第十三話 「望まぬ再会」

 レジストリアと無幻結社による合同作戦会議を終え、各組織では内戦最終日に向けて情報の共有が為されていた。そして、レジストリア側で決戦に参加する者の選抜を行う事となる。と言うのも、皆それぞれカイトを始めとする幹部四人と共に戦いたいと志願者が多く、二十人もの人数が集まる結果となった。

 志願者が全くいないよりは良いのかも知れないが、無幻結社の火の魔術を考えれば少数である方が作戦も行いやすい。ともすれば、その志願者たちの中から最大でも四分の一ほどに絞る必要がある。

 そこで、一人に付き最大二分以内で指示された水の魔術を行使し、その質の高さや生成から形成までの短さを計る事で上位五人を選出させた。計測は水雨から離れた場所で行ったが、明朝の実戦では今以上の魔術行使が期待出来るだろう。

カイトは人数を確保出来た事をヤキリに報告し、入念な打ち合わせを行った。主に重要視された点は以下の通りである。


・レリフィック教徒を殺さずに行動不能で留めさせ、一箇所に纏めること

・レジストリア側の選出者五名と複製体は、行動不能となったレリフィック教徒の見張りを行うこと

・奇襲や強襲ではない為、正面から正々堂々と交戦すること

・全員生きて帰ること

 

 以上の事が各組織全体に伝わり、それと同時にレジストリアでは個包装された菓子が配られる。彼らが甘く、美味しい菓子を食べ終えた頃の夜空には、月が煌々と輝き地上を照らしていた。

 そろそろ日付も変わるだろうこの時、レジストリア並びに無幻結社の面々は不思議な程に穏やかな眠りにつく。まるで明日の決戦を長らく待ち望んでいた出来事の様でもあり、初めて大きな事に挑戦する時の様な高揚感もあった。

その不思議な感覚を持った彼らはを言語化する力はなく、名称もないただあるだけの感情として受け入れ、暖かな布団に包まれ深い眠りへと沈んだ。



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 そうして迎えられた約束の日。明け方の暗い時間にも関わらず、学校のグラウンドには賑やかな人だかりが出来ていた。決戦に向けて出立する仲間を見送る為だ。

「絶対帰ってきてくれよー!」

「リーダー!ゼロさん、目さん!ウサ様ー!!」

「教会の奴らなんて楽勝っスよー!!」

「選出組も頑張ってねー!」

等と、彼らは激励の言葉を投げ掛ける。校門前にはカイトと水雨を中心に幹部が集まり、その左右に選出された五人が並んでいる状態だ。

選出者たちは今まで近くとも遠くの存在だと思っていた幹部や天使と並び立っている事に緊張し、激励の言葉があまり耳に入っていなかった。

 その一方で、こういった事にも慣れつつあったカイトは、浴びる言葉それぞれに手を振り返す事で返答としている。カイトに合わせて水雨も手を振っていると、カイトが持つ小型通信機から着信音が聞こえてきた。

 カイトは恐らくヤキリからだろうと思い、通信機を耳に当てるも応答の声は無い。ただ強風に煽られている様な空気の音のみが聞こえており、カイトの中で謎が募っていく。

しかし、その謎もすぐに解消された。

 学校から少し離れた道から校門に向かってその音の正体が真っ直ぐ通り過ぎ、が通り過ぎた周辺は焦げ臭くなっている。当然、集まっていた者たちはざわざわと騒ぎだし、一部から不安の声が上がった。

 これ以上騒いでは学校周辺に住まう各家庭の迷惑となってしまうと考え、カイトやゼロが声を落す様に指示していると、背後から声を掛けられる。

「どうした、そんなに騒いで」

そこにはカザキが立っており、彼の後ろにはY.lb_001と002が屋根のない大型馬車に乗っていた。しかし、カイトは気がかりな点があり、それを訊ねる。

「あの、ヤキリさんはどちらに……?」

「……まだ来てないのか?」

「はい……」

質問に質問で返され、カイトは先程見たの正体が段々と確信へ繋がっていった。

「同じ荷車で来る筈だったんだが、気づいたら火晴と一緒にいなくなっていてな。先にこちらまで来ているだろうと思い来たんだが……見当たらないな」

おずおずとが通り過ぎて行った方角を指差しながら告げる。

「えっと、たぶんあっちに飛んで行った、のが……そうなんですかね……」

「飛んで?」

「えぇ、凄い炎でしたけど……」

と、話していると、上空から軽快な声が聞こえてくる。


「やぁ、諸君!おはよう!!」


全員が声の聞こえた方を見ると、そこには火晴に両脇から抱えられる様にしてぶら下がっているヤキリの姿があった。何とも愉快な親友を目の当たりにし、カザキは頭を抱える。

 しかし、そんなカザキやカイトを始めとするレジストリアのメンバーからの視線等お構いなしに、ヤキリは話を続けた。

「成功していればここにちゃんと着地する予定だったんだよ、さっきは火力調節が甘かったから駄目だったけど。もし自分で制御出来るなら素晴らしい移動手段になると思うんだよね!」

