがとさん」

「はい。それと、ドグくんを……親方、どうぞ」

と言ってドグをガドンに手渡そうとしたところ、ドグが手足を振り回しジタバタと暴れ始めた。

「いやー!」

「えっ」

「あそぶー!!」

ダグドールに抱えられたまま暴れるドグを見て、ガドンは微笑ましく思ったのか豪快な笑い声を上げる。

「ガハハハハ!どうやらドグはお前と遊びたいらしいなぁ!」

「あ、えと……はい、みたいです」

「ちっとばかし遊んでやってくれるか?良い運動になると思うぜ」

「わかり、ました。じゃあ、行ってきます」

「おう!ドグ、ダグドール兄ちゃんに迷惑かくんなぞ!!」

「あーい!」

そうして、ダグドールは来たときと同じような姿勢で部屋を出て行き、程なくして扉は閉じられた。暫くザンドがゆっくりと粥を食べる音だけがそこにあり、食べ終えた頃にガドンへふと尋ねる。

「そういえば、アイツはどがんしたとかね」

「ん?……あぁ、ブルッグスか?あいつは――」


 宮廷の奥まった場所に伸びる廊下では、ブルッグスがとある一室の扉をノックしようとしていた。が、しかし、その手は止められてしまう。

ドォォオオオン。

という、平穏とはかけ離れた物音が室内から聞こえた。何等かの危機的状況を察知したブルッグスはノックなどなしに、大声で声掛けながら扉を開ける。

「何事であるか!?」

入り口から見て右手側にあったであろう本棚が倒れており、大量の本が雪崩を起こしていた。幸いにもそこに立っている男に怪我はないものの、突然入室したブルッグスに驚いて凝視している。

ブルッグス自身、内心では失態だとわかっていながらも今ここから動くのもどこか不自然な気がしており、その場から動けずにいた。

 そんなブルッグスに、目の前の男はゆっくりと近づき声を掛けてきた。

「君……名前を何と言うのかね」

「わ、ワガハイはブルッグスと――」

「なるほど、ブルッグス君!良い名前だ。ところでブルッグス君、些細な頼みなのだがこの事は見なかった事にしてくれないかね?」

「は、はぁ」

と、いまいち状況を理解していないブルッグスの背後から声が聞こえてくる。

何か壊しましたね?あちらまで物音が――」

と言い掛けたところで、その声の主は絶句した。それを見て男は今にも逃げ出したそうにしており、その一方で板挟みにされているブルッグスはもはやわけが分からなくなってきていた。

 先ほどやって来たのは本棚をひっくり返した男の補佐官であり、これからブルッグスの上司となるヴォルツだ。彼女は表情こそほとんどないものの、その言葉遣いはまるで刃物のように鋭い。そんな彼女の説教を恐れ、責任転換しようとしていたのは他でもない。ダリス総統閣下である。

「是非ともお話をお伺いしたいのですが、少しお時間よろしいでしょうか?」

「すまない……!」

「謝罪は後で聞かせていただきます。ほら、あなたも証人として同席して下さい」

「え。ワガハイもでありますか!」

「当然です」

そう言って別室に集まった三人は、壮絶かつ単純な質疑問答を繰り広げている。ブルッグスが二人を総統とその補佐だと知るのは、それから数時間先の事であった。



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 多くの人々が笑い合っている頃、ナディータは教会の一室で表情を暗くして座っていた。目の前の寝台で眠るオリフィアがまだ目を覚まさないのである。

昨日、金陽が地上を飛び立つ前に告げた『オリフィアは生きている』という言葉を信じ、彼女が何時目覚めても良いように傍らで待ち続けているのだ。しかし、今に至るまで一向に寝返り一つしないオリフィアを見つめ、段々と不安ばかりが募っていく。

 ナディータの頭にはこのままもし目覚めなかったら、あの時自分がもっと早く駆け付けていれば、等の後悔が次々と浮かび上がってくる。

 あと少しだけ待って目覚めなかったら自分も眠ってしまおうか、等と考えながらオリフィアの僅かに温かさを感じる手を握った。内戦が始まってからの七日間、ナディータは彼女が絶えず何かの責任や誰かからの重圧を跳ね除ける様に他組織と交戦していたのを知っている。

