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ヤキリが無茶な結社の結成をし、カザキが頭を抱えたあの日から二日。あれからカザキの努力によって諸々が滞りなく決定し、どうにか無幻結社を秘匿された団体として成立させる事が叶った。
主にヤキリの突飛な提案で始まり、急発進で設立されたものではあるが、社員も幹部もこれまで通りの研究が続けられる事をとても満足していた。
無幻結社の主な上層部は、社長のヤキリと副社長であり電子工学に関する研究者を束ねるカザキ。そして生物学等に関する研究者を束ねるトバラと、歴史や文化に関する研究者はオサカが束ねる事となった。現在チョウ帝国で途絶えさせてはいけない三つの分野の責任者に必要な研究費を申請し、認められたものをヤキリが全て確認した上で彼名義により帝国へ申し立てる仕組みである。
チョウ帝国の財政を任されている役人たちは、初めこそ突然ヤキリが増額させた事を驚愕したものの、ヤキリが立ち上げた無幻結社は現在のチョウ帝国にとっては必要不可欠であると判断された為に認可された。当然ながら、年度初めに組まれていた予算を上回る事はなく、支給される様になってから今まで通りの生活が送れる研究者も増えた。
そして今日は無幻結社を結成して最初の報告会が行われている。既にヤキリの研究所の会議室には幹部の四人が集まっており、和やかに始まろうとしていた。
白一色の壁と床と天井に囲まれた殺風景な一室、扉の真正面にある壁際には巨大な電子モニターが備え付けられている。そして中央に置かれる
出入口の真正面に座る女性は知性を思わせる灰色の瞳を持ち、深緑色の長い髪を後頭部で束ねている。そしてその右側には年齢を思わせる柔らかく白い頭髪をした男性が座っており、カップに注がれた茶を淡い水色の瞳で見つめている。
その一方で仮眠を取っている深い青色の髪をした男性は机に頭を伏せ、その近くに銀縁の眼鏡を畳んで置いている。そして最後の席に座るのは赤く鮮やかな長髪を持つ男性だ。
円卓の一番奥に座る男性、ヤキリは時計の針が定刻を示した瞬間に立ち上がり、声高らかに宣言した。
「これより、無幻結社幹部会合を開始する!」
その
目が覚めきっていないカザキが眼鏡を掛けた頃、着席したヤキリはこう呟いた。
「たとえ無反応だと分かっててもさ、一度は言ってみたいよね、こういう言葉」
と、やや達成感の見られる表情の彼に、オサカが優しく声を掛ける。
「若さ故の思想というものであろうな。古い文献にもその様な心情の記述は多く見受けられる為、いつの世もその思想は絶えぬものだという結果も出ている。お前さんのそれは肯定されるべき事だろう」
「そうなんだ、安心したよ。誰にも理解されないとか一番悲しい事だし」
「ホッホッホ、それこそ否定されるものであろうな。少なくとも我々の中にはいまいて」
そう言って笑うオサカに続くように、トバラは声を掛ける。
「ちなみに今日の集まりは何を目的としているのかしら、この時間までに集合する事しか聞かされてないけれど」
「あぁ、それじゃあ早速始めようか。まずは今日ここに集まってくれてありがとう。全員がそれぞれ多忙な訳だから、今日の会合はなるべく手短に出来れば良いなと思っている」
そして続けてこう語った。
「この会合は各分野の必要研究費を報告したり、各分野の研究成果を報告し合ったり、知識や労力の援助が必要な時に連絡する場にしたい。だから今日は―――」
という所でヤキリは言葉を詰まらせた。現状、先程挙げられた全ての議題は完了していたり特に進展も援助の必要もない事に気づいたのだ。その事にはヤキリが語り始めた時に全員が気づいていたが、意気揚々と語っているところを悪いと思い言えずにいる。
気まずい空気を払拭するべく、ヤキリはふと思い出したのか声を上げる。
「あっ、そうだ!みんなであれを見よう!」
そう言いながら白衣のポケットからリモコンを取り出し、背面の大きな電子モニターの方を向きつつ起動させた。程なくしてモニターはとある映像番組を映し出した。そこには神妙な面持ちの記者たちと群衆が絢爛豪華な舞台を囲んでいる様子が映されており、人々はみな舞台の中央に注目している。
特に話題も挙がらない為、円卓に集う全員がその映像を見ていた。そしてトバラが口を開く。
「そういえば今日だったか、あの皇帝が演説するのは」
と言った後に小さく呟く。
「まだ始まらないみたいだけれど」
それに一同は頷き同意する。映像の舞台部分を凝視しているオサカは、小さく溜め息を付いてこう言った。
「それにしてもやけに豪華なものだ。あそこに使われている宝石は恐らく科学的に加工されたもので、私の求める錬鋼術による加工より時間が掛かる筈。それをあれ程までに潤沢に用いられるとすれば、彼らの苦労も窺えるな」
オサカの語る彼らとは、鉱山周辺地域に住まうゴログ族の労働者たちである。彼の研究からしてゴログ族との交流は必要不可欠であるが、あの壁を造られてしまってからはそれも不可能となっていた。
腕を組んで椅子に
「実に不愉快な物ですね、これは」
「あぁ。全くだ」
と、それにオサカは深く同調した。そして憐れむようにヤキリも呟く。
「ほんと、よくもまぁここまで豪華な物作らせたよ。きっと無茶苦茶な注文されただろうに、造らされた人は可哀想だ」
「あそこでこれからソ皇帝が立って演説するんでしょう?何かのお芝居とかじゃあないのに、一体どんな話をするというのかしらね」
と言いつつトバラは自分のカップへ新しくお茶を注いでいる。温かな柔らかい茶葉の薫りに包まれる円卓だが、映像番組のお陰であまり空気はよろしくない。
かと言ってこのままモニターを切る事もなく、ソ皇帝が何を語るのかだけが全員の知的好奇心を掻き立てその場に留まらせていた。
こうして無幻結社の者たちはソ皇帝の演説を見た。
開戦まであと数刻。
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