あくまで希望的に捉えるヤキリに対し、火晴は淡々と苦言を呈する。

「でも今すべき事ではない」

「分かってるとも!でもこれは科学の進歩には欠かせないんだよ!」

「ヤキリ。今は。その時では。ない」

「……はい」

火晴に強く訂正されたヤキリは、少し落ち込んだ様子で馬車の上に着地した。それを見ていたカザキだが、気を取り直す様に咳払いを一つしてからカイトらの方を向いてこう告げる。

「……じゃあ、乗ってくれ。席は自由で良い」

「は、はい!」

と返事したカイト。

そして、集まった他のメンバーを一通り見渡してこう言った。

「それじゃあ、みんな。学校は任せたよ」

仮面で表情こそ分からないものの、その言葉と共に強い意志を感じた者たちは思い思いに発言し、見送りの言葉とした。

「任せてください!」

「必ず帰ってきてー!」

「新ボイスありがとうございます!!」

「帰って来るまで寝ないからなー!!」

「皆さんなら絶対に大丈夫です!」

段々と遠ざかっていく彼らの背中を見つめ、尚も言葉を投げ掛け続けている。

 馬車は走り出し、陽が昇ろうとしている星空に向かって遠ざかっていく。これから向かう先を考えればあまり楽観視していられないのだが、それでもこれ程までに暖かな組織を作った自分をカイトは誇りに思った。



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 明け方の住居区域を二頭の馬が駆け、力強く車輪を回しながら十三人の男女を目的の場所へ運んでいる。そしてその馬車の上空を二体の天使が飛んでおり、時折り地面に羽根が舞い降りた。

 乗車している者の間に会話はなく、ただ静かに揺られている。ここに会話がないのは馬車が不規則に揺れているという事もあるが、これからの戦いに一抹の不安を感じているのだ。

どれ程自身を鼓舞しても、これから向かう先に内戦の終結が掛かっているともなればそれ相応の緊張感を抱くものだろう。皆それぞれに負の感情が浮かびはするものの、それらを口に出す事はなかった。


 そして、段々と見えてきた目的地を前に、手綱を握っているカザキは少しずつ速度を落としていく。少しずつ見える景色がはっきりと見え始めた事で、前方が見えない者でも目的地が近付いている事は分かった。

それによってその場にいる者たちは心を奮い立たせ、自らが望む結末へ導く為の決意を固める。この決意こそ違えど、馬車の上空を飛んでいる天使たちも同じ結末を願っていた。


 こうして強い意志を持った者たちは、チョウ帝国西部にあるレリフィック教会へと辿り着いた。


 教会の広大な敷地は背の高い塀と鉄柵に囲まれ、更にその内側には植木が並んでいる。しかし、表から見える場所には大人の背丈ほどの植木しか見当たらず、あまり自然を感じられない外観だ。

塀に囲まれた中心に聳える王国式の絢爛で華やかな建築の教会は、真上から見て十字架の様な形をしている。まるで教会の建物そのものが女神レリフィアに捧げる十字架という意味合いを持ち、レリフィック教徒の多くが魔術による金の形成で十字架となるのにはそれが起因しているようだ。


 馬を静かに停止させてすぐ乗降口に近い者から順に馬車から降り、教会の塀付近に集まった。そしてヤキリが上空にいる火晴へ連絡を取ろうとしたが、どうやら塀のすぐ向こうに人がいると気付く。

 教会の入り口前には修道服を着ていないレリフィック教徒が数名おり、彼らをどのようにすれば穏便に済むか考える必要があった。しかし、考えたところで実際には活用されないものとなってしまう。