「お姉様……」

様々な感情からナディータはそう呟いたが、相手からの返答はない。しかし、握った手に微かだが力が入ったのを感じとり、飛びつく様に何度も何度も呼び掛けた。

「お姉様!オリフィアお姉様!!私です、ナディータです!どうかお目覚めになられてくださいまし!!」

そんな言葉を数度繰り返し、一つ一つに深い感情を込めてその名を呼び続けた。ナディータは次第に自身が握っている力が強すぎるのではと思いこそしたものの、それを理由に手を緩める事はしない。

「お姉様、どうか、どうかっ……!」

そう言いながらナディータはオリフィアの手を、今までのどんな瞬間よりも強く握り締める。常に信心深く良い信徒である彼女も、この瞬間では『祈る』という事はしなかった。

 必死の呼び掛けの甲斐あって、オリフィアの瞼に力が入りゆっくりと開いていく。ぼんやりとした目付きでただ天井を見ているオリフィアを見て、ナディータは思わず涙が零れた。

「お姉様っ!」

ナディータは言葉に込めていたものやこれまで抑えていた感情も全て溢れる様に、オリフィアが眠っている寝台へ泣き崩れる。

 そんなナディータの様子にやや混乱しつつも、ぼんやりとした声色で真っ赤に泣き腫らす彼女に訊ねた。

「ナディータ、内戦は?内戦はどうなってしまったの?」

「あぁ、お姉様。及ばずながら我々レリフィック教会は敗北を喫しました……」

「……そう」

と言って、オリフィアはゆっくりと呼吸した。気持ちを入れ替える様に、数秒だけ瞳を閉じて次の問いかけをする。

「ねぇ、ナディータ。私たち、これからどうなるの?」

「はい……我々はこれより本国へ帰国となり、この国ではレリフィック教は根絶されるとの事です」

「そうなのね……」

と呟いて瞳を開けた。

「また、お父様に見放されてしまう」

微かな声でぼやいたオリフィアは黄金の瞳で天井を見つめ、こうなった経緯やこれからの事を考え始める。

 ソ皇帝の法によって蔑まれて来たレリフィック教徒たちだが、内戦が始まってからその反動とも言うべき行為を続けていた。オリフィアはオリフィアで考えがあっての行動であったが、執行者たちが密にこれまでの復讐に魔術を行使していたのは金陽から聞き及んでいる。

 そういった者たちを抑制する立場にあるのはオリフィアなのだが、女神レリフィアの教えを順守する者を咎めたりはしない。その為、魔術を行使して帝国民を殺した者たちは、今や晴れ晴れとした心持ちで天使とともに地上を離れているだろう。

 そして次に考えるべきはオリフィアたちが帰国後に受ける扱いである。王国民にソ皇帝の劣悪な法は既に王国へ伝わっており、それを生き延びたレリフィック教徒は王国民や貴族たちにも虐げられはしないだろう。

 オリフィアとしては、今こうして生きているのもあまり実感が湧かない為、あまり歓迎されない方がかえって気が楽である。しかし、こんな自分の生存を感激して涙を流し続けるナディータだけは平穏な生活へ戻してあげたいと思っており、それと同時に彼女には自分が必要だと深く強く理解していた。

 こんな状況で自分が出来るのは何か、とオリフィアは少し思案したものの、結局は同じ結論に行きつく。

傍らで床に膝を付けて不安そうな顔を浮かべたナディータの方に寝返りを打ち、泣きじゃくる彼女の頬に優しく手を添えた。

「どうか泣かないで。私の為を思うのなら、せめて笑って頂戴」

その暖かくも慈悲深い言葉を受け、ナディータはまた涙が溢れそうになったのをどうにか堪える。そして、赤く腫らした菫色の瞳を細めて笑い掛けた。

「はい、お姉様」


 オリフィアが自室で目を覚ました頃、教会の脇にある小さな庭園ではサトが一人きりでいた。サトは芝生の上に座り、ただ昇っていく太陽をぼうっと眺めている。

つい最近までは色彩豊かな花々に囲まれていた庭園だが、一昨日の決戦でほとんどの花は折れていたり過剰な水分によって枯れてしまっていた。

 普段のサトならば、暇さえあれば教会中を歩き回っては会う人皆をからかっているのだろうが、今の彼女はそういう気分ではないらしい。芝生の上で暖かな日差しを浴び、時折り欠伸するという何よりも気ままな存在となっていた。

