第十四話 「女神の袂」

 大きな扉を開け、ヤキリが先頭となってその扉を潜り抜けた。

すると、先程とは一変してとても明るい空間が広がっており、教会の持つ独特な雰囲気漂う造形がよく見えるようになっている。

横に長く広いこの空間だが、左右には白い螺旋階段とその奥には廊下がそれぞれ作られていた。そしてここも先程の空間と同様に吹き抜けがあり、天井は大きな円形のステンドグラスが嵌められ純白の床を鮮やかに飾り立てている。

 しかし、教会の美しい内装に見惚れている暇などは一同に用意されていない。彼らの前には既にナディータが待ち構えていたのである。彼女が立つ場所の後ろには、先程通った扉と同じ造りの物が備え付けられており、恐らくその先がカイトとヤキリが向かうべき場所なのだろう。

 剥き出しの敵意をカイトに向けるナディータを前に暫く沈黙が続いたが、やがてメイがこう言った。

「スマイリー、ヤキリさん。先行ってて」

そう言いながら前に進み出る。まだ魔術を行使しない様子だが、今すぐにでも交戦出来る様な気概を感じられた。

 先程、サトが言っていた事が事実ならば、恐らくこの先にオリフィアがいるだろうと一同は考えている。それでもカイトは、メイをここに一人置いて行くのに躊躇いを覚えた。

カイトの仮面は変わらず微笑みを浮かべているが、その下では不安と罪悪感が渦巻いている。目の前にいるのは、開戦から二日目の朝に襲撃を仕掛けて来た人物だが、あの時とは比べ物にならない程の殺気を感じるのだ

 しかしメイはまるでカイトの感情を知っている様な口振りで、彼の方を振り向きながら告げた。

「大丈夫、私は負けないよ」

「め―――」

とメイの名を呟こうとしたカイトだが、それをメイが首を横に振って止める。

それからメイは凛とした声でこう言った。

「約束して、スマイリー。絶対、全員で帰るって」

「……あぁ、約束するよ。みんな一緒に帰って、この内戦を終わらせるんだ!」

その力強い言葉を聞き、メイは頷き視線を前へと戻す。そして目の前で沈黙を続けているナディータの方を見る。

 メイの様子を見て、ヤキリがカイトに扉へ向かうよう無言で促す。それにカイトは頷き、二人と天使二体が先へ進んだ。

それから扉が音を立てて閉じ、残された二人は静寂に包まれた。

 開戦から二日目のあの日、メイはサキと共に校内で調理班や救護班等にメンバーを割り当てており、お互いに直接対峙するのはこれが初めての事だ。

しかし、ナディータにとって相手が初対面だろうと関係なく、メイがレジストリアの人間というだけで交戦するには十分なのだろう。光のない菫色の瞳は虚ろにメイを見つめ、ようやく声を発した。

「最期に言い残した事はありますか?」

という刺のある言葉に、メイは敵対意識を強める。初対面の相手が自分の死を予見するような発言をし、怪訝な反応を示すのは当然の事だ。

普段から冷静なメイだとしてもそれは変わらず、冷ややかな言葉を投げ掛けた。

「まるで未来が決定したような言い方、神様とやらからお告げでもされたの?」

「口を慎みなさい。そして知りなさい、これからあなたが出来るのは祈る事だけだと」

冷酷な口調でそう答えるナディータに対し、メイは反抗的に発言する。

「全く理解出来ない。あなたも私もただの人間、これから起こることなんてただの予想でしかない」

そう語るメイの言葉に表情はそのままに、小首を傾げてこう呟く。

「それはどうかしら」

その言葉に疑問を覚えるメイだが、程なくして解が自分からやって来た。メイの足元を這いずって、黄金の茨が彼女の左足を掠め切る。鋭く不規則な棘により、ズボンの裂かれた箇所と裾にじわりと彼女の血が染みていく。

