あれから大きな事変もなく三日が過ぎた。

強いて言えば、ドグが踊りを覚えた事でガドンを中心に宴が催され、皆で踊ったという事が二日程前に行われた。それからも誰一人欠ける事なく、今日という日を迎えた。

 六日前に出した署名の返答は未だ届かず、ただ日々の労働に勤しむだけであっという間に過ぎていった。族長であるガドンの指示でお互いを助け合う事を強め、どうにか食料不足にならず乗り越えられている。

 今日の午前にソ皇帝による演説が行われるらしいと情報番組で見聞きしたガドンは、今日の業務をいつもより遅く開始すると皆に連絡し、それぞれ家でソ皇帝の演説を見ることとした。

 この時ガドンはソ皇帝に対して僅かに希望を残していた。もし何か考えがあってチョウ帝国を崩壊させようとしているのなら、今日の演説でその意図が汲めるかもしれないと思っているからだ。それに、六日前に出した署名の返答もここで行われる可能性もある。


 朝食を済ませたガドン夫妻は、共に演説を見ようと決めていた息子夫婦の到着を待っていた。とはいえ、演説が始まるには早すぎる時間であり、まだ到着には時間があり余っていた。

ガドンは居間のソファに座り考えている風の恰好をしたまま居眠りをし、暇になったガドンの妻のサンドラは同じく居間で編み物を始めた。

そのままゆっくりとした時間が流れてゆき、その静寂は玄関を勢いよく開く音で破られた。それと同じくして元気の良い呼び掛けが玄関先から聞こえてくる。

「親父、お袋!来たぞー!!」

「じー!!ばー!!」

ザンドとドグの声だ。彼らの元気な声でガドンは勢いよく起き、何事かと目をぎょろぎょろと動かした。一方でおっとりとした性格なサンドラはそんなガドンを微笑ましく見ていた。

 ザンドはドグを肩に乗せ、そのままの勢いで居間に駆け込んだ。その後を少しゆっくりとジェイミーが歩いてくる。

居間にいるガドンとサンドラに気づいたドグは、ザンドの肩の上でバタバタと足を動かして言った。

「じいじ!ばあば!」

「おぉ、ドグ!じいじはここだぞ!」

と言って、ガドンはご機嫌な顔でドグへ満面の笑みを浮かべ、ソファに座ったまま大きく手を広げる。ザンドがドグを抱き上げて肩から床へ降ろすと、ドグは小さな足を懸命に動かしてソファの許まで駆けていく。

ガドンはタイミングを見計らって駆け寄るドグを勢いよく抱き上げた。背の高いガドンに持ち上げられる事は木に向かって投げられるようなものだが、ドグはこれをとても喜んだ。

「どうだぁー!高いだろう!!」

「たかーい!」

と、体力の有り余るドグの相手をガドンに任せ、ザンドとジェイミーはのんびり寛いでいた。サンドラお手製のお菓子と薫りの良いお茶、それさえあれば十分と言えるだろう。

「毎日大変でしょうからね、今くらいゆっくりしてね」

と優しく二人に語り掛けるサンドラの温かい声は安らぎの効果があるのかもしれない。現にあれほど元気に飛び込んできたザンドが柔らかいクッションの様に椅子へもたれ、毎日の育児で疲労が溜まっていたジェイミーは表情を緩ませてお菓子を食べている。

「今日はお昼も一緒に食べましょ、腕にりを掛けて作るわね」

それに眠そうな声でジェイミーが返事をする。

「ありがとうサンドラさん、私も手伝いますよ」

「良いのよ、ゆっくりしててちょうだい」

そして柔らかくふわりと笑うサンドラ。

「こういう時くらい存分に頼るのよ」

と言い、飴色の瞳を細めて笑った。

 その一方でドグと遊んでいたガドンは時間を気に掛けていた。そろそろ電子モニターを付けていなければいけない時間である。

「そろそろか」

と呟いたガドンはソファへ座ってから膝にドグを座らせ、リモコンでモニターの電源を入れた。そしてドグに語り掛ける。

「さぁ、皇帝のお話をみんなで聞こうぞ」

「こうてー?」

と、小首を傾げながらドグは喋る。ガドンはそんな孫の様子が愛らしく、その頭を力強い手で優しく撫でた。そして温かみのある声で肯定する。

「そうだぞ。ドグは賢いなぁ」


 時は同じくして、小高い丘の上にいるダグドールは電子端末から演説の様子を見ていた。もしソ皇帝の演説によって精神的に悪影響が及ぼされたとしても、大好きな安らげる場所にいれば和らぐのではないかと考えた為だ。

それにここは原生生物の小さな生き物が身を寄せ合って暮らしており、その生活を脅かしてはいけないと思うと怒りも穏やかになれるというダグドールなりの思いやりもある。

 優しい風が吹く中、このまま眠ってしまいそうな心地良さではあるが、電子端末から聞こえる耳障りな喧騒で意識を手放す事はなかった。彼が尊敬した先代のセ皇帝が跡を託した男の演説というのがどういうものか、どういう結果をもたらすのか、己の目で確かめる為である。


 そして時を同じくして場面は変わり、殺風景な部屋へ。そこには疲れ気味のブルッグスが寝間着のままソファに座り、流れている映像を眺めていた。

流れていた。とは言っても、未だ映像に変化などはなかった。寝起きで脳が覚醒していないせいか、大きな欠伸を幾度か繰り返している。

ブルッグスがカヒーを少しずつ飲んでいようが、パンを千切って食べようが、時間が訪れるまでソ皇帝は現れないのだ。


 彼らが見ている映像というのはこういったものだ。映像の中央に豪華な舞台を映しており、その場へ集まった群衆の声がノイズの様に放送されている。そしてその舞台は丈夫な土台に上質な布地や宝石たちをふんだんに使い飾られている。言うまでもなく、ガドンを始めとする鉱山や加工場の者たちが体力を削りながらも納めてきた宝石が使われていた。

 外観の美しさとして最悪の部類である舞台を見て、それぞれの場所で見ているゴログ族の者たちは頭を抱えていた。

それと同時にこれから始まる演説に期待など寄せられないと悟った。



こうして鉱山周辺地域の者たちはソ皇帝の演説を見た。

開戦まであと数刻。

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