何故なら、上空を飛んでいる火晴と水雨の姿を目にした彼らは、両手で空を仰ぎながら聖歌を謳い始めたのだ。これには上空の二体も驚いた。

 突如として聞こえてきた聞き慣れない言語による歌を聞き、レジストリアの面々は不気味に思う。

幸いにも、どうやらあのレリフィック教徒たちの視線は天使二体に集中しているらしく、塀の外から様子を窺っているY.lb_001は視界に入っていないようだ。

それに気付いたカザキは自身の電子端末で文字を入力し、それをヤキリに見せた。

『火晴に接触を試みさせろ』

その言葉を見たヤキリは、喉元に装着している通信機に手を当てて小声で火晴に話し掛ける。

「火晴、どうやら教徒たちは君たち天使を讃えているらしい。恐らく君たちが接触を取した方が良いだろう」

この言葉に対して火晴の返答はなかったが、すぐに行動で示された。

 天使二体は上空からレリフィック教徒たちが歌っている近くまで降り、それによって歓声が巻き起こる。

「あぁ、天使様!!」

「地上に降りてこられた!」

「これも女神レリフィアの祝福!!」

そんな彼らの喜ぶ声には眉一つ動かさず、火晴は形式ばった言葉使いで語り掛けた。

「清貧なるレリフィック教徒よ、火焔プラーミア ・天使アーンギルの名において問い掛ける。汝らの中に、魔術を行使出来る者はいるか」

単刀直入な火晴の問い掛けに、レリフィック教徒たちは小首を傾げる。その中でも首から幾つも十字架を下げた初老の男性が答えた。

「魔術というのは、金陽様がお与えになられた御業の事でしょうか」

「そうだ」

「でしたらこの中にはおりません、御業をお借り出来るのは金陽様に赦された”執行者”のみですから」

その言葉を聞き、カイトは疑問に思う。何故組織内で魔術行使者の制限や他組織の情報を制限され、この七日間を過ごしたのだろうと。

カイトの疑問とは真逆に、早々に結論が出たヤキリは塀の影から立ち上がってよく通る声を響かせた。

「レリフィック教徒の皆さん、こんにちは!つかぬ事を聞きますが、こちらの教会には納屋などがありますでしょうか?あれば案内して頂きたいのですが!」

「は、はぁ。ありますが、あなたはどちら様でしょうか?」

「僕の名前はヤキリと言います、ただの研究者です!」

語気の強いヤキリの言葉に怖気づいたのか、気の弱そうな一人の教徒が声を上げる。

「自分で良ければ、案内しますよ。これもまた女神様のお導きでしょうからね」

「ああいや、あなただけじゃダメです。皆さんでどうぞ案内してください、そちらに行きますので」

と言いってごく自然(ヤキリにとっては)な振る舞いで教会へ入り、Y.lb_001を先頭に塀の影に隠れている者たちと天使二体は取り残されてしまった。その場の全員が何か策があっての事だろうと信じ、その場でじっと待機しているとやがて一つの足音がこちらへやって来た。

 塀の影にいる者たちにはそれが誰なのかすぐに分からなかったが、やがてその人物は真っ直ぐとこちらに向かってきた。

「お待たせ」

そう言いながらひょっこりと影に居る面々に声を掛けたのはヤキリだ。飄々とした様子のヤキリに、カイトは訊ねた。

「あの、さっきの人たちはどうしたんですか?」

「うん?納屋に入って貰ったよ」

「えっ」

素で驚いたカイトに、不思議そうな顔をするヤキリ。

「え、だって彼らは魔術が使えないらしいし、僕らはなるべくお互い怪我せずに終わらせたいんだよ。それなら早々に納屋なり何なりに入ってくれた方が良いね」

と語った後、レイジが訊ねる。

「その納屋に入った人たちは見張らなくても良いんですか?」

「それは勿論必要だ!その為の君たちだよ、レジストリアの一般メンバー諸君!」

急に呼び掛けられ、彼らは勢いよく立ち上がった。

「うん、元気そうで何より!それでは諸君らは僕に付いて来たまえ、カザキ達は火晴たちと一緒にその辺で待ってて」

と言い、レジストリア内から選出された彼らを引き連れて歩き出し、彼らが少し離れた所でカザキがやや呆れながらカイトらに言う。

「こういう奴なんだ。すまんがもう暫く付き合ってやってくれ」

「は、はい」

そんな会話をしつつ、教会の中へ悠々と入れたカザキとレジストリア幹部の四人のところへ、天使二体が着地した。

 この平穏さのままでヤキリを待てたら良かったのだろうが、そうもいかないらしい。教会の入口が勢いよく開き、十数名の教徒たちがわらわらと飛び出してきたのだ。



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 時をやや遡り、教会前で聖歌が謳われていた時。その騒ぎはすぐにオリフィアの耳まで届いていた。