そしてその黄金の茨は役目を終えたかのように跡形もなく消えている。

「っ、水雨の名の下に……!」

危険を察知し、自分の足元に水を生成させ破裂する様に周囲を水浸しにした。そして自分の傷口に染み込んだ水を凍らせ、出血を押さえられる。

その様子を見ていたナディータは、やや驚いたようにこう言った。

「驚いた、ただ水を垂れ流すだけの魔術ではないのですね」

「当然でしょ。金の魔術も同じ事が出来るのに、水の魔術は出来ないとでも思ったの?」

そう言いながらメイは両手にそれぞれ同量の水を生成させ、自身の手に近い箇所から上部にかけて凍っていく。やがてそれは二対の双剣となり、メイの手にしっかりと馴染んだ。

 あまり造形にこだわりはないらしく、装飾らしいものもそれと言った模様もない。握りと刃は真っ直ぐと作られているが、柄頭と鍔に当たる箇所は水晶の様に不規則な形で凍っている。

それから重さを試すように双剣を軽々と扱うメイを見て、ナディータは一言尋ねた。

「武芸の経験がおありなの?」

尋ねられ、動きを止めてからメイは答える。

「実際にこうして持つのは初めて。でも全く経験がないわけじゃない」

そう言って、軽く手足をほぐし剣を構えた。

そして一呼吸置いた後にナディータへ一気に距離を詰め、ナディータの体は壁際まで吹き飛ばされる。メイの攻撃は刃のない平らな場所で行われたが、その厚みによる風圧で小柄なナディータでは重すぎたのだ。

 しかし、それでもかなり手加減されているのだろう。ナディータ自身に怪我は一つもなく、すぐに立ち上がる事が出来た。

氷の双剣を携え、ナディータへ歩み寄るメイはこう告げる。

「怪我もなさそうで何より。でも、こんなに呆気なく吹き飛ぶとはね」

と言うメイは、左足を負傷しているとは思えない軽快さで、言葉使いにもまだ余裕があるらしい。ナディータはそれをよく思わなかったらしく、腸が煮え滾るような思いで眉間に皺を寄せて言い放つ。

「減らず口を……!」

そして右手を前に突き出すと、彼女の掌から生成されてすぐの状態からずるずると太い黄金の茨が何本も伸びていく。そしてそのままメイに向かってうねりながら攻撃を仕掛けたが、ナディータにとって予想外の事が再び起こった。

 鞭の様に伸びたその黄金の茨が、メイの持つ氷の双剣によってグニャリと曲げられてしまったのだ。いとも容易く折れ曲がり変形したまま戻らない茨を見て、目を見開き感情を露わにした。

「なっ……なぜ!?」

と、驚きを隠せないナディータは自分が形成させた黄金の茨が、次々に曲げられていくのを見て自分の手元へ戻す。そして黄金の茨を手に取り、何故こうなってしまったのかを考えた。

 手に取った黄金の茨はまるでワイヤーの様に柔らかく曲がっており、氷の双剣を宛がえばピッタリと重なるだろう。しかし、水の魔術の特性を知らないナディータには、どうして氷が金属に負けたのかが理解出来なかった。

 これには水と金との相性ではなく、水を氷に変化させた場合の絶対条件と金の形成条件が深く関わっているのだ。

水を氷に変化させた場合、如何なる攻撃を受けようと氷は破壊されないという特性を持ち、メイが持っている氷の双剣がそれに当たる。

そして金の形成条件は行使者の精神状態、或いはその形状の特徴が大きく関係している。ナディータが形成している茨の様に、金そのものが動く場合は動かない形状に比べて硬度が下がってしまう。

 その為、十字架を形成した時と同じ硬度だと思い形成した茨だったが、実際にはそれほどの硬度はないものであった。それに加えて、絶対に破壊されない氷の双剣による攻撃を受け、今の形状へ到ったのである。

