第十二話 「託された願い」

 朝、カイトが目覚めると、聞き慣れない電子音が耳に入った。しかしカイトはその音の発信源を知っている。

一昨日、Y.lb_054が手渡してからそのまま持っている新型の通信機。あの時と同じ音が聞こえており、寝ぼけながらも自分が脱ぎ捨てた上着のポケットからそれを取り出した。

あの時と同じように感覚で操作すると、電子音が止んだ代わりに向こうから声が聞こえてくる。

「やぁ、おはようスマイリーくん!聞いて分かる通りヤキリだよ」

「おはよう、ございます」

ハイテンションなヤキリと真逆でカイトは気だるそうに返答した。だが、そんな事は関係ないと、ヤキリは揚々と語り始める。

「さて、内戦も今日を入れてあと二日!え、あと二日!?もうそんなにないのかぁ。早いもんだねぇ、スマイリー君!七日って本当にあっという間だ!

 話は戻すけど、今日は我が無幻結社へ来てほしい。重要な話し合いの場を設けるから、レジストリアの幹部は全員来てくれ。僕らの方も四人程集めるから、全員で最終日の事について話し合いたいんだ。

場所は水雨が分かると思うけど、分からなかったら連絡してくれ!

本当に大事な報告もあるから是非来てね!たくさん茶菓子作って待ってるから、作るの僕じゃないけど!!」

と、まるで留守電の録音でも残しているかのような言葉で締め括られ、そのまま通信も切れた。カイトが口を挟む隙も相槌を打つ間もなく、強風が吹き去る様でもある。

 そしてカイトは目を擦りながら先程の事を半分微睡みながら考えるが、どうしても二度寝してしまいそうになっていた。

 しかしそれも偶然起きていたレイジが解決させる。いや、レイジは偶然起きていたというより、彼にとって初耳だった電子音に目が覚めただけだろう。

それにカイトは気づいていなかったが、レイジが流した録音を聞いて彼の方を振り返る。

 流れたのは先程ヤキリが一方的に呼び掛けてきた時の音声で、一通り流し終えた後にレイジがカイトに話し掛けた。

「この声は確か……あの白衣来た人たちだっけか」

「そうそう、一昨日同盟結んだ無幻結社のヤキリさん。目とウサが起きてるか聞いてみよう」

「そうだな」

そう言ってそれぞれの電子端末を手に取り、四人共有のチャット欄を開く。初めにレイジが先程録音していた音声をチャット欄に掲載し、メッセージを送った。


レイジ:『今日の予定決まった』

    『全員で来いってさ』


 そのメッセージを送ってから暫く待った後、メイから返信があった。


メイ :『一方的だね』

    『でも報告が気になる』

サキ :『さくせん』

    『おかし』

メイ :『それも大切だね』

カイト:『じゃあ二人も来てくれる?』

メイ :『もちろん』

サキ :『うん』

レイジ:『じゃあ全員で行くってこと』

    『カイトからメンバー全体に呼びかけてくれ』

カイト:『はーい』

レイジ:『で、ここを午前中に出よう』

    『それまでに全員準備して玄関前に集合』

メイ :『そうしよう』

    『私はサキと一緒に玄関に行くから』

カイト:『わかった』

    『それじゃあまた後で』

レイジ:『 :)』

サキ :『また』

    『へんなかお』

レイジ:『 :( 』

サキ :『うわあ』


 一通り会話が為された後、カイトとレイジはそれぞれの行動に出た。その一方で隣の教室にいるメイとサキもまた、それぞれに出掛ける支度をしている。

 カイトらが寝てからチャットしているこれまでの時間、水雨は棚に置かれていた教科書をペラペラと捲っていた。水雨には人間の文字を読み理解する事は出来ないが、所々描かれている挿絵に興味が惹かれているらしい。目についた教科書や本を片っ端から物珍しそうに眺めていた。

 レイジが支度を整え終わり先に教室を出て行き、全体へ連絡を済ませ支度するカイトは水雨に声を掛ける。

「水雨、そろそろ出掛けようか」

「わかっタ」

そう言って水雨は出した教科書や本を片付け、すぅっとカイトの傍らまで飛んだ。ふと、先程ヤキリが言っていた事が気になったカイトは、自分の顔を無機質な笑顔で見つめる水雨に訊ねた。