その頃オリフィアとナディータは揃って朝食を食べ終え、食堂から出た後の事である。一人の教徒が慌てた様子で駆け寄ってきた。

「オリフィア様、天使様たちが教会の上空に出現しました。レジストリアの水雨様と無幻結社の火晴様ですが……如何なされますか?」

と、神妙な面持ちで表の騒ぎを報告しにきた者へ、オリフィアは穏やかに微笑みながら答える。

「今日はお祈りにいらした一般教徒も少ないので、すぐにでも執行者を集めて全員で向かってください。天使様には一切攻撃しないよう、女神レリフィア様が悲しまれますからね。そして他組織の人間を見つけ次第交戦開始、手を抜く等ありませんように」

それを傍らで聞くナディータは、オリフィアの言葉に続けて指示された者へ告げた。

「本来ならばお姉様のお手を煩わせる事なく、レリフィック教会は勝利すべきなのです。それこそが我々の受けた天啓なのだと、しかと心に刻みなさい」

二人にそう言われ、報告に来た者はすぐさま立ち去っていった。それらをただ眺めていた金陽は、やや楽しそうにオリフィアへ声を掛ける。

「火晴も水雨も、もう来てしまいましたの。さぁ、オリフィア。あなたはこれからどうしますの?」

それに対しての回答は、オリフィアの中では既に決まっていた。

「勿論。女神レリフィアの名の下に。金陽様の御業をお借りした至高の救済を行います」

「お姉様、それは素晴らしいご決断ですわ」

そう言って感嘆するナディータ。

 するとそこへサトとドレイトが連れ立って歩いてきた。普段通りならばナディータも険悪な表情を二人に向けるのだが、今日はそれをどうにか抑える事が出来た。

サトもドレイトも、オリフィアに提案しに来ただけであったからだ。

先に声を掛けたのはドレイトの方だった。

「金陽様。ミス・オリフィア、そしてミス・ナディータ。私とミス・サトから提案があります」

そう言われ、オリフィアは微笑みのまま返答する。

「聞きましょう。ここでよろしいですね?」

「はい。私なりにこれからの戦況を考え、この教会で他組織と交戦する事が出来ればと思いまして。それにはまず執行者の彼らが”前菜”となるべきだと結論に至り、こうして発言しました」

そしてドレイトの言葉を付け加える様にサトが話す。

「まずこれから来るかもぉ、っていう無幻結社とレジストリアの人間が片方または少数来たとしてぇ、執行者は弱いのですぐに惨敗しますねぇ。そして教会の建物内へやって来た者が次に遭遇するのは私と神父殿ぉ!」

フラフラとした身振りをしながらサトは話し続ける。

「そして私たちは彼らに”この先には通させない”って言うんですよぉ、これ見よがしにぃ。相手が何人で来るとか知りませんけどぉ、二,三人くらいは私たちの相手に残ってその他は先に進みますねぇ。その先には勿論おヌ……いえ、ナディータさんのところですかねぇ」

ついいつもの様な軽口が出そうになったサトだが、きちんと場を弁えた呼び方が出来た。そしてその後を続ける様にオリフィアが告げる。

「そうしてナディータの前でも誰かが残り、最後まで進んだ者が私の前に現れる。そういう事かしら」

「はい、その通りです」

「でも不思議だわ、ドレイト神父にサト。何故そんなに手間の掛かる事をしなければならないのかしら」

という問い掛けに、ドレイトは穏やかな声色で返した。

「こうする事で得するのはあなたです、ミス・オリフィア。ご自分の手でレジストリアの愚かな子どもを救済したいのでしょう?」

その言葉を聞き、オリフィアは晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。彼女の中で何かが結論付けられたのだろう、ドレイトとサトへこう伝えた。

「そうですね。では、その様にしましょう。私は礼拝堂で彼らが訪れるのを待ちましょう」


 そして、教会の中では着々と他組織を迎え撃つ準備が行われ始め、慌ただしくも執行者たちが教会の外へ駆け出している。この大胆不敵な行動は、レリフィック教会の勝利を信じて疑わない彼ら彼女らだから出来た事だろう。



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 そして時は戻る。

教会の入口から飛び出して来た教徒たちを見て、その場にいた者たちは彼らが先程語られた”執行者”なのだろうと分かった。


「金陽様の名の下に!!」


 と、口々に宣言しては、短剣の様に鋭い十字架を無数に形成させ、それら全てを無造作に投げつけてくる。それに対抗すべく、レイジが早口で宣言した。

「水雨の名の下に」

執行者たちが放った十字架を押し返す様に、大きな水の塊を生成させ彼らに向けて波を発生させる。

そして当然、その波は目の前の執行者を諸共飲み込み、自分らが負傷するかもしれないと十字架を消失させた。それから程なくして大波は周辺に広がっていき、レイジの方に押し返してくる波は穏やかなものである。