 以上の事を凡そ知っているメイは、ナディータの方へやや大きな声で話し掛けた。

「あの、もう攻撃終わり?それなら大人しく―――」

「まだ終わりではありません」

ぴしゃりとそう言ってナディータは生成した黄金の茨を消し、また新たに金を生成させている。

今度は彼女の手に収まる程の大きさの金が生成され、ボコボコと蠢きながら形が整えられていった。段々と形が整えられ、刃渡り四十cm程の短剣が形成される。

 茨が絡み付いた黄金の短剣を構え、メイに向かって斬りかかった。

その切っ先は氷の双剣で受け止められ、ぶつかり合った衝撃で透き通る様な高音が響き渡る。この空間そのものが音をよく響かせる構造をしているのか、二人が刃を交える度に荘厳な鐘にも等しい音を奏でた。

 格闘技術のないナディータはただ黄金の短剣を振り回すだけだが、彼女の短剣から伸びる茨は止めどなく攻撃してくる。そして、先程の失敗は繰り返しまいと、黄金の茨は曲がるのではなく切り落とされる事を前提とした物として形成されていた。

その為、メイが黄金の茨を攻撃する度に床へ弾き飛ばされており、天井から降り注ぐ光で床の輝きが増している。

 ナディータの不規則な攻撃を華麗に受け流し、二手三手先に自分がすべき行動も理解して氷の双剣を扱うメイ。二人の間に技術差はあるものの、黄金の茨や不殺の決め事によってその差は埋まりつつある。

 

しかし、彼女らの勝敗が決するのはまだ少し先の事だ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 教会の中心部でメイとナディータが刃を交えている最中、その手前に当たる玄関口でカザキとドレイトとの交戦が続いていた。とは言え、ドレイトが自身の背後に黄金の大木を形成させ、その大木の根が左右交互に攻撃を繰り返しているだけである。

その為、やや不審そうな顔付きでカザキは大木の根を炎の手で振り払っていたが、あまりにも不自然な攻撃だと思いドレイトに訊ねた。

「何を考えている」

あまりにも短く簡潔な問いに対し、ドレイトは澄ました表情で答える。

「君がこの状況に疑問を抱くのも無理はない。しかし、私はこうする他ないのだ」

「ほう、ではただ無為に時間経過を望んでいるわけではない。と言いたいのか」

尚も続く大木の根による攻撃を的確に捌きながら、カザキは会話を続けた。

「これはあくまで俺の想像だが、お前は何等かの理由があって交戦する事を拒否したい。しかし、それは自分の立場では棄権は許されないと理解している為、この場では形式上の敗北を目指している。と言うところか?」

そう告げられ、ドレイトの口許に軽く笑みが零れる。そしてカザキの予想を答え合わせする様に解答を提示した。

「素晴らしい、概ね正解だ。流石は学者と言ったところか」

「……細かい所だと思うかも知れんが、俺は学者じゃなく研究者だ」

「そうか、私には区別も付かないものだが、気を悪くしたのなら謝罪しよう」

と、言いながらも大木の根による攻撃は止めないらしい。

そしてドレイトは話を続けた。

「さて、研究者。私はこの戦い、そして内戦において我々レリフィック教会が勝つとは初めから思っていない。そもそも天使様の御業をお借りしてまで他者を傷付け、勝利しようなど理解し難いものだ。

その為、今回の内戦では教会内で狼藉者を処理してきたのだが、最終日である今日くらいはと思いここに立ちはだかった次第。ここまで理解出来ているか?」

「あぁ、続けろ」

そう言いながら左、右、左、と根を弾き返したり振り払ったりを繰り返すカザキ。最早流れ作業と化しているこの状況だが、ドレイトの話は続いた。

「よろしい。であるからして、この状況は研究者の手に掛かっていると言っても過言ではない。私としては敗北も勝利もどちらでも構わない。こうして精神力が尽きるまで続けても良いが、それでは時間の無駄だろうな」