 何度目かの欠伸の後、通りかかったドレイトに声を掛けられる。それもやや驚いた様な声色で。

「珍しい事もあるものだ。明日の天気を大雨にでもするつもりかね?」

「おやおやぁ、誰かと思えば神父殿じゃないですかぁ。生きてたんですねぇ」

「これも女神レリフィアのお導き、金陽様にも感謝せねば」

と言って、空を仰ぐように見上げた。そんなドレイトをサトはつまらなさそうに見ている。

「あぁー、ホントにつまんない。内戦もあっさり終わっちゃいましたしぃ、結局生き残っちゃいましたしぃ。こんなんじゃあ全然物足りませんよぉ」

そう言いながら、指折り数え始めた。恐らくはサトが叶えられなかった事柄の数なのだろうが、両手を使い始めたところでドレイトに話し掛けられる。

「しかし、君は実の妹と再会出来たではないか。それだけでも得られた事は多いのではないか?」

「へぇ、神父殿はご存知でしたかぁ。そうデス、あの子は私の愛しくも憎らしい妹なんデス」

膝を抱えて薄っぺらな感情を乗せてこう言った。そう語った彼女をドレイトは不思議そうに見る。

 一昨日、この庭園で、確かにサトは実の妹であるサキと殺し合った。結局はお互い軽傷のまま終わったが、全力で衝突した結果としてはいっそ清々しいものだ。

あれからサトの心境に変化があり、修道服を纏い王国民として生きていく事に僅かでも疑問を抱くようなら置いて行こうとドレイトは考えている。

そこで、サトの今の考えを探る様に問い掛けた。

「そんなに思っているのならばだ、ミス・サト。君だけこの国に留まっても構わんのだがね」

「……そうですねぇ」

そう言ってサトは空を見上げる。

「この国に対して全く思い出がないトカ、ここに残って悪くなるトカ、そういうのはないと思うんデス。何だかんだ好きなところや、それなりに気にいってる事もそれなりにありますしぃ?」

と、ここで言葉を途切れさせる。そして考えがまとまったのか、ドレイトの方を淡い緑の瞳で見つめながら告げた。

「でもレリフィア王国はぁ、ここよりもっとずっと面白いと思うんですよねぇ。何てったって妹がいませんしぃ?」

「そうか。確かに、君とは正反対で聡明そうな少女だったと記憶している」

「あららぁ、ホントに妹と会ったんですかぁ?明らかに私の方が賢いですよぉ」

そう言ってサトはいつもの様にケラケラと笑った。その顔を見たドレイトは、いつも通りのサトに戻ってきた事を確信する。

 出会う者ほとんどを煽っては嘲っているサトだが、彼女が両親を亡くすまではとても内向的な性格をしていた。それが再び顔を出したのでは、とドレイトは思っていたのだがそれは杞憂だったらしい。

現に目の前の少女は花壇で懸命に咲いていた薄黄色の花を茎から手折り、何処かしらへ持って行こうとしていた。念の為ドレイトはサトに訊ねる。

「ミス・サト、その花をどこへ持っていくつもりだね」

「決まってるじゃないですかぁ。お・見・舞・い、ですよ」

そうしてサトは不安定な音階の鼻歌を歌いながら庭園を去っていく。ドレイトは彼女を引き留めず、それから程なくして庭園は無人となった。



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 多くの帝国民が暖かな太陽の下で午前を過ごしている頃、その一方で白い部屋の白い三つの寝台には三人の男女がそれぞれ寝かされていた。ヤキリとカザキ、そしてトバラの三人である。

 寝かされていた、とは言っても黙って寝て過ごしている訳でもなく、全員の視線は天井に集中していた。ヤキリの突発的な思い付きによって、天井をスクリーンに見立てて映像を映し出し意見交換が為されているからだ。

「それでは次の議題……028番、画面切り替えて」

「はい、お兄様」

そしてY.lb-028によって映し出されたのは、水の魔術に関する資料だ。例として添付されている画像の全てにはレジストリアのリーダーであるカイトが写っており、様々な水の生成や変形を実験したものらしい。