 突然上から水を被った事で咳き込み、座り込んでいる執行者たちに向けて、レイジは更に攻撃を続けた。とは言え、十分に手加減されたものだ。


全身を水に濡らした執行者たちの足元から順に、ゆっくりと凍らせ始めたのである。


 自分の足先からどんどん凍っていき、その冷たさが骨にまで染み渡るものだと考えれば、執行者たちの焦りも一層緊迫したものだろう。ある者は生成した黄金で鋭い十字架を形成させて氷を破壊しようとし、またある者足を懸命に引き抜こうとした。

 しかし、多くはその凍てつきに抗えない事を悟り、膝まで凍ってしまった頃に女神レリフィアへ祈り始める。全身が水に濡れ、段々と凍っていく状況では体温は奪われる一方で、自力で脱出不可能なものと理解したからだ。

そんな執行者たちを見て、レイジは声を掛けた。

「どうも、御存じの通りレジストリアのゼロと申します。皆さんはあと三分後には全身が凍ってしまうわけですが、これから魔術を行使せず戦闘もしないという事であればすぐに氷を消します。こちらとしてはどちらでも良いのです、あなた方の意見を聞かせてください」

仮面に隠されていない口許はゆったりと口角を上げており、話振りは実に冷静なものだ。ほぼ脅しの様な条件だが、それを執行者たちは受け入れた。

我先にと口々に謝罪の言葉を捲し立て、早く助かりたい一心でレイジに言葉を投げ掛ける。

「どうか、どうか命だけは!」

「寒い、寒い、は、早く!どうにかしてくれ!!」

「俺は救済される者じゃないぃぃ!!」

ほんの数分前まで威勢良く飛び出してきた大人たちが、こうも単純な戦法に掛かり敗北する呆気なさ。そして自分だけは助かる、自分だけは生き残ると考えている大人たちを見てレイジは呆れた。

 それでも約束は約束であるとして、先程生成した水も纏めて消失させる。当然、先程まで凍っていた事実は揺るがない為、執行者たちはその場から立てなかった。しかし、それでも生きている事を大喜びし始める。

その頃には彼ら教徒たちが口々に『女神レリフィア様のお導き』という発する事に苛立ちを覚えたのは、サキだけではなくなっていた。

 そうして、一段落した所でヤキリが納屋の方から戻って来て、地面に座り込む執行者たちを見て驚きの声を上げる。

「えっ!誰この人たち、みんな何したの?」

「俺がしたんですよ。この人たちの見張りは俺がしますから、ヤキリさんたちと我らが栄光の幹部三人で教会の中行ってください」

と言って執行者たちの方を見たレイジ。彼らの中にレイジに抵抗する余力が残っている者はおらず、ただ仮面の下に見え隠れする黄色の鋭い瞳に怯えた。

執行者たちの怯えた様子はその場の全員に伝わっている程だが、ヤキリはレイジの言葉をやんわりと訂正する。

「いやいや、さすがにゼロ君一人に任せたりはしないさ。だから僕の優秀な弟、001番と002番をお供にしてくれ」

そう言いながらY.lb_001,002へ歩み寄って肩に手を置き、レイジの前へ連れてきた。

「わかりました」

そうして表情のない複製体を前にしたレイジだが、親し気に声を掛ける。

「俺はゼロ、君たちの兄弟じゃない方のゼロだ。どうぞよろしく」

「はい、ゼロ様。お名前承りました」

と、Y.lb_001,002が同時に返事をした。

弟に友達が出来た様で嬉しいらしく、微笑ましそうに眺めていたヤキリはカザキやカイトの方を見てこう告げる。

「それじゃあ、ここは君たちに頼んだよ。僕らはとっとと内戦を終わらせてくるとしよう!」

他の者の返事も待たず、やや汚れた白衣を翻して歩き出した。それに続いてカザキと火晴も進み、カイトらも歩きだしそのレイジが声を掛ける。

「絶対勝てよ、勝たなきゃ末代まで呪ってやるからな!」

という言葉に、メイとサキはクスリと笑ってカイトが呆れながらも返事した。

「勝てなかったら俺らが末代なんだけどー!」

レイジもそれはよく理解している。だからこその冗談であり激励だ。

それから互いに手を振る頃には、カイトらもいつもの調子を取り戻していた。



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 全員が教会の扉前に到着し、ヤキリがゆっくりと扉を開けた。教会内は薄暗く、外からの光でようやく内装が見える程だ。