「それは同意する。それなら今すぐ終わらせても構わんな?」

「勿論だとも」

そう答えるドレイトに向かって、カザキは少し考えた後にこう告げる。

「ならばその大木から離れろ」

「分かった。では攻撃も一旦止めさせよう」

と言ってドレイトは歩き出し、等間隔に並ぶ柱の横で立ち止まった。その間、大木は攻撃を止めており、ただ太い根や枝に茂る葉が揺らめいている。幹の中心にある顔らしき部分も特に動きはなく、全体的に見ればただの大きな黄金の塊だ。

 そんな黄金の大木に向けてカザキが右手を向け、自身の手に纏っている巨大な炎を解き放った。そして瞬く間に大木は炎に包まれ、赤々と燃えていた炎も段々とその色を変えていく。

鮮やかに燃えていく黄金の大木は段々とその姿を留められなくなり、どろどろに融けてしまった。その様子を終始眺めていたドレイトが呟く。

「……ふむ、見事なものだ」

「教会まで燃やさないように気を使ったが、どうにかなったな」

「そうか。実に鮮やかな魔術行使だと評価しよう」

そう語ったドレイトは、続けて言葉を投げ掛ける。

「さて、こうして私の切り札とも言える大木は消えてしまい、この状況では私の勝機は皆無だ。降伏しよう」

「存外呆気ないものだな」

「互いに無傷で済んでいるのだ。人としてはそれだけで十分なのではないか?」

と、ドレイトは説教の様に告げた。それを聞き、少し笑ってカザキが呟く。

「それもそうか。神父の肩書きは偽りではなかったか」

「何を言う、私は常に女神レリフィア様の教えに従い、そして導く者として―――」

やや厳粛ばった口調ながらも、気楽な戯れの様な口振りをしている。それを話し半分に返事をするカザキ。

いつの間にか魔術によって形成、そして融解した金や輝いていた炎も消えており、床の一部だけは大きく黒く焼けているのが目立つ。それは消しようがないものとしてそのままにし、カザキに無言のまま外へ出るよう促されるドレイト。当然、それに応じた。


 それからカザキは玄関を出てすぐの所にいるレイジへドレイトを引き渡し、一息付く様に青い空を見上げる。教会へ到着した頃には見えていなかった太陽はすっかり顔を出しており、地面に座り込む教徒たちもあまり寒さを感じていない様子だ。

しかし、まだ内戦は終わっておらず、まだ安堵するには早い。



 カザキが教会の入口で待機を始めたその一方、庭園では睨み合いにも等しい状況となっていた。

と言うのも、サト自身が生成していた金はサキの氷によって封じられており、この状況を打破する算段に頭を巡らせている。そんな姉の前で悠々と棒立ちで待つサキは、暇になったのかサトへ声を掛けた。

「ねぇ、まだ?」

その声掛けを受け、サトは怒りを露わにする。

「うるさい!今考えてるでしょぉ!」

「かなり待った、遅い」

と、すっかり関心を無くしたと言う様な物言いのサキに、怒りを増幅させるサト。冷静さを欠いたサトがようやく行ったのは、新たに金を生成させる事だった。

 サトが自身の足元に金を生成させた為、そこにあった芝生は金の熱と重みに焼け潰れ消し炭となっていく。その様子を見たサキは植物を憐れむ様に水を生成させ、新たに生成された金に浴びせた。そこでようやくサトもこれでは無意味だと気付き、数刻前の自分の考えなさを恨んだ。

 そしてサトが危惧していた通り、サキがこう言った。

「わざとなの?」

「そんなわけないでしょ!?」

「じゃあ、どうしてこうなってるの?」

そう言いながらサキが指差した金には分かりやすく氷が形成されており、サトがどれだけ精神力を向けようと金を動かせずにいた。土の中ならば、と金を下へ伸ばそうとしたサトだが、金より土と浸透し混ざりやすい水にさきを越されていたのである。これでまた振り出しへ戻ってしまった。