それを赤いレーザーポインターで指し示しながらヤキリが話し始めた。

「ありがとう。さて、次の議題だ。水雨の魔術による水の生成とその変化についてだけど、これには人間がまだ理解していない魔術以外の要素があると思うんだよ。

 例えば、資料右上にある図аの生成した水を凍らせて持てる様にする方法。スマイリー君曰く、凍らせるには水を完全に生成する事が絶対条件で、形はやや自由に作れるけど凍らせる時に歪んでしまうらしい。

これは恐らく、行使者が想像する水という物質そのものがとして捉えていて、それが水を生成する時に作用しているんだと考えられる。

もしかすると天使がいる空間での”水”は地上と違った動きをするのかもしれないし、水雨は水を完全に静止させる事が出来るかもしれないけど、人間が水を好きな形に氷として固めるなら今の状態が限度だろうね。

水雨が行使する魔術を見られたら比較になったんだけど、それは断られちゃったから僕としてはこの仮説を立てざるを得ない。

 では次にその下の図bを見てほしい。先程の図аでは水を凍らせる実験をしたけど、今度はその逆も行ってみたんだ。水の温度を上げられるならその逆も可能だろうという仮説を立て、実際にやってみた結果もちろん可能だった。

だけどとても奇妙な事が分かってね。水の温度を上げた事で見て分かる通り沸騰したけど、数分経ってもこのままの物質の状態を保っていたんだよ。つまりはんだ。

本当にこればかりは謎、思考を放棄したくなるよ。考えたくないあまり、水雨に聞いたくらいだからね。僕が求めていた様な答えは返ってこなかったけど。

もし二人が何か意見があれば聞かせて欲しいけど、それはもう少し後で時間を設けるよ。

 あとこれは余談。試しにあの水を飲んでみたけど、全く味がしなかったよ。これまで飲んできた水はどれも少なからず味らしきものはあったけど、完全に何の味もないのは初めてだったからちょっと驚いたね。

付け加えると図аの氷に触れるとかなり冷たかったし、図bに至っては軽く火傷したんだけど、生成した本人はどれだけ触っても何ともないとも言ってたね。この触れた温度の違いは魔術によるものだろうから、ここまでのものを再現するのは無理だろう。少なくとも僕は出来ない。

 さて、僕の見解はこんなところだけど――」

と、ヤキリが言いかけたところで、彼の傍らに立っているY.lb-028が声を掛ける。

「お兄様、オサカ様の生体反応がこちらに近付いています。カウントダウン開始。五……四……」

「やっば、みんな寝たふりして!028番はカウントダウン中止してモニターを消して!!」

とヤキリが指示し、Y.lb-028はそれに従った。

そして、そのままカウントダウンがされていたら”一”に当たる時、部屋の扉が開けられ、温かく胃に優しい香りが鼻孔を擽った。オサカの後ろから金属製のワゴンを押しているY.lb-029が全員分の昼食を準備したらしく、入室してすぐに三つの寝台の中央にワゴンを停止させる。

そして、穏やかな表情を浮かべたオサカがお道化た様子で全員に声を掛けた。

「おやおや、奇妙な事もあるものだ。天井に向けてプロジェクターが置かれているが、一体誰が置いたのだろうなぁ」

わざとらしくゆっくりと歩きながら、確実に首謀者を割り出そうとしていた。ヤキリは焦りを表情に出さないように、そしてもし出していても見られないように寝返りを打つフリをして枕に顔を埋める。

 しかし、彼がこうしている間に他の二人は別の行動を取っていた。トバラは体を自力で動かせない為、腕を天井に向かって伸ばし手首から先でヤキリを指差している。その隣のカザキは持っている電子端末に入力した文字を見せながら、無言のままヤキリを指差した。端末には以下の様に書かれたいる。


カザキ:『複製体にプロジェクターを起動させて約九〇〇字くらい勝手に喋ってました』


それらに対して、オサカは深く頷いた。そして、ヤキリにしっかりと聞こえる様に言う。

「私はこれから用事があるのでな、029番君に後は任せよう」

「はい、オサカ様」

それから程なくして、扉が開く音が聞こえた。そしてその後すぐに扉は閉められた。段々遠ざかっていく足音が聞こえなくなった頃、ヤキリはガバっと起き上がって行きと共に言葉を吐き出す。

「はぁー、バレなくて良かっ……た?」

言葉尻が疑問符で終わっているのは、先程部屋を出て行ったはずのオサカがまだ部屋にいる為である。そして、先程料理を運んで来たY.lb-029は部屋におらず、あの足音の主はオサカではなくY.lb-029なのだとすぐに理解した。