「ねぇ、水雨。無幻結社がどこにあるか知ってるの?」

「場所は知らないヨ!でも辿り着けるヨ!!」

と、楽し気に答える水雨の言葉に、カイトの頭上には疑問符が積み上がる。なぜ、どうして、どうやって。しかし、それらを一度に全て聞いたとしても、水雨の独特な言葉使いを前に明確な解答が得られるとは思えないでいた。

 そこでカイトは少し思案した結果、答えに近しいものを導き出す。

「もしかして水雨や他の天使は、頭の中に浮かんだ人物の場所が分かる。とか?」

「半分正解だネ!ぼくたち天使アーンギルはお互いの居場所が分かるんダ!」

「へぇ、凄いなぁ!」

「ふふン!」

そう言っていつになく誇らし気にする水雨。

 それからカイトと水雨は教室を後にし、そのまま真っ直ぐ正面玄関へ向かった。

そこには既にレイジ、メイ、サキが待っていた。

「みんな、お待たせ。水雨が案内してくれるから、それに付いて行こう」

「任せテ!」

 レイジたちは各々で頷き、全員の同意を得た。

レジストリア幹部の面々と天使が会話しているのを聞き、その場にいる見張りはその気迫した空気感から身を強張らせる。

しかし、メイとサキは茶菓子の事、そしてレイジは今日の天気の事を考えており、彼らの心情と纏う空気感は反しているらしい。恐らくは表情が分かりにくい事が起因しているが、これもこの組織の強みだと言える。

 やや緊迫した空気を和ませようと、カイトは見張りの二人に暖かい声色で声を掛けた。

「じゃあ、行ってきます」

その言葉に顔を見合わせた見張り二人は、すぐに気合の籠った言葉を息ぴったりに告げる。

「はい!いってらっしゃいませ!!」

そう告げられた幹部ら四人は見張りの彼らにヒラヒラと手を振りながら、正面玄関から歩き出した。

 暫くしてカイトらの後ろ姿が遠ざかった頃、見張りの片方がもう一人におずおずと訊ねる。

「おい、さっきの録音出来てたか?」

「ちょっと待て、今確認す―――あ」

と言って、電子端末を操作する手が止まる。そんな彼を見て不思議に思い、手に持っている電子端末を覗き込んだ。

 見るとそこにはレジストリアのメンバー全員が見れる電子空間で、幹部の一人であるメイが自分のアカウントでとある音声が投稿されていた。そしてその音声は先程カイトが自分たちに向けて掛けた言葉である。

 見張りの二人が投稿し損ねた事に嘆きつつも質の良い音声を再生している一方で、メイは電子端末を上着のポケットに突っ込んでいた。揺らめく布の下で嬉しそうにひっそりと笑い、カイトの横を弾む足取りで歩く。

カイトは隣を歩く友人が、自分の声を録音し公開しているとは思わないだろう。



 水雨に振り回されるように右へ左へ進み続けた住居区域。若干の疲労感を感じつつも歩き続けた一行だが、段々と周囲の建造物が家屋ではなくなってる事に気づく。

初めは疎らに見えた無機質な四角い建物だったが、進むに連れてやや高層な建物が見慣れるようになっていった。これらの四角い建物に取り付けられている表札が少し特殊で、人名の後に研究所や工房等と大きく書かれている。

 この周辺には来たことがないカイトらは、物珍しそうに周囲を見渡したり近くの者に声を掛け合ったりした。それでも水雨の道案内は続き、会話も段々と減ってきた頃。

 向かっている先に一際大きな建造物を目にしたカイトらは、やや驚きながらもあれが目的地だろうとすぐに分かった。水雨の道案内もそちらを真っ直ぐと捉えており、一歩進む毎にそれは確信に変わる。

 やがて辿り着いた建物を見て、一行はその異質さに感嘆した。学校とそう大差ない程の大きな白い建物で、全体の印象は四角形をしているからだ。四角い外観に真四角な窓、四角いガラス張りの扉に四角い塀の向こうには真っ直ぐと白い道が続いている。そして塀には四角い看板が取り付けられており、そこには『無幻結社』と記されていた。