 怒りに身を震わせ、ケラケラと笑う余裕すら無くなったサトの姿を見て同情したサキは、ゆっくりと目の前のサトへ向けて両手を向ける。それを見たサトは焦りを覚えながらも、サキが告げる言葉に耳を傾けた。

「それじゃあ、さっさと終わらせよう」

その言葉のすぐ後に、サキの周囲に彼女の掌程の大きさをした水が十数個生成され、すぐに氷へと変化していく。それを見たサトは自分の身を守る為、自身の周囲に黄金を新たに生成させた。そして自分を中心に球体を形成させた頃、僅かに金へ衝撃が加えられる。

 この時の衝撃を球体の中で感じ、サキの攻撃を完璧に避けたと思ったサト。しかし、サキの攻撃の後にサトが対等だと思っていた形勢は逆転される。

黄金の球体の中に突如として水が生成され、球体の中で満たされた水によって疑似的に溺れる状況になった。突然の事で息をあまり吸っていなかったサトは焦り、とにかく水を取り除く為に生成した全ての黄金を消滅させる。

だが、それでも水は取り除ける状態になく、寧ろより絶望的な状況になった。

 サトが黄金の球体を消滅させたことで、自分がと気付いたのである。サキが放った氷の塊、あれが黄金の球体へ当たる前に水の状態へと戻し、それを球体の全体へ当たるように投げ込んだ。

そして黄金の球体の中へ水を生成し、サトを混乱させて黄金の球体を消滅させた。という、サキの想定通りに順調にここまで進んだ。

 息が限界へ来したサトが水中で息を吐いた。ゴボゴボと音を立てているのを聞き、サキは水を半分に減らす。そして呼吸が出来る様に氷の球体の上部に細かい穴を開け、腹部を抑えて咳き込むサトへ問い掛ける。

「降参、する?」

「ゴホッ、ケホ……あんたさぁ、私を殺す気ぃ?」

「殺さない。だから今お前と話してる」

と言うサキ。声に抑揚はないものの、その言葉は彼女の本心から来ていた。

不透明な氷に囲まれたサトとしては、ぼんやりとしかサキの姿や声は聞こえない。しかし、これ以上交戦した所で無意味な悪足掻きだと知っている。

 サトはゆっくり両手を上に挙げ、サキに向かってこう告げた。

「はぁーい。降参しまぁす」

喉を傷めた声でそう言ったサト。そしてそれを聞き、氷の球体の中に生成した水をお湯にしたのはサキなりの優しさなのだろう。

 それからサキは氷の球体こそ消滅させなかったものの、その傍らにそっと座る。そうして他の者が戦い終えるのを待つ事にした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 着々と勝敗が決しつつある中、教会の一番奥に位置する礼拝堂では三つの組織の長が顔を合わせている。ヤキリとカイト、そしてオリフィアの三人だ。

当然、天使の火晴と水雨、それから金陽もその場にいる。各天使は取り決めの通り各組織の長たる人物の傍らに控え、これから起こる決戦の行く末を見守った。


 扉を抜けてすぐ目に飛び込んでくるのは、祭壇の上部に飾られた黄金の十字架であろう。その大きさと繊細な造形の美しさを見て、圧倒されるのは教徒だけではない。

 入り口から奥に向かって黒のカーペットが伸び、その左右には木製のベンチが並ぶ。そして白い壁には縦長のステンドグラスが並び、その間の壁には青地に白で紋章が刻まれたタペストリーが掛けられている。

 戦闘には不向きの場所ではあるが、祭壇の前に立っている人物は微笑みを浮かべながら侵入者たちを迎え入れた。とは言ってもあまり友好的とは言えず、一同を見渡してすぐに発せられた言葉には棘がある。

