族長の決意

 チョウ帝国南西部の鉱山・工業地域の隔離された約五百人のゴログ族の集落。それらを纏め上げる族長はチョウ帝国が迎える未来の事で頭を悩ませていた。族長の名はガドンという。

 ソ皇帝が即位した日に公布された法。それにより今まで政治に携わってきた同族の者たちは宮廷を追い出され、今まで行ってこなかった作業をせざるを得ない状況にある。その上、収入とは別に鉱山で採取した鉱石を加工して毎日納めなければならない為、生活は一気に苦しくなった。

 ガドンにとっては初孫となる愛しき幼子が族長となる頃には、これよりも不遇な現実を背負わされるだろうと思うと胸が酷く傷んだ。



 時間も分からぬ暗闇の中。地面に置かれたランタンの明かりで足元を照らしつつ、目の前の岩肌を鶴嘴つるはしで削りながらもガドンは進む。ややくすんだ赤い髪と髭に土埃を浴びながらも、凛々しい黄色の瞳で狙いを定め隆々たる全身の筋肉を使い突き進んでいるのである。

彼が削り始めてから早数時間。それを証明する様に、彼の背後にある麻袋は大人一人が入っているとも言える大きさに膨らんでいる。当然ながら、麻袋の中身は人ではなく鉱石である。

 ガドンの背後に置かれる麻袋はこれで二つ目だが、彼はまだ鶴嘴を持つ手を休めようとしなかった。何故なら、彼の皇帝の法によって鉱石を加工してからでないと納めた事にならないものの、鉱石の加工には時間も数も限りがある。であれば、体力のある者は朝早くから出来るだけ多くの鉱石を陽が沈むまで採取し、加工する技師が昼夜交代で行う体制で行うようにして、その日暮らし程度には生きられるようになった。

 しかし、これが可能なのもトーイ族より少し丈夫なゴログ族であるからという話。隔離された鉱山周辺地域の隣に位置する農産業地域のトーイ族は、毎日過労で倒れる者が後を絶たないらしい事をガドンは噂に聞いた。

 チョウ帝国の食糧のほとんどは広大で肥沃な土地で育つ作物で成り立っており、品種改良により苗から三日程で収穫出来るものの、それらを育て収穫するのはほぼ手作業である。ソ皇帝の頭には”食物は三日ほどで勝手に生えるので食べ放題だ”という無責任で身勝手な思想でその法を定めたのでは、と噂されている。

 現在はゴログ族が失ったものはなくとも、長期的にこの法が続くと困る事は明白だ。この鉱山が神の加護を受けたとされている伝承の地であるとはいえ、連日の様にこうも削っていてはいずれ無くなるだろうという事。長く鉱山での採掘や鉱石や鉄、金などを加工に力を注いできたゴログ族だが、それらが不可能となった世代はどう生き延びればよいものか。

もはや産まれる前から絶望を背負っているようなもので、こんなものを背負わせるくらいならばと種族の滅亡も致し方ないという意見も出る程だ。

 そんな中で今年二歳となるガドンの孫、ドグは全ゴログ族に我が子の様に可愛がっている。ドグと歳の近い子供はおらず、これからもソ皇帝の法が続く限り現れる事はないだろう。その為、ドグはゴログ族の生き残りとなるかもしれない存在として、その小さな命は大切に扱われている。

 そこで、族長でありドグの祖父であるガドンが出来る事とは、彼が立派なゴログ族の族長となるように良い教育を施し、ドグ一人だけでも生き永らえる事が出来る様に育て上げる事である。

 その為こうして老体に鞭打ちながら削り続けていたが、ガドンの体力より先にランタンの明かりが消えてしまいそうになっていた。

「おっと、こりゃいかんな」

と低い声で呟き、鶴嘴を壁際に立て掛けランタンを持ち、すぐ後ろに置いていた麻袋を肩に担ぎ上げた。これからあと二つ程運ぶのだが、ゴログ族の中でも指折りの怪力である彼だからこそ為せる行動である。


