サキがレジストリアに参加してから四日が経過した。

あれからすぐに電子空間で大きな反響があったらしく、レジストリアは若者たちが理不尽な世の中の愚痴を言う場所となっていた。その愚痴も暗いものではなく、お互い大変だというのが前提な為、愚痴を言いつつも励まし合う事も出来た。

規則として素性を明かさずに直接会うとしても仮面を装着している為、実際に対面してもお互いに電子空間の感覚で接する事ができ、困った時には気兼ねなく助け合えるという理想の関係が構築された。

 こういった絶対悪が共通認識としてある方が団結しやすいというのは、生物の理に適っているのか、それとも年齢が関係しているのか。レジストリアのリーダーであるカイトにはよく分からなかったが、自分以外にも酷い目に合ってると知れば心持ち楽になるものだと知った。

 そんな彼は今日、集会の為に数日前まで通っていた学校へ向かっている。傍らにはサキもおり、二人とも顔には仮面を付けている。

学校が近くなるにつれ、様々な仮面を付けた若者と遭遇する。カイトの仮面を見るなり、ほとんどの者たちは親し気に声を掛けてきた。

「おぉー、リーダー!」

「ちわーっス!」

「ウサ様もお疲れさまです!」

「こんちはー!」

さながらチャットでの会話の様な口振りで呼びかける者たちに、カイトは大きく手を振りつつ答える。

「やぁやぁ、みんな来てくれてありがとうなー!」

並んで歩くサキは無言のまま、真っ直ぐ前を見ている。校門を通る頃には仮面を付けた者しかおらず、廃れて薄暗い校舎と相まって怪しい雰囲気に包まれていた。

カイトにとっては二年と少しを過ごした学校な為、外観の暗さ程度では何とも思わなかった。

 正面玄関から校舎に入ったところでカイトの親友であり、レジストリアの副リーダーであるレイジが待っていた。赤く尖った髪と黄土色のくちばしがついた赤い仮面が特徴で、無骨な外見で溢れる知識を饒舌に語るギャップからメンバー内でファンクラブがある程だ。勿論、カイト含むレジストリア幹部三人のファンクラブも存在する。

 そんな彼は集会がある度にここで立ち、メンバーであるか確認しつつ集会中の注意を説明する役割がある。記憶力にも長けている彼ならではの役回りで、とても生き生きとしている様に見える。

カイトが着く頃には丁度並んでいた列が途切れており、レイジは一息付いていた。そこへカイトが片手を軽くひらひらと振りながら声を掛ける。

「よっ、さすが早いな」

その呼び掛けで気づいたレイジは気取ったように椅子から立ち上がり、オーバーリアクションとも言える身振りと口調で告げた。

「おっと、ようやくスマイリー様々がお出ましだ!ウサ様もようこそ!二人とも説明は不要だろうけど念の為言うよ、土足厳禁なのでそこのスリッパを履いて体育館へ直行しておくれ!体育館の入口には”我らの目”がいるだろうから座席を聞くように!まぁ、君たちは常に定位置があるけども!ね!」

つらつらと止めどなく語られる言葉に耳を塞ぎながらサキが文句を言う。

「うるさい」

「そんな冷たい事言わずとも!ウサちゃんはもうちょっと愛想よくしたらいいと思うけど、それは個人の自由だったねぇ!いや失敬!」

「黙って」

と言う風に、無情な一言で終わらせるサキ。それを物ともせず話を続けるレイジ。

やはり二人は相性が悪いのではなかろうか。いや、サキが暴言を吐かないでいるだけ仲が良いのかもしれない。と、推測するカイト。

一通り語って落ち着いたのか、レイジが普通の口調で話掛ける。

「それじゃあ、そういう事だからさ。めーちゃんの所に行っておいでよ」

「わかった。行こうか、ウサ」

「うん」

靴箱付近に置かれているスリッパ入れから二足取り出して床に置き、それぞれ履いて右手側の廊下へ歩きだす。

 この使われなくなった校舎の権利は校長が保有しているものの、廃校となってからは元生徒会長だったレイジが綺麗に使う事を条件に利用を許可されている。そんな彼がレジストリアのリーダーを行えば良いものを、とカイトはたまに思案するがレイジ曰く「俺が変えられるのはせいぜい校内の事だけ」だとの事。

 長い廊下を真っ直ぐ歩き、右に曲がると渡り廊下が現れる。渡り廊下からは体育館の入口が目視でき、二人には入口の前に一人で立っている女子が目に入った。

アッシュブラウンの長い髪が風で揺れるが、顔に垂らす白い布が捲られることはなかった。彼女の名前を表す通り、布の中央には目をモチーフにした印が描かれている。二人の友人であり”レジストリアの目”とも言われている幹部、メイだ。