しかしその光もあまり届きにくく、期待出来そうもない。そこでカザキが小さく宣言し、手のひらに控えめな火を生成した。

「これで扉は閉じていても問題ないだろう」

とは言え、多少明るくなったとしても、所謂エントランスであるこの場所に特筆すべき家具はない。ただ廊下の様に奥へ伸びているだけである。

そしてその左右には等間隔に白い柱があり、そこに燭台が点々と備え付けられていた。本来ならばその燭台は明かりを灯している筈だが、灯っている燭台は一つも無い。

「あそこに移すか」

と呟き、カザキの手に収まっていた火は二つに分かれ、左右の柱にある燭台を順番に灯していった。

 次第に明かりが付けられ、段々と周囲の状況が見え始めた一同。

高い位置にある天井は二階建て程の高さがあり、柱に支えられて二階に通路があるらしい事。左右の壁には等間隔で鮮やかなステンドグラスが施されているが、表から木の板を打ち付けられている事。通路が伸びる先には大きな両開きの扉がある事。


そして、前方にドレイトとサトが待ち構えている事。


 一同が気づいたのを理解したサトは楽しそうに話し掛けてくる。

「賊の皆さん初めましてぇ、ただの修道女のサトですぅ」

その独特な話し方に、一番嫌悪感を表したのはサキだった。

「水雨の、名の下に!」

そう宣言したと同時に無数の水滴が生成され、それが瞬時に氷となってサトへ向けて放たれる。しかし、それを笑顔で受け止めるサトは既に魔術を発動させており、自らの足元から這い伸びた黄金がその氷を全て受け止めた。

 シュウシュウと音を立てて黄金に飲み込まれていく氷は、やがてどろどろとした黄金に溶かされる事なく軽い音を鳴らして床に落ちていく。

仮面の下で息を荒げているサキに、カイトは動揺しながらも落ち着いて話し掛ける。

「う、ウサ?突然攻撃してどうしたの」

「……アイツが、アイツだけは、私が相手しなきゃ」

まるで魘されている様に呟くサキを見て、サトは目をぱちくりとさせた後に口角がつぅっと上がった。

「誰かと思えば、私のカワイイ駄妹じゃない。その仮面、まだ持ってたなんて懐かし―――」

「うるさい!!」

サトの言葉を途中で制し、更に言葉を続ける。

「お前が、お母さんもお父さんも、教えとか導きとかで、殺して……!そんな奴に、この思い出を語る資格なんてない!!」

と、強い感情を載せて糾弾した。

「ウサ……」

これまで共に生活してきたカイトは、何故サキが家族と一緒にいなかったのだろうと疑問だったのだ。ようやく彼女の口から真実を聞き、内心腑に落ちたものの代わりにサトへの不信感と憎悪が高まっている。

 そしてそれはカイトだけではないらしく、沈黙を破ってカザキが話し始めた。

「ヤキリ以上に複雑な兄弟なんてそう居ない、なんて思っていたがな。何より歪んでいて何より悍ましい、倫理的思考を捨てて得られた教典はどんなに生臭いだろう」

そう語った言葉に対し、ドレイトが異論を唱える。

「ミス・サトを庇うわけではないが、彼女のあの時の行動は尊き女神レリフィア様の教えに従ったまで。もしそれを否定するのなら私も黙ってはいられない」

そう告げるドレイトにカザキは皮肉めいた言葉を投げつけた。

「ほう、宣教師の次は神父様とも論じる事が出来るとは。興味深い、今すぐ燃やし尽したい程にな」

そう言った途端にカザキの右手は炎に包まれ、彼がゆっくりと右手を上げると共に炎の球を形成し始める。そしてその炎の球は、カザキが投げる動作の勢いからは考えられない程鋭く早く炸裂した。