 三つの大きな麻袋を担ぎ、のそりのそりと鉱山の開けた入口に出てきたガドンは、採取した鉱石の仕分けをしているゴログ族の青年、ダグドールが椅子に座って作業をしていた。橙色のやや長い髪を全て後頭部の下の方で結び、同じく橙色の瞳をしっかりと開いている。しかし、彼の大きな背丈に対して椅子が酷く小さく見えるが、椅子は決して小さくはない。真剣に業務に取り組んでいるダグドールにガドンは地鳴りの様な声を掛ける。

「おぉい、ダグドール!!今日も足りそうかぁ!」

そう言われた青年は驚き、その拍子に持っていた鉱石を落としそうになったものの、彼の握力がそれを食い止め事なきを得た。安堵した顔を浮かべるダグドールに少し申し訳なさそうにガドンは謝る。

「こいつはすまねぇ、次は気を付けるぜ!」

「そう、してもらえると……助かります」

と、ガドンとは対照的な声の大人しさで返答するダグドール。口下手な彼の肩をガドンが激励する様に軽く叩きながら豪快に笑う。

「ガハハハハ!おう、出来る限りやってみるさ!」

バンバンと音が鳴っているが、ダグドールはゴログ族一と言われる鋼の肉体を持っている。あまりにも力が強く背が高い為、ダグドール自身が鉱山で採取を行えないものの、鉱山内での事故が発生した場合の救助要員として就いている。しかし、今の所は

無事故で業務を終えられているので、彼の主な業務は鉱石仕分けになりつつある。

 ガドンから肩を叩かれた事に何も思う所はないダグドールだが、念のための助言を伝えておく事にした。

「あの、それ、お孫さんとかにしないでください、ね……吹き飛ぶと思うので、はい」

それを聞き、またガドンは豪快に笑った。

「お前はホントに面白いやつだなダグドール!ガハハハ!!」

「は、はぁ……」

という和気わき藹々あいあいとしたやり取りを区切る様に、少し離れたところから声が飛んでくる。

「おぉーい、そっちは順調であるかぁー?」

声がする方を二人が見やると、こちらに向かって来るのはゴログ族にしては背の低い青年と彼より数十㎝は背の高い者を数名。背の低い彼の名はブルッグスという。針山の様に尖った茶髪に大きなレンズのゴーグルを当て、灰色のやや垂れた目だが凛々しい顔付きをしている。彼は若くして鉱石を加工する工場やそこからまた製品を作製する工場までを取り仕切っている。

 ゴログ族でも有数の賢さを持つ彼だが、本来なら宮廷で政治に携わる為にその知を高めていたものの、ソ皇帝の法によって参入する前に門前払いを受けた。それでも彼の知能が素晴らしい事に変わりなく、ガドンが採掘に時間を割いても問題ないように工業関連の運用はブルッグスに任せているのだ。

 彼が今ここへやってきたのは他でもない、ダグドールが仕分けしていた鉱石を回収しに来たのだ。ブルッグスたちが二人の許へ着く頃にダグドールは立ち上がったものの、ブルッグスからすぐに物申された。

「すまないがダグドールは座ってくれたまえ、ワガハイの首は君を見上げるには不十分な可動域なのである」

そう言いつつ、ブルッグスは胸の高さで水平にした手を真っ直ぐ下げ、ダグドールに座るよう促した。ダグドールはいそいそと彼の動きに合わせて再び着席した。

それからブルックスは咳払いを一つし、仕切り直すようにダグドールへ話し掛ける。

「それではダグドール。今日はどれ程運び出して良いのであるか?」

それに対し、ダグドールは自らの背後に二つの山を築いている麻袋たちを見ながら答える。

「えっと。今そこに置いてある、右の山は明日納める分、です。左の山と、さっき親方が持ってきた分と、今潜ってるザンドさんが持ってくる分、で収入の面でも問題ない。です」