 ヤキリは現実から目を背けたいのか何事もなかったかのように再び寝台に横たわる。愉快な後輩を見て笑いのツボを刺激されたトバラは脇腹を抱え、声を押し殺して肩を震わせた。しかしその一方でカザキの対応は薄情なものだ。

「おい、寝たふりしてないでさっさと説教されてろ。俺と先輩で全部食べとくから」

「ダメだって!029番は調理特化型に作ったから独占は卑怯だぞ!この薄情者!!」

カザキの挑発に飛び上がる様に起きたヤキリは声を荒げ、反論したがまるで駄々を捏ねる子供のようだ。そんな親友を鼻で笑い、寝台が立ち上がってワゴンから二人分の食事を取りながらこう告げる。

「勝手に嘆いてろ大馬鹿者め。お前もそれなりの重傷だと言うのに、よくもまぁ自分から傷口が開きそうな事をしたものだ」

「いいや、この程度じゃあ傷口は開かない。自分の身体だからよく知ってるとも」

と、誇らしげに語るヤキリ。このままではまた語り出しかねないと考えたオサカはヤキリの食事を持って、こう言った。

「では、その傷を早く治す為にしっかりと食べることだ。研究の成果報告も討論もきちんと治すまでは禁止としよう」

「もし破ったら?」

「そうさな、破れば私も暫く暇に出よう。お前さんの複製体もこの部屋への立ち入りを禁じ、自分らの世話は自分でしてもらう事としよう。分かったな?」

そう言い渡され、危機感を覚えたヤキリは観念したのか弱々しく返事する。

「……はーい」

「よろしい」

そう言ったオサカはゆっくりと頷く。それからヤキリの前に食事を出し、自分は近くに椅子を持ち出して腰掛けた。


そして、四人揃っての食事が始まる。気の許せる親しい者だけという状況と内戦が終結するまでは焼くだけの調理による簡素な食事だった事もあり、これまでの食事とは比べものにならない程の美味しさだった。噛めば噛むほど広がる味わいから、ようやく再び掴んだ平穏を実感した。



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 暖かな正午の微睡みに欠伸が溢れる頃、集められた学生たちも懸命に眠気と戦っていた。ようやく学校が再開し、それを祝してか学校長が高学部の生徒を集めて集会を開いている。

そして、学校長が話を初めてかれこれ三十分になろうとしていた。

「……という事もあり、つい一昨日までは大変危険な国内だった。しかし!君たち生徒の中にもいるだろうレジストリア等の組織が力を合わせ、この様に再び平和な日常を送れるようにした事を忘れてはならない!」

と、強い口調で語るが、このまま内戦を一日目から彼の視点で語られれば日が暮れかねない。そしてそれはこの話を聞く生徒や教師全員が思っており、誰もがこれを中断させてくれないかと願っていた。

 すると、檀上の傍らのマイクスタンドに黒髪の男子生徒がすっと歩み寄った。癖のない短髪だが前髪や襟足はやや長く、少しだけ見える黄色の瞳も太い黒縁の眼鏡であまり見えない。野暮ったい風貌の男子生徒だが、学校長に告げる声は凛とよく通る声をしている。