 珍しく感情が表に出ているカザキを見て、ヤキリはそっと距離を取った。それは互いに信頼しているからこその行動であり、燃え盛るカザキの炎が熱いからでもある。

 しかし、その炎の球もグネグネとした黄金が包み込んでしまった。しかも暫く黄金に包まれたかと思えば、再び黄金が開く頃には炎の球など跡形もなく消えている。 

そしてサトがカザキに提案した。

「まぁまぁ、それは他の方が先に進んでからでもよろしいのではぁ?」

そう言われ、メイが実直に訪ねる。

「どうして?それであなた達が不利になってしまうかもしれないのに」

「単純な話ですよぉ。私達はあなた達にこの先へ行って欲しい、逆にあなた達の目的はオリフィア様のところまで辿り着きたい。何故ならそれで!」

と言って嗤うサトの言葉に、ヤキリは納得しこう言った。

「うん、つまり君たちの目的は僕かスマイリー君のどちらか、または両者をオリフィアのところまで誘導する事なんだろうね。そしてそれは僕らの利害と一致しているから断る理由はこちらになく、寧ろこちらにとっては有利な提案だ」

「その通り」

そう言ってドレイトはヤキリの言葉を肯定し、言葉を続ける。

「君たちには始めから選択する権利すらない。小さなレディと陰気な学者を置いて先に進み、果てにはミス・オリフィアのをその身に刻んでくると良い」

不敵な笑みを浮かべる目の前の神父に対し、言い知れぬ不気味さを感じるヤキリやカイト。しかし、それでも先へ進まねばこの決戦に終止符を打てる筈もなく、導かれるままに決断せざるを得なかった。

「時間に余裕がある訳じゃない。スマイリー君、目君、そして火晴に水雨。僕らは先に行こう」

その言葉に各々は頷き、ヤキリを先頭に扉へ向かった。サトもドレイトも扉へ向かっている一同を停止させる事はなかったが、思うところがあったのかカイトが立ち止まって振り返りながらこう告げる。

「ウサ!自分を信じろよ!」

「もちろん」

短く聞こえた返事を受け取り、それから遅れて駆け足で奥の扉へ向かうカイト。

短くもはっきりと返事したサキの言葉には、先程までとはまったく異なる感情が込められていた。



 やがて扉が閉じられた後、サトがケラケラと笑いながらサキに話し掛ける。

「良いのかなぁ?天使と離れたらぁ、魔術がどんどん弱くなっていくんだよぉ?」

「知ってる」

と、落ち着いた声でサキが返事する。そしてこう続けた。

「水雨と離れないと、私はお前を殺してしまうから」

歳の離れた妹にそう煽られ、思わずサトは大笑いしてしまう。

「あっははははっ!駄妹ごときがぁ、姉を殺すですってぇ?」

「ううん、私はお前を殺さない。絶対に……!」

サキが語気を強めた直後、サトの真横から壁に向かって勢い良く水が涌き出た。そしてそのままサトは水の勢いに押され、ステンドグラスへ激突する。

 しかし、彼女は水と衝突する直前に自らを覆う様に黄金を展開させ、衝撃を和らげたため怪我を負うことはなかった。とは言え、水の勢いとは凄まじいもので、ミシミシと音を立ててステンドグラスがひび割れ始め、骨組みが黄金の熱と加わって形が歪み始めている。

 サトはこの状況をどうにか打破すべきだと思案するも、このままステンドグラスも木板も突き破って庭園に放り出される事しか浮かばなかった。そしてそれは程なくして訪れた結末で、サキの思い通りとなったのだ。

 ステンドグラスが壊れてから外に放り出されるまでは早いもので、もし黄金を生成したままでなければ背中は傷まみれとなり、庭園へ放り出された後の着地も儘ならなかった事だろう。