「ここが……」

と、少し恐縮気味にカイトが呟く。その一方で水雨は何も感じていないのか、すぅっとそのままガラス張りの扉まで飛んだ。

その後をカイトとレイジ、そして彼らの後ろにサキとメイが並んで歩き出す。全体的に白い建物に吸い込まれる様に建物の中へと入ると、無機質で家具など何もない白い部屋へ着いた。

 暫くそのまま立ち尽くした彼らだが、その静寂もすぐに終わる。

扉の真正面の壁が裏返り、黒い電子モニターが現れた。そして賑やかな声に合わせて黒いモニターの音声波形が揺れる。

「おはようございます、こんにちは、こんばんは!そのいずれかに当てはまる時間帯にいる来客者様方、よくぞお越しくださいました!!ところでご用件は何でしょうか?」

と問われ、代表でカイトが答えた。

「俺たちはレジストリア。ヤキリさんに呼ばれて来た」

その声を聞き入れ、程なくして返事が返ってくる。

「確かに、お兄様から今朝方に伝達されました!レジストリアの方々ですね、それでは案内します!!」

そう言って暫くした後、何も無かったと思われていた右側の壁に四角い穴が開けられており、中には小さな白い空間と先程と同じような電子モニターが天井付近に取り付けられていた。

今度はその小さな空間から軽快な声で話し掛けられる。

「皆々様、どうぞこちらにお乗りください!お兄様のお部屋まで案内します!!」

「あ、ありがとうございます」

と、少し警戒しつつも全員がそこに収まった。それからすぐに扉がゆっくりと閉まり、何やら機械音が聞こえた後に一行は不思議な浮遊感を感じた。

今まで感じた事のない妙な感覚にやや混乱を覚える一行をそのままに、黒いモニターの音声波形は騒々しく揺らいだ。


「自己紹介遅れました、僕はお兄様に造られた最良の人工知能!全てのの雛形!そして来客者様方の案内役!その名もY.lb_000です!!」


ポカンとした様に驚くカイトらだが、彼らの表情は例によって伝わる事はない。その為、目の前で揚々と語るY.lb_000には自分の自己紹介がスベッたと誤認した。

不安そうに静かめな音声波形で一行に話し掛ける。

「あの、もしかして笑えませんでしたか?」

「いえいえ、少しだけ驚いただけですよ」

と、レイジは優しく訂正した。

「うん。人工知能って記事とか噂でしか知らなかったけど、実際に見れて嬉しいよ」

そう言ってメイも肯定的に伝える。

二人の言葉に陽気さを取り戻したY.lb_000は、激しい音声波形で言葉を返した。

「本当ですか!僕に搭載されている人間の感情データは全てお兄様が基準で、その他の人間がどういう条件でどんな感情を表すのか不明だったのです!これもまた一例として記録しなくては!!」

それから暫くY.lb_000が静かにしていたと思えば、すぐにまた語り始める。

「ところで皆々様に良いご報告!今日用意されているお茶菓子は、弟たちの中でも特段調理に特化された029番ですよ!!」

と伝えるY.lb_000に対し、サキが短く訊ねる。

「どのくらい?」

「それはもうお菓子職人と大差ない程です!僕は肉体がありませんから味はデータ上でしか知りませんが、栄養も十分なものであると保証します!!」

と、言われ、サキは仮面の下で嬉しそうに笑った。

 それから数十秒が経って再び扉が開かれた時、カイトらを甘やかな香りが包んだ。

扉の先にはカイトらがいる場所と同じように白一色の部屋があり、正面には大きな黒い電子モニターが備え付けられている。そして彼らの正面に置かれる錫すず色の全円の円卓には四人が着席し、カイトらがいる側には空席が四つ並んでいた。

円卓には種類豊富で色取りどりな茶菓子が多く並び、それに合わせて様々な種類のポットが斑に置かれている。

 そしてカイトたちの到着を歓迎し、円卓で一番奥に座っているヤキリがおもむろに立ち上がってはきはきとした声で語り掛けた。


「ようこそ、レジストリアの諸君!待ち侘びていたよ!!」



 時を遡ること2時間前。

無幻結社の広い会議室では四人の大人が円卓の片側に固まり座っていた。

中心にはヤキリ。その右側にトバラが上体を持ち上げる様に傾けられたベッドに楽な姿勢で横たわり、ヤキリの左側にはカザキとオサカが並んでいる。そして黒い電子モニターの前に椅子を置き、そこに火晴が座っている状態だ。