「校長先生。大変ありがたいお言葉なのですが、これ以上時間を越えられると、この後の授業に差し支えます。残り一分程に纏めてください」

「むっ、あぁいや、すまない。君が話をする時間も取ってしまった、私はもう良いから今から上がりなさい」

と言って、学校長が男子生徒に向けて手招きをしたが、彼はそれを断った。黒縁の眼鏡を軽く押し上げ、再びマイクに口を近づける。

「ではここから。全校生徒の皆さん、これからお昼ご飯をしっかり食べ、午後の授業を頑張りましょう。以上です」

そう言って一礼した時、さらりと流れた黒髪に鮮やかな赤が少しだけ見える。男子生徒が頭を上げたあと、体育館には拍手が響き渡り、全員が良い気分で集会を終えた。

 各学級別にぞろぞろと教室に戻っていく生徒に交じり、先程の男子生徒は自然と溶け込んでいた。そのまま彼は自分の教室へ行き、弁当袋を持っていつも食べる場所へ向かう。

道中、何度か教師に呼び止められたが、難無く目的地である生徒会室へ辿り着いた。約束をしていた友人二人は既に座って待っており、二人ともにやつきながら声を掛けてくる。

「さっきは凄く助かったよ、

「流石頼れるだねぇ、みんなすごい感謝してたじゃん」

と、口々に褒め始める二人に少し照れながらも、それを表情には出さずに返事した。

「あぁ、どーもな。いくらお世辞言ったっても仕事は減らさないからな」

と言われ、黒い癖毛の男子生徒とストレートロングの女子生徒は顔を見合わせて笑い、それぞれに昼食を取り出した。

 友人らにと囃し立てられた男子生徒は『会長』と名札の立てられた席につき、机の引き出しからヘアバンドを取り出して前髪をまとめた。そのため、彼のトレードマークとも言える赤髪が表に見え、鋭い黄色の目も露わとなった。

「それにしても暫くは”ゼロの饒舌”は見れないのかぁ、結構楽しかったのにな」

「学校再開したし、前よりも集会の数は減るだろうね。場所を見つけるのも一苦労だろうし」

「そっか、この間のが特例なだけで、もう学校は使えないのか。残念だなぁ、目の面布姿もカッコよかったんだけど……」

「スマイリーも十分カッコよかったよ」

「いやいや、ホントはあと三つ用意してたんだよぉ……」

等と談笑していると、もう一方の男子生徒の電子端末が軽やかな電子音を鳴らす。弁当を食べる直前だった手を止めて電子端末を取ってから、暫くして他の二人に呼び掛けた。

「ねぇ、ちょっとカメラ入ってくれる?」

既に食事中だった他の二人は疑問に思ったのだが、かざされた電子端末の画面を見てすぐに察しがついた。画面には茶髪の低学部の女子生徒が写っており、不機嫌そうな顔をしていたからである。

「低学部はこっちの校舎入れないからなぁ」

「いいよ、そっちに集まろう」

そうして撮られた一枚の写真はすぐに相手へ送られ、彼女は緑の瞳を細めて小さく微笑んだ。

 今彼らがとしていられるのも、全員が必死に抗って得た終結あってこその事だろう。誰かが欠けても得られないその幸福を深く実感し、それぞれがその感情を胸中に納めた。



 こうして内戦は終結し平穏は訪れ、この国をこれまで治めていた皇帝の血族も途絶えた為、今後この国を”チョウ帝国”の名で呼ぶ者は段々と減っていくだろう。この国が生まれ変わる未来を、人間の力で勝ち得たのだから。

 そして、内戦時に陰ながら各組織や帝国民を支えてきた警護組織長官のダリスに白羽の矢が当たり、次なる指導者が現れるまでの統制を任されている。これにはダリスも辞退しようとしていたが、他組織のリーダーの過半数が彼を推薦したので辞退は却下となった。

 今回の内戦前後で多くに傷付けられ、そして多くを傷付けたとして、レリフィック教会は本国のレリフィア王国への総員帰国となっている。しかし、宣教師であるオリフィアが未だ意識不明であり、彼らの帰国はまだ先になるかも知れない。

 南西のゴログ族は甚大な被害こそはないものの、ザンドなどのレリフィック教会による強襲で大怪我を負った者も少なくはない。怪我を負った者は全員医師や木洩の治療を受けている為、命に別状はないだろう。

 この内戦における功労者とも言えるヤキリ率いる無幻結社の面々だが、オサカ以外は何かしら大怪我を負っている為、三人とも纏めて安静にさせられている。しかし三人とも寝台に身を任せながら火晴の炎の再現方法について議論を展開し、あまりという言葉は相応しくないかも知れない。

 南東の農産業区域の者たちは交戦こそしなかったものの、期間中も変わらず農作物を出荷し続け、食物の流通を途絶えさせなかった。それは何よりも重要な事であると人々は感謝しただろう。

 長いようで短かった内戦が終わった事で、ようやく再び学業に励めるようになったレジストリアの面々。仮面と上着のフードによって素性を明かして来なかったリーダーを探す者は絶えないものの、それをカイトだと知る者は三人のみである。


 こうして多くの事が新しく変わり、より良くなっていくこの国。この先にどのような結果を及ぼすのか、創造主と呼ばれた存在すらも知らない。

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