「ご機嫌よう、敵対組織のお二人さん。ここまで仲間を見捨て、よくぞ来られましたね」

しかし、その様な皮肉もヤキリには通じない。

「おはよう、良い朝だね。彼らは自主的に僕らを見送ってくれたんだ、そして今頃勝利している」

「随分と自信がありますのね、一体どこからそんなものが湧くのでしょう」

そう言ってクスクスと笑うオリフィアに、カイトが言葉を掛ける。

「これは自信じゃないんですよ。仲間に対する信頼です」

そしてカイトが話題を変えた。

「俺たちはあなたを殺したい訳じゃない。この戦いを今日で終わらせる為にここまで来ましたケド、終戦に必要なのは戦いじゃないと思ってます。あなたは違うんですか?」

「違います」

と、カイトの言葉は即刻否定される。それに少し狼狽えるカイトだが、続けてオリフィアへ訴えかける。

「確かにあなたが語るその、救済ではないかもしれません。でも、多少形は変わってでも平和的に解決出来た方が良くありませんか?それに、この程度の事であなたの信仰が届かなくなる訳ではありませんし―――」

それを聞いたオリフィアは黄金の瞳を開いた。カイトの言葉が彼女の逆鱗に触れたのだ。

「知ったような口を……。あなたに私の、女神レリフィアの教えの何が理解出来るというの?絶望の淵に立たされ、それでも足掻いて生き延びて今がある私を!」

その問い掛けの返答はなく、オリフィアは語った。

「分かるわけありません。この国で平和に穏やかに生きてきた者に……が産まれたからと実の父親に捨てられ、母親と共に辺境の地へ送られた私苦しみが……!」

そう糾弾するオリフィア。彼女の顔には涙こそ流れないものの、その心には赤黒い泥が埋め尽くされているようだった。

 オリフィアのそんな様子を見たヤキリはカイトにこう呟く。

「うーん、話し合い作戦は無理そうだ」

「すみません……」

と、答えるカイト。気落ちしているカイトを励ます様に、ヤキリは明るい声色でこう言った。

「いやいや、気にする事はないよ。元々話が通じないと思ってたからね」

「聞こえていますよ?」

そう答えるオリフィアを見ると、既に少量の金を無数に生成させている。彼女の周囲に円を描く様に浮かんでいるその金は、やがて形を鋭く細いものへと変えていく。

 針の様に鋭利な金が形成されていくのを見て、カイトは瞬時にヤキリの前へ飛び出し宣言する。

「水雨の名の下に!」

そして目の前に分厚い水の壁を形成させ、それを凍らせて防御を固めた。氷の壁が形成し終えるのとほぼ同時に黄金の針がその壁にカツカツと当たり、床へ落ちていく。

 オリフィアは攻撃を続けたまま、カイトへ声を掛けた。

「そのような事も出来るのですね。少々反則的な行使ですが、こちらはどうでしょうか」

そう言いながら新たに金を生成し、オリフィアとほぼ同じ高さの十字架を形成させる。そしてそれを黄金の針と共に氷の壁に向かって投げつけた。

当然、氷の壁はびくともせず、傷も亀裂も入っていない。水雨から絶対壊れないと聞いていたカイトだが、ぶつけられた瞬間は肝が冷えた。

 訝し気に氷の壁を睨むオリフィアに、ヤキリが声を掛ける。

「残念だったね!この氷がある以上、君に勝ち目はなさそうだ!」

「まだわかりませんよ」

と呟くオリフィアの言葉の後、カイトの氷の壁で守られていない左右に金が生成され、鋭い黄金の針が形成された。

 今から生成し始めては氷の壁は間に合わない為、カイトは身を強張らせ立ち尽くしてしまう。避けられない、と思った彼の背後が急激に熱くなる。

カイトが後ろを振り向くと、ヤキリが炎を生成させていた。その炎はヤキリの背から翼の様に広がり、黄金の針が解き放たれる前に融かしていく。