 トバラは先日のオリフィアとの交戦で重傷を負ったものの、ヴォルツの魔術行使もあってこうして同席出来る程には治った。とは言え脚部の負傷が深く、入院部屋からベッドのまま担ぎ込まれている。

一方で何時にも増して気だるそうに椅子へ凭れるカザキは、魔術の行使による疲労感が抜けていないらしい。今は顔の上に蒸しタオルを乗せており、呼吸をする度に蒸しタオルが動いている。

 そして今日は珍しい事にその場の全員が茶飲んでおり、時折りヤキリの複製体が運んでは円卓に並べられていく茶菓子を眺めている。

次々と止めどなく運ばれてくる茶菓子を眺め、ヤキリがぽつりと呟く。

「うーん、最早これ見てるだけでお腹いっぱいだね!」

すると、ヤキリの背後から火晴が言う。

「まだ半分以下。これからもっと増える」

「えぇ!?」



 そして時は戻り現在。やや胸焼け気味のヤキリがカイトたちに声を掛ける。

「いやぁホント、よく来てくれたね!好きな所に座って、好きなだけ茶菓子と茶をどうぞ!」

そう言われたカイトらはそれぞれ顔を見合わせ、言葉を交わさずとも被る事なく席に着いた。扉側から見て左からサキ、カイト、レイジ、メイの順に座っている。

そして、カイトの後ろを飛んでいた水雨はと言うと、ヤキリの後ろに用意された席に座っている火晴にぬぅっと這い寄る様に飛びついた。

「わーイ!火晴!元気?元気!?」

「はいはい、元気元気……」

椅子に真っ直ぐ座る火晴の周囲をくるくると回り、飛び交いながら声を掛けてくる水雨の方が元気そうにも見える。

 そんな会話が部屋の後方で為されている間、レジストリアの面々は出されたばかりの温かな茶を口にしていた。飲んだ瞬間から口全体に広がる茶の風味とその香しさに心が安らいだ。そして、心が安らいだ副産物として、カイトの腹の虫が強く訴えかけた。

 それを聞いたカザキは、カイトらを見てこう告げる。

「目の前の茶菓子だがな、コイツが”最近の子どもが好きな菓子とか知らない!変なの出して軽蔑されたくないからどうにかしなきゃ!そうだ、昔029番にプログラムした菓子を全部作ってもらおう!確か五十種類とかそのぐらいだった気がする、うんきっとそのぐらいだから各三十個くらいかな!!”とか言って実際は百十種類作らせて、まだまだ厨房に残ってるんだ。無理せず適度に食べて、全部持ち帰って他の奴らに配ってもらえると助かる」

と言われ、カイトは若干照れながら答える。

「は、はい。分かりました、なるべくたくさん食べていきますね。学校にいるみんなもお菓子好きなので喜ぶと思います」

「本当か!じゃあ029番にまた追加で作ってもらお―――」

「ヤキリ。そろそろ本題に入らぬか?」

ヤキリが調子に乗って追加注文しようとした時、オサカがぴしゃりと一声掛けた。

 研究者としても人間としても大先輩とも言えるオサカの一声で、浮かれた様子のヤキリもすぐに姿勢を正す。そして咳払いを一つしつつ着席し、茶菓子を頬張っているカイトらに向けてゆっくりと語り始める。

「それでは、本題に。あ、君たちはそのまま食べててくれて構わないよ。小さい君も喉に詰まらせないようにね」

と、サキの方を向いて行った。片手でギサウの仮面を傾けて食べているサキだが、丁度サクサクとした焼き菓子を噛んでいたので無言で頷く。

「さて、今回君たちに来てもらったのは他でもない。明日決行する重要な作戦に君たちも参加してほしいからだ。

 結論から言うと、君たちは我々の人手不足によって要請されている。もっと正直に言えば、我々の中で戦闘可能な人員が僕とカザキしかいないから是非とも共闘してほしい。

と言うのも、元々研究所や工房に籠りがちだったり高齢な研究者や学者が多く、とてもじゃないけど明日の作戦は頼めないんだ。

 そして、人員不足な理由がもう一つある。南西の鉱山周辺区域がレリフィック教徒に襲撃され、組合長のガドンとその息子のザンドが酷く負傷した。それに伴って、ゴログ族全体の戦意は大幅に喪失。彼らからの増援は期待出来ない。