サトを圧し飛ばしステンドグラスが歪な形で空いたが、残ったガラス部分や溶け掛かっている部分が陽の光を集め、床を色とりどりに照らした。

 サキは歪な形の窓へ歩み寄り、カザキの方を一瞥して声を掛けた。

「私はこっちで戦う。お互いの邪魔にならない」

「助かる。そちらの健闘を祈ろう」

「あなたもね」

そう言ってサキは窓の外へ出ていく。

水の魔術で火の魔術が打ち消されるかも分からず、逆に水の魔術が打ち消される可能性がある現状、二人はそれぞれ離れて戦った方が得策だろう。

 サキが外へ出ると、サトは庭園の茂みに体を埋めたまま空を仰いでいた。まるでもう決着が着いた様な態度だが、サキはまだ終わっていないと確信している。

茂みに埋もれてあまり見えないものの、黄金はまだ生成されたままであるからだ。

 表に出てきたサキに気づいたサトは、起き上がりながらこう言った。

「さっきのはあまりにも雑っていうかぁ、ほんとビックリって感じぃ」

そう言って立ち上がると同時に、茂みに潜んでいた黄金が蠢きながらサトの背後や足元の植物を焼く。草や土が焦げる臭いが漂い、それを物ともせずサトは話続ける。

「ねぇ、何か言ったらぁ?それともこれで攻撃はおしまぁい?」

「いいえ。これはただの移動、あそこは狭いから」

「おんやぁ、言う様になったねぇ。前は虫も殺せない性質だったのにさぁ、これも不良集団に染まったお陰かなぁ?」

と、サトから茶化す様に笑われたが、サキの感情が揺らぐ事はなかった。

「前って、何年前の話?」

この問い掛けを答えようとしたサトは、すぐに口を噤んだ。自分の背後に生成している黄金が動きを止めていたからである。

サトが振り返って見ると、歪な形のまま完全に硬直していた。どうにか動かそうとしても動かず、金属の軋む音が響くだけである。

 想定外の状態に混乱しそうになっているサトへ、サキが淡々とした口調で声を掛けた。

「驚いた、でしょ。その金、さっき水に触れた。だから凍らせた」

「はぁ?凍らせたって見た目変わってないし、そんなの溶かしてしまえば……!」

そう言ってこれまでしてきた様に黄金の温度を上げるサトだが、その効果は全く見られなかった。

 実際に黄金の温度は上がっているものの、その黄金を包み込むように氷が形成されている為、視覚的には全く変化が見られない状態だ。

「その氷、私が消さない限りって。水雨に教えてもらった」

「そんなものあるわけない!どうせハッタリ、イカサマよ!」

「信じないのは自由。でも事実は変わらない」

と、澄ました声で語るサキ。続けてこう語る。

「ねぇ、考えなしで向こう見ずなお姉ちゃん。これからどうやって勝つか、私に見せてよ」

ここで初めてサキが”姉”として呼んだが、サトにとってそれは一欠片も嬉しくはなかった。先程まで自分が優位でありそれを疑っていなかったが、それがじわじわと砕かれつつあったからだ。

 怒りで目を見開き、剥き出しの殺意を込めてサトがこう告げる。

「この……クソガキがぁ!」

それを見て、仮面の下で密かにサキは笑った。



 そして、教会内に残されたカザキは向かい合ったドレイトへ話し掛けた。

「待たせたようで申し訳ないな、神父さん。そちらは宣言を済ませているのかね、まだであれば待たせた詫びに今度はこちらが待とう」

「ほう、随分余裕そうだ。それとも尊き御業による救済を心待ちにしているのかね?」

「ははっ、説教と講釈だけじゃなく冗談も達者とはな。神父は芸達者でなければなれないのか?」

と、皮肉を言うカザキだが、言葉に反して彼の表情は笑っていない。目の前の男を理解出来ない生命体として認識しているからだ。

その一方でドレイトは余裕をもった佇まいで悠々と宣言する。

「金陽様の名の下に」

 その言葉の後、ドレイトの後方に黄金が生成され床に落ちた。球体に近しいそれはやがて変形し、ドレイトの周囲を取り囲むようにする。

段々と形を鮮明にさせながら、出来上がったそれの外見はまさに大木そのものだ。

 本来土に埋まるべき根の部分が触手の様に蠢き、大きな幹の中央は目と口の様に抉れている。全体が黄金に輝いている事でその異様さを引き立たせていた。

 想像だにしていなかった物質が登場し、カザキは言葉を失う。その様子を見てドレイトは落ち着いた声色で語り始める。

「君は教徒たちに教え導く神父である私が、このような形で金陽様の御業をお借りするとは思っていなかったらしいな。しかし、ミス・オリフィア程に見事な十字架ではないが私も形成は出来るのだ」

「では何故そうしない。他の教徒や宣教師はやっていたぞ」

と訊ねるカザキの言葉に、やや口角を上げながらドレイトは答えた。

「あの方々はそれが信仰だと思っている、しかし私は違う。信仰する際の祭具で暴力的行為を働くなど、聖遺物を踏み潰すかの様な愚弄に等しい」

そう語るドレイトの意志を表す様に、彼の背後の大木が根をうねらせてカザキに攻撃を仕掛ける。カザキはその攻撃に合わせて自分の右手に炎を生成し、巨大な手を形成させながらその根を払い除けた。

 更に続けて根による攻撃を続けながら、ドレイトは言葉を続ける。


「さぁ、学者よ。君はこの救済を食い止められるか?」


 大木の根による攻撃はようやく途切れ、カザキはドレイトの方を真っ直ぐに見据えて答えた。


「上等だ。懺悔も祈りもする暇なく融かしてやろう」

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