 それを見ていたオリフィアは、続けて金を生成させ攻撃する準備を整える。しかし、金を生成させた段階でヤキリの炎に包まれ、白い壁へ投げ付けられた。

それを見て苦虫を嚙み潰した様な表情を浮かべるオリフィアに、ヤキリが揚々と両手を広げて声を掛ける。

「さぁ、話し合いを望むなら今の内だ!でないと僕の炎が何もかも焼き尽くしてしまうだろう!」

脅しにも近い言葉だが、これに対してオリフィアは冷ややかに返事をする。

「会話など必要ありません。拒否します」

「それは残念だ」

そう呟いたヤキリは、前に居るカイトに向かってこう言った。

「これからこの部屋を丸ごと焼き払う。君と水雨はその氷でどうにか耐えてほしいんだけど、出来るね?」

「ホントにするんですか!?」

と、驚きを隠せないカイト。まさか先程の言葉そのままの意味で実践されるとは思っていなかったのだろうが、ヤキリは到って真面目にこう告げる。

「勿論!大丈夫、これはあちらも想定済みだろう!かなり熱くなるから君はしっかり隠れているんだよ」

「は、はい!」

カイトは短く返事をし、水雨の手を引いて氷の壁の許でしゃがみ込んだ。そして自分らを囲む様に水を生成させ、やや歪ながらも氷の防御壁を作り上げた。

水雨は珍しいものでも見る様に防御壁の中を見渡し、その一方でカイトは頭を抱えている。

 カイトと水雨が身を守れる体制が出来た事を確認し、ヤキリがオリフィアに声を掛けた。

「それじゃあ、宣言通りにここを焼き尽くそう!幸運を祈っているよ!」

オリフィアがその言葉に返事をする事は無かったが、例え返事があったとしても炎の勢いを止めはしないだろう。


 ヤキリは自分の背に生成した火を大きく広げ、礼拝堂を覆い尽くす勢いで全てを焔に包んだ。木製のベンチはパキパキと火花を散らして燃え、壁に掛けられたタペストリーや幾何学的なステンドグラスも見境なく燃え割れた。

 そんな中、平然と立っているのはヤキリと火晴のみで、煌々と燃え続ける礼拝堂を眺めている。自身の生成した火である以上、ヤキリと火晴は熱さを感じないからだ。


 やがて燃えるものもなくなっていき、黒い消し炭が目立つ頃にヤキリは火を一息に消滅させた。それからカイトに小型通信機で呼び掛ける。

「もう出てきて良いよ」

「あ、はい。わかりました」

会話はすぐに終わり、連絡を受けたカイトは行動に出た。氷の防御壁を消滅させてカイトは立ち上がるが、変わり果てた礼拝堂の内装を見て唖然と立ち尽くす。

「うわぁ……」

と、カイトが思わず声を出す程で、そのぼやきの直後に遠くから声が聞こえてくる。

「まさか神聖な礼拝堂をここまで燃やすとは……理解に苦しみます」

そう言うオリフィアに傷や焼け跡一つなく、礼拝堂脇の方から出てきた。懺悔室横の地下に隠れていたのだろう、金陽も彼女と共に並んだ。

それを聞き、ヤキリは最もらしく返答する。

「そもそもここで戦おうと言ったのは君だし、僕らはそれに譲歩したまでだ。今更憎まれ口を言われたくはないかな」

「限度があるって言いたいんじゃないですか?」

「なるほど!でも教会そのものは燃えてないから、これで問題はないと僕は判断するよ」

カイトが丁寧に告げるも、ヤキリはあっけらかんとした態度で自分の意思を貫く。

 あれ程ずらりと並んでいた椅子も焼失し、宗教施設らしい痕跡もほぼ燃え尽きた。辛うじて祭壇の奥に置かれた十字架だけは原形を留めているが、最早それがあるだけのただ広い空間である。

そんな中で伸び伸びとした様子のヤキリがオリフィアへこう告げる。


「さて、こうして広くなった事だ。お互いに正々堂々と決着を付けようじゃないか!」

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