 話は戻してこの作戦についてだ。何も難しい事はない、レリフィック教会への総攻撃を仕掛けようというものだ。

何故この作戦を行うかの理由は不要だろうから省くけど、君たちレジストリアもこの作戦は望んでいるだろうから作戦に参加するという体で話を続けさせてもらうよ。

 先に言っておくと、総攻撃とは言えども考えなしにただ殴りこもうっていうものじゃない。そもそもそんなものは作戦とは言い難いからね。

 だから僕が提案する作戦は題して『レリフィック教会包囲作戦』、分かりやすく言えばレリフィック教徒を殺すんじゃなくて身柄を拘束する。或いは動けなくするだけの無血決戦を目指したいんだよね。

とは言っても、相手はきっと僕らほど平和的な考えを持っていない。それはレジストリアの諸君らならよく分かっているだろうし、こちらとしても痛い程分かってる。

腸が煮えくり返る思いなんだけど、彼らレリフィック教徒を殺したところで治まらないのは目に見えてるから実行に移すつもりはないよ。連中と同類になるのも嫌だからね。

 ちなみに、この作戦では無血で終わらせると言ったけど、それなりに運動出来る人をレジストリアで集めてほしい。奴らはきっと本気で殺しに来るだろうから、それを受け流したり避けれるくらいの。それか魔術の生成が得意な人でも助かるなぁ!水の魔術で大洪水とか起こしたら、それだけで道は開けられるだろうからね!

僕らの火の魔術とは相性が悪いけど、互いに力を合わせられるところはきちんと合わせて行こう。それこそが僕の求める同盟関係の在り方だ。

 さて、ここまで凡そを簡単に話させてもらったけど、分からない所や不明瞭だった所を挙げる時間を取るとしよう。何かあれば遠慮なく挙手してね」

ペラペラと饒舌に語られたその言葉の後、ヤキリは自分の茶を一口飲んだ。

 まるで弁論大会に用意した原稿を読み上げているかの様な勢いの話しぶりに、レジストリア面々はただ口に美味な茶菓子を運ぶ事だけを意識していた。

そして、彼らの中から初めに手を挙げたのはレイジである。

「それではレジストリアを代表して、副リーダーである俺から少しだけ質問を。

 まず、こちらが集める必要人数を教えて欲しいですね。俺たち四人とあと何人いれば足りるかでも十分ですが、その様な包囲戦法を行うか明確にしておくべきだと思います。加えて、ヤキリさんがお造りになった複製体は今回の作戦に導入しない理由を聞かせてください。

 それから決行は明日の何時なのかと集合場所は既に決定していますか?決定していれば聞かせて頂きたいですし、まだ決まっていなければすぐにでも決めたいですね。

 最後に、先程カザキさんが提案されていましたけれど、その029番さんが作った大量のお菓子を持ち帰る方法の具体例も聞かせて欲しいです」

語られた言葉一つ一つにヤキリは頷きつつ、こう返答した。

「確か、君はゼロだったかな。僕の複製体にも同じ名前がいるよ、たぶんさっき会ったと思う。

 それではまず一つ目の回答から、こちらとしては四人程いてくれたら良いくらいの心持ちだよ。もし一人も居なければ僕の弟たちを出動させるから、付け加えた分も解答完了とさせてもらおう。