と、ダグドールの丁寧な説明に頷くブルッグスとガドン。そして流れる様に、ブルッグスは引き連れてきた者たちに呼び掛け、荷車に積むように指示をする。

そしてガドンの方を向き、こう言った。

「そういえば親方。あの皇帝に我々の署名は届いたのであろうか」

その問いに神妙な面持ちでガドンが返答する。

「うむ。署名は既に宮廷へ届けられている筈だが、返答はまだ来とらんな」

この署名というのは、ゴログ族の隔離差別化を計る様な法だけは取り消してほしいという抗議文書と全ゴログ族の署名を添えた物で、彼の法が公布された次の日に徴収に来た役人に届けるよう渡した。

「先代の皇帝だったら今日か明日には返答してたがなぁ」

「それは、先代が優れていたから。でも、ソ皇帝には、関係ない。です」

と、淋し気にダグドールが肩を竦めた。両親を早くに亡くした彼が一人前に生きていけるよう、成人まで税が免除され国からの補助金が送られるなど厚意にしていた。そしてそれを始めとして住宅区域に点在する孤児院の支援を強化する等、多くの民を救う処置や活動を行っていた。

それを知っているからこそ、ブルックスは少し強めな口振りで言った。

「だからと言ってこのままで良い筈もないのである。ワガハイとしては早く退位してほしいものであるが」

「そいつは皆思ってるだろうなぁ。あの法が確かなら俺たちが少しでも逆らえば切り捨てられるのは俺たちだしよ」

「うむ。彼の皇帝が言う”労働者”の定義が不確かである以上、こうして文書を送って抗議するぐらいしか安全策はないであろうな」

と、草臥れた口調でそう言った。丁度運び出す鉱石の袋も積み終わり、立ち去る前にブルッグスがガドンたちの方へ一言声を掛ける。

「それでは、親方にダグドールもお疲れさまである」

「おう、夜はしっかり寝るんだぞ!」

「お疲れさま、です」

歩き去る者たちの背に手を振っていると、背後から声が聞こえてくる。

「親父ー!ダグドール!撤収したぞー!!」

やや低い声の主はザンドと言い、先程ダグドールが名前を挙げた者でありガドンの息子だ。赤茶色の髪を頭頂部で束ね、父親譲りの凛々しい黄色の瞳を持つ彼は若頭的な存在だ。ゴログ族では稀に産まれ付き尖った歯を持つ者が現れるが、ここ数十年はザンドが唯一そうだった。過去形なのは、彼の息子であるドグもやや尖った歯が生えつつある為だ。

 ザンドが引っ張っている荷車には麻袋が四つ載せられており、それら全て口が閉まらない程詰め込まれている。その数にはガドンも驚嘆の声を上げた。

「おぉ、よく集めたなぁ!すげぇじゃねぇか!」

「応とも!おいがたまたま掘りよった所が空洞にぶち当たったもんやけ、袋一杯に採ってきたばってんまだまだ掘らるごた!」

「そうかそうか!ガハハハハ!!」

「ワハハハハ!!」

と、豪快に笑う姿はまさに親子であった。ザンドは父親ではなく祖父に世話や勉強を教わった事もあり、こうして古い言葉使いで話している。この言葉使いを使う者は限られているが、皆だいたいのニュアンスで伝わる為会話が成立している。

大口を開けて笑い合う親子にダグドールがおずおずと声を掛ける。

「あ、あの。もう日暮れですし、帰りません。か?」

その提案に力強く賛同するガドンとザンド

「おぉ、そうだな!それじゃあ今日は解散だ!」

「おし!そしたらダグドールもようけ休んどかんばぞ!目ばようけ休ませとけ!」

「は、はい。お疲れ、さま。でした」

そうして三人は鉱山の入口まで連れ立って歩き、入口を出たところで各々の家の方角へ帰っていった。


 ザンドが家の扉を開けると、それを待ち構えていた様に妻のジェイミーに呼び掛けられる。

「あぁ、ザンド!おかえり、早く来て!」

愛しき妻の鬼気迫る声に急いで駆け込み、声がしたダイニングの方へ素早く向かい声を上げた。緊急事態だと思った為だ。

「おう、どげんしたか!」

「見て、ドグを……」

ザンドの方を少し見やったジェイミーは瞳を潤ませ、感極まる顔でドグを指で示す。その先には、ゼンマイ仕掛けの楽器の玩具に合わせて踊るドグの姿があった。

 常に一定のリズムを刻み続ける玩具に合わせ、腰を横に振ったり手を叩いたりするドグ。それをジェイミーはただひたすらに感動して泣いていたのだ。ダイニングの入口で驚いていたザンドも静かにジェイミーの横へ寄り添い、ドグの成長を共に喜んだ。

 ドグの楽し気なセッションの邪魔をしまいと、二人は静かにお互いの胸の内を語る。

「あぁ、ザンドがちょうど帰ってきてよかった。ドグの雄姿を一緒に目に焼き付けられて幸せだわ……」

「鉱山ば早めに切り上げて、良か事したなぁ……おいどんらの子がいじカッコよか……」

「えぇ……この子は将来トップスタァになるのかしら」

「踊りの上手か族長……よかたい」

「それはもう当然よ、既にカッコいいんだから」

と、ハンカチとタオルを手に持ち親バカな発言を繰り返している両親そっちのけで、ドグは上機嫌で踊り続けている。暫くして玩具が止まった時にドグはザンドとジェイミーの方を向き、こう宣言した。


「だ!」


これには万雷の喝采が巻き起こった。勿論、両親は涙でボロボロになりながらである。まだ幼いドグにとっては両親がなぜ泣いているのかは分からないだろうが、後に成長した彼に語られる時が来れば分かるだろう。


 陽もすっかり暮れ、星の瞬きがよく見える頃。ガドンは寝台に仰向けに寝転び、これからの事について思案を続けていた。

このままソ皇帝の言いなりで死んでいくくらいなら、一度だけでも反逆者の様な事をやってみてもいいのではないか。しかしそれが失敗した時のリスクは途轍もなく大きい事はよく理解している。

 ソ皇帝に反発する意思はあれど、それよりも先に種族の存命を優先すべきであろう。というのも当たり前で、チョウ帝国の大半を占めるトーイ族は種族としては多く隣国のレリフィア王国はトーイ族の国である。もしかすると遠く離れた地には他のゴログ族かそれと似た種族がいる可能性もあるが、船で長旅が出来る程の船舶技術はチョウ帝国にはなかった。

 そんな状況では未来への希望を見出せる者は少なく、願わくば寿命が尽きる前に鉱山が尽きなければ良いと思う者も多い事をガドンは知っている。

全てはソ皇帝が招いた事だが、彼にとってゴログ族は輝かしい宝石を入手する為の手段でしかないのだろう。それが透けて見える法である事は明らかだ。

 ガドンはこの法が公布される前の事を思い出していた。先代のセ皇帝が亡くなってすぐの事、この鉱山周辺地域に高く頑丈な壁が作られた日の事を。

もしかすると、あの時から既にソ皇帝の身勝手な行動は始まっていたのだろう。壁が出来てからも生活はこれまでと変わりなかったが、なぜ壁を造ったのかは族長であるガドンにさえ知らされておらず、建設に携わった者たちですら認識していなかった。

 皆一様に”先代の賢帝の子息だから何か考えがあっての事だろう”と信用していた上、種族を差別化して隔離するという発想そのものを誰も持っていなかった事も起因している。

 窓際の方へ寝返りを打ち空に輝く星々を眺めながら考える。大小様々に瞬く星だが、こうしてこの先も心穏やかにその輝きを見れるのだろうか。このままで幼いドグの未来を護れるのだろうか。

こういった思考はいつまでも挙げられるキリがない物。そう割り切ったガドンは静かに瞳を閉じた。

 もし、これから先に大きな争いに巻き込まれる時、最後まで多くの者が生存する事を目的とした戦い方をし、無血によって平穏を取り戻す事はガドンに課せられた責務であろう。



開戦まであと三日。

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