彼女もカイトに気づいたらしく、二人に速足で駆け寄ってくる。

「スマイリー、ウサ。やっと来たね、ちょっと遅いと思うんだけど?」

「そうか?まだ”鑑賞会”の開始時間まで三十分はあると思うけど」

「こういう時って主催側は一時間前集合が当然でしょ、一人で準備するの大変だったんだから……」

と寂しげに語るメイにサキが言う。

「でもファンの人たちが手伝ったんでしょ?」

「……うん」

サキに図星を突かれた様にメイは顔をそっぽ向かせた。表情は布で隠れて分からないが、拗ねているのだろうというのは空気感で伝わってくる。

 メイの役割はレジストリアに加入する者に簡単な質問などを送り、その解答から相手の内面を推測し加入の是非を決めている。これによって、レジストリアの電子空間や集会での治安の良さを維持している。

その為、加入してすぐに彼女のファンとなった者は後を絶たず、彼ら彼女らは各々の仮面にメイを表す”目の印”を描き込んでいるのが特徴だ。

 他にも、レイジのファンは仮面に”0”と書き、サキのファンは”ギサウ”を描き、カイトのファンは”楽の仮面”を描いている。

メイが拗ねた原因であるカイトが申し訳なさそうに話し掛けた。

「ごめんな、次はもっと早くに来るから……ちなみに、俺とウサはいつもの所でいい?」

という言葉で機嫌を治したメイは、手持ちのメモ帳を見ながら少し考える。

「そうね……あぁ、二人はステージの正面に座って。プロジェクターの右側ね」

「プロジェクター?」

と言ってサキが小首を傾げた。

「そう、今日はあの豚が演説するらしいから、みんなでそれ見てやりましょうっていう会だからね。電子空間の方でも録画を残しておくから、ここに来れなかった同胞も後で見れるから安心してね」

「うん」

「よし、じゃあ先に行っとくね」

「はいはい」

というメイの返事を待つ前にカイトは体育館の扉を開け、中へ入る。入口から長方形に伸びる先にステージがあり、閉じられた垂れ幕には薄っすらと映像が映し出されている。体育館は照明のお陰で廊下より明るいが、十人十色に仮面を付けた若者たちで集まっている異様な光景である事には変わりない。館内にはおよそ五十人程の若者が集まっており、そのほとんどがカイトと同年代だ。

入口から歩いてくるカイトとサキの姿に気づいた者たちは、中央の道を開けながら歓声を上げたり二人へ声を掛けたりしていた。

「リーダーだ!」

「こんにちは、リーダー」

「遅かったじゃんスマイリー!」

「ウサ様ー!」

「あぁ、今日も可憐だ……」

「リーダーだってカッコいいぞー!」

「ウサ様と並んでずるいぞー!」

「スマイリー!」

等々、まるでチャット欄のような呼び掛けが飛び交う。開けられた中央の道をカイトとサキは真っ直ぐに進む。

カイトは愛想良く周囲のメンバーに手を振りながら歩いているものの、傍らに沿って歩くサキは真っ直ぐ正面だけを見て歩いている。集会の時はいつもこの対応だが、寧ろそれが良いという者も多い。

 二人がプロジェクターの右側に置かれた椅子に座った頃、入口に向けて再び歓声が上がった。カイトが声の方を見ると、丁度メイとレイジが体育館に入場していた。

そのまま二人は真っ直ぐ左側の椅子へ向かい、様々な労いの言葉を掛けられる二人を他所に、体育館の照明が消された。

垂れ幕に表示されている映像がはっきりと視認出来るようになった。黒い画面に青いレジストリアという文字。その文字が時折り回転するというものだ。

所謂、待機画面というものだろう。ソ皇帝の演説が始まるまでこのまま待つしかない。

ただの数分でも数秒でも長く感じられるこの瞬間、カイトは今サイトのチャット欄は盛り上がっているんだろうか、と電子空間の事ばかり考えてしまう。


 しばしの静寂の後、映像が切り替わり、外の景色が映し出された。

城下街の中央に位置する宮廷の前に建てられている立派な噴水広場、そこには演説の準備が既に完了している。少なからず民衆はいるものの、自発的に聞きに来た者ではなく電子モニターの映像番組に使われるものを撮影している者が大半のようだ。

 レジストリアが撮影している映像は彼らが持つカメラからのものではなく、演説会場を斜め上から見下ろす形での浮遊機器からの中継である。警備兵から落されないように光学迷彩加工を施している為、その場に集まった人々から目視される事はないだろう。

暫く何もない舞台を映していたが、やがて醜く肥えた体躯の男がのんびりと登壇してマイクの前に立った。

 大きく肥え太った肉体を包む着物は歴代皇帝の誰よりも大きく、その上一際派手な造りをしている。着物を仕立てたメイからしても、彼のソ皇帝の姿には強い嫌悪感を抱いた。チャットや口から言葉を出さずとも、体育館内の空気はその一体感に包まれていた事は確かである。



こうしてレジストリアの者たちはソ皇帝の演説を見た。

開戦まであと数刻。

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