 次に決行時間だけど、なるべく早い方が良いから明け方の早い時間。五時前後を想定している。集合場所は君たちの学校前に僕らが向かおう。

そして最後の質問だけど、提案者から是非お答えいただこうか」

と言ってカザキの方を見る。ヤキリの視線から始まり、その場の全員が彼を見た事で観念した様に口を開いた。

「えー。……そうだな、一番現実的なのは水雨に持たせる事だろう。だが、用意されたものを纏めて運べる程の入れ物はない上に、そんな事をしては折角の菓子も台無しだ。

そこで、ヤキリの方で荷車を準備する事にして、それを水雨が押させるのが一番安全かつ完璧だろうな」

「おい、ちょっと待って、今しれっと僕に丸投げしただろ!」

「よく気が付いたな、やはり天才は賢いなぁ」

「僕が天才なのは当たり前!賢いのも当たり前だ!」

「しかし、それほど天才で賢いのなら茶菓子で机と厨房を溢れさせないだろうになぁ、おかしいなぁ」

と、文句を言うヤキリを無視してカザキは茶を飲んだ。まるでこのまま喧嘩に発展してしまいそうな言い合いだが、それはないと分かっているのは無幻結社の面々だけである。

 そこで、そんな二人をそのままにし、トバラがカイトらに声を掛ける。

「ごめんなさいね、この二人ってば話し出すと止まらないから。暫く放置してて良いから、気にしないで寛いでね」

「はい、ありがとうございます。お菓子美味しいです」

と、丁度バター風味の柔らかい焼き菓子を終わったメイが受け答えた。まだ若干の緊張が残っているレジストリアの面々だが、いつもの様に語るレイジを見て段々と慣れつつある。

 ふと思い立ったのか、オサカがトバラとカイトらに一声掛けながら席を立つ。

「では、私はヤキリの代わりに荷車の手配でもしてくるとしよう。暫く掛かるのでゆっくりとしていきなさい」

その言葉に会釈で返しつつ、カイトは口の中のお菓子を飲み込んで告げる。

「わかりました、よろしくお願いします!」

それを背中で受け止め、オサカは扉の方へ真っ直ぐ向かった。

そして再び和やかな空気が流れた頃、トバラがカイトらに訊ねる。

「ねぇ、そこに出されているのじゃなくて、こちら側にあるお菓子も自由に取りに来て良いのだからね?私は見ての通り何のおもてなしも出来ないけれど、お話相手くらいは出来ると思うわ」

「あ、それなら、少しお話したいです」

と言って、メイが手を挙げる。

「あら、よくってよ。あなたのお名前は?」

「私は"目"と呼んでください」

「そう、その面布と相まって素敵ね。私はトバラ、よろしくね」

「よろしくお願いします」

そう言って会釈するメイ。そんな彼女にトバラは優しく訊ねる。

「それで、お話って何かしら」

「このお茶の事が知りたくて……凄く美味しいから、きっと高級な茶葉か輸入品なんでしょうね」

「いいえ、それはこの国で買える普通の茶葉よ」

「えっ!」

と、メイより先に驚いたのはカイトだった。

「あ、すみません」

「うふふ、謝る必要はないわ。美味しいお茶はみんな大好きだものね」

そう言って一息ついてから、トバラが話を続ける。

「お茶は茶葉の質も勿論大切だけれど、その淹れ方も大切なの。美味しい淹れ方を話し始めると長くなっちゃうから、後でヤキリに資料を送らせるわね」

「ちょっと!先輩まで仕事増やしてどうするんです、忙しくなっちゃうでしょ!」

と、カザキとの口論中にトバラの言葉に口を挟むヤキリ。彼が口論中に仕事が一つ減った事はまだ知らない。

そしてトバラはそれを軽く受け流した。

「はいはい。それでね、このお茶の美味しさと同じで、あなた達も行使している魔術も扱い方がとても大切なのよね。

悪く雑に扱えばそれだけ質も落ちるし、逆に良い方へ出来るだけ丁寧に扱えば質も良くなる。それだけでも覚えて帰ってね」

トバラの話に聞き入り、深く納得したレジストリアの面々。それぞれの胸中に深くこの事を刻み、メイが感謝を告げる。

「……はい。ありがとうございます」

「どういたしまして」

と、トバラが答えてはにかんだように笑った。



 あれからヤキリとカザキの無駄に語彙の高い論理的な無駄な抗論が収まり、一同がのんびりと残った茶を飲んでいた頃。扉が開かれ、オサカが戻って来てこう言った。

「ホッホッホ、全員和やかになっているようでこの老い耄れも安心だ。下に荷車を出しておいたから、そろそろ帰る心構えでいると良いだろう。今厨房で茶菓子の箱詰めもしておるから、終わるまではここで待っていなさい」

と言われ、カイトが礼を述べる。

「何から何まで、本当にありがとうございます」

「よいよい、お前さんらを見ていると孫が出来たようでな。余計なお節介などではないのなら嬉しいものだ」

そう言いながら着席するオサカに、ヤキリが揚々と話し掛けた。

「助かりましたよ、オサカさん!ほんとに何から何までしてもらっちゃって悪いなぁ」

と言いつつ、渋い茶を飲んだ。しかし、余裕綽々なヤキリにオサカが釘を打つ。

「ふむ、しかしヤキリよ。お前さんはこれからトバラの茶淹れ論を全て聞き、その全て文字に起こして彼らに送るのだろう?それに比べれば私の仕事など、容易かろうて」

「あ」

そう呟いたヤキリは身を硬直させた。

「さては忘れていたな」

ほくそ笑む様にカザキが呟く。

「うわぁぁ!!」

と叫びながら頭を抱えるヤキリに、その場の全員から笑みが零れる。



 そして和やかなまま会議という名の茶会は終った。荷車に乗り込んだカイトらと大量の茶菓子の山、それを飛びながら引いている水雨はヤキリらに見送られて進み始めた。

 遠くの空が段々と橙色に染まりつつあるのを見た帝国民は、これから見る夕陽が平穏さを奪っていくような心持ちにさせる。


 明日こそは天使が告げた約束の定刻。

それを過ぎた世界を人間は知らない。知る由もない。

だが、そんな不穏さすらお構いなしに明日はやってくるのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 暗く、明かりの少ない一室。日付も変わって七日目の深夜の事である。

荒れ果てた部屋の中では熟れた果実が甘ったるい香りを巻き散らし、閉め切ったこの部屋に充満していた。と言うのも、この部屋を掃除する者などいないからである。

 そして、この部屋の様子を見に来た無空は、どうしようもない巨大な贅肉を携えた男を見下し立っている。まるで死体の様に動かない男だが、その肉体は微かに呼吸しており、血色の良い顔をしている為生きているのだろう。

無空に危害を加えようとしたこの男だが、地上で最後の日くらいは目を覚まさせても良いのではないかと思案しているのだ。

 もし眠らせる前の事をそのまま行ってくる可能性があるとして、念の為宮廷にあった程よい強度の縄で手足をやや強めに結んでいる。しかし、それでも目覚めさせるか懸念していた。

それほど無空にとって……いや、全ての知的生命体にとって不愉快な存在なのだ。

 だが、このままでは無空たちやこのチョウ帝国を創造した神は満足しない。そうと決まれば決断は早いものだった。

 床に仰向けで転がった姿勢で両手両足を縛られた男が、大きく身を捩りながらぐわんぐわんと腹肉を揺らす。そしてふがふがと呼吸しながら起き上がろうと藻掻いた。

しかし、男は一向に起き上がれる事はなく、ただ惨めにも床でのたうち回るだけである。

 そんな滑稽な姿を見て、僅かに同情心が湧いた無空は男の頭の近くに歩み寄った。

「あ!おい、このクソ天使!このボクにこんなことしてただで済むと思うなよ!!」

と、自分の下等な生き様を棚に上げ、無空に下品な侮辱の言葉を投げつける。

最早その男に対して怒るという感情すら湧かなくなった無空は、ただ淡々と機械的に話し掛ける。

「訊ねます。チョウ帝国最後の皇帝だった人間よ、あなたは今まで苦しめてきた帝国民に謝罪の言葉が浮かびますか?或いはその罪を悔いていますか?」

そう言われ、少し考えるように目を瞑った男は、そのままの状態でこう答えた。

「そんなもんあるわけねーだろ、クソ天使が」

その言葉を聞いた無空は、男に向かって今まで向けた事のない微笑みを浮かべる。そして柔らかな声色でこう訊ねた。

「わかりました。では、最期に言い残した事はありますか?」

「バッカじゃねーの?なんだそれ、そんなことよりボクは何よりも自由にあるべきなんだ、さっさとこのクソみたいな奴さっさと取―――」

と、言い掛けた所で男の意識は途切れる。当然、無空の魔術によるものだ。

 創造主に指示された通り、という何とも慈悲深い問い掛けを行った。それを考えなしに無下に扱った男の自業自得だろう。

 それから無空は、男の最期の遺言として手足の縄を解き、そのまま劣悪な部屋を出て行く。何とも晴れやかな心持ちの無空だが、部屋の悪臭が染み付いていないとも限らないと思い、歩きながら魔術